やまだくんはおれがまもる

二話 さよなら、平凡な日常

その日ほど、下校チャイムが待ち遠しかった日はない。
山田は自宅に戻ってきた直後、大きく安堵の溜息を漏らしてしまった。
何なんだ、一体。今日転校してきた皇アキラとかいう奴は。
いきなりの守る宣言、しかも親の遺言ときたもんだ。
一時間目の休み時間からは皆の質問攻めにあう皇を遠巻きに見守り、放課後も皆に囲まれているのをヨシとして、一人そっと逃げ帰った。
できることなら二度と関わり合いになりたくないのだが、同級生だ。
嫌でも関わり合いになるであろう。
とにかく、絶望していても埒があかない。
父に聞いてみよう。
山田の父親、山田 智則は、これまでに三回当選している都議員だ。
過去の部下に皇という苗字の男がいたかいないか、本人に尋ねれば、すぐ判る。
夕飯時、帰宅した父に尋ねてみる。
「ねぇ、父さんの部下で皇って人、昔でもいいんだけど、いた?」
「うん?皇?」
ぶしつけな質問にも関わらず、父はしばらく考えた後「あぁ」と頷いた。
「いたよ。部下というか、用心棒で」
「用心棒!?」
驚く息子を手で宥め、父が付け足した。
「ほら、議員なんかやっていると、コレモンの人が近づいてきたりするだろ?」
コレモンと言って、頬をなぞる真似をする。要はヤクザか。
「そういうのとの癒着を防ぐ為にも、身を守るボディガードが必要だって党の皆に言われてね。それで推薦されてきたのが、皇さんだ」
皇アキラの不良退治を思い出しながら、瞬は尋ねた。
アキラの、不良への攻撃は遠慮が一切なかった。
必要ないんじゃないかってほど乱暴で、山田までもが怯えるぐらい。
「どんな人だったの?」
あれの父親だ。
やはり体格が良くて色黒で、悪人には情け容赦が一ミリもない男なのか。
「どんな人って言われても……」
また少し考え、智則が答える。
「無口な人だったよ。父さん、人と話すのは得意なんだけど、皇さんとは全然話が弾まなくてね」
皇父は寡黙な人であったらしい。
教室でのアキラを思い浮かべ、瞬は何度も首を傾げる。
クラスの皆に次から次へと質問されても、アキラは全部ハキハキと答えていた。
息子のほうは、意思疎通がハッキリしている。
「それで?」と智則に尋ねられたので「え?」と返すと、再度尋ねられる。
「どうして急に皇さんの話を?」
「あっ、えっと、今日うちのクラスに皇アキラってのが転校してきて。それで彼のお父さんが、父さんの部下だったっていうから、どんな人だったのかなと思って」
「へぇ……」
智則も驚いている。
「皇さん、子供がいたんだ。知らなかったなぁ」
「知らなかったって、でも父さんの部下だったんでしょ?」
部下というか党の推薦でやってきたボディガードだけどな、と父は苦笑した。
「素性は一応判っていた。武術家と聞かされたよ。けど他のこと、例えば彼の家族構成は全く知らなくてね。なにしろ全然会話にならなかったからな。そうか、息子さんがいたのか」
何度も感心している。
よっぽど家族がいるイメージではない人だったようだ。
それにしても今の時代に武術家とは、どういうコネで推薦されてきたのかは判らないが、皇家は随分と特殊な家庭環境のようだ。
「役に立つ人だった?」と尋ねれば、即答が返ってくる。
「うん。コレモンだけじゃなく、チンピラにも無敵だったね。父さんが、ほら、終電で酔っぱらいに絡まれていたとするだろ?すると、どこからともなく皇さんが現れて、酔っぱらいにお引き取り願うんだ」
そればかりではなく、街頭演説で野次ってくるタチの悪い輩にも皇がお引き取りを頼んでいた。
皇が何処かへ連れていった連中の末路は判らないけど、とにかく助けられる事が多かった。
そう言って、父は笑った。
――あぁ、これ絶対全員ボコられている。ボコられて病院送りにされているよ……
瞬は直感で思ったが、父には言わないでおいた。


