しょっぱなから災難

イルミ国最長老に依頼され、一路セルーン国へ向かった可憐達であったが――


「ギャー!降参っ!降参しますから、これ以上撃たないでぇーッ!」
波間に可憐の悲鳴が響き渡る。
場所はセルーンとイルミの海上境界線、ヌマポッカ海峡。
遠回りも近道もクソもなければ警告も交渉も一切なく、そろそろ境界線に近づいたかと思った直後、海軍の船に奇襲されたのだ。
あとはボカボカひっきりなしに飛んでくる、砲弾の雨あられに為す術もない。
「ちょっ、最前線に立つセルーン軍というのは、ここまで見境ナシなのですか!?」
大揺れに揺れる船内にて柱にしがみついたエリーヌが問えば、揺れた拍子にテーブルごと壁に押しつけられた格好のアンナが呻くように答える。
「わ、わかりません、そこはドラストさんに聞かないとっ」
そのドラストは、先ほどいきり立って甲板へ出ていったきりだ。
外に出たところで、この船には砲撃手がいないのだから反撃のしようもない。
魔法をかけるにも距離が遠すぎた。
敵は、こちらがイルミから来た船だと判って攻撃を仕掛けてきたようにも思われた。
「ちくしょう、もうセルーンが全ての元凶で間違いないよ、これっ!」
喚くミルに、鼻水と涙でぐしゃぐしゃな顔の可憐が呼びかける。
「元凶とか、どうでもいいから何とかしてぇ、ミル!」
「なんとも出来ないよ!」とミルも叫び返し、天井を見上げた。
天井は始終ギシギシ鳴っており、今にも船がバラバラに分解してしまいそうだ。
「それよりも、この船が沈む前に逃げ出さないと……!」
「い、いやぁぁぁ!俺、泳げないのにぃっ」
泣き喚く可憐やギリギリ歯ガミするミルと比べたら、クラウンは幾分冷静であった。
甲板へ飛び出していったはずが、今は戻ってきて、手には折り畳みボートを抱えている。
「カレン、この船は、あまり長く保ちそうもない。これで脱出しよう」
棒立ちの可憐へ、頭からすっぽりと浮き輪を被せると、力強く励ました。
「大丈夫だ。船が沈めば砲撃も止む。奴らの目的は外敵を陸へ近づかせないだけであり、俺達の殲滅ではない」
「なんでそうと判るんや!?」と、これはジャッキーの金切り声に対し、やはりクラウンは冷静に切り返した。
「奴らが殲滅する気で砲撃すれば、この程度の船など十分で撃沈できる。それをしないのは、撃破ではなく撃退が目的と見て間違いなかろう」
「ち、ちなみにセルーン海軍の船は何艘いたのです?」
柱にしがみついたままのエリーヌの問いに「セルーン軍の一小隊は五艘編成だ」と答え、クラウンは全員を甲板へ誘導する。
「急げ。梁の軋み具合からみても、この船は数十秒で崩壊する」
「あぁぁーっ、史上最悪の大赤字ィィィ!」と絶叫するアンナやミラー、それからジャッカーにフォーリン、ミルと可憐を急き立てる。
「ま、待って下さい、置いてかないでーッ!」
最後にエリーヌが部屋を飛び出し、全員で甲板に出た。

折り畳みボートを手早く組み立て、一同は海に飛び込むと。
先ほどまで乗っていた己の船が、ずぶずぶ沈んでいくのを、ただ呆然と見送った。
撃退が目的だとクラウンは推測していたが、だからといってセルーン軍に見逃されるなんて都合のいい展開があるわけでもなく。
数十分後には、セルーン海軍の船に救助された可憐達であった。
「貴様ら、旅船だと下手な言い訳をしていたようだが、現在ここらの海域が封鎖されていたのを知らなかったとは言わせんぞ」
軍服を着た男には、いきなり上目線で問いかけられ、ミルはふくれっ面で見上げる。
「知らなかったから、ここを通ったに決まってんだろ?知っていたら、わざわざ封鎖された海域なんて通るもんか」
「ちょ、ちょっとミルゥゥゥ!言葉、言葉っ」
フォーリンが慌てるのを横目に、エリーヌも口添えする。
「自国以外の船へは勧告せずに沈めるのが、セルーン軍のやり方なのですか?もし本当に私達が旅客船だったら、大問題ですよ」
イルミとセルーンが戦争をしていなければ、エリーヌの発言は通ったかもしれない。
セルーンの海兵には鼻で笑われただけだった。
「このご時世に旅行をする酔狂な者など、沈められても文句は言えん。それにな、小娘。旅行者を偽って密入国してくるイルミ兵が、今までに一人もいなかったとでも思っているのか?」
向こうの立場で考えれば、怪しい船を沈めておきたいと考えるのは当然であろう。
もし立場が逆だったら、自分だって攻撃してしまうかもしれない。可憐は、そう考えた。
ただ、いきなり攻撃というのは納得いかない。
「ボク達の船に砲撃手がいないのは最初から判っていただろ。なんで撃ったんだ」
口を尖らすミルを見下ろして、海兵はバッサリ言い切った。
「怪しい船は全て沈めろ。最前線に立つ小隊は、そういう命じられておる」
ただし、と付け加えて部下に命じるのも忘れなかった。
「脱出できるまでの時間は充分に与えたはずだぞ。命は取らず、逃げ出した者は全て救助しろとも命じられておる。だから貴様らを全員掬い上げた。おい、誰かこいつらにタオルを用意してやれ」
頭にタオルを放り投げられ、ミルが悪態をつく。
「ここで全員着替えろっていうのか!?デリカシーがないんだな、セルーン軍ってのは!」
疎ましげに一回ジロリと睨みつけ、しかし海兵は案外素直にミルの要望を受け取った。
「判った判った、恥ずかしがり屋の密航者どもめ。男女別での部屋を与えてやるから、そう騒ぐんじゃない」
可憐はクラウンと二人、他のメンバーは全員一緒くたで部屋に放り込まれる。
服を乾かし、濡れた体を拭くまでは自由が与えられた。
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