やまだくんはおれがまもる

一話 どうしてこんな、僕だけが!?

このまま三年間何事もなく、つつがなく高校生活が終わるんだとばかり思っていた。
山田 瞬。
突き抜けた特徴も特技もなければ取り立てて言うほど変わった性格でもない、平凡な高校一年生である。
特に目立たないから虐められないし、仲間はずれにされることもない。
親が議員やっているせいなのか友達と呼べる親しい人は少ないけど、それで不便したこともない。

そんな彼の元へ、そいつは、ある日突然現れた――


二学期が始まる頃には、皆も大体クラスの仲間がどんな性格なのか把握出来始めてくる。
一学期の頃はぎこちなかった交流も、あちこちでグループを作ったり対立が起きたりするものだ。
山田は、どのグループにも属さない中途半端な位置づけにいながら、その立ち位置に満足していた。
さてさて。
虐められていないと言ったが、それは山田がの話であって、ここ都立軍司高等学校にてイジメが全く発生していないわけではない。
虐められている子はいる。
そして所謂不良、オチコボレと呼ばれる生徒も存在している。
不良が弱虫を虐めている現場に、うっかり遭遇してしまった時。
諸君らなら