国境沿い

やっとこイルミへ辿り着いたものの、最長老の居場所を知るのは最前線で戦う軍人だけだという。
なんだ、じゃあ国境まわりで来れば良かったのではないかと可憐は思ったのだが、それを言うとミルの機嫌が悪くなるのは火を見るよりも明らかであったので、黙っておいた。
「国境沿いまで戻らなアカンの?メンドイわぁ」
ジャッカーが文句を言う横では、フォーリンが身を震わせる。
「も、戻ったとして素直に教えてくれますでしょうか……?」
「その時もクラウンが交渉すればいいんじゃないかな?」とは、ミル。
「戦場で負傷した、或いは亡命者を装って」
「いや」と、異を唱えたのは当のクラウン。
「亡命者であれば戦場には近づくまい。却って不自然だ」
なら、どうする?
どうやって誰が軍人に話を聴けばいいのか。
――不意に可憐の脳裏を横切ったのは、ドラストの姿であった。
「そうだ!ドラストだよ、ドラストを戦場で探そう」
「は?」となる皆の顔を見渡して、彼は今し方思いついた事を全部並べる。
ドラストは、魔術兵だと名乗っていた。
彼女が軍に所属する兵士なら、今頃は戦前復帰していてもおかしくない。
「しかし、兵士と言うだけでは……」
エリーヌが難色を示し、可憐に告げた。
「せめてイルミの、どの軍隊に所属しているのかが判りませんと」
空か、海か、陸か。
「それなら簡単だ。奴の姉を捜せばいい」とはクラウンの発言に、誰もが驚いて彼を見た。
「お姉さんを?どうして」
「お姉はんを探すにしても、どこだと思うたんや?クラウンはんは」
皆の疑問に対するクラウンの返事も明確で。
「陸軍だ」
思い出して欲しい、と皆を促す。
ドラストの姉は水筒をすり替えられて眠らされた。
これは彼女が常に地に足をつけた場所にいたという証拠になる。
そして、それはクルズ兵が近づける範囲でもある。
ドラストの姉は、クルズとイルミの国境沿いを守る陸軍所属の可能性が高い。
「ん、なーるほど!」
ポンとジャッカーが膝で手を打つ横では、ミルも満足げに頷いた。
「それじゃ、ドラストのお姉さんを捜しに行こうか」
驚いたのは可憐だ。
「えっ、本当に最前線へ近づくの?ミルは死にたいの!?」
クルズを出る前に言われた嫌味を返してみると、ミルは、じろっと可憐を睨み返して言い返す。
「じゃあ可憐は、これよりもっと良い案を考えてあるんだよね?言ってごらんよ、聞くだけは聞いてあげる」
言えるわけがない。何も思いつかなかったのだから。
結局、一同は国境沿いまで戻る事になった。


「――あの」と道中話しかけられて、可憐の横を歩いていたクラウンは振り返る。
話しかけてきたのは、ミラーだ。
「なんだ?」と問い返せば、彼女はもじもじと俯いた格好で呟いてきた。
「幽霊との交渉での約束、忘れてませんよね?」
「ん……」
もちろん、忘れてはいない。
うまくやったら褒美をあげると言ったのは自分だ。
だが、今のタイミングで持ち出されても困る。
これから戦場最前線、最も危険な場所へ行こうというのだ。
困惑のクラウンへ、ミラーは彼の予想通りの言葉を吐き出した。
「あの約束ですけど、もし全部事が上手くいって最長老にお会いできたら……その後でいいですから、一緒にお買い物に行きませんか?」
一緒に買い物へ行くだけで良いと言う。
始終妄想でハァハァしているアンナの相棒とは思えないほど、慎ましい希望だ。
クラウンは少し考え、頷いた。
「いいだろう」
「ホントですか?やったぁ!」
喜ぶミラーの背後では、エリーヌが冷たい目を光らせる。
「……一体何のお話しですか?」
「あっ!い、いえ、なんでも」
たちまち脂汗を流すミラーはエリーヌに掴まり、尋問を受ける。
「クラウンと何の約束をしたのです?やましいことがなければ話せますよね?」
「ひ、ひぃっ……エリーヌ姫、お顔が怖いです……!」
「もう、エリーヌ。そういうのは後でおやりったら」
見かねてミルが止めに入り、かと思えば前を行く可憐に話をふった。
「国境が見えてきたら、可憐、君とフォーリンとジャッカー、それからアンナとミラーは後方で待機していてくれるかな。交渉はボクとエリーヌとクラウンでやってみる」
「えっ!?」と、またまた可憐は驚く。
戦えない自分が後方へ置き去りにされるのは納得いくが、エリーヌも連れていくのか。
彼女も非戦闘員、危険じゃないか。
だがミルには一考あるようで、物憂げに可憐を見上げた。
「エリーヌは、あれでも姫様だからね……権威が必要となる場面もあるんじゃないかな、相手も貴族だし」
もちろん危なくなったら後方へ逃がすよと言われ、可憐も一応納得する。

やがて、前方に幾つものテントが見えてくる。
あれが国境沿いを守る、イルミ国陸軍の駐屯地だ。
「カレン。お前達は木々に紛れて待っていてくれ。ここからは俺とミルの二人でいく」
ぼそりと呟いたクラウンへは、即座にツッコミが入る。
「ちょ、エリーヌも一緒だってば!」
「クラウン、私をしっっっかり守って下さいませね!!」
突っ込んだばかりか、ぎゅぅっと腕をエリーヌに握られて、勢いよく振り払ってからクラウンは歩き出す。
「こ、こら、一人で行っちゃ駄目だって!」
「クラウンひどいです、私をエスコートして下さらないのですか!?」
慌てて追いかけるミルとエリーヌ、二人を後に従えて走り去る三人を、他のメンバーは木陰で見守る。
こころなしか、誰の額にも汗が滲んできた。
「だ、大丈夫やろか……あんなんで」
「天に祈りましょう」
「そやそや。人生、なるようにしかならへん」
全員が、がやがやおしゃべりしており、おまけにクラマラスまで一緒に待っていたんじゃ、いくら木陰といえど、逆に目立つのではないか。
そんなことを、可憐はボンヤリ考えた。
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