第九小隊

ユンの約束通り、男女別々のテントに分けられ、それぞれに監視がついた。
ミル達女性にはナナとレンとセーラの目が光り、可憐達男性にはユンとキースとカネジョーの目が光る。
監視の目が少ないとはいえ、こちらも非武装軍団だ。不利なのには変わりない。
暴力での解決は無理だろう。
今こそスカウトマンの弁が試される時だと、可憐は考えた。

テントに通されて拘束されるのかと思いきや。
テントのある駐屯所内であれば、表を出歩いてもオーケーだと言われる。
ただし、外出時には必ず監視者の同行を言い渡された。
外出しないのであれば、監視者と共にテントで自由にしていいとも。
「あの、むちむちバイーン」
しばしの静寂を置いて、まず、キースが発したのはセクハラ発言であった。
「お前らどっちの恋人なんだ?いや、二人揃っての囲いか?」
「囲いって?」
きょとんとする可憐に、キースは納得したように何度も頷く。
「なるほど、ハーレムというわけではないのか。いや、判るぞ、お前の今の反応だけで」
悔しいが眼鏡の言うとおり、可憐一行はハーレムではない。
性別人数の上ではハーレムだけど、誰一人として可憐に恋愛感情を抱いていない。
ミルとは一応恋人だが、一度も色よいサービスがない。
ドラストは可憐を意識しているように見えるが、つかず離れずの関係だ。
フォーリンは、どうなのだろう。
以前ダッコした時には、滅茶苦茶嫌がられた。これも脈無しか。
ジャッカーは男よりお金が好きそうだし、クラマラスは逆に男なら何でもアリだ。
だが、それ以前にクラマラスはモンスターなので論外だ。
そのクラマラスだが、セルーン軍に捕まった時には姿が見えなかった。
きっと砲撃で船が沈められた時に、どこかへ逃げていってしまったのだろう。
アンナは腐女子みたいだし、ミラーはクラウンに興味を抱いている。
エリーヌは勿論言うまでもない。クラウン一筋だ。
従って、この一行は、どちらかというとクラウンのハーレムなのではあるまいか。
嫉妬に燃えた目で可憐がクラウンを睨みつけると、クラウンは困惑に首を傾げる。
「……どうした?カレン」
「別にィ〜?」
口を尖らせてスネる可憐に、更なる眼鏡の追及が飛ぶ。
「ハーレムではないとしても、だ。むちむちボインが手つかずというのは解せんな。俺に揉まれた程度で泣いて怖がるたぁ、お前ら紳士すぎるんじゃないのか?お前らは、あのオッパイに顔を埋めたりしたいと思ったことは一度もないのか!?」
まじまじとキースを眺めながら、こいつは残念なイケメンだな、と可憐は思った。
これまで可憐が出会ったサイサンダラのイケメンは、どれも硬派だった。
フォーリンを見て、むちむちオッパイと喜んだのはキースが初めてである。
「えっと、もしかして、モテないとか?」
可憐の反撃はズバリ確信を突いたかして、キースはビキビキと眉間に青筋を立てる。
「なるほど、フン、そうか。あの程度のオッパイなど揉み慣れていると言いたいわけか、貴様は!」
「おい、いい加減にしろよ。こいつらドン引きしてんじゃねーか」
カネジョーの制止も聞こえないのか、キースは顔を真っ赤に挑戦状を叩きつけてきた。
「よかろう。だったら、どちらが先に、あのムチムチオッパイを落とすか勝負だ!」
「むちむちじゃなくてフォーリン。名前ぐらい覚えてあげてよ」
一応注意してから、可憐はなるたけ愛想の良い笑顔を浮かべて挑戦状を却下する。
「もし、モテないんだったら俺達の仲間になるといいよ。フォーリンだけじゃなく、世界中でモテモテになれるぞぉ?」
無論、半分以上は可憐の願望だ。現状ではモテモテどころかポツーンなのだから。
しかしキースはだいぶ心を動かされたのか、「本当か!?」などと叫んでいる。
単純な色ボケ眼鏡だ。初対面での切れ者イメージとは程遠い。
カネジョーはキースほど単純ではないのか、眉間に皺を寄せてガンを飛ばしてきた。
「てか、チョーシに乗って引き抜きか?くだんねーこと言ってっと、はっ倒すぞ。てめぇらは人質、それも人質のオマケなんだ。大人しく拘留されとけ」
ヤンキー顔負けな脅しを受けて、小心者な可憐は、たちまちシュンとなってしまう。
項垂れた可憐を庇うかのように、クラウンも会話に加わった。
「俺達オマケを生かしておくメリットは何だ?」
「あ?決まってんだろ、人質を安心させるためのデコイだ」と、カネジョー。
「政治的利用と言っていたが、具体的には何を要求するつもりだ」との問いにも、カネジョーは、あっさり「陸軍と空軍の撤退だろ」と教えてくれた。
見た目はヤンキーそのものだが、大人しくしていれば案外イイヤツなのかもしれない。
「ぶっちゃけ海は人海戦術でイケッからな。厄介なのが空と陸だ」
それにしても他国の人質に、そこまでベラベラ内情をしゃべってもいいものだろうか。
元ニートの可憐でも疑問に思うぐらいだ。
こういう時は、まず、隊長が窘めたりしなきゃいけないのでは?
