サイサンダラの現状

「さて、それじゃ――」
山小屋に入って落ち着いた処で、ミルが切り出す。
「今の戦況を可憐に説明がてら、おさらいしておこうか」

サイサンダラの戦争は、かれこれ二百年以上続いている。
きっかけはクルズ国とイルミ国の間で起きた衝突だが、それだけでは収まらず。
クルズ国が世界制圧を宣言し、セルーン国とワ国も、これに対抗。
四国が領土拡大を争って世界に生ける者全てを巻き込むまでに、そう時間はかからなかった。

「全ての元凶はクルズ国だったの?なら、クルズ国が停戦を唱えれば全ての戦争が収まるんじゃあ」
可憐の問いには、ミルが腕を組んで否定する。
「もう、そんな簡単な話では済まないほど、四国の軋轢は酷い有様だ。修復不可能と言っていいかもしれないね」
なら、可憐達が動いたって無意味ではないのか。
との反論が来る前に、エリーヌが口を挟む。
「しかし現在では国境沿いに限定して戦地が展開されており、辺境は穏やかなものです。戦闘が起きている、というのを知らない者さえいるほどです」
「あ、じゃあ、辺境から説得していけば……」
可憐の思いつきに、ミルも頷いた。
「そう思って、君を召喚したんだ。外堀から埋めていくことが出来れば、中央も説得しやすくなるかと思って」
だが今の一行は、イルミ国の最長老を目指していたのではなかったか。
外堀を埋めたいのであれば、最長老への面会は最後に控えるべきではなかろうか。
そういった可憐の内心の疑問を解消するかのように、エリーヌも重ねて続けた。
「イルミの最長老様との対談も、後に控える予定でした。ですがドラスト様がお話しを通して下さるとお申し出下さったので、外堀を埋めるよりも早くに説得が出来るのでは……と、望みが出てきたのです」
「まぁ、一応手紙は送ったが……」と、遮ってきたのは当のドラスト。
「最長老の周りにいる連中が、どう反応するかまでは責任取れんぞ」
ミルは、ちらっと彼女を見て、溜息と共に言葉を吐き出す。
「めんどくさい家臣は、どの国にだっているもんさ」
「彼らは何かを要求してくるでしょうか?」とのエリーヌの問いに、ドラストは腕を組む。
「そこまでは判らんが……しかし、停戦を申し込むからには無茶難題の一つや二つ、ふっかけられるのも覚悟しておかねばなるまい」
「それに」
エリーヌのほうもチラリと見て、ミルが突っ込んだ。
「万が一、人質に取られる可能性だってある。ボクが家臣なら、きっとそうするね。これはクルズの仕掛けた罠なんじゃないかって疑うよ」
「え、じゃあ行かない方が」
早くも逃げ腰になる可憐を、じろりと睨みつけ、ミルは肩をすくめる。
「それでも行かなきゃ駄目だ。戦争を終わらせる為には」
「停戦要求に見合う交換条件は、何か考えてあるのか?」
ドラストに尋ねられ、エリーヌが答える。
「イルミ・クルズ間における全ての停戦。及び、これまでの戦争で失われたイルミ国への補償を」
二百年以上に渡る損害賠償とは、如何ほどの金額か。
考えただけで、可憐は、くらりと目眩を覚えた。
「クルズ国、なくなっちゃうんじゃ……」
可憐の杞憂は、ドラストに笑い飛ばされる。
「我らの最長老が金をむしり取ると心配しているのならば、それは見当違いも甚だしいぞ、カレン。最長老の望みは、この世界の安定と平穏、そして自然の復興だ。それらを約束してくれるのであれば、停戦をお望みになるであろう」
「最長老も戦争をやめたいって思っているの?」
可憐に尋ねられて、ドラストは力強く頷いた。
「あぁ。二百年の間に世界平和を最初に唱えたのは、我が国であった。あれは忘れもしない、サイサンダラ歴124年……しかし、その時は、どの国も首を縦に振らなかったのだ」
「え、今って」
可憐に振り返られて、ミルが間髪入れずに答え返す。
「235年だけど」
「え、じゃあドラストって今いくつ?」
きょとんとした二人の瞳が向かい合い、しばしの沈黙が小屋内に充満し――
「ばっ、バカモノォ!」
先に叫んだのは、ドラストであった。

