あげて〜さげてぇ〜

翌日も山登りが始まった。
「はぅ……ミル、助けてくださぁぁぁい……」
可憐の遥か後方で、死にそうな呟きが聞こえる。
振り向かずとも誰のかは判る。フォーリンだ。
可憐は傍らを歩く召喚獣、その上に跨ったミルへ一言申し出た。
「あのさ、フォーリンが体力不足なのは判っているんだし、どうして彼女を召喚獣に乗っけてあげないの?」
するとミルはフンと鼻を鳴らす。
「そうやって甘やかしていたら、永遠に体力がつかなくなるだろ?これはトレーニングだよ、フォーリンの為にもなって一石二鳥じゃないか」
そうだろうか。
体力がつく前に、フォーリンの命の灯火がつきそうだ。
仕方ないなぁとばかりに今来た道を下っていくと、可憐はフォーリンへ背中を差しだした。
「フォーリン、俺がおぶっていくよ。さぁ、捕まって」
彼女は地面にぺたぁっとへたり込んでいたのだが、慌てて身を起こすと辞退してきた。
「あっ、いえ、いいです!可憐さんに、そこまでしてもらうわけには……」
「そうは言っても疲れているんだろ?ほら、乗って乗って」
可憐が急かしても、フォーリンは何に遠慮しているんだか動こうとしない。
終いには「早くしろよー、可憐!置いてっちゃうぞー?」とミルにも急かされて、可憐はフォーリンをおんぶするのを諦めた。
かわりに彼女の前に跪くと、えいやっと抱き上げた。
「ひゃあぁぁっ!?」と驚くフォーリンにお構いなく、抱えやすく持ち直す。
思ったよりも軽い。
これなら下山まで抱きかかえたままでも大丈夫だ。
「可憐さん、降ろして、降ろしてくださいぃ〜〜」
体を揺すって泣き喚く彼女を気にしなければ、だが。
「なんだよ、召喚獣に乗るより可憐にダッコされるほうが快適だろ?」
冷やかしてくるミルへも涙目を向けて、フォーリンは愚痴垂れる。
「は、恥ずかしいんですぅ……」
「へぇー、恥ずかしいと感じるって事は可憐を意識しちゃってたんだ」
ミルには意地悪く言われ、赤くなったフォーリンの頬が、ますます赤らむ。
恥じらうフォーリンを見るのは、初めてかもしれない。
いつも、のんびりしており、慌てた様子などミル関係以外では見た記憶がない。
恥じらうフォーリンは可愛い、と可憐は思った。
それに太股の、むちむち感触が心地よい。ずっとダッコしていたいぐらいだ。
真上から覗き込むと、胸元がバッチリ拝めるのもダッコの利点だ。
思わずウヘヘと鼻の下を伸ばす可憐に、クラウンの控えめなツッコミが飛んだ。
「カレン……また下心が表に出ているぞ」
だが可憐が、それで下心を収めるかというと、そんなことは全くなく。
先ほどより一層フォーリンを強く抱きしめると、「どう、痛くない?大丈夫?」などと気遣うフリを続けながら始終胸元ばかりに目をやっており、小言など右から左へすり抜けた。
「あ、あぅぅ、そんなに見ないでくださぁい……」
小さく呟くフォーリンのお願いでさえ、下心満開な可憐の耳には届かぬようだ。
クラウンが横目で伺えば、ミルもドラストも視線が険しくなっているし、新参のミカンザですら落胆の溜息をついているので、これ以上、友の好感度暴落を避けるには、自分が犠牲になるしかない。
「カレン、重たい荷物を持ち続けるのは腕に良くない。交替しよう」
差し出されたクラウンの手に、フォーリンと可憐の双方が反応する。
「おっ、重たくないですっ!?荷物でもありませんしっ」
「え、別に重たくないけど?」
続けて放たれた可憐の発言に、クラウンは眉をひそめる。
「なんだ、クラウンも誰かをダッコしたいのか?だったら、エリーヌをダッコしてやったらいいんじゃない」
余計な事を。
たちまち顔を輝かせてエリーヌが近づいてくるのを察し、クラウンは先手を打つ。
アンナと並んで歩いていたミラーを、予告もなく抱き上げたのだ。
これには、アンナもミラーも仰天だ。
「ちょ、ちょっとぉ!?私は疲れてませんけどッ」
ミラーが狼狽える横では、アンナが鼻息を荒くして可憐を指さした。
「そうです!そんなん抱え上げるぐらいなら、カレンさんをダッコしたほうが!」
