ひと時の休息

最長老の住む里にて。
クラウンは、エリーヌが余所見をしているうちに最長老のテントを抜け出した。
かねてよりミラーと約束していた、買い物の為である。
「それで……何を買いたいんだ?」
狭い集落、追いつかれるのも時間の問題だろうが、その前に全てを片付けておきたい。
急かすクラウンに対し、ミラーは、のんびりと答えた。
「まずは衣類を。今後セルーンやワも回るとなると、手持ちの服だけでは不都合が出る恐れもありますから」
「……そうか?」
上から下までミラーを眺め回し、クラウンは首を傾げる。
彼女が今着ているのは、薄手の長袖ブラウスに丈長めのスカート。
言ってみれば平凡な、これといって不都合のない格好に思える。
「それに、クラウンさんも。その服だけでは、王様の御前へ出る時に困りますよ?」
いつも同じ服を着ていると指摘され、ややムッとなりながらクラウンも答えた。
「俺が王の前に出る必要は、あるまい。交渉はカレンが」
「不慮の事態は、いつでも想定しておくべきです。それに暑い場所や寒い場所に適した服を着たほうが、行動にも差し障りが出なくて済むでしょう?」
どうあっても、クラウンの衣類を見て回りたいミラーの決心は揺らがないようだ。
仕方ない。さっさと済ませてしまおう。
「わかった」
渋々頷くクラウンを従えて、ミラーは手頃な店へ入ってみる。
看板には読めない文字が踊っていたその店は、品物を見た限りじゃ雑貨屋のようであった。
「ふぅーん……綺麗なキャンドルですね」
近くの棚から順番に眺め、奥に衣類のかけられた場所を見つける。
大雑把に男女ものがごっちゃになっており、長袖と半袖で分けられている。
「どうでしょう?クラウンさん、たまにはこういう明るい色のシャツなんて」
鮮やかな黄緑色のシャツを一目見た瞬間、クラウンが眉をひそめる。
「俺の趣味ではないな」
「えぇっ?でもクラウンさん、たまにはイメチェンしてみたら」
「する必要がなかろう」
それでも端から、ざっと見ていって、クラウンは、そのうちの一着を手に取った。
「……これなんか、どうだ?あんたに似合いそうだが」
差し出したのは、女性用の服だ。ミラーにと見繕ってくれたものらしい。
「えっ、わ、私に?」
今着ている地味な灰色ブラウスと違って、クラウンが差し出したのは純白のワンピース。
「あんたの魂は純粋で清らかだからな。清らかな魂には、白が一番似合うと思う」
などと真顔で言われては、ミラーの頬も紅潮するというもので。
「純粋とか清らかとかってそんなこと、ないはずなんですけどね……」
火照る頬を両手で押さえ、ぼそぼそとミラーは言い返す。
返事がないので、ちらりとクラウンの様子を上目遣いで伺うと、男物の服を片っ端から手に取って眺めているのが目に入った。
やっと興味を持ってくれたのか、自分の服の物色に。
出会って今に至るまで、クラウンの衣類は常に上から下まで黒一色であった。
しかも身体にぴっちりフィットしており、どうしても下腹部の膨らみが気になってしまう。
闇夜で動くには申し分ないのだろうが、町中で着るには少々恥ずかしい格好だ。
だが、本人がそれを気にした素振りを見せたことは一度もない。
服には無頓着なのか。
せっかくのイケメンなのに残念だ、とミラーは考えた。
あれこれ引っ張り出しては戻してと迷っていたようだが、やがてクラウンは黒いシャツを手にとって、「これがいい」と呟いた。
「え?今着ているのと同じ色じゃないですか。もっと違う色にしたら」
ミラーの申し出にも首を真横に振り、クラウンは「これがいい」と繰り返す。
「……黒が、お好きなんですね?それなら」
ミラーも負けじとワンポイントの入った黒シャツを取り出して、彼に手渡した。
