次に目指すは、セルーン

「全ての元凶はセルーンじゃないかと思うんだけど」
前置きしてからミルが仲間に再確認を取る。
「憶測で決めつけるのは良くないし、イルミからワ国へ渡るには、どうしてもセルーン領を通過することになるから、どのみちセルーンから行かざるを得ない」
「そうだ。だから最長老にもセルーンへ行くと言ったのではないか」
ドラストが口を挟む。
彼らは今、破損した船に戻ってきていた。
行きは一日半かかった道中だが、帰りは魔法でひとっ飛びだ。
ドラスト曰く、船の修理も魔法で行なうそうだ。
ただ、さすがに一瞬でとはいかず、修理完了まで一週間待って欲しいと言われた。
イルミは何でも魔法で解決するんだねと感心する可憐に、ドラストは魔法で解決できない問題のほうが遥かに多いと生真面目に答える。
外傷は直せても、戦争で受けた心の傷は癒せない。
生き物を蘇生できるのは、死んだ直後だけだ。
しかも代償を多く求められ、成功率も低い。
知っている場所へは飛べるけど、知らない場所には飛べない――
魔法は制約が多くて機械にあふれた国が時々羨ましくなることもある、と苦笑された。
「魔法の効かない生物も存在するからな」
腰の剣を軽く叩き、ドラストは憂鬱な表情を浮かべる。
「おかげで、我々魔術使いまでもが剣の修行をさせられる始末だ。早く戦が終わって欲しいと思っているのは庶民だけじゃない」
「魔法の効かない生物?」と首を傾げる可憐へ補足したのは、フォーリンだ。
「恐らくは、ワ国のローダーシリーズではないかと……」
ローダーシリーズとは何だという可憐の問いには、クラウンが答える。
「ワ国で開発された人工生命体だ。奴らは死を恐れず、病気にもかからず、魔法も効かないとされる」
「そんなのまで戦争に参加しているんだ!?」
イルミ人が亜種族としてカウントされていないと知った時、この世界には亜種族はモンスターしかいないのかと思った可憐である。
しかしワ国には、モンスターとは異なる亜種族が存在しているようだ。
魔法が効かず、死をも恐れない。
もし敵に回ったとすれば、モンスターより厄介かもしれない。
ぶるりと背筋を震わせて、可憐は皆に尋ねてみる。
「セルーンにも、そういう困った敵っているの?」
「セルーンか?いや、セルーンには、そういう特殊な種族はいないはずだ」
即答したのは、最前線で戦うドラストだ。
「その代わり――と言ってはなんだが、セルーンは機械が発達している。クルズとは異なる意味で厄介な武力国家だ」
「空軍は広範囲に渡る武器を搭載していると、兄から聞いた覚えがあります」とは、エリーヌの証言だ。
「陸軍は銃と呼ばれる武器を持っているからな……あれは魔法よりも飛距離がない反面、殺傷力が異常に高い」
そう言って、ドラストが深く溜息をつく。
ますます来訪を後回しにしたくなる国だが、先ほどミルが言っていたとおり、イルミからワへ行くにはセルーン海域を通過せねばならないのである。
ならば、先にセルーンを説得したほうが早い。
「空も陸も強敵なのですね。だから比較的、警備の緩い海路を?」
ミラーの質問に「いや」とドラストは首を真横に振る。
「海軍も、沖に出れば強敵が待ちかまえていよう。ただ、イルミの近海には近寄らせないと言うだけで」
現に、セルーン領に近いボールド境界は激戦区だ。
可憐には聞き覚えのない海域だが、それは後で教えてもらうとして。
「さっき異種族はセルーンにいないってドラストが言ったけど……一つ懸念がないこともないんだよ、可憐」
腕を組んだミルが、ぼやく。
「セルーンは異世界の扉を開く魔法にも、ご執着でね。次元移動魔法ポトファトラムを創り出したのも、セルーンの魔術師なんだ」
ポトファトラム。
はて、どこかで聞いたような、そうでもないような?
首を傾げる可憐に「あれ?言わなかったっけ」と小さく呟いてから、ミルは改めて言い直した。
「別の世界へ移動する魔法だよ。ボクにもお母さんにも習得できなかった、ものすごく難しい呪文なんだ」
そういや、旅の初めにミルから聞かされた覚えがある。
あの時はフーンと聞き流してしまったが、機械のみならず魔法まで優れているとなると、セルーンには可憐同様、こちらへ連れてこられた現代人がいる可能性も考えられる。
銃器と現代人の組み合わせは凶悪だ。
可憐如き民間人が太刀打できる相手ではない。
マシンガンなど発射されたら、クラウンやドラストでも死んでしまうのではないか。
それだけなら、まだしも。
連れ込まれた現代人が、更なる近代兵器を開発してしまったら?
サイサンダラにも核兵器が登場するのは遠くない未来だと可憐は予想して、青くなった。
「なんで、そこまで凶悪なのにセルーンが世界統一してないんだ?」
素朴な疑問を可憐がくちにすると、ドラストが即答した。
「単純な全体人口数の差だ、カレン。人口が一番多いのはクルズ、二番目がイルミでセルーンは三番目。戦場に投与できる人数で負けているから、技術があっても世界統一できんのだ」
「へぇ〜、一番少ないのはワ国なのか。ワ国は何で滅亡していないんだ」との質問にも、ドラストは答えた。
「バトローダーで壁を作る前は、クルズに攻め滅ぼされる寸前だったと聞くぞ。人類の人口数は最下位だが、ローダーの生産回転数を含めたら、恐らくはセルーンやイルミを越える数になるのではないかと思う」
どの国も一長一短。
故に、戦争は二百年も均衡を保っているのだろう。
「最長老様の、あの態度……あたし達が問題を解決したら、クルズと和平を結んでくれると考えていいんですか?」
アンナの問いに、ドラストは頷いた。
「あぁ。最長老様も長い間、和平の道を試行錯誤しておられたのだ。今までは好戦的な配下がいたから、ままならなかったのだがな」
好戦的な配下といえば、可憐に斬りかかってきたブレクトフォーを思い出す。
イルミ人は外見だけだと優雅に見えるのに、血の気が多いとは意外な発見だ。
まぁ、それを言うならドラストだって、姉の救出に単身クルズへ乗り込むぐらいである。
イルミ人とは、血の気が多い国民性なのかもしれない。
だからこそ、戦争が続けられたとも言えよう。
可憐がニヤニヤ眺めていたら、ドラストには怪訝な顔をされた。
「どうした?私の顔に何かついているか」
「いや、イルミ人って綺麗なのに勇敢な人が多いんだなぁって」
「き、綺麗などと面と向かって言うな」
たちまちドラストはボッと頬を赤らめ、視線を外してしまう。
知り合ってだいぶ経つのに、相変わらず可憐の笑顔には弱いらしい。
綺麗ではあるが、同時に可愛い。
知り合ったばかりの頃と比べて、彼女は随分性格が丸くなったようにも感じる。
そう、可憐好みの女の子になってきたということだ。
彼女候補が、また一人増えた。
可憐とドラストの間に発生した微妙な空気を断ち切ったのは、ミルだ。
「さっ、雑談はココまでにして。荷物整理と船内改装の続きを再開するよ!」

こうして、船体の損傷が直るまでの数日間。
可憐達は"船酔いせず、長期間安全な旅が出来るような"内部の改装に勤しむのであった――
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