ヒャッハー!突撃、ワの国

その日、第七艦隊ドッグを爆発進した一つの軍艦があった。
何の断りもなく飛び出していった艦を咎める者も、いなかった――
のは、飛び出していった数分だけで。
二十分後には艇内いっぱいにサイレンが鳴り響き、一方的に通信機が、がなりたてる。
『そこの第九小隊、止まれ!持ち場を離れてよいと誰が許可したッ!?』
騒いでいるのは誰だ?と、クラウンが第九小隊の面々へ目をやると。
カネジョーはチッと舌打ちして悪態をつく。
「もう王様ヒゲが気づきやがったか!厄介だぜ」
王様ヒゲとは第七艦隊少尉・エウゼンデッヘを指しており、各小隊の実質的な直属上司だ。
少尉クラスが追跡してきたとなると、確かに厄介だ。
操縦席の右手モニターを見やれば、背後に三艘ついてくる軍艦がある。
乗っている船も軍艦だから大砲ぐらいはあろうが、攻撃するのは悪手だ。
後々余計な口実を与えかねないし、ここは逃げの一手だろう。
幸い、最高速度は全艦同じだそうなので。
「う、撃ってきたりしませんよね!?」
傍らでは、キョドった顔でミラーがキースに尋ねている。
キースは、ちらりとミラーの胸に目をやってから答えた。
「ハハハ、お嬢さんは心配性だな。だが安心するといい、セルーンは同志に砲撃したりしな、おわっ!」
話は途中で途切れ、大きく船が横揺れする。
操縦席で再び舌打ちが聞こえてきた。
「畜生、王様ヒゲの野郎、なりふり構わずかよ!」
「撃ってきてるじゃないですかー!」
ミラーはキースに掴みかかり、襟首を引っ張られながらキースも反論する。
「王様ヒゲのやることは我々部下にも至極理解しがたいんだ!あと掴みかかるんじゃなくて、抱き着いてくれたほうが嬉しいぞっ」
「馬鹿を言っている場合じゃないわ、キース」と、混乱の場を収めたのは女医セツナだ。
「出足の分だけ、こちらに利がある……でも、ただ逃げるだけでは、いずれ追いつかれるわ。ユン、できるだけ平和な方法で追跡艦を妨害するわよ、いいわね?」
颯爽と仕切る新顔にミルやドラストが不満を表したかというと、それはなく。
「ここを平穏無事に切り抜ける方法があるというのなら、是非見せてほしいものだな」
やたら高圧な態度でドラストが言い放つ横では、ミルが助力を申し出る。
「後の交渉に響かないんだったら、なんだって協力するよ!」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。穏便な装備で妨害するから」
セツナはミルへ微笑み、続けてキースに命令する。
いや、キースが耳を塞いでいるのに気づき、命令先をナナに切り替えた。
「ナナちゃん、この艦には捕獲網が積んであるはずよ。あれを使って」
「捕獲網?そんなのありましたっけ」
ナナは首を傾げている。
第九小隊は、第七艦隊の艦整備を一手に引き受けているはずなのだが。
「捕獲網?あぁ、王様ヒゲが寄こしてきた、とるにたらんゴミ投網のことか」
代わりに応えたのは、聞いていなかったはずのキースだった。
「実戦で使った連中の話だと、まったく役に立たなかったらしいがな……まぁ、魚を捕るのと一瞬の目くらまし程度には使えるか?」
大揺れする船内を難なく歩き操縦席まで近寄ってくると、ポンポンとリズミカルにボタンを叩き、側面の射出口を開く。
「えぇ、だから平和な方法なのよ」とセツナも頷き、ナナへ再び命じた。
「ナナちゃん、照準を少尉の艦に併せて?」
「待て、ナナたんでは外す恐れがある。俺がやろう」
キースが言い出し、ナナを憤慨させる。
「なによ、馬鹿にして!簡単に外したりしないもん」
おかんむりな彼女は、親友のレンが慰めた。
「まぁまぁ、ナナ、落ち着いて。キースさんは一応うちの砲撃手ですし、外したら盛大に笑ってやりましょう」
端で聞く身としては不安になってくる会話だが、これは彼らの日常なのだろう。
小隊長のユンはボーッとした視線を前方に向けており、雑談を叱ろうともしない。
「よっしゃ、船は全速前進、スピードは緩めねーからな。キース、適当なタイミングで王様ヒゲにぶちかましてやれ!」
「ほいほい。ぶちかますったって網だがな……」
ぶつぶつ言いつつ、しかし砲撃手に任命されているだけあって狙いは正確で、威嚇砲撃の合間を縫って射出された捕獲網が三隻の前方を見事に塞いだ。
やったぁ!と歓声が上がる中、艦のスピードが更に増す。
「よっしゃあぁぁ!このままブッチギッてやんよッ」
