到着!魔術の国

可憐の乗った船は、空を飛ぶ勢いでイルミ国へ到着した。
到着と言うよりは突撃に近かったかもしれない。
浜辺に突っ込んだ衝撃で、船は壊れてしまったのだから。

「もう、次に会ったら絶対に許さないぞ悪霊め!」
ぷりぷり怒りながら、ミルは海岸へ降り立った。
遠目で見た時は一面霧に覆われているようだったのに、陸地には霧一つない。
あの霧は魔術が発生の源か。少なくとも自然現象ではなかろう。
浜辺付近には人っ子一人いない。
しかし、あれだけの衝撃があったのだ。ぶつかった瞬間、轟音がした。
いずれ誰かが様子を見に来ないとも限らない。
早めに立ち去ったほうが賢明だ。
「可憐、エリーヌ、急いでここを離れよう」
くるりと振り返ったミルの目に映ったものは、ゲーゲーと浜辺でゲロを吐く可憐と青白い顔でへたり込む面々の姿であった。
「なんだよ、全員揃って船酔いかい?弱いなぁ」と怒ってみたが、あの衝撃だ。
ミルだって召喚獣に守られていなかったら、同じようになっていただろう。
「ここを早めに立ち去るのには賛成だ」
クラウンも口元に手をやった格好で、小さく頷いた。
豪雨で平気な顔をしていた彼でも、水平飛行する船には耐えられなかったのか。
「うん、それじゃ可憐とジャッカーとアンナはボクの召喚獣が運ぶとして」
「残りはウチらが担いでいきまひょか?」と、ミルの言葉を継いだのはクラマラス。
意外やモンスター達は平然としている。
元々空を飛べる彼女達のこと、低空飛行中は宙に浮いていたのかもしれない。
「頼んだよ」
ミルも背中で応えると、召喚獣に命じて可憐とジャッカーとアンナを運ばせる。
まったく、酷い移動になった。
気持ち悪さが収まるまで、どこかでゆっくり休みたい――
可憐は召喚獣の背中の上で揺られながら、そんなことを考えた。


一行が落ち着いたのは、山裾に見つけた小さな洞窟の中であった。
奥深くまでは入り込まず、入口にかたまって座る。
ここなら雨風も凌げるし、ひとまずは人目につかないで済む。
「さて……これから、どうする?最長老を捜すのか」と、クラウン。
数分休んだだけで回復するとは、さすが元王家の懐刀とでもいうべきか。
だが数分休んだ程度では、可憐もエリーヌも復活できない。
ぐったり横たわる可憐を横目に、ミルが答えた。
「そうしたいところだけどね、手がかりは何もない。あぁ、こんなことなら帰国するドラスト達にくっついていけば良かったね」
そうは言っても、あの後は、しばらくバタバタしていた。
恐れ多くも姫君が、ご一緒するのだ。
そう簡単にホイホイ出かけられるはずもない。
ドラストが帰郷してから可憐達が旅立つまでに、一ヶ月近くかかってしまった。
「過ぎたことを悔やんでも無意味だろう。現実的な話をしよう。ミル、あんたの魔法に探知はないのか?」
「探知かぁ。魔法で探知、できるかなぁ」
ぶつぶつ呟くミルに待ったをかけたのは、ジャッカーだ。
まだ顔は青白く、気分が優れないようであったが、小さな声で歯止めをかける。
「ま、まってや。イルミは国民全員魔術使いやで?こっちが魔法を使ったら、逆探知されてまうんとちゃうか」
最長老と出会う前に他の住民と出会ったら、話がこじれてしまいそうだ。
それに探知の魔法は、一度出会った人物か見たことのある物しか探せない。
最長老に会ったこともないミルでは不可能だ。
ドラストを探すにしても、ジャッカーの言うとおり危険のほうが遥かに高い。
「……けど、ここでいつまでもモグラの真似事をしているのもなぁ」
イルミに行けば何もかもが上手く回ると思っていたわけではないが、さっそく難題にぶつかってしまった。
「クルズ人だと、はっきり判るウチやミルはんがウロウロするのは危険やろなぁ」
ぶつぶつ呟きながら、ジャッカーの視線がクラウンへ傾けられる。
ミルも彼を眺めて、ぶつぶつと呟いた。
「イルミ人はワ人のことを、どう思っているのかな?」
二人の注目をあびて、クラウンがぼそっと呟き返す。
「……ワ国民は亡命者が多い。イルミやセルーンにも多くの難民が流れついていると聞く」
「その話、どこで聞いたん?」
ジャッカーの問いに、「母が」とクラウンは小声で答える。
そういえば、クラウンの母親もワ国民ではなかったか。
ワ国から流れ着き、クラウンの父親と出会った。
ワ国以外の民は、自国から逃げ出すワ国民には警戒が薄いのだろうか。
「ワ国は皆が皆、戦争に意欲的ではないんだね。だから亡命を」
会話に混ざってきたのは、先ほどまでぐったりしていた可憐だ。
エリーヌも気分が良くなってきたのか、会話に混ざってくる。
「戦争に意欲的なのは、どこの国でも軍人だけでしょう」
ワ国は特に小国であるから、死ぬよりは亡命を選ぶのであろう。
そう話を締めくくり、エリーヌがミルへ相談を持ちかけた。
「私達ではイルミの民を動揺させてしまうかもしれません。ですが、クラウンなら……ワ国の亡命民を装えるのでは?」
「それは、ボクも考えていた」
じっとクラウンの黒髪を見つめてミルが頷く。
やがて可憐を除いた全員に見つめられて、クラウンも頷いた。
「いいだろう。亡命者のふりをして情報収集してくる」
出ていこうとする彼を止めたのは、可憐だ。
「一人でいくの……?」
可憐の目は危ないよとクラウンに告げていたが、クラウンは振り返らずに答える。
「危険なのは重々承知だ。だが亡命者を装うのであれば、単独のほうがやりやすい」
亡命者は大概が単独で渡ってくるそうだ。
それに可憐は演技が下手だし、上手くたち振る舞える自信もない。
こういうのは、慣れている人間にやらせたほうが絶対いい。
再びぐったり横たわる可憐を背中越しに一瞥し、クラウンは僅かに微笑んだ。
「心配しなくていい。すぐに戻る」

だが――
それっきり、クラウンは何十分、何時間経とうと戻ってこなかった。
ミルが焦れて探しに行こうと騒ぎだすまでは。
戻ってきたクラウンを褒めるでもなく、ミルは青筋を立てて詰め寄った。
「遅いよ!心配しちゃったじゃないかッ」
キーキー怒鳴る彼女に向かって、唇に指をあてて静かにしろと制した後、クラウンは小声で皆に報告する。
「すまない。人影を見つけるまでに時間がかかった。だが……それよりも、驚くべき事が判明した。イルミに首都という概念はない。集落が各地に点在する。最長老のいる集落は、この辺りの住民にも極秘裏とされている」
「それじゃ探しようが」ないじゃないかとミルが悲観にくれる前に、クラウンが話を締めくくる。
「最長老の居場所は、最前線にいる兵士達が知っているそうだ」
若干絶望的とも思える、報告で。
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