仁礼尼

金物屋の居候、六輔の紹介で、可憐一行は小平山を登っていた。
仁礼尼の住む神社は、小平山の頂上にあるというのだ。
サイサンダラに来てから、何度となく山登りをしている気がする。
前の世界では山登りなど、滅多にしなかった。
小学校の遠足だっただろうか?最初で最後の山登りは。
もっとも、あれは山登りと呼ぶのもおこがましく、低い丘を歩いた記憶だ。
それだけでも幼き日の可憐は息が上がり、運動なんてするもんじゃないと辟易した。
今は急な斜面を上り下りしたって、まったく息が切れない。
弁当を持参しているから、この世界に来たばかりの頃みたいに空腹で倒れる心配もなかろう。
なにより、仲間が沢山いる。
人の輪から外れて一人寂しく遠足に参加した、あの頃の自分は、どこにもいない。
今も「カレン、疲れたら中腹で飯にしよう」と傍らのクラウンが気遣ってくる。
全然疲れちゃいなかったが、可憐は笑顔で返しておいた。
「うん。ワ国流のお弁当、楽しみだね!」
弁当は白羽 刃の母親、白羽 小鳥が用意してくれたものだ。
といっても家主自ら腕を振るったのではなく、お手伝いさんによる調理であった。
蓋を開けてチラ見したところ、桜色の粉がまぶされた綺麗な御飯が見えた。
桜色の粉は、きっと桜でんぶみたいなもので甘いに違いない。
ワ国の料理は和食と似ている。
かくたる証拠は何もないというのに、可憐は勝手に思い込んだ。
桜でんぶは好きだ。大好きだ。
元より甘味には目がない可憐である。
しかしサイサンダラに来てからは、スイーツらしき食べ物を全く口にしていない。
この世界にも一応菓子はあるのだが、可憐の財布の紐はミルが握っている。
無駄遣い厳禁の元に旅しているので、スイーツなど買い食いできるわけがない。
従って、久々の甘味だ。
早くも可憐の腹は、でんぶの味を期待してグーと高らかに鳴き声をあげた。
「なんや、カレンはん。もう腹減りよったん?まだ半分も登うてへんやんけ」
おかげでジャッカーには、からかわれ、先を歩いていたミルにも呆れた表情で振り返られる。
「出がけに何か食べてきたほうがよかったかもね、可憐は。……ボクはお腹空いていないけど、他に空いている人は、いる?いたら、ちょっと一休みして、お菓子を食べようか」
前の世界なら全員に大爆笑されて、あげく山頂まで我慢しろと叱咤されていた場面だ。
やはり、この世界の住民は誰もが可憐に優しい。
いつもは毒しか吐かないミルでさえも。
何人かが手をあげ、野原にマットを敷くフォーリンへ可憐が話しかける。
「お、お菓子、持ってきてたんだ」
「えぇ。道中で小腹が空くかもしれないと思って、何個か買っておいたんです」
すると、これはフォーリンのおやつだったのか。食べるのは悪い気がする。
本人は全く気にしていないのかマットの上に座ると、可憐に一つ差し出してきた。
クッキーとクッキーの間に、生クリームが挟んである。
「レーズンは入ってないんだ」と思わず呟いた可憐に「レーズン、ですか?」と聞き返し、一枚パクッと口に含んで、フォーリンは嬉しそうに微笑んだ。
「ふぅ〜、美味しいですぅ。運動の後だと余計に」
「君は運動してなくても好きだろ、それ」
すかさすミルの嫌味が飛んでくるも、フォーリンは華麗に受け流す。
「えぇ、運動してもしなくても、美味しさの基本は変わりませんし!」
「ほぅ、ここらで買ったのではなくクルズ持参の菓子だったか。なんという名だ?」
ドラストやナナが興味津々のぞき込んでくるのへも、笑顔で答えた。
「はい、クルズの代表銘菓でクッキーハムハムって言います。ふわっとホイップされたクリームと、しっとりクッキーのハーモニーが絶品なんですよぉ」
ナマモノに見えるのだが、同郷出身のアンナ曰く生ではないらしい。
「ふわっとホイップした後、魔法で柔らかさを固定化させているんです。ついでに防腐加工してありますから、保存食としても人気の定番商品ですよ」
「魔法で」
思わず、手元のクッキーをじろじろ眺めてしまった可憐であった。
前の世界でのクッキーと大差ないように見えるのだが、魔法で加工していたとは驚きだ。
この分だと冷凍食品の代わりとなる製法も、この世界には存在していそうである。
異世界、恐るべし。
「ハムハムッと何枚でも食べられちゃうから、ハムハムなんですぅ」
フォーリンは早くも二枚目をハムハムしている。
何かを食べる彼女は実に嬉しそうで、見ているこちらまで幸せな気分になれる。
だが続けて放たれた「だから、そんなに太っちゃうんだよ」というミルの嫌味にはビクッと体を震わせた。
慌てて可憐はフォローしてやる。
「フォーリンは、いうほど太ってないよ?」
「太ってるよ。服が体形を隠しているだけで、中身はブヨブヨなんだから」
「ひ、酷いですミルッ!? ブヨブヨっていうほどには太ってませぇん」
本人が涙目で否定しようと、ミルは全くお構いなし。
突き刺さる冷たい視線のオマケつきで、トドメを刺しにくる。
「自分で、そう思ってるだけじゃないの?今度お風呂に入った時、じっくり鏡と睨めっこしてごらんよ。ブヨブヨだから」
フォーリンの太っている説には、キースも反論に加わった。
「違うな。彼女の場合は全ての肉がオッパイに詰まっている。それで触ると、プヨプヨのモッチリなんだろう。俺も是非顔を埋めてみたいものだ」
フォローなんだかセクハラなんだかの発言には、「ヒッ!?」とフォーリンも引き気味だ。
流れを変えようと、少々強引にミラーが割り込んできた。
「とっ、ところで仁礼尼に関して何やら気になることを言っていましたよね、シズルさんのお父さん!」
「気になること?」とミルが食いついてきたのに内心ホッとしながら、続けるには。
「えぇ、ミルさんを見て仁礼尼さんみたいだとか、なんとか……仁礼尼さんも少女なんでしょうか」
それは実際に会ってみれば判ることだが、確かに可憐も気にならなくはない。
一行の中で、少女なのはミルだけではない。ジャッカーも、そうだ。
なのに運河 大吾はミルを見て、仁礼尼のようだと言った。
少女である以外にも、ミルとの共通点があるというのか。仁礼尼に。
真っ先に可憐が考えたのは、意地っ張りじゃないといいなぁという個人的な感想であった……


