イルミの最長老

草原の騎士ケイズナーに案内されて、可憐は、ようやくイルミ国最長老との面会が叶う。
広々としたテントの中央に、最長老は居た。
団扇を仰ぐ、薄着の美少女二人に囲まれて。

「うむ、よう来たのぅ。苦しゅうない、適当な場所に腰を下ろすがよい」
ちんまりしたソレが言葉を発し、ポカンと呆けていた可憐も我に返る。
最長老は、可憐が予想していたようなナイスバディのお姉様ではなかった。
背丈はミルやジャッカーとどっこいか、それ以下の小柄な体躯。
胸は真っ平らのペッタンコ、瞳はくりっとまん丸い。
尖った耳と水色の髪の毛なのでイルミ人だと判るが、これまでに出会った人々と比べると些か美麗とは言い難い。
どちらかといえば、可愛い部類であろう。
言葉遣いは婆さんなのに幼い外見だ。
ギャップ萌えなのかもしれないが、同じ幼女ならボクッ子なミルのほうが得点は高い。
可憐がキモオタ思考でどうでもいい事を考えている間に、最長老が本題を切り出す。
「近頃は見慣れぬモンスターが連日ここへ送り込まれておってな、我々は警戒を解けずにおった。ブレクトフォーの無礼を許してやってくれ」
「見慣れぬモンスターの出所は、判明していらっしゃらないのでしょうか?」と、尋ねたのはエリーヌだ。
最長老は頭をふり、物憂げな視線で遠くを見やる。
「敵は周到での。痕跡を全く残さず、モンスターだけを送り込んできよるのじゃ。しかも送り込まれてくるモンスターは、明らかイルミのものではない」
ミルも会話に混ざってくる。
「ボク達を襲ってきたやつは、クルズでも見たことのない種だったよ」
では少なくともイルミやクルズの生息モンスターではない、ということか。
残りはセルーンとワだが、可憐がこっそりクラマラスに尋ねると。
「うちらも見たことおまへん化け物でしたわ」と、黒炎がポツリ。
「……そういや、偽大臣ってセルーンの出身じゃなかったっけ?」
不意に思い出した可憐の一言に、誰もがハッとなる。
ドラストが怒鳴った。
「そうだ、やつはイルミにも刺客を放ったと言っていた!とすれば、このモンスター連続投入は奴の部下の仕業か!?」
「刺客という割には、面倒な手口を使うものだな」と疑問を口にしたのは、ケイズナーだ。
「最長老様の御身を狙うのであれば直接、この里に忍び入ったほうが早い。化け物など放てば、不用意に警戒させてしまうだけだ。君も、そう思わないか?」
話をふられて、クラウンもコクリと頷く。
「けど、草原には偽装魔術がかけられていましたよね」と、ミラーが異議を唱えた。
「セルーンの刺客って魔法を使えるものなんでしょうか」
「さぁ、それは判らない。しかし現に、敵はモンスターを放てる範囲まで近づいている。なのに、最長老のいるテントへ忍び込まなかったのは何故だろう」
改めて考えてみると、ケイズナーの言うとおり敵の動きは妙だ。
人を殺せるモンスターを、あちこち仕掛けておきながら、最長老の元へは現われない。
最長老はターゲットではないのか、それとも狙いは陽動なのか。
「最長老様のお命は、目当てではない……とか?」
フォーリンが意見を出してみるが、すぐにドラストは否定の意を示す。
「それはなかろう。此処にも連日モンスターが出現しているのだぞ」
「あぁ」とケイズナーも頷き、フォーリンを見た。
「こちらの命を脅かす強さの危険種が、これまでに四度襲撃を重ねてきた。我ら騎士が敗れれば、最長老様の命はない」
ケイズナー曰く、四人いる騎士のうち、二人が負傷して寝込んでいるという。
事態は思った以上に切迫していたようだ。
「モンスターだけで事足りる、と思っているのかもね」
小さくミルが呟き、ぐっと拳を握り固める。
「ボク達にも、できることはない?警備の手が足りないんだったら、協力するよ」
ミルの勇気ある申し出に答えたのは、ケイズナーではなく最長老だ。
「否。ここの守りに人員を割くよりも、お主達には頼みたいことがある」
「何でございましょう」と首を傾げるエリーヌを真っ向から見据え、厳粛に言う。
「お主達には国外調査を頼みたい。イルミへモンスターを放っているのが本当にセルーンの手の物なのか、それともセルーンを装った他国なのか、或いは全く別の勢力なのか」
「全く別の勢力……と、おっしゃいますと?」
再び首を傾げるエリーヌへ、最長老が意味ありげな視線を可憐へ向ける。
「そうさの、例えば異世界からやってきた人類種である可能性など」
「まだ可憐を疑っているのかい!?」
