やまだくんはおれがまもる

三話 生涯最大、絶体絶命大ピンチ

「そういや山田んちって、お父さん議員なのに全然金持ちじゃないよね」
珍しく数人と一緒になって学校から帰る途中、同級生の一人に言われた。
「そりゃあね、うちは中流家庭で通っているから」
山田はしれっと返しておいたが、実際はそうじゃない。
三回も選挙に出られるぐらいだから、山田家は当然金持ちだ。
だが、それを表に出さないだけである。
金持ちだからといって、何でもかんでも豪邸に費やせばいいってもんじゃない。
山田の父は金の使い方を心得ている。
山田家に招かれた友達は、必ずといっていいほど普通規模の家に驚く。
友人知人がどのように吹聴しているかは山田の与り知るところではないが、大体予想できた。
あいつの家、意外と大したことないぜ――
それでいい。
金持ちでリッチだなんて噂をばらまかれたら、逆に迷惑だ。
山田は平凡に生きたいのだ。
誘拐されるのも、金目当てですり寄られるのも勘弁である。
「アキラくんちは、どんな感じなの?」
山田の隣を歩く女子が、後ろを振り返る。
アキラは山田達より数メートル後ろを歩いていた。
「どんなって、普通のアパートだよ」
アキラが答え、女子は微笑みかける。
「今度遊びに行ってもいい?」
「あぁ。何もない家だが、歓迎する」
「やった〜」と喜ぶ女子に、俺も俺もと他の奴らが便乗するのを横目に見ながら、何故今日は急に皆が自分と一緒に帰りたがったのか、その理由がハッキリ判った山田であった。
皆、本当はアキラと一緒に帰りたかったのだ。
だがアキラは山田の護衛をすると張り切っていた為、仕方なく山田と帰るハメになった――というわけだ。
アキラが数メートル後ろを歩いているのも、護衛のつもりか。
歩幅をあわせてくれたほうが、僕は嬉しいのに。
なんとなく、つまらない気分になりながら、山田は表面上は気づかないふりをして皆の雑談に話を併せた。

アキラの、さらに数十メートル後ろをつけてくる人影がある。
つけていると悟られないよう無関係を装っているが、視線は時折山田に向けられていた。
「あのメガネが山田議員の息子ってなぁ、マジバナか?」
やたら背の高いスーツの男が傍らの高校生に問い、高校生が頷く。
「は、はい」
「なるほど……なら、金持っていそうだな」
男は、どう見ても二十前半、それくらいの年齢に見える。
周りの高校生がヘコヘコしているあたり、彼らの中では偉い立場にあるのだろう。
「生島さん、やっちゃって下さいよ!遠藤は腕を折られたんです、あのガキに」
ぎゅっと握り拳で男をけしかけているのは誰であろう、一昨日アキラにボコられた三年生ではないか。
周りの高校生も、よくよく見ると、あの時中庭にいた連中で、彼らはOBを抱き込んで山田に仕返しをする算段であった。
正確には山田ではない。アキラへの仕返しだ。
あの小僧、一年坊は山田に手を出すなと憤慨していた。
ならば山田を人質に取ってしまえば、奴は手も足も出なくなる。
「あんな貧弱メガネにか?」
生島が聞き返すのへ、不良達は声を揃えて否定した。
「違います!手前の色黒野郎ですっ」
――不意に、その色黒野郎が後ろを振り返ったので、三年生ズは慌てて視線をあちこちに逃がす。
不自然な口笛を吹く奴までいて、生島は内心チッと舌打ちを漏らす。
尾行に慣れてない素人は、これだから。
怪しめと言っているようなものだ。
アキラは気づかなかったのか、すぐに山田のほうへ向き直り、歩いていく。
生島が混ざっていたのが幸いしたのかもしれない。
スーツが一人混ざっていた事で、一昨日の三年生とは結びつかなかったのだろう。
「おい、お前ら俺に感謝しとけよ?情けねぇ後輩の為に一肌脱いで、協力してやろうってんだからな」
眼光鋭くアキラの背中を睨みつけながら、生島が低く呟く。