のんびり雑談しながら登ってきたせいか山頂へつく頃には景色は真っ暗で、肌寒さにブルッと震えた可憐へ間髪入れずに羽織が差し出される。
「白羽家で借りてきた。寒ければ羽織るといい」
クラウンだ。普段は無口で雑談にも加わらないけど、可憐にだけは親切だ。
もはや友人を通り越して、親友と呼んでも差し支えなかろう。
少なくとも可憐のほうでは、そう思っている。
たとえクラウン側が、そうは思っていなかったとしても。
白羽家御用達の羽織に視線を移すと、これがまた立派な家紋入りのしっかり仕立てで、西洋エンジェル顔の可憐が着たら似合わないんじゃないかと本人も考えたりしたが、背に腹は代えられない。
山頂というだけあって、鳥肌になるほど寒い。しかも夜だし。
見れば他の仲間も荷物からコートやジャケットなど羽織る上着を取り出しており、来た時の格好のままで平然としているのなんてクラウンだけだ。
相変わらず上から下まで黒一色、体にぴっちりフィットな服を着ている。
イルミを発つ前、ミラーと二人でコーディネイトしてやった衣類は、どこへしまい込んだのか。
もしかして、新しい服なんていらなかったのではあるまいか。
疑念にかられる可憐を置き去りに、ミルが上空を見上げてポツリと呟いた。
「ここが鎮守神社、かぁ……」
目の前にそびえるのは、真っ赤な鳥居が一つ。
鳥居をくぐると奥へ続く小径があり、遠目に神社らしき建物が見えている。
こんな処に一人で住むだなんて、可憐だったら寂しくて死んでしまいそうだ。
クラマラスだって集団で暮らしていた。モンスターでも山頂に一人で住むのは寂しいとみえる。
大体ここにはインターネットがない。人の住む場所ではない。
サイサンダラには元よりインターネットがない事を失念しつつ、可憐は勝手に自己完結した。
「いってみよう」
誰に言うでもなく呟いたミルに頷き、全員で奥へ進む。
鬼が出るか、蛇が出るか。
はたまた絶世の巨乳美女が、お迎えしてくれるのか?
イルミの最長老に会う前と同じく無駄な妄想に一瞬心をときめかせるも、すぐに可憐はハッとなる。
大吾が見つけた、ミルと仁礼尼の共通点に思い当たったのだ。

――もしや、仁礼尼はミルみたいに可愛い系の美少女なのでは!?

ミルだって黙って立っていれば絶世とまではいかなくても、カワイコちゃんと言えなくもない。
可憐にロリータ属性はないのだが、それでも彼女は可愛い部類だと思う。
恋人契約を持ち掛けたのだって、ミルが可愛かったからだ。
可愛くなかったら、言い出しもしなかった。
まぁ、あれは半分冗談のつもりだったのだが、ミルが頷いたのには驚いた。
そして、その後しっかり約束が反故にされていたと知った時には二度驚いた。
願わくば、仁礼尼はミルと違って誠実な美少女であってほしい。
ワクワクテカテカ期待に胸を弾ませながら、可憐はミルの後に続いて神社の境内に入る。
「どなたか、おりませんかぁー?」
最初に声をかけたのは、ミラーだった。
遅れてエリーヌも声をかける。
「夜分遅くに失礼します。こちらに仁礼尼様は、おられますでしょうか?」
「ボクたち、どうしても貴女に会わないと駄目なんだ。出てきてくれる〜?」
ミルもドラストもアンナもジャッカーも、それから第九小隊の面々も次々声を出していき、無言を貫くクラウンを誘って可憐も声をかける側に加わった。
「ほら、クラウン。皆と一緒に仁礼尼さんを探さないと。お〜い、仁礼尼さーん!どこにいるんですかぁ〜」
クラウンは無言で首を振り、さっさと社に近づくと、前触れもなしに扉を引き開ける。
一見無礼とも思える行動には全員が泡を食うも、中から返ってきた涼やかな声にハッとなった。
「……どちら様でございましょう。仁礼は寝床にございます。御用がおありでございましたら、どうか遠慮なさらず奥へお入りくださいませ」
可憐を促す素振りさえ見せずにクラウンが上がり込むのを呆然と見送ってしまったが、我に返ったミルやキースらと一緒に可憐も慌てて彼の背中を追いかけた。
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