可憐が目線でユンを探すと、ユンは出入口に立って、こちらをじっと見つめている。
会話に関わる気一切なしか。
可憐の目線を追って、カネジョーが肩をすくめてみせる。
「ユンと、しゃべりたいのか?やめとけ、無駄だ。あいつは話すことすら億劫に感じる面倒くさがり屋だぞ」
「よく、そんな人が隊長やっていられるね……」
ぽつんと呟いた可憐の独り言に、キースも反応する。
「コミュ不全でも、能力でみりゃあ優秀だからな。それに、あいつのオヤジは海軍のエリートだ。巨乳大尉も目をかけたくなるってものさ」
自分の上官を、平気で巨乳呼ばわりである。
大尉本人からも怒られていたが、第九小隊の面々に礼儀という考えはないのか。
いや、まぁ、ここまでタメグチな可憐が礼儀を問うのも、おかしな感じではあるが。
向こうがタメで話しかけてくるから、なんとなく可憐もタメで返していた。
こうして現地の軍人、それも下っ端のみと話したのはセルーンが初めてだ。
ほとんど話を聞いてくれないか、上官つきじゃないと話も出来なかった。
彼らの上官が近くにいない今なら聞ける。下っ端兵士の本音を。
「キースとカネジョーは、エリート軍人の家柄ではないんだね?じゃあ、どう思っているんだ。この戦争を」
「あ?」と再びカネジョーの眉間には皺が寄り、その傍らではキースがきっぱり答える。
「くだらんと思っている。こんな戦いに、一体何の意味があるのかと」
極めて理性的な答えを返されるとは思っていなくて、可憐の返事も一瞬遅れる。
てっきりセルーンに勝利をもたらすために戦う!といった答えを予想していたのに。
「え、えぇと、それなら、なんで軍人に」
「しょーがねーだろ?金持ちの家に生まれてねーんだから」
眼光ヤンキーに戻って吐き捨てたのは、カネジョーだ。
キースは「俺の家は貧乏ではないんだが」と断ってから、理由を述べる。
「軍の金で好き勝手に研究が出来るとなりゃあ、軍人になる他あるまい」
経費で自分の研究をしたいが為なら、人殺しもやむないと?
出稼ぎ目的で戦うカネジョーよりも、最低な理由だ。
さすがにクラウンと可憐の視線は冷ややかになり、カネジョーにも「お前、そんな理由で軍人になったのかよ?」と呆れられる。
「そんな理由とは何だ!俺の趣味をバカにするやつは、俺の趣味で倒してやる!」
斜め上方向にキースがキレて一発触発の雰囲気になった時、これまで、ずっと静観していたユンが制止に入った。
「キース、携帯機をしまえ。人質への危害は認められていない」
見ればキースは黒くて四角い物体を手にしており、あれで可憐を倒すつもりだったのか?
だがユンのおかげで、頭に血が上っていたキースも冷静になったようだ。
「危害を加えるつもりはない」
眼鏡をくいっと指で上に持ち上げると、黒い携帯機をパカッと開く。
どことなく任天堂の3DSに似ているが、ボタンの配置は全く違う。
というか、ボタンが一個しかない。それに任天堂のロゴマークも、ついていない。
――と、そこまで考えて、当たり前だと可憐は我に返る。
ここは異世界サイサンダラなのだ。任天堂のゲーム機など、あるわけがない。
とすると、これは彼が作ったか、或いはセルーン製の携帯ゲーム機だろうか。
「ヴァーチャルバドリーで、いやらしくも悶えさせてやろうと思ったまでよ、ククッ」
なんだかよく判らないが、自信のほどは可憐にも伝わってくる。
3DSモドキで何をどうやれば、いやらしく悶えるハメになるのかは判らないが、どうせやるなら可憐やクラウンではなく女性に使って欲しいものだ。
「そういうのを危害と呼ぶんだ」と、ユンは素っ気ない。
キースの奇行奇弁にも、すっかり慣れきっているようだ。さすがは隊長。
ユンは可憐達へ振り返り、深々と頭を下げる。
「すまなかった。気を悪くしただろうが、変態眼鏡の戯れ言と思って聞き流してやってくれ。それと、当面は大人しくしてもらえると助かる」
「ウォイ!誰が変態眼鏡だぁ!!」
背後では変態眼鏡が騒いでいるが、ユンは当然のスルー。
ついでとばかりに可憐は尋ねてみた。
「君が軍人になった理由を、まだ聞いていないよ。お父さんが軍人だから、君も軍人になったの?」
ユンは黙っている。
黙ったまま、何秒何分と時間だけが過ぎていく。
キースやカネジョーがフレンドリーだから、うっかりユンにもタメで話しかけてしまったが、隊長相手に少々馴れ馴れしかったかな、と早くも可憐の心臓はバクバクしてきた。
答えは期待できそうにないと思い始めた頃に、ようやく答えが返ってきた。
「俺に選択権は、与えられていなかった。あの家の子供として産まれた以上」
無表情ではあるが、ユンの瞳の奥に悲しみを感じて、可憐はハッとなる。
エリート家系といえど、やはり下っ端は戦争を快く思っていない者ばかりなのだ。
一番物騒とされるセルーンでも。
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