血走った目で吼えるカネジョーには、セーラの声援が飛んだ。
「素敵よカネジョーくぅん!世界の果てまでぶっ飛びましょう」
「いやいや、世界の果てって!この艦、ワに向かっているんですよね!?」
衝撃に耐えられなかったのか、床に這いつくばったアンナの問いにはユンが答える。
「そのつもりだが……ワ領に入れば、ワ国軍の出迎えがある」
「そ、そうだ!ワ国の海軍って戦力はどれくらい、うわぁっ!」
ミルの質問が途中で悲鳴に変わる。
後方を振り切ったと思った直後、なんと今度は上から衝撃が来たのだ。
これには「上エエエェェ!?」と叫んで、フォーリンが前方を見やる。
三つ並んだモニターの左手には、上空が映し出されている。
その画面に映りこんでいるのは――戦闘機だ!
「こ、これって、もしや」
涙目のフォーリンに「セルーン空軍だと!?」と驚愕で答えたのはキース。
「王様ヒゲの野郎、管轄外に助けを求めるたぁ、いよいよもって滅茶苦茶だな!」
全部王様ヒゲ、もとい少尉に罪をなすりつけるカネジョーの悪態を聞き流しながら、もしや目を覚ました大尉が緊急要請したのではないかとユンは考えた。
一介の少尉クラスでは動かせないが、艦隊を率いる大尉なら可能だ。
いや、それより問題なのは相手が、こちらを沈める攻撃を仕掛けてきた点だ。
セルーン軍は同志に甘い。それはユンも知っている。
少尉の攻撃は、あくまでも威嚇だった。わざと照準を外していた。
それと比較して空軍の攻撃は、あきらかに船を沈める威力を持っている。
空軍からは、同志と見られていない。そういうことだ。
だが――
「セルーン空軍はワの空軍と交戦中だと聞いたが、こちらに戦力を割く余裕はあるのか?」
クラウンに尋ねられて、改めてユンも首を傾げる。
空も陸も海も、セルーンの戦力は余裕がないはずだ。
ワは滅亡寸前と言われながら、近年はバトローダーの大量生産で押し返してきている。
アナゼリアの要求程度で、貴重な戦力を一機差し向けられるだろうか?
もう一度左手のモニターに目をこらし、ユンは、あっとなる。
思わず、小さく呟いた。
「国旗が間違っている……」
カラーリングこそセルーン空軍戦闘機と酷似しているが、胴体に描かれた国旗がおかしい。
本物は白地に赤いラインが一本なのに、あの戦闘機は二本も入っているではないか。
「偽装だと!?だが、どこの国が何故うちの軍を真似するというんだ!何のために」
全ての疑問をキースが放つのと同時だった。戦闘機の動きが変わったのは。
第九小隊の艦上を離れ、一直線に後方へ向かってゆく。
折しも少尉達の艦は捕獲網を振り切って、体勢を立て直したばかり。
そこを味方軍と思わしき戦闘機に爆撃されては、たまらない。
船足が完全に止まり、混乱の様子が遠目にも伝わってきた。
「なんや、何がしたいんや、あの戦闘機!」
ジャッカーの喚きを聞き流し、ミルが叫んだ。
「あの戦闘機は味方だよ!よくわかんないけど、きっとそうだ!!」
「味方だと?なら何で、一番最初は俺達に爆撃してきたんだ」
キースも喚き、操縦席のカネジョーは全く動じずマイペースに叫んだ。
「ヒャッハー!そんなこたどうだっていい、両方ぶっちぎってやるゼ!!」
相変わらず、血走った目で。
モニターに映った戦闘機が、優雅に旋回するのをミラーは見た。
二、三度少尉の艦を爆撃した後は、再び此方へ向かってくる。
味方なのか敵なのか。せめてそれだけでも、はっきりしてほしい。
「衝撃、構えーぇい!」
ドラストの叫びに併せて、エリーヌは手近な物に張りついた。
が、それは杞憂というもので。
戦闘機は頭上で大きく旋回し、今度はセルーンの空域へ飛んでいく。
「な……何者だったんだ?」
キースがポツンと呟く暇もあらば、またも旋回。
ミラーやアンナは肝を潰されるが、戦闘機は、そのままワの方角へ飛び去った。
左手モニターを凝視していたフォーリンが、小さく囁く。
「……もう、戻ってきません、ね……なんだったんでしょう?」
ミルもモニターを眺め、「ワの空軍だったのかな?」と呟いた。
「ヒャッハアァァァー!」
全く動ぜずハイテンションなままのカネジョーには、一応セツナが釘を刺しておく。
「カネジョー、陸が見えたら減速するのよ。ぶつかって大破だけは勘弁ね」
「いやぁねドクター、カネジョーくんは初心者じゃないのよ?」
すかさずカネジョーをフォローするセーラを横目に、そういや可憐はどうした?