三年生達は言葉に出さず、全員がコクリと頷いた。


事件は、夜に起きた。
夜、夕飯を食べた後、夜食を買うと断って山田は家を出る。
ホントは夜食なんかカップメンでも良かったのだが、外に出て一人考え事をしたくなったのだ。
論点は、もちろんアキラの件だ。
授業中それとなく様子を伺っていたのだが、彼はどうやら勉強も得意であるらしい。
転校一日目は大人しかったけれど、二日目からは何度も手をあげては正解を叩き出す。
背中越しに、山田は驚愕した。
馬鹿な。脳筋は頭がパーというのが、世の相場ではないのか。
休み時間、さっそく彼の周りには人だかりが出来て、判らない部分を教えてもらうクラスメートもいた。
アキラは他の教科でも、よく手をあげ先生へ質問する、いわゆる勉強面での優等生であった。
冗談ではない。
運動が出来て頭もいい奴と友達になったりしたら、絶対比較されてしまう。
平凡に生きたい反面、山田は誰かと比較されるのが嫌な子供だった。
ガコン、と落ちてきた缶ジュースを自販機から拾い上げ、頬に当てる。
「あー僕のバカ。どうして友達になろうなんて言っちゃったんだろ」
しかし今更友達になるのをやめよう、とも言えない。
野放しにしたら何を吹聴されるか判らないし、あんなに喜んでいたアキラを思い出すと気が引ける。
勉強が出来る護衛か。
普通の奴なら、喜んで友達になりたがるんだろうけど。
自分も、もっと柔軟なモノの見方ができるようになりたい。
皆のように、ポジティブで前向きな物の見方を。
完全に考え事に没頭していた為、周囲の気配が変わったのにも山田は気づかなかった。
いや、並の能力しか持ち合わせていない山田では、どのみち気づけなかっただろう。
いきなり曲がり角から数人の人影がバラバラと飛び出してきて、山田は「ヒッ!?」と立ちすくむ。
立ちすくんでいる間に、ぐるり一周を人影に囲まれて、おろおろしていると、声をかけられた。
「おい山田。一昨日は世話になったな、ちょいツラかせや」
相手は少年のようだが、山田よりは歳上だ。
それに一昨日といえば、三年生と揉めた日でもある。
すぐに誰なのかは判った。
何故向こうが自分の名前を知っているのか。
それもすぐに答えは出た。
アキラが叫んだではないか、それも大声で。
あの時、彼が叫ばなければ、或いは見つからずに済んだ――?
否、無理だ。同じ学校の先輩では。
「どどどど、どこへ」
どもる山田は、脇腹を別の少年にどつかれる。
「うるせぇ、黙ってついてくりゃいいんだよ」
あぁ、ここから先は港の廃倉庫か何かに連れ込まれて、ボコボコにされるんだろうなぁ。
それだけならまだしも、身代金を要求されちゃうんだ。
僕の親が議員なんてのも、とっくにバレてんだろうし。
駆けつけたアキラくんには人質がどうなっても構わないのか?と脅しの道具にされて、アキラくんまでボコボコに……
ごめんね、アキラくん。
僕と友達になったせいで、君まで巻き添えにしそうだよ。
早くも世を儚む山田は、不良達に言われるがままに、ぞろぞろと夜の歩道を歩いていく。
横断歩道に差し掛かった時だった。
誰かがさっと飛び出してくるや否や、山田を掴んだ少年の腕を逆に拉いで反ひねりに投げ飛ばしたのは。
「あぎゃっ!」
あられもない悲鳴をあげて放り出される不良など見もせずに、反応の遅い三年生にも蹴りが繰り出される。
「な、なんだ!?」
「てめぇッ、転校生か!こいつが目に」
何かを言いかけた三年生も、言い終える前に顔面に拳を食らって吹っ飛んだ。
「え?え?」
山田はバカみたいにポカンとなって、次々と倒れていく不良を見守るばかり。
アキラが助けに来てくれるとは予想していたが、まさか、どこかへ連れ込まれる前に追いつくとは思ってもみなかった。
一体、どうやって――どうやって、山田の行動を知ったのだ?
