次期帝を探せ!

可憐一行を辺境の地へ運んだのは、海路であった。
海軍の船に誘導されて上陸した後は、乗ってきた軍艦を没収された。
「そういやアレはどうした、モンスターどもを招集しないのか?」
ふと思い出したようにドラストに尋ねられ、ミルが首を傾げる。
「それなんだけど……ここで、おーいクラマラスーってやったら、野生のクラマラスが寄ってきそうだよね」
クラマラスは元々ワに生息しているモンスターだ。
仲間だったクラマラスの中で個体名が判っているのは、長の黒炎だけ。
彼女とも、連絡を取る手段が一つもない。
「なにか連絡できるアイテムがあればよかったね、犬笛みたいな」と宣う可憐に「犬笛って?」と聞いてから、ミルは腕を組む。
「すぐ戻ってくると思ってたんだけど、意外と執着心は薄かったみたいだね」
「執着心って?」
聞き返してくる可憐の鼻先に指を突き付けて、ミルは答えた。
「君への執着心に決まっているじゃないか。交換条件で欲しがっていた割には、執着心が薄いなぁって」
クラマラスにしてみたら、可憐は気まぐれの対象でしかなかったのだろうか。
旅立ちの日には飲めや歌えやどんちゃん騒ぎをした仲なのに、寂しいことだ。
考えてみれば、可憐の仲間になる女子は、いつもそうだ。
最初のうちは可憐に興味を持ったり好意的なのに、いつの間にか興味を失っている。
ミルですら、最初にかわした恋人の約束を忘れているようだ。
ナナから聞いた話だと、可憐をフリーだと紹介したらしい。
前の世界でも失礼な人が多かったし、女子というのは基本失礼な生き物なのか。
自分の行為や性格を棚に上げて、可憐は内心憤る。
それでも性的に見て女子と男子どちらが好きか?と問われたら、迷わず女子を選ぶであろう。
女子には男子にはない良さが、いっぱいある。例えば、巨乳とか。
可憐が極めてどうでもいい事を考えている間に、話題は他に移ったようで。
「いなくなった仲間を求めても、どうにもなるまい。今は元后妃誘拐からの空軍探しを具体的に考えるべきだ」
いつの間にやらキースが場を仕切っていた。
「と、言われましてもね……」
そちらもアテが全くなく、雲をつかむ話だ。
母親でさえ三十八番目の小隊が新設であるといった些細な情報しか知らないのだ。
「この集落な、坂を下りた先に別の街があるんやて」
煮詰まる話題の中で切り出したのは、ジャッカーだ。
「そっちやと子供もいっぱい住んどって、学校やお店もあるそうや」
「……それが何か?」
仏頂面で返すユンに、重ねて言う。
「店を営業しとるんなら、病気で養生しとるんやない一般人もおるってこっちゃろ?多少は情報通も、おるんやないか」
あとな、ウチがここらの連中に聞いた話だと――と、なおも初耳情報を皆に告げる。
「小鳥はんは、以前その街に住んどったらしいで?息子と一緒に。息子が旅立ってから、こっち来た〜言うてたさかい。ほんで、幼馴染の実家が街に残ってるそうや。そっから追跡できひん?」
「幼馴染って、なんて名前なの?」と、ナナが問えば。
「小鳥さんに聞けば判るよ。さっそく聞いてみよう」
ミルが走り出し、皆も後を追いかけた。

幼馴染の名前は、すぐに判明した。
「運河 シズル――で、ございます」
運河家は代々水門を守る一族で、水門から攻め込んでくる賊退治に当たっているのだという。
大昔は海賊だったのが、今はセルーンやイルミの海軍に替わった。
軍艦相手に民間人が戦えるのか?
