面倒な案件は、ひとまず後回しで

仁礼尼も戻ってきて皆で膳を囲む中、それとなく可憐は尋ねてみた。
「仁礼尼さんは未来も視えるそうだけど、サイサンダラの未来って、どうなるの?」
ド直球な質問に、しかし仁礼尼は薄く笑って頭を振る。
「それをお尋ねになったところで、意味があるとは思えませんよ」
どうして?と可憐が尋ねる前に、隣に座ったミルが真理へ辿り着く。
「あぁ、そうか。これから起こす行動で未来のゆく筋も変わっていくから、君が見た未来とボクたちが進む未来は、重ならないかもしれないんだね」
例えば、可憐が未来に飛んで当たり馬券を調べてきたとしても、その後の試合で誰かが故意に八百長した場合、当たりが変わってしまう事もありえる。
そう言われると、確かに未来を知るのは意味がない。
「では、今の話をしよう」と切り出したのは、ドラストだ。
「セルーンの管理者は、どこにいる?遠い土地も見える貴様なら、知っているはずだ」
高飛車な質問にも、素直に頷き仁礼尼が答える。
「壁に囲まれた場所。12の試練に阻まれた場所――管理者は、その先にいます。あなたがたが試練に打ち勝つには、条件に合う仲間が必要でしょう」
「条件って?その条件も、君には見えているのかい」
ミルの質問には、首を真横に振って少女尼が目を伏せる。
「……12の試練は、毎回条件が変わります。過去にも未来にも突破できた者は、おりません。然るに、あれは管理者が毎回その時の思いつきで出しているのではないかと」
「アドリブクイズ大会!?」と驚く可憐を横目に、ミルは、うーんと腕を組んで考え込む。
「謎解き自体、あんまり得意じゃないんだけど……毎回出題も変わるとなると、対策のしようがないなぁ」
「できるだけ特技の多い人を仲間に入れればいいんじゃない?」とはナナの思いつきだが、多彩な人材が、そう簡単に仲間になってくれるかどうかは怪しいものだ。
可憐のスマイルで勧誘するにしても、どういった特技の者を集めればいいのやら。
「どんな傾向だったのかが判れば対策の練りようもあろう」
ドラストが仁礼尼に過去の出題例を促すと、仁礼尼は天井を見上げながら、ぽつりぽつりと思い出す。
「そうですね……傾向としましては、内に抱える真理を求めてくる。といった感じでしょうか」
あまりにも抽象的すぎて判りにくかったのか、皆の反応は鈍い。
そうと気づいた彼女も、言い直した。
「本心といったものは皆様、普段は表に出さないでしょう?試練は、内面の真実を差し出せと要求してくるものが多かったように思えます」
「え〜、つまり本音を皆の前でカミングアウトしろってこと?なんか恥ずかしいなぁ」
アンナが視線を逸らして赤面する。
可憐も同感だ。特に自分の場合、皆には言えない部分のほうが多い。
「それで人数が必要ってことは、内容範囲が広いってこと?」
「思考や性癖、特殊能力なんかも考慮に入れて探さないと駄目かもね」
仲間がヒソヒソ囁きあうのを見ながら、可憐も気になった点を尋ねてみた。
「試練に挑戦できるのは何人でもオッケーなの?大勢で押しかけちゃっても大丈夫かな」
仁礼尼は、きっぱり断言する。
「えぇ。試練を突破できるのであれば、何人でも拒まぬようでしたよ。ただ……挑戦できるのは一団体に限り一回まで、のようでしたが」
最初の扉の前で団体の代表が名乗りをあげて試練が始まる。
一つでも失敗すれば、即終了。全員元の場所に追い出される。
「過去に挑戦した人たちって、管理者に何の用があったのかな?」
首を傾げるナナにも、仁礼尼が答える。
「多くは、扉の向こうに宝があると信じていたようでした」
「んで試練会場は、どこにあるん?てか扉なんやったら、ウチの鷹の指で開けられへん?」
ジャッカーに、あぁ、と仁礼尼は苦笑して彼女の発言を否定する。
「扉というのは便宜上の名称です。試練は鍵や呪いの類では、ございませぬ。意志と言いかえたほうが宜しいのかもしれません」
銅間の鏡で視えた光景によると、天までそびえる巨大な扉が平地に立っているらしい。
おまけに場所は毎回変わるのだとも言われ、可憐は、だんだん眩暈がしてきた。
毎回変わるのに、何度も挑戦者が現れているのも謎だ。
挑戦者は、どうやって試練の場所を突き止めたのであろう。
「扉は、ある日突然、何もなかった場所に現れるのです」と、仁礼尼。
巨大な扉なんてものが突如出現すれば、物好きが開けようと挑戦するのも納得だ。
「それも管理者の意志でやっているとしたら、ボク達には見つけられないかもしれない」
ミルの眉間には縦皺が寄り、ドラストは、さらなる情報を仁礼尼から引き出そうとする。
「扉が発生するにあたり条件といったものはないのか?結果論でいい。発生する前後の動きに共通点は、なかっただろうか」
しばし考え込み、やがて仁礼尼は「あ」と小さく叫んで答えを出した。
「共通点、ありました。発生する場所の共通点です。扉の出現する近くには、必ず池があったように思います。その池で……」
「池で?」
皆が固唾を飲んで続きを待つ中、仁礼尼は思い出そうと両目を瞑る。
「池で……必ず、同行者の誰かが誤って落ちていたような……」
可憐は「どんぐりころころかよ!」と思わずノリで突っ込むと、「……どんぐりころころ、とは?」と怪訝に聞き返すクラウンをスルーして、仁礼尼に詰め寄った。