「このシャツなら、ゆったりしているから暑い場所と寒い場所、両方で着回せる上、普段の黒一色とは異なりワンポイントでマークが入っている分オシャレさを感じさせるから、カレンさんだって、おぉっ?って思ってくれますよ!」
一息にまくし立ててゼーゼーするミラーをクラウンは驚いた表情で見つめていたが、手渡されたシャツを広げてワンポイントの位置が目立たないと知ると、にっこり微笑んだ。
「なら、これにしよう」
「そ、それじゃ、私もこれにします」
笑顔があまりにも眩しくて、直視できなくなったミラーは視線を外すと、先ほどのワンピース共々、レジに持っていく。
「あ、お金は私が」と言いかける側から、札が数枚レジ台へと放り投げられる。
投げたのは、もちろんクラウンだ。
ミラーが何か言うよりも早く、彼は早口で囁いた。
「あとで精算すればいい。それより、奴に気取られるより前に戻らないと」
「奴?」
ミラーが首を傾げた直後、バーン!と激しく店の扉が開かれて、足音勇ましく入ってきたのは。
「そこのクラウンッ!仲間に無断で買い物に出るとは何事ですッ!?」
――誰かなんて、確認するのも恐ろしい。
振り返らなくても判る、こめかみに青筋を立てて怒鳴っているのはエリーヌだ。
「エリーヌッ、色恋沙汰の騒ぎは勘弁してくれって何度言えば君は理解してくれるんだいっ!」
続いて騒がしく入ってきたのはミルと、それからジャッカーだ。
少し遅れて、可憐やアンナもやってきた。
「クラウン、無事で良かった。けど今度から、どこか行く時は誰かに断ってくれないと」
可憐の文句を受けて、クラウンも素直に謝る。
「すまない、ミラーと買い物に行く約束をしていたんだ。アレに言うと、面倒になりそうだったものでな」
アレ、とエリーヌを顎で示す彼には可憐も深く同情する。
出会ったばかりの頃はエリーヌに好かれているクラウンを羨ましく思ったりした可憐だが、彼女の嫉妬深さや異常な執着心を知った今では、ひたすら気の毒に感じてしまう。
うっかりエリーヌに粉などふっかけていなくて、本当に良かった。
「俺達は替えの衣類を、もう少し探すつもりだ。カレンは、どうする?」
友に促され、可憐は一も二もなく頷いた。
「じゃあ、俺も探そっかな。俺も一張羅みたいなもんだしね」
クラウンが黒一色の一張羅なら、可憐も着たきりスズメのアニメTシャツ&ジーパンだ。
一応洗濯しているが、ずっとアニメTというのも恥ずかしい。
いい加減、この世界に似合った服を着たいと常々思っていたのである。
「俺も、とは?」とクラウンには怪訝に尋ね返され、可憐は、えっ?となる。
「クラウンのそれも、一張羅じゃないの?」と聞き返したら、クラウンは仏頂面になった。
「一張羅じゃない。同じものを、あと二、三着持っている」
「い、いや、二枚三枚持っていようと、同じデザインなら一張羅みたいなもんでしょ」
可憐の言い分に首を傾げ、次に彼はミラーを振り返った。
「……そういうものなのか?」
やはりミラーが最初に予想したとおり、クラウンは服に無頓着であったようだ。
「そういうものですっ」
ここぞとばかりにミラー、それから可憐も力強く頷いたら、クラウンは納得したらしかった。
改めて二人へ向き直り、クラウンが頼んでくる。
「ならば、二人に頼みたい。俺の服選びを」
うん、いいよと可憐が答えるよりも先に、背後からは血を吐く叫びが聞こえてきた。
「クラウン!服を選ぶのでしたら、ここは貴族である私のセンスにお任せを――」
「はいはい、エリーヌはボクと一緒に食品や備品を買いに行こうね〜」
すぐにミルの無情な一言と共に、ズルズルと引っ張られて遠のいていった。
「今日はエリーヌ姫、いつにも増して、すごかったですね……」
「気合いだけが空回りしていたね」
可憐とミラーは顔を見併せ、苦笑する。
ややあって気を取り直したクラウンに促されて、残った全員が服探しに勤しんだ。
BACK←◇→NEXT

Page Top