首を捻る可憐に、小鳥は苦笑して答えた。
水門を守るだけなら、なにも船に乗って出る必要はない。
水の流れを変えて、船ごと押し出してしまえば良い。
あとは、それこそワの海軍が片付けてくれる。
狭き水門を通ろうとしてくるような相手だ。数も少ない。
「それで跡継ぎたるシズルンは、何故おたくの息子と一緒に空軍へ?」
キースの問いに「刃が、そう望んだからでございます」と、小鳥。
シズルと一緒に軍隊入りするのを条件とし、遺言に従ったのだ。
「仲良しだったんだねぇ」と、ナナがウンウン頷く。
「シズルは、よく納得したね?水門を守らなきゃいけなかったのに」
ミルは逆に首を傾げた。
「本人も納得の上でした。水門主曰く本人が志願した、と……」
ナナの言うとおり、仲良しで離れたくないが故の納得だろうか。
「水門主へ招待状を書いていただけるかしら。私達、なんとしてでも彼らに会わなければいけないの」
セーラの頼みに、小鳥は少し悩んだふうであったが割合すぐに答えをよこした。
「運河家と会うのでしたら、紹介状など必要ないでしょう。あれの立場は地主ではなく、ただの守人なのですから」
「や、そーなんだけどよ」とカネジョーも口を挟み、じろりと彼女を睨みつける。
「俺ら赤の他人がいきなり行ったって 向こうだって不審がるだろ」
「それなら、大丈夫でございましょう」
睨まれても怖がったりせず、小鳥は微笑んだ。
「ここはワ国の果て、辺境の地。訪れし旅人には優しくせよ――それが、掟でございます」
怯えてはいないが、儚く、今にも消えてしまいそうな笑みだ。
睨みつけた側の胸が、罪悪感でチクチクしてきそうなほどの。
魂は白く純粋で、それでいて慎ましく弱々しい光だとクラウンは思った。
前の帝は、彼女に重たい運命を背負わせたことを後悔したのかもしれない。
だから、彼女の我が儘を聞いてやったのだ。
辺境の地で余生を過ごしたいという、小さな我が儘を。
この女性の息子であるならば、白羽 刃の魂も清くて純粋だと予想できる。
だが、軍は人を狂わせる組織だ。
願わくば、彼が正気なうちに会っておきたい。
そのためにも、彼らの現住所を割り出さねばならないが――

運河 シズルの父親、運河 大吾への面会は、すんなり通った。
小鳥の屋敷で厄介になっていると自己紹介したら、居間まで通されたのだ。
「小鳥様の客人ってぇんじゃ、会わねぇわけにもいかねぇよ。しかし、あいつの現住所は俺にも判らねぇな」
がっかり返事にもめげず、エリーヌが尋ねる。
「では、質問を変えましょう。シズル様とヤイバ様は、どの経路で旅立ってゆかれましたか?」
「なんでぇシズル様って。テレくせぇやな」
ニヤニヤ笑って突っ込んでから、改めて大吾が答える。
「どの経路って、陸に決まってんだろが。山三つ越えて一旦首都に出てよ、それから駐屯所に振り分けられるんだ。んだけど、空軍は陸軍と違って辺鄙なトコにあっからよ。下手したら、ここより山奥にあんのかもしんねぇな」
「あんたは、そーゆーの、どこで知ったんだ?」
カネジョーの突っ込みに、大吾は、まるで馬鹿を見るかのような顔つきで彼に答えた。
「あ〜?行商人から聞いたに決まってんだろ。あいつら何でも知ってっからな!」
では、行商人に尋ねれば各駐屯地の正確な場所も判るだろうか。
親しい行商人を教えろとキースに頼まれ、大吾は手近な紙に、さらさらと書き込む。
「こっから脇に入った小径によ、奥平政宗っつぅ金物屋がある。そこんちに入り浸っている、行商人の六輔ってやつが情報通だぜ?」
「奥平政宗とは、お店の名前ですか?ぞれとも店主のお名前でしょうか」
聞き返したフォーリンをスルーして、大吾の目がミルを捉える。
そのまま、じっと見つめてくるから、何を言われるのかとミルは身構える。
可愛いだのチビッコだのと言ってみろ。思いっきり罵倒してやるからな!
だが大吾が発したのは、彼女が予想してもいなかった一言であった。
「ふぅん。よその国にも、おめぇみてぇな奴がいるんだな。鎮守神社の仁礼尼みたいな奴がよぅ」
「ニレイ、アマ?」
聞き覚えのない単語と場所にアンナもミラーも首を傾げるが、大吾は話を元に戻す。
「それにしても、おったまげたぜ。おめぇら、戦争を終わらす予定なんだってな!おう、是非とも終わらせてくれや。そんで、うちの倅を呼び戻してくれ」
大吾は、がっしりした体躯の中年だ。
見てくれ通りの大雑把そうな印象を抱く。
この男の息子、シズルとは如何なる人物像なのか。
「えぇと……これは、余談なんですが」
そっと手をあげてレンが質問する。
「空軍って、要は飛行機乗りですよね?息子さんには操縦の心得が、おありだったんでしょうか」
それに対する大吾の返事は、「あ〜?そんなもん、あるわけねーよ」とのことで。
曰く、飛行機に乗って戦うのは人ではない。
バトローダーと呼ばれる人工生命体だと説明され、全員ポカンとなった。
人工生命体が戦うなら、何で刃はシズルを連れていったのだ。
副司令にする為、か?