「ころころする池は、なんでもいいの?どこの池でもイケる?」
「え、えぇ……どこと特定できる池では、なかったかと」
「あ、今のはダジャレじゃないからね」
しっかり一人ボケ突っ込みして、可憐は皆へ向き直る。
「よーし皆、池を探そう!そしてキースを池に突き落とそう!!」
「おー!」と、勢いノリで女性陣も手をあげる中。
「待って可憐、試練を突破できそうな仲間を探すのが先だよ」
さすがにミルは本題を見失わず、冷静に歯止めをかけてくる。
「ならば、俺は突き落とすべきではないな。俺は皆にはない特技を持っているぞ」
キースも仏頂面で切り返し、むくりと起き上がった。
てっきりまだ気絶していると思っていたのに、いつの間にか意識を取り戻したようだ。
慌てて可憐は、精一杯の言い訳をかます。
「あ、い、今のはジョーク、ジョークだからね?」
だがキースは聞いておらず「キースの特技って何よ?」というセーラの問いに答えていた。
「この中で機械に詳しいのは俺だけだ。オリジナル機械を作り出せるのも、な」
ひとまず当面の目標として、セルーンの管理者に会うのは一番最後でいいだろう。
ワ国次期帝との対面が先だ。
ワ国との停戦協定が結ばれ次第、一旦イルミやクルズにも戻る必要がある。
イルミとクルズ、双方の軍隊の動きを止めなければ、真の停戦には成りえないからだ。


夕餉を終えて、食後の茶を啜りながら。ふと、可憐は気がついた。
「あ……弁当、どうしよ」
小鳥から受け取った弁当が、まだ残っているではないか。
一緒に食べてしまおうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
「今日中に食べないと駄目だよね、生ものみたいだし」と、覗き込んできたミルも言う。
「失礼、そちらは?」
仁礼尼が興味津々尋ねてきたので、「小鳥さんに作ってもらったんだ」と可憐が答えると、途端にキランと彼女の瞳が輝く。
「小鳥様が……こちら、食べないのであれば、いただいても?」
可憐が許可を出す前に、「えぇ、どうぞ」とエリーヌが弁当箱を差し出した。
「たくさんの情報を教えていただきましたし、紹介状のお礼になれば幸いです」
「ありがとうございます!」と両手を打って喜ぶ仁礼尼は、年相応の少女に見えた。
「小鳥さんを知ってるのかい?」
尋ねるミルへ「もちろんです」と仁礼尼は頷き、ただし遠目の一方的だとも付け加える。
「小鳥様は聡明でお優しい御后様でいらっしゃいました。帝の次に人気の高い方だったのですよ。でも……ご病弱でいらしたが為に、やがて辺境の地での養生を余儀なくされました」
小鳥が養生を決めたのは、后の身であった頃だ。
その頃はまだ同居していた刃も成長後には旅立っていき、小鳥は今の屋敷に引っ越した。
ひーふーみーと指折りで数えた後、改めて可憐は仁礼尼を見やる。
現役時代の小鳥を知っているとなると、見た目通りの年齢ではないのか。
とすると、イルミの最長老みたいな存在なのだろうか。
あれも見た目は幼女でありながら、やたら年寄り臭い話し方をした。
側近の話によれば昔から最長老をやっていたようでもあり、実年齢はババアに違いない。
ここで気になるのは、ミルだ。
仁礼尼とミルは"同じ"――という運河 大吾や、本人達の交わしていた会話が浮かんでくる。
可憐はチラリと彼女の様子も伺い、薄目になる。
よもや、ミルも同じなのではあるまいか?
ミルも、最長老と一緒で実年齢は化石ババアなのでは……
いや。
いや、いやいやいや。
それならケイズナーかブレクトフォーあたりが気づくはず。
彼らはミルに対して、何も言っていなかった。
ミルは仁礼尼と同じでも、最長老とは違うはず。そうだと思いたい。
一人でふるふる何度も頭をふる可憐を見てミルは怪訝に首を傾げるが、あえて何も突っ込まず、これから先の予定を仲間と話し合う。
「人探しをするにしても、具体的にどんな人を仲間にするのか決めておかないとね」
「仲間になってくれそうな人なら、誰でもいいんじゃないの?」
能天気なナナの意見には、セツナ女医が駄目出しする。
「駄目よ、それでは。最低でも、私達と思考や性格がかぶらない人を見つけないといけないわ」
そうはいうが、これから向かう空軍駐屯地は全く知らない人だらけの場所だ。
そんな場所で、お前の本音を見せてみろ!と言って、何人が公開してくれるというのか。
仲間になった人を軒並み連れていき、ぶっつけ本番で試すのが一番現実的だろう。
それでも足りなければ、試練にあう形で自分の意志を曲げるしかない。
「仲間を探すのは気が早いでしょ。それよりも、誰が次期帝を説得するんですか?」との、ミラーの問いに。
「やっぱエリーヌが適任じゃないかなぁ」と答えるミルを遮り、当の本人が目線で示す。
「いいえ。説得はカレン様にお任せします。この戦争においてカレン様は中立の立場でいらっしゃいますから、クルズに属する私よりも、声が届くのではないかと期待しております」
その可憐は未だミルの実年齢をアレコレ考え、悶々としていた……
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