セルーン海域への旅立ち

一週間後には、全ての準備が完了する。
可憐の部屋は船酔いしない設計になった。
具体的にどうなったのかというと、部屋全体にお椀のような半球体が置かれ、ここで寝そべっている分には波の揺れを感じなくなるのだそうだ。
「本当は可憐さんの体質を改善した方がいいんですが、そこまでの時間もありませんしね」とは、フォーリンの弁。
「これって、俺は部屋から出られないってことなんじゃ……」
可憐の文句は、ミルの一言でシャットアウトされた。
「航海中に部屋から出る必要ないだろ」
食事は個人の部屋で行ない、緊急時には戦闘要員が対応する。
そういう手はずに切り替える。
非戦闘員は、到着まで部屋でのんびりしていればいい。
潮風を背に甲板で美少女と愛を語り合う、可憐の野望は完全に消え去った。
「寂しかったら呼び鈴鳴らしてくれれば、ウチらが遊びにいったるで?」
ジャッカーに気遣われ、可憐は情けない下がり眉で頷く。
「うん、その時は宜しく」
「航海ラインは戦闘海域を大きく回避し、都心部から離れた海岸を目指す」
海図片手に最終確認を取るドラストにも、可憐は尋ねた。
「セルーンの都心部が何処か、ドラストは知っているの?」
「戦争に関わる軍人は皆、知っているはずだ」
ドラストは素っ気なく返し、海図をテーブルに置いた。
「都心部からも最前線からも離れた場所っていうと、このへんかな」
ミルが指さしたのはセルーン領北西。
「どの国も首都は土地の中央にあるんだ。覚えてといてね、可憐」
素直に頷き、可憐は地図をジロジロ眺める。
北西に飛び出たデッパリ地帯が、ひとまずの目的地だ。
「こうしてみると、ワ国って小さいんだね」
「うん」
ミルが頷き、付け加える。
「ワ国は四つの中で一番最後に出来た国だからね。クルズ領から切り離す形で独立したんだよ」
「へぇ、じゃあクルズはワと交流があったのかな?」
「昔は、ね。だからクルズ人はワ国人に反感を持たない人が多いんだ」
それでクラウンの両親も、あっさり結婚したんだろうか。
いや、あっさりかどうかまでは可憐の知るところではないのだが。
「国同士の摩擦でいうと、クルズとイルミ、イルミとセルーン、セルーンとワで啀み合っているね。隣り合わせの位置だから」
「え、でもワとクルズも隣り合わせだけど?」
首を傾げる可憐に、ミルが肩をすくめる。
「だからぁ、さっき言っただろ?ワはクルズからの分裂なんだって。クルズの血をひいた人が多いから、他ほど険悪な仲じゃない」
それでも、ドラストの話だと一旦は攻め滅ぼしかけたのだ。
仲が悪くないと言ったって、クルズとワは同盟国でもない。
敵対していることに代わりはない。
「ワからクルズを攻めてくるって可能性は……?」
「無理だろう」と即座に切り捨てたのはクラウンだ。
「ワは現在、セルーンに攻め込まれている最中だ。それがなくても防戦一方、よその国に攻め込む戦力などない」
ワ国の軍隊は他三つと比べて格段に弱い。
加えて国民の亡命も多いとあっては、戦争で覇権を争う余裕もなかろう。
「じゃあ、ひとまずワは気にしなくていい?」
可憐の問いに皆が頷き、ただしミルだけは忠告を忘れなかった。
「だからといって背中を無防備に空けとくわけにもいかないけどね。エリーヌ。その辺の防衛対策は君の兄上が、しっかりやってる?」
「えぇ」とエリーヌは頷き、皆の顔を見渡した。
「クルズの心配は、いりません。正気に戻ったお父様と、千人部隊の騎士団が守り抜いてみせます。ですから私達は、セルーンの説得に心血を注ぎましょう」
やがて、船がゆるゆると岸を離れる。
帆がピンと張られ、風を受けて大海原を走り出す。
次の目的地はセルーン。
噂だけ聞くと厄介な国で可憐を待ち受けるものとは?

――可憐くんの、次なる戦いにご期待下さいっ!
第三部へ
BACK←◇→INDEX

Page Top