ずっと大人しかったようだが、とクラウンが彼に目をやると。
可憐は自ら吐いたゲロの海に突っ伏して、ぴくぴくと痙攣していた……
「カッ、カレン!?大丈夫か!」
慌てて抱き起こすクラウンを見て、初めて他の仲間も可憐の様子に気づいたかして。
「なんや、大人しい思うたら、気絶してはったん?」
「仕方ないですよ、可憐さんは船に弱い体質ですから」
呆れるジャッカーを窘めて、フォーリンはタオルで可憐の口元を拭ってやる。
「こんなに吐いていたのに、全然気づかなかったよ……ごめんね、可憐」
ミルですら珍しく可憐に同情的なのは、それだけ状況が目まぐるしく忙しかったせいだ。
右手のモニターには、追いかけてくる艦の姿もない。
完全に振り切れたのは、謎の戦闘機が乱入してきたおかげだ。
「あの戦闘機がワの偽装だとして、何故俺達を助けたのか……」
難しい顔で呟くユンに、キースが応える。
「仲間割れしているのが、向こうにもバレちまったか?」
仲間割れしているとなれば、ワ軍にとっちゃ好機だろう。放っておくのが最良の手段だ。
「偽装でセルーン軍を攻撃して、仲間割れを装う予定だった……?」
とはナナの予想だが、それにしても何故が付きまとう。
だがワの方角に飛び去ったのなら、あの戦闘機がワ軍所属なのは間違いない。
ワの軍人に聞ける機会があれば聞いてみたいと、ユンは考えた。
このまま何も妨害がなければ、あと数時間でワに到着する。
妨害が、何もなければ――
「前方、敵艦隊出現!」
ユンの思考は、レンの報告で四散する。
「敵じゃないぞ、今は味方だ!ユン、急いで白旗をあげるんだ!!」とはキースの弁。
しかし、ワ国軍が大人しく見逃してくれるだろうか。ユンなら信用しない。
過去セルーン海軍は何度も同じ手を使って、ワ海軍を騙そうとした。
そして何度となく看破され、降参を装った船は沈められたのだ。
やがてセルーンは数で攻めるようになり、嘘降参作戦は闇に葬られた。
そうした黒歴史は海軍の語り草になっているから、キースも知らないはずがない。
「減速しろ、船を止めるんだ」といったユンの命令は、カネジョーの威勢でかき消される。
「降参なんて弱気になってんじゃねーぜ!このまま突っ込む!!」
これには気絶した可憐と本人以外の全員が「えーっ!?」と大仰天。
「ややや、やめてください、足を失ったら我々は逃げる事も出来なくなります!」
「カネジョーくん、正気に戻って!もう追跡は振り切ったのよォッ」
横合いからレンが引っ張ろうとも、セーラが宥めようとも、船の勢いは衰えず。
「この、馬鹿者がぁッ!」
「くっ――!」
ドラストの氷魔法が操縦機器を凍らせるのと、クラウンの手刀がカネジョーの首筋に叩きこまれたのは、どちらが速かったのかは判らない。
ともあれ船は急減速し、ギリギリでワ国海軍艦隊との衝突を免れた。
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