「そんなんって何よ!?」
相棒のあんまりな発言にミラーがブチキレる。
対してアンナが何かを言い返す前に、エリーヌも叫んだ。
嫉妬にまみれて殺気走った視線のおまけつきで。
「カレン様もクラウンも、先ほどから何なんですか!お姫様である私を差し置いて、姫でもない女性を、お姫様だっこするなど!」
たまらず、ドラストが騒動の輪に入った。
「おい、論点がズレているぞ。問題は、そこではなく戦闘員の両手が塞がっている点だろう」
非戦闘員の可憐はともかく、クラウンは戦闘員として旅に同行したのだ。
その彼が両手ふさがりでは、突然の奇襲にも対処し切れまい。
「そっ、そのとおりです!」
勢いよく暴れて、クラウンの腕から逃れたミラーもドラストを擁護する。
「それに、私はまだ疲れていません。疲れている人を優先して助けてあげるのが仲間というものでしょう。違いますか?ミルさんっ」と、後半はミルへ尋ねたかたちとなり。
途中から騒動を黙って見守っていたミルは、はぁっと溜息をついた。
「ボクは、そこまで慈善者じゃないんだけど?ほら、疲れている人がいるってよ。助けてあげて、皆」
促されて、クラマラスの一人がフォーリンと可憐へ近づいてくる。
「カレンはん、いざという時、あなたが動かれへんかったら皆、心配します。ささ、運ぶのは、うちらに任せておくれやす」
皆に注目された上で、申し出を断るのは分が悪い。
気持ちの良いフォーリンの太股とは、つかの間の接触であった。
可憐は渋々フォーリンをクラマラスに手渡すと、改めて仲間の顔を見渡した。
心配しているというよりも、大半が呆れている。
皆、可憐の下心を看破していたようだ。非常に居心地が悪い。
だいぶ前を歩いていたらしいジャッカーがトットコ戻ってきて、皆を促してくる。
「なんや、誰もついてきとらんと思うたら途中で止まってたん?こんなペースじゃ、あと何日かかるか判らへんで。もっと急ぎィや」
山道を見上げて、ドラストも言った。
「よし、夜までに山頂の山小屋へ到着できるよう、歩行ペースを速めるぞ。疲れた者はクラマラスに言って、抱きかかえてもらえ」
「ちなみに、今はどこらへんまで登ってこられたんですか?」
アンナの問いには、ミカンザが答える。
「大体、中腹……といった処でしょうかね。兵士だけなら一日で山頂まで登れる距離なんですが、皆さんだと夜までに山頂へたどり着けるかどうか?」と言っている側からドラスト達は歩き出し、「ほら、置いていくぞ!」と促されて、慌ててミカンザとアンナも後を追う。
「あわわ、置いてかないでくださいよぉ、フォーゲル様ぁ〜」
登り始めたばかりの頃はそうでもなかったが、だんだんと足に疲れが溜まっていく。
半数がクラマラスに抱えられながら、それでも日が暮れる頃には山頂の小屋へと到着した。


一歩入って、すぐにクラウンとミル、それからドラストの三人は異変に気づく。
「これは……死臭?」
顔をしかめるクラウンの横で、ドラストが小屋の奥へ誰何する。
「おい、誰かいるのか!」
返事はない。
その代わり、あたりに漂うのが死臭ばかりではなくなってきた。
全身に突き刺さるほどの鋭い殺気。
しかし、どこから放たれているものなのか、はっきりと掴めない。
まるで小屋全体が生き物であるかのような気配だ。
背後の可憐やエリーヌには全く感じ取れないのか、「どうしたの?入らないの?」なんて暢気に声をかけられたが、それどころではない。
「動くな、カレン……」
クラウンに小さく囁かれ、可憐がハテ?と首を傾げている間に事態は急展開を遂げる。
「逃げろ!」とドラストが叫ぶや否や、ドーンと激しい轟音が一帯を包み込み、誰かに勢いよく突き飛ばされて、尻餅をついた可憐が見たものは。
小屋だと思っていた建物が二本足で立ち上がり、こちらを威嚇するかのように、低い唸り声を鳴らしている姿であった……!
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