「歴史の授業で学んだんなら、そう言ってよ……」
思いっきり頭をゲンコツで殴られた後、ぶちぶち愚痴る可憐にドラストの不機嫌は収まらない。
「判るだろう、言わずともッ!私が、そこまで長生きしているように見えるのか!?」
「や、でも亜種族だから、そういうこともあるんじゃないかなって」
「亜種族?」とドラストに首を傾げられて、可憐も首を傾ける。
「えっ?イルミ人って、クルズ人から見たら亜種族じゃないの」
「亜種族ってのが可憐のいた世界では、どういう意味で使われていたのかは判らないけど……」
双方を見比べて、クルズ人のミルが言う。
「違う種族かと言われたら答えはノーだよ、可憐。ボクもドラストも人間という括りの同種族だ。サイサンダラでは、クラマラスみたいなのが違う種族に該当するね」
クラマラスは、曰くモンスターだから、違うと言えば確かに違う。
イルミ人の耳の尖り具合は、この世界の住民から見ると大して気にならないようだ。
「クルズは何で、イルミを侵略しようと思ったのかな……」
以前、辺境の村を目指して歩いた際、クルズ領土は広大だと可憐は感じた。
なのに、あれ以上の領土を欲したのだとしたら、それは何の為に?
国が豊かになる為には、領土が広ければ広いほどいいという意見がある。
しかし、広すぎる領土は収めきれなくなる可能性だってある。
可憐が前に住んでいた世界でも、崩壊寸前の国が幾つかあった。
広すぎるが故に政府も統治しきれなくなって、辺境の生活を切り捨てた国が。
統治しきれぬが故に、貧富の差を生むこともある。
国土が広ければ幸せになれる、とは限らないのではないか。
「世界を統一したかったんだろう」と、ボソリ呟いたのはクラウンだ。
「一つにまとめてしまえば、攻め滅ぼされる恐怖もなくなるからな」
「全世界クルズ人?けど、そんなことしたって」
言いかける可憐の言葉を受け継いで、クラウンも頷いた。
「あぁ、いずれ各地で暴動や反乱が起きる。世界統一など、人一人すら見えていない愚者の戯言だ」
世界は四つの国に分かれていたからこそ、平和が保たれていた。
――はずだった。
「ま、今更過去の王様の愚行を嘆いても仕方ないんだけどね」
ミルが話を締めにかかる。
「ボク達が今後考えなきゃいけないのは、向こうの無茶ぶり対策だね」
ふぅっと溜息をつき、小屋内を見渡した。
「さて、と。退屈な話で寝ちゃった人も何人かいるみたいだし、ボクらも、そろそろ休んでおこうか」
見ればジャッカーやフォーリン、アンナにミラー、それからミカンザも既に夢の中だ。
クラマラス軍団は隅っこに固まって、丸くなっている。
「あらまぁ。さっきから大人しいと思ったら……」
呆れる可憐に、荷物から出した毛布をクラウンが手渡す。
「山の夜は寒い。カレンは、これを羽織っておけ」
「え、クラウンは?毛布一枚しかないんだったら、クラウンが使ったほうが」
言いかける可憐をグイッと押しのけて、エリーヌがしゃしゃり出る。
「クラウンは私と抱き合って寝ましょう!」
「エリーヌッ!そういうのは一切禁止だって言っただろッ」
ミルが青筋立てて注意するのを横目に、クラウンは立ち上がる。
「俺が見張りに立つ。カレンは、ゆっくり休んでおくことだ」
「見張りって……」
こんな山の中にある小屋を、一体何が襲撃してくるというのだろう?
可憐は内心首を傾げたが、しかしまぁ、エリーヌが寝つくまで外を見張るのは悪い案ではない。
「あ、じゃあ、俺も一緒に見張りに立つよ」
毛布をエリーヌとミルへおっつけて、可憐も小屋の外へ出た。
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