夜食を買いに出かけるなんて事、数時間前の自分にだって予想できなかったはずなのに。
目の前では、勢いのついた回し蹴りを上級生の後頭部に叩き込むアキラの姿がある。
初めて出会った日と同様、彼の動きは遠慮がない。
上級生だと判った今でも、全く容赦していない。
「ぐわぁぁぁっ」
頭を押えてのたうち回る不良には、むしろ山田のほうが気を遣ってしまう。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
どう見ても大丈夫ではないし、相手も痛くて、山田に答えるどころではない。
突然誰かにガシッと後ろから掴みかかられて「ひっ!?」と悲鳴をあげた瞬間、アキラがダッシュで突っ込んできて、山田の真後ろにいる奴へ正拳をお見舞いした。
背後で「うげっ!」とあがる悲鳴。
続けて、どさりと倒れる物音。
拳がかすったかして、山田の頬にチリチリとした痛みが走る。
――この間、約数分。
六人いた不良は目的地へ辿り着く前に、全員路上でノックアウトされてしまった。
「山田くん、無事か!」
大声で呼ばれて、山田は気の抜けた調子で「う……うん」と答えるのが精一杯。
大乱闘に見えたが、アキラは掠り傷一つ負っていない。
夜中の喧嘩は、アキラの一方的な暴力で終わったようだ。
いや、まぁ、この場合の暴力を責めるつもりはない。
彼が助けてくれなければ、両親に迷惑をかけたかもしれないのだから。
遠くに救急車のサイレンが聞こえる。
パトカーもだ。
夜道といっても、全くの無人じゃない。
横断歩道待ちしていた他の誰かが、呼んだのであろう。
「行こう、山田くん」
ぐいっと腕を取られて「あ、あぁ?う、うぅん、うん……?」と煮え切らない返事をする山田を見て、アキラはニコッと笑い、走り出した。

帰り道途中の公園で立ち止まった山田は、ぜいぜいと息を切らせながらアキラを見上げた。
やはり息一つ切らせていない。恐るべき体力の持ち主である。
とても同い年とは思えない。
「どっ、どうして……」
「ん?」と首を傾げるアキラに、山田は尋ねた。
「どうして、僕が外にいるって、判ったんだ……?」
「あぁ、それは」
公園を見渡して、無人なのを確かめてからアキラが答える。
「山田くんが家から出て行くのを見たんだ。夜中に一人で出歩くのは危険だと思って尾行したら、案の定」
「尾行!?どうして、尾行をっ」
「だから、夜中に一人で出歩くのは危険だろ?」
「そもそも!なんで僕が外へ出るのを見てたんだ!?ずっと僕んちの前で張ってたのかよ」
ドン引きする山田に対し、なんでもないことのようにアキラが頷く。
「言っただろ。山田くんを守るのは俺だって」
ストーカーだ。
まぎれもなく、本物のストーカーだ。
途中の道で別れた後、ずっと物陰で山田家を見張っていたんだとすると、ぞわっと背筋が寒くなる。
僕はストーカーに、一度ならず二度までも救われた事になるのか。
喜んで良いのか、悪いのか。
山田を見つめるアキラの瞳はキラキラしていて、そうするのが当然といった信条を感じる。
これはきっと、山田を守れなんて命じた彼の母親が悪いのだと山田は考えた。
彼は悪くない。
悪いのは、彼をこんな風に育て上げた彼の両親の教育だ。
「……僕は、誰かに守られるほど価値のある人間かな?」
しばし無言になっていた山田がポツリと呟けば、すぐさまアキラが返してくる。
「価値のない人間なんて、この世には一人もいない。山田くんは俺にとって絶対に守らなきゃいけない存在だ」
勉強は人並み。顔も人並み。運動も人並み。
秀でた特技は何もなし、取り立てて言うほどハマッた趣味もなし。
こんな自分の何を、アキラは気に入って――いや、母の遺言だったなと山田は思い出す。
なので「お母さんの遺言だから?」と尋ねたら、今度は首を真横にふられた。
「え?でも、昨日はそう言ったよね」
きょとんとする山田を、アキラは真面目な表情で真っ向から見つめてくる。
「最初は、そうだった。でも、今は違う」
たった一日二日で、山田への評価の何が変わったのか。
続きを待つ山田の耳に、アキラの声が響く。
「山田くん。君なら俺の価値を真に引き出してくれると信じている」
「……ハ?」
平凡な自分への意外な褒め言葉を期待していた山田は、予想外の答えに思わず素っ頓狂な声をあげる。
大袈裟な山田のリアクションもアキラは平然と受け止めて、ポツリと付け足した。
「俺は、古武術ぐらいしか取り柄のない人間だ」
勉強が出来て運動も出来るイケメンが何を言い出すのやら。
こめかみに青筋を立てる山田に気づいているのかいないのか、アキラは少々夢見がちな表情で話を続ける。
「山田くん。俺のことを何も知らないうちから友達になろうって言ってくれたのは君だけだ。他の皆は、俺が何者なのか判ってから近づいてきたが……君だけは、初日で友達になろうと言ってくれた」
そうだったっけ?
