最長老の元へ
お風呂に浸かって気分さっぱりした。
チリチリパーマは天然湯でも治らなかったが、ジャッカー曰く一日経てば大丈夫とのこと。
一行は、一泊できる場所を求めて歩き出す。
「うぅ、この頭を誰かに見られたら……」
まだ、ぶつぶつ文句を言うミカンザにはドラストが小言を飛ばす。
「本を正せば、持ち場を離れたお前が全部悪いのだぞ」
「で、ですから!」
少女兵は謝るどころか逆に反論してきた。
「怪しげな者が草むらに潜んでいたから、片付けようとしたのです!私は、イルミの平和の為に戦ったのですよ!?」
部下の熱弁に対し、上司の態度は素っ気ない。
「一人で多勢を相手に出来る実力の持ち主ではないだろう、お前は。無茶無謀は仲間の足を引っ張る原因にもなる。控えておけ」
どちらの言い分も判るだけに口を挟めず、可憐は黙っておくことにした。
「ところで、どんどん森の奥へ進んでいるけど休む場所のアテはあるのかい?」
ミルの問いには振り向いて、ドラストが答える。
「山中に山小屋が建っている。そこを使わせてもらおう」
イルミの山には、山道に沿った各中継地点に山小屋が建っている。
登山シーズンの間だけ、管理者が食事を出したり寝床を整えて営業に使う。
シーズン外は無人だが、中に入れる事は入れる。
使った後に掃除さえしておけば、誰が使おうと自由だ。
この世界にも登山を嗜む者がいるのか――
改めて、可憐は周りの風景を見渡した。
「今の時期はシーズン外だ、カレン。特に見どころもないからな」
彼の動きに気づいたドラストが、そんなことを言ってくる。
花が咲いていなければ、紅葉してもいない。
そういや今は、いつぐらいの季節なのだろう。
少なくとも秋や冬ではあるまい。葉が青々と生い茂っている。
あとでミルに尋ねておこうと可憐は考えた。
何しろ自分は、この世界について何も知らないも同然だ。
世界に対して無知のままでは、スカウトマンの仕事にも差し支えよう。
――前の世界で生きていた頃は、こんな風に考えもしなかった。
こんな風に、何かを調べようと前向きに考えたことが。
世間は可憐の生活とは無関係に、勝手に様変わりしていったし、その変化が可憐に対して関わってくる事もなかったのだから。
「カレン」と小さくクラウンが囁いてきたので、可憐は耳を傾ける。
「何?」
「いずれ、サイサンダラの名所を案内しよう。世界が平和になった時に」
「せやったら戦争終結前でもエェんやない?」と、口を挟んできたのは可憐の背後を歩くジャッカーだ。
「ウチもカレンはんを案内したい場所が、ぎょうさんあるわ〜。秘境名店、クルズ国以外のスポットも網羅してまっせ!」
「ふむ、まぁ、最前線以外は穏やかなものだからな」
ドラストも雑談に混ざってきて、付け足した。
「世界を見て回るついでに立ち寄る、というのもアリだろう」
可憐は聞き返した。
「イルミにも、そういう名所スポットってあるの?」
「そりゃあ勿論、ございますとも!」とミカンザが、しゃしゃり出る。
「まずは一面の大自然!そしてシーズンでの山の彩り!大草原の壮大さもさることながら、海岸線の美しさもオススメ!とにかく他国では見られない、自然の素晴らしさがありますよ!!」
思いっきり力説されて、少々引きながら可憐は頷いておいた。
「そ、そうなんだ。きっと恋人同士で行けば盛り上がりそうだね」
ついでにチラッとミルを流し見てみたが、彼女はこちらの雑談に混ざっておらず、前を行くエリーヌと小声で話している。
二人とも真面目だから、名所巡りよりも戦争を終結させるので頭がいっぱいなのか。
真面目と言えばクラウンやドラストも真面目なはずなのだが、彼らが雑談を振ってきたのは意外であった。
「カレンは……恋人が、欲しいのか?」
核心を突いた質問がクラウンから飛んできて、可憐はギクリとなる。
「そ、そりゃあね?」
ミルが一応恋人ということになっているのだが、自ら言うのは気恥ずかしい。
それにミカンザが見ている前で恋人がいますと宣言してしまうのにも、抵抗があった。
もしかしたら万が一、こちらへ好意を持ってくれるかもしれない新顔の女の子だ。
そして百に一つの確率で、ミルより性格がいい可能性もある。
間近で眺めてみると、タレ目で気が弱そうに見える顔もチャーミングだ。
「というかクラウンこそ、恋人は欲しくないの?」
可憐が聞き返すと、クラウンは視線を外した。
「欲しくないと言えば、嘘になるが……俺を好きになる奴がいるとも思えない」
俯いた直後、バッシーンとジャッカーがクラウンの背中に勢いよく一発お見舞いする。
「何言うてまんのや、こんのイケメンはんがッ」
突然の奇襲に驚いて顔をあげる彼の鼻先へ、指を突きつけた。
「もっと自分に自信を持ちィや?外から見ても内を見ても、あんさんはモテるタイプやで。あぁ勿論、姫さん以外の人から見ても、やぞ!」
「しかし……」と、まだ後ろ向きなクラウンを、可憐も一緒になって励ました。
「そうだよクラウン、君を好きになる人はエリーヌ以外にもいるはずだ。もし君が女の子だったら、俺が恋人になりたいぐらいだし!」
「えっ!?それは、どういう」
クラウンが言葉の意味を問う前に、エリーヌが鋭い視線で振り返る。
「道中の恋愛は御法度だとミルも申し上げたはずですよ、カレン様ッ。それよりもドラスト様、一泊できる山小屋には、まだ着きませんか」
先ほど雑談に混ざらずにいたのは、自重していただけだったのだろうか。
ドラストが後少しだと答えるのを横目に、可憐は、そっとミルに尋ねた。
「さっきエリーヌと何か話していたみたいだったけど、何を話してたの?」
ミルは浮かない顔で答えた。
「あぁ、うん、最長老と会った時に何を言うべきかをね」
「それはスカウトマンたる俺に任せてくれるんじゃあ」
言いかける可憐の弁を遮って、続けた。
「君じゃ、今のサイサンダラの戦況は判らないだろ?それに最長老はイルミの国王も同然の立場にいる人だ。和平への話し合いは、偉い人同士でやったほうがいいのさ」
しかし、それでは――
クルズ国王の時と同じく、最終的には力業で解決というハメになりはすまいか。
何より、可憐が一緒に旅をする意味もない。
この戦争が偉い人同士の対話で収まるものなら、最初から四国の王様が、どこかに集まって会議すればいい。
それが出来ないからこそ、可憐をつれて各国漫遊の旅に出たのではなかったのか?
可憐の表情から不満を読み取ったかして、ミルが話を締めくくる。
「それでにっちもさっちもいかなかったら、その時こそ君の出番だけどね。その前に、君には教えておかなきゃいけないことが沢山ありそうだ」
ぴたり、と一同の足が止まる。
目の前には、古びた山小屋がぽつんと建っていた。
「――ついたぞ」
ドラストの一言を合図に、クラマラスを含めた全員が中へ入り込む。
多少ガタが来ているものの、一夜の雨露を凌ぐ分には問題なさそうな小屋であった。