どんなに隠そうと本人が思っていても噂は一人歩きしてしまうもので、一昨日中庭で起きた乱闘は、じわじわと学内全体に広まりつつあった。
目撃者がいたのだ。
虐められっ子と不良と山田の他に。
一昨日の時点では誰だか判らなかった謎の乱入者も、昨日転校してきた奴と背格好が似ていれば誰でもピンとくるだろう。
「一昨日中庭で三年生を叩きのめしたのって、アキラくんなの?」
同級生に尋ねられた皇は「あぁ」と頷いた。
そして、言わなくていい一言をも付け加えてくれる。
「山田くんが襲われていたんだ」
「山田が!?」と驚いて、クラスの何人かが山田を振り返る。
山田はもう、恥ずかしくて顔もあげられない。
目立つのは嫌だ。イジメのターゲットにされるから。
小中と地味且つ平凡な存在で、イジメとは無縁に生きてきたのだ。
これからも平凡でまったりとした人生を生きていきたい。
そういった山田の密かな望みは、皇アキラという一人の少年の出現により、儚くも消え去ろうとしている。
「そういや中庭で三年生のガラの悪いのに襲われたって言ってたよねぇ。あれがそうだったんだ」
忘れたままでいいのに、あの日の朝に話した女子まで思い出す。
「山田、なんで襲われたんだ?」
男子に問われ、渋々山田も答える。
「偶然だよ。偶然中庭に行ったらイジメの現場見ちゃって……そんで、成り行きで襲われたっつぅか」
「へーっ!偶然アキラが通りかかって良かったじゃねーか」
皆が沸き立つのへ「偶然じゃない」と水を差してきたのは、アキラ本人。
「え?」と頭の中がハテナで埋まるクラスメートに、補足した。
「俺が、あの場にいたのは偶然じゃない。山田くんを追いかけて、中庭で追いついた」
「え、でも」と、やはりハテナが消えない状態で、別の女子が聞く。
「アキラくんが山田くんと、ちゃんと顔見て話をしたのって、昨日が初めてだよね?」
少なくとも、山田はそうだ。
一昨日の出会いでは名乗らなかったし、名前も聞かなかった。
それでも皇が山田の名前を知っていたのは、父親経由の知識であろう。
「山田くんの外見は父から聞いていた。それで、ずっと山田くんを探して見つけて追いかけた先が、たまたま中庭でイジメの現場だったというだけだ」
「なんで、山田くんを探していたの?」
チョイ引いた表情で別の女子が尋ねれば、皇はキラキラした瞳で山田を見つめながら、きっぱりと答えた。
「母に言われたんだ。山田くんを守ってあげて欲しいと。だから俺は山田くんを守る為に、この学校へ転校した。父に鍛えられた、俺の力を山田くんの為に使いたい」
何度聞いても、きちがいじみた理由だ。
会ったことも見たこともない相手を守る為に、今まで通っていた学校を転校しちゃうなんて。
だがしかし、クラスの連中の興味は他へ向かっており。
「父に、鍛えられた?」
「アキラくん、何か武道やってるの?」
皆の質問へ頷くと、皇は、ぎゅっと握り拳を固める。
「あぁ。無手絶命流、俺が父から学び受けた暗殺術だ」
輝く笑顔で答える彼に「おぉーっ!?」と意味は判らずとも驚愕する同級生達。
山田は一人、頭を抱えた。
暗殺術だって?
確かに彼、今、暗殺術って言った。
絶命流とは、穏やかではない。
皇の父親はボディガードではなく、アサッシンだったのか。
もしかして過去にお引き取り願ったチンピラや酔っぱらいは、死んじゃったんじゃないか?
自分の想像で軽く混乱する山田の肩に、ぽんと手が置かれる。
ハッと我に返ると、超至近距離で微笑む皇のアップが目の前にあった。
「山田くん。やっと出会えた。これからは、ずっと一緒だ。山田くんが安らかに人生を終えられるまで、俺が全力で君を守る」
もろストーカー予備軍な宣言に、山田がドン引きしまくりだ。
だが「え、いいよ……」と露骨に嫌そうな山田に対し、同級生達の態度は予想を越えるものだった。
「なんで遠慮するんだよ」
なんと口を尖らし、山田を逆に非難してくる。
「え」と軽く固まる山田に、次から次へと非難の嵐。
「いいじゃん、守ってくれるっていうなら守ってもらったほうが」
「揉め事が一生なくなるなんて、うらやましー」
非難と言うよりは羨ましがられている。
替わってもらえるなら替わってほしいと、山田は心底思った。
「アキラくんに守ってもらえるんだったら、むしろ立場トレードしたいよね」
女子二人が顔を見合わせて笑うのへ、山田は突っ込んだ。
さっきから気になっていた事でもあった。
「ねぇ、なんで皆、皇くんのことアキラくんって呼んでるの?」
同級生とはいえ、皇は昨日転校してきたばかりの生徒だ。
いくらなんでも距離の詰め方が、早すぎないか。
聞かれた女子はキョトンとして「え?アキラくんはアキラくんだもの」と答える。
他の子も「アキラくんが、そう呼んでいいって言ったから」と頷いて、当の本人はというと、肩に置いていた手を山田の手の上に重ね合わせ、ぎゅっと包み込む。
熱い視線で語りかけてきた。
「前の学校でもアキラと呼ばれていた。山田くんも、遠慮なくアキラと呼んでほしい」
山田が嫌がろうがどうしようが、お構いなく距離を詰めてくる。
これは――意志はハッキリしているけど、疎通不可能な相手なのではっ!?
山田はここに来て、ようやく悟った。
きっと三年間、僕はこいつから逃げられない。
逃げても追いかけて、山田を守ると言ってくる。
まるで忠犬の如く。
なら、逃げずに堂々とつきあってやろうじゃないか。
本音は逃げ切りたいけど、目を離すと、こいつが何処で何をしゃべりだすか判ったものでもない。
うっかり変な噂を流されて余計に目立ってしまうぐらいなら、いつも一緒にいたほうが安全だ。
山田は利己的に割り切ると、ちらと上目遣いに皇を見た。
「ん、んじゃあ、僕もアキラくんって呼ぶけど……いいの?本当に」
「もちろんだとも!」
尻尾が生えていたら左右に勢いよく振りそうなほど、アキラは喜んでいる。
「それと」と、遠慮がちに山田が切り出すのへは「ん?」と首を傾げる。
「……手、握るの、やめてもらえる……?」
これも前から気になっていたのだ。
「あ!す、すまないっ」
アキラが慌てて手を放すのを見ながら、山田は、そっと考えた。
友達としてつきあっていく以上、アキラには『僕がされて嫌なこと&嬉しいこと』を叩き込んでやらねばなるまい。
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