チリチリのパッパッパ

森の中でペチャクチャおしゃべりしていたのが悪かったのかもしれない。
しかし、可憐に襲いかかった何かは有無を言わせぬ奇襲であった。

「カレンッ、無事か!?」
茂みに走り込んできたクラウンが見たものは。
柔らかだった髪の毛をチリチリパーマにした可憐と、同じくチリチリパーマのジャッカー、及びチリチリパーマで泣きじゃくる、見知らぬ少女の姿であった。
「……誰だ?」
全員誰だか判らない現象に戸惑うクラウンへ、アンナが説明する。
やはり彼女もチリチリパーマになっていたが。
「そこの女の子が、いきなり攻撃を仕掛けてきたんです。イルミの魔術兵らしいんですが……こちらが抵抗しないと言っても聞く耳持たずで、えぇ」
「ほんでカレンはんを守るため、ウチが爆弾ぶっけてやったんや」
ジャッカーにはドヤ顔で威張られ、ドラストが眉を潜めた。
「爆弾を?よく無事だったな、全員」
爆弾を至近距離でぶつけるとは、却って危ないではないか。
下手したら可憐まで死んでいた。
だが見たところ、全員頭がパーマになった程度で済んでいる。
殺傷力の低い爆弾なのだろうか。
「この爆弾には"爆発パーマの元"が、ぎょうさん詰め込んであってな。この粉をかぶったモンは、一日パーマになってまうんや。ウチの計算では、そこの少女だけが被るはずやったんやけど、ちょーど風が向かい風で、ふわぁっと全員に」
それでクラマラスまでもがチリチリパーマになってしまったらしい。
チリチリパーマの被害者、まだ泣きやまぬ少女を一瞥してドラストが毒づく。
「お前はミカンザじゃないか。持ち場を離れて何をやっている?」
ドラストが知っているということは、第一駐屯所の兵士か。
名を呼ばれ、ミカンザがビクッと震えて顔をあげる。
「あ……フォーゲル様。申し訳ありません、申し訳ありませんっ!このミカンザ、不審者を内密に仕留めるはずが、とんだ深傷を負ってしまい」
ミカンザは、どこにも怪我をしていない。
ドラストが突っ込むと、少女兵は「心の深傷です!」と言い返してきた。
元がどのような髪型だったのかは知らないが、表も出歩けないようなチリチリにされてしまってはショックだろう。
ミラーの、さらさらストレート銀髪もチリチリパーマになっているのを確認して、クラウンはプッと小さく吹きだした。
「あっ!ちょっと、ひどいですよクラウンさんっ。笑うなんて」
そこを本人に見咎められて怒られる。
「すまん」
口の端をひくつかせつつクラウンが謝るのを見て、可憐は尋ねた。
「もしかして俺のパーマも、ひどいことになってる?」
「いや……」
ちらりと可憐を一瞥し、ドラスト、そしてクラウンも首を振る。
「カレンの場合は美しさが増したな。うむ、実に顔とマッチしている」
「え」
驚く本人を置き去りに、クラウンも頬を赤らめドラストの感想に同意する。
「……或いは天使度が増した、とでも言うべきか」
面白くないのは笑われたミラーだ。
「むぅークラウンさんってば、とことんカレンさん贔屓なんだから……」
ぶつぶつ呟く横では、アンナが満足の溜息を、ほうっと漏らす。
「いや、それでこそクラウンさんよ……天使なカレン様を見て、改めて惚れ直したのねっ!」
「あれ、そういやドラスト?」と今頃彼女に気づいた可憐に、ドラストも軽く頭を下げた。
「あぁ、久しぶりだな、カレン。お前達、どうやってイルミに入国したんだ?」
積もる話は沢山ある。
だが、何も此処で話す必要もない。
泣いている少女も何とかしてやらなくてはいけないし、可憐は場所の移動を促した。
「その話は宿にでも移動した後に」
ドラストは、ばっさり可憐の提案を却下する。
「この辺りの里に宿屋はないぞ。駐屯所のテントでは駄目か?」
その駐屯地に迷惑をかけたくないから、出てきたばかりだというのに。
「では、せめて戦場を離れた場所でテントを貼りましょう」
追いついたエリーヌが提案するのと、「あ、その前に」とアンナのあげた声が重なって、どうぞとエリーヌには先を促され、アンナは話を続けた。
「あたし達の船を見張ってくれる人をつけてもらえませんか?海岸線に起きっぱなしなんですけど、荒らされやしないかと心配で」
ドラストは少し驚いたふうに言った。
「なんだ、お前ら海路で来たのか。空から来れば安全だったのに」
「空路が安全だって?」と驚くミルへも頷き、ドラストは空を見上げた。
「あぁ。ワ国の空軍は今、セルーンと交戦中だからな。クルズも立て直しに時間がかかると言っていたし、一時的とはいえイルミの空域は静かなものだ」
では、ドラストも帰郷の際は空を飛んで帰ったのか。
そんな安全航路があるんだったら、教えておいてほしかった。
と、今更突っ込んでも後の祭りだ。
全ては別れ際にバタバタしていたのが全部悪い。
「ふむ、では何人か回してもらうようにしよう」
小さく嘆息し、ドラストが手元の袋から何かを取り出す。
それ、何?と尋ねる可憐には「通信機だ」と答えた。
ドラストの持つ通信機は見た目、水晶玉にしか見えない。
「へぇ、イルミの通信機は魔法式なんやねぇ」とジャッカーが呟くのを耳にして。
「クルズの通信機は違う形なの?」と可憐が問えば、「大概が四角い箱やで」という答えが返ってきた。
ややあって、何人か兵士が走り寄ってきたかと思うと、ドラストが二、三指示を与えた後には再び走り去っていく。
彼らの向かう方角には、故障した船があるはずだ。
「粉を振り払うにも一日かかるし、どこかで休息は取りたいよね」
ププッと笑いをこらえながらミルが言うのに、エリーヌも賛成する。
「この辺りに、休めそうな場所はありますか?」
ドラストは少し考え、前方の森へ目をやった。
「そうだな……では森へ入ろう。森の中に、ちょっとした雨宿りの洞窟がある」
洞窟は、イルミのあちこちにあるようだ。
道案内を始めたドラストに続き、全員が歩き出す。
ミカンザも一緒だ。
理由を問うと「こんな頭では帰れません!」とのこと。
ドラストは苦笑し、それでも少女兵の同行を許した。