たちまち色めきたつミルには「お、落ち着いて下さい〜」と仲間も慌てだすが、最長老は首を真横に振り、こうも続けた。
「そこの男が企てたとは、言うておらん。だが、クルズが人間種を召喚できるのであれば、他国の魔術でも召喚できる可能性は、ゼロではあるまい?」
「もしくは」とブレクトフォーが言葉を拾う。
「異世界からサイサンダラにアクセスしてくる可能性も、ありますな……」
疑いだしたらキリがない。
しかしセルーンの刺客と決めつけて動いて、万が一違ったら大変だ。
セルーンとの不仲が一層強まってしまうだろう。
「では、我々は一路セルーンへ向かうとしよう」と場を締めにかかったのはドラストで、誰もが、えっ?となって彼女を見やると、彼女も全員の顔を見渡した。
「現在、イルミは何者かにモンスターを用いた方法で攻め込まれている。この問題が片付かない限り、クルズとの停戦協議にも入れない。そうでしょう?最長老様」
「その通りじゃ、フォーゲルの娘」と嬉しそうに最長老は頷き、エリーヌへと視線を戻す。
「この問題を見事片付けてくれたら、停戦でも終戦でも、お主らクルズ国の望む結末へとイルミを導こうではないか。何、我々も戦争には些か飽きておってな。誰かが言い出すのを待っておったのじゃ」
「なら、自分達で言い出せば良かったじゃないか。そうすりゃ、もっと早くに戦争が終わったかもしれないのに」
小さく悪態をつくミルを一瞥し、ケイズナーが苦笑した。
「立場が強くなればなるほど、言い出しづらくなる言葉があるというものさ。それに今までのイルミには、国内にも強力な敵がいた」
「敵、ですか?それは一体」
ミラーから不思議そうに見つめられ、ケイズナーは肩をすくめる。
「最長老様お一人に権力が移された、今の時代だからこそ停戦も口に出来るようになったのだ」
これまでのイルミは、長寿の貴族が最長老の周りを固めていた。
戦争は彼らの意志によって始まり、誰にも止められなかったのだ。
それでも過去に一度、停戦を唱えた者が居た。
しかし、それは内側の動きによって揉み消されてしまった。
「世界平和を目指すには、まず、国の偉い人達を辞職させる処から始めないと駄目なんじゃ?」
思わず、くちを飛び出たアイディアは、速攻ミルに一蹴される。
「あのね、可憐……偉い人がいないと国は機能しないんだよ。国なき大地は狩猟時代まで逆戻りだ。国が存在しているからこそ、文化は栄え、治安も維持され、生活も安定するんだ」
へぇ〜、そうなんだぁと今更ながらに感心する元ニートは、さておいて。
可憐一行の今後は、他国巡りと方向性が決まった。
具体的にはイルミを抜けて、セルーンへ渡る。
やるべき第一歩はセルーンにおける召喚術の調査だ。
他国へモンスターを送り届けるような魔術が、あるのか否か。
そして、モンスター自体の生態についても調べねばなるまい。
あれはセルーンに生息するものなのか、或いは召喚で呼び出されたものなのか。
「セルーンまでは海路で行くんですか?海でしたら、船を修理してからになりますけど」
アンナが切り出してきたので、可憐もミルへ尋ねた。
「確か空路は安全だって言ってなかったっけ」
「それはクルズ・イルミ間だけだぞ、カレン」と、すかさずドラストが突っ込んでくる。
「セルーンの空では、セルーン空軍がワ国空軍と交戦中だ」
「空は無理、陸も危険、であれば海路しかありませんね……海は、どうなのです?」
エリーヌの質問へは、ケイズナーが答える。
「海は我々の霧魔法で遮断している。攻撃も侵攻も、な。だからこそ不思議なのだ、モンスターの襲撃があったのは」
まぁしかし、可憐一行は海からイルミに入ってきたのだ。
セルーンやワの連中が、全く入れないという事もあるまい。
「イルミの外海がどうなっているのかは、我々の存ぜぬ世界だ……セルーンの海軍が待ち受けている可能性は高い。どうする?」
と、言われても。
空も陸も駄目と言われたら、海を行くしかないではないか。
ドラストを真っ向から見つめ、エリーヌが答えた。
「極力海軍との戦いを避けて、大きく迂回しながら、ぎりぎり領土を目指しましょう」
距離が増えれば増えるほど、到着するまでの日数も長くなる。
食料や水などを大量に買い込んでおく必要があろう。
万が一、海軍と出くわした時の対策も考えておかねばなるまい。
ドラストが費用を受け持つと言いだし、一同は長旅の準備に取りかかる。
幸い、最長老の住む里には一通りの店があったので。
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