妬みと嫉みでブチキレかけていた山田は、転校初日の様子を思い浮かべる。
皆は根掘り葉掘り質問を浴びせていたけど、友達になろうと言い出す奴は確かに一人もいなかった。
さも友達のように接するようになったのは二日目の今日、アキラが勉学の才能を見せて以降だ。
「前の学校でも、出会って一日目で友達になろうと言ってくれる奴はいなかった。だから、山田くん。俺は君を生涯守り抜くと決めたんだ」
それでストーカー行為というのは頂けないが、そのおかげで助かったのだから山田は心中複雑だ。
「僕が高校を卒業しても?」
「あぁ」
「就職しても?」
「当然だ」
「僕が誰かと……結婚しても?」
「男は自分で決めた誓いを途中で違えたりしない」
一生ついてくる気満々だ。
友達になるの一言で、そこまで懐かれるのは、さすがに気持ちが悪い。
が、羨望の眼差しで見つめてくるアキラを見ていると、突き放すのも悪い気がしてくるから不思議なものだ。
山田は今まで一度たりとも、誰かに好かれたり尊敬されたり付きまとわれたことがない。
平凡に生きようとしてきたのだから、当たり前だ。
それが何故か高校に入って一年目にして、いきなり転校生、それも男に滅茶苦茶好かれる事態となった。
「生涯ついてくるっていうけど、僕、結構ワガママだよ?ついてこられるかなぁ、アキラくんに」
山田がジト目で見ると、アキラは手振り身振り必死になってすがってきた。
「だっ、大丈夫だ!山田くん、俺は絶対途中で君の守りを飽きたりしない。だから山田くんも、俺を見捨てないで欲しい……!」
「えー。でも別に、アキラくんは僕じゃなくてもいいんでしょ?」
「えっ」となるアキラに、追い打ち攻撃をかける。
「初対面で友達になってくれる人なら、誰でもいいんでしょ?そんな人に会ったら、アキラくんはその人に乗り換えちゃうのかなぁ〜?」
「そんなことはないっ!」
見ればアキラは今にも泣きそうで、ちょっと虐めすぎたかなと反省する山田の前で絶叫した。
「俺は君にとって、そんなに信用できない人間なのか!?俺は、俺は……ッ、俺は山田くんを守る為に生まれてきたのに!!」
いやもう泣きそうどころか、アキラはボロッボロ涙をこぼしている。
しばらく仁王立ちして泣いていたかと思うと、くるりと身を翻して走り出そうとするもんだから。
「ちょ、ちょっちょっ!ちょっと待ってよ、アキラくん!」
逃げ出される寸前で山田はアキラの腕を、はっしと捕まえた。
よく捕まえられたもんだと、自分でも思ったが。
「なんか今、すごい事言ってたけど、どういう意味?僕を守るために生まれたとか何とか」
えらい大風呂敷になってきた。
最初は母の遺言だったはずなのに、いつの間にか生まれまで運命づけられていたことにされている。
「やまだくん……っ」
突然ぎゅっとアキラが抱きついてくるもんだから、山田は軽く硬直する。
「俺は、親父に幼い頃から古武術を仕込まれてきた。将来、山田くんを守れる男になれるよう。腕に自信がついた今、山田くんを守れるのは俺しかいないと思って転校した……」
「い、いや、お父さんやお母さんに言われたからって、何も正直に約束を守らなくてもいいんじゃない?」
硬直しながらも山田が至極真っ当な反論に出ると、アキラも即答してくる。
「親父が家を出て消息不明になって、母も倒れたんだ……俺には、もう、君を守る選択しか残っていなかった」
「い、いやいや、おかしいでしょ、それ。フツーにバイトしながら向こうで暮らす選択肢も」
「俺はッ、頼れる相手が欲しかったんだ!」
山田の突っ込みはアキラの大声で遮られ、ぎゅうと抱きつく腕に力がこもる。
「君が俺に友達になろうと言ってくれた時、俺は、すごく嬉しかった……君になら、俺の全てを預けても大丈夫だと確信した」
アキラが喜んでいたのは、山田も知っている。
たかが友達になろうと言われた程度で、あそこまで喜んだ人も、これまでの人生でお見かけしたことがない。
耳元で、そっとアキラが呟く。
「山田くん……好きだ」
えっ?となって山田がアキラを見上げる頃には腕を放して抱擁から解放すると、腕で涙を拭って笑顔に戻り、アキラは山田を促した。
「……さ、帰ろう。君の両親も心配しているはずだ」
「う……うん、うぅん……?」
やはり呻いているんだか頷いているんだか曖昧な山田の返事を聞きながら、アキラは颯爽と歩き出した。
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