だが、そうした役割は軍部が決めるはず。
「シズルはな、いやヤイバもだが、あいつらホントは学士になる予定だったんだ」
どこか遠い目で大吾が語りだす。
「どっかの親バカが、へんな遺言残したせいで全部パーになっちまった。おう、あいつら見つけたら世界を必ず平和にしろよ?これ以上つまんねぇ理由で戦争の犠牲者を出さない為にも、な」
前半は、どえらく不敬な発言だったが、聞かなかったことにしておこう。
ともあれ、オッサンに脅されずとも世界は平和にしてみせるつもりの可憐だ。
それにしても、学士か。
恐らくは学者の類似職業だろうが、シズルは、まさかのインドア派だった。
そんなのが軍隊に入って大丈夫なのか?他人事ながら、少々心配になってきた。
親の遺言だからって、何故従わなければいけないのかも可憐には謎である。
死んだ人間の言うことなんて、無視すりゃよかったのに。
次期帝の立場じゃ、そうもいかなかったんだろうか。なんにしても気の毒だ。
「ほな、次は金物屋さんやな。じゃ、情報あんがとね、おっちゃん」
さっそく立ち上がり、ジャッカーがお礼を言う。
他の者たちも次々感謝を口にしたが、大吾はシッシと追い払う真似をする。
「やめろや、大した情報は提供してねーぜ、俺ァ。それよっか、急いで出かけねぇと金物屋が閉まっちまうぜ?」
それでも去り際、ちらりと可憐が背後を振り返ると、グッと親指を突き出して満面の笑顔を浮かべる大吾が目に入った。
ワ国の住民は、他国人が相手でも怖がったりしないようだ。
それとも、この反応は辺境の地の住民だからこそ……なのだろうか?

可憐の疑問は次に向かった金物屋で、あっさり結論が出る。
金物屋『奥平政宗』の主人、伊勢 庄之助は彼らを歓迎した。
それも、大歓迎と言ってよい。
「らっしゃっせー!いやー、こんな大勢のお客さんが来てくれたのは創業以来じゃないかねぇ」
軽快に大声で叫ばれて、女性陣がビビる中。
「いや、悪いんだが、俺達は買い物客じゃない」
キースがバッサリ断っても、店長のテンションは高いままだ。
「おしゃべりだって冷やかしだって、当店は大歓迎だよ!なんせね、ここはどんどん人口が過疎化していくだろ?もうね、そうなると客なんて滅多に来ない。ましてや、うちは金物屋だしね。だからといって山越えして首都に店を構えるってのもねー!この歳になっちゃったら、きっついってもんよ!アハハハー!」
この歳というが、庄之助の外見は若々しい。
黒髪は、ふさふさしているし、声にも張りがある。年齢不詳だ。
「ここに居候している六輔という男と話したい」
単刀直入、訪問目的だけを伝えるユンにも店長は爆笑し、かと思えば、ころりと真面目に戻って六輔を呼んだ。
「おーい、六輔!お前に客だ、依頼じゃなくて雑談目的みたいだがな!」
ややあってトントンと階段を降りてきたのは、小男だった。
ミルやジャッカーと大体同じぐらいの背丈だが、子供ではない。
頭は禿げ上がり、背中が曲がっている。下手すると庄之助より歳寄りに見える。
六輔は、じろりと皆を見上げ、小声でぼやいた。
「何が聞きたいんだ。都で起きている泥仕合の噂か?」
泥仕合とは何だ。気になるが今一番聞きたいのは、それじゃない。
「ワ国第三十八小隊空撃部隊の駐屯地だ」と答えるキースを睨み、六輔が聞き返す。
「聞いて、なんとする?」
愛想の悪い行商人にキースが気を悪くした様子はなく、彼はキラリと眼鏡を光らせ、こう答えた。
「直談判だ。戦争を終わらすには国の一番偉い奴と話し合うのが一番だからな」
この答えは予想していなかったのか、六輔は呆気に取られる。
「直談判?国の、一番偉い奴……?」
呆気に取られたのは六輔ばかりではなく、レンやユンもだ。
いつもクドクド小賢しい説明をするキースにしては、えらく簡潔な答えではないか。
これでは、初めて聞かされた六輔には何が何だか判るまい。
と思っていたら、六輔がフッと口元を歪ませて笑いを漏らす。
「なるほど。次期帝として白羽 刃を探していたのか。空軍駐屯地の場所なら知っているとも、連中は大事な金づるだ。だが、そこへ行くには陸軍の管轄を通らねばならん。俺一人なら通れるが、お前らは異国の民だ。必ず検問に引っかかるだろう……どうする?」
やはり辺境の地に住む住民だけなのだ、異国の民に対して友好的なのは。
小鳥に紹介状を書いてもらう案を切り出したセツナを、六輔は鼻で笑う。
「あの女に今さら何の威光があろうか。何もない。戦場を離脱した女にはな。帝の威光は、今や刃一人に移された。誰もが奴の恩恵にあずかろうと必死だ。都で泥仕合をやっている連中も、な。その刃に会おうってんなら、同様に尊敬を集めた人物の紹介でないと意味がない」
と言われても、誰もワの有名人には詳しくない。
「例えば?」とミルが話を促せば、六輔は如何にも情報通らしく頷いた。
「そうだな……鎮守神社の仁礼尼なら、知名度は充分あるだろう」
運河 大吾からも聞かされた名前だ。相当有名な人物なのかもしれない。
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