森の中を歩いて、小一時間。
少し開けた場所に、その洞窟はあった。
「最長老の里は、山越えした向こうの草原にある」
ドラストが言うには、ここテイレンの森を奥まで進むと、山道に入る。
一山越えた先は大草原が広がり、そのど真ん中に最長老の里があるという。
「草原のど真ん中……盲点やったわ」
「そんな場所に住んでいたら、危ないんじゃ?」
ミルとジャッカーが同時に呟き、ドラストは笑う。
「草原の周辺には凶悪なモンスターが住んでいる。並の連中じゃ、そこへ辿り着くまでにお陀仏さ。空から爆撃しようにも結界は万全だし、里の守りは堅剛だ」
地図で見ると、イルミは縦に細長い。
真上から見ると樹海で緑一色だと、兄姉に聞かされたこともある。
草原が中央に広がっているとは、エリーヌにも初耳であった。
恐らくは結界でカモフラージュされていたのであろう。草原の存在そのものが。
「外から眺めるのと、実際に歩くのとでは、随分違うのですね……」
小さく呟き、エリーヌはすぐに顔をあげた。
「山越えするとして、どれくらいの時間で辿り着けますか?」
エリーヌの質問に、ドラストは肩をすくめる。
「運が良ければ、最短三日で越えられよう」
運が悪ければ――
すなわちモンスターに遭遇すれば、それ以上の時間を取られる。
それに最短三日は、兵士の足で考えた日数だ。
体力不足のフォーリンやエリーヌを抱える一同は、長旅を覚悟せねばなるまい。
「うぅ、また山登りですかぁ」
チリチリパーマのフォーリンが嘆き、傍らでチリチリパーマの黒炎が「いざとなったら、うちらが担いでいきますよってに」と慰めるのを聞きながら、可憐もコキコキと肩を鳴らす。
ずっと森の中でしゃがんでいたもんだから、すっかり身体が強張った。
「あ〜、お風呂入りたい」
「そう、それ!もう雨だの爆弾だの汗だので、お風呂入りたいですよー」
可憐のぼやきにアンナまでもが便乗してきて、ドラストはクラウンとミルを除いた全員の、期待に満ちた目を向けられる。
「風呂と言われてもだな。ここは森だ、湖ぐらいしか水場なぞ」
困惑する彼女を助けたのは、意外にも少女兵のミカンザだった。
「大丈夫ですよ、フォーゲル様!この森には天然の沸き温泉があるじゃないですかっ」
「ほぅ、そうだったか?」
先輩は首を傾げている。が、ミカンザは得意げに言い張った。
「えぇ、そうなんです。私もキャンプ生活で疲れた時は、よく利用しておりますから!」
「こら!お前は、ちょくちょくテントを抜け出して……」
うっかりサボリをバラして怒られるミカンザへ、可憐が救いの手を差し伸べた。
「じゃあ、さっそくだけど案内してもらえるかな」
「えぇ、喜んで!こちらです、皆様ついてきて下さいねぇ〜」
ここぞとばかりに説教を抜け出し、ミカンザは颯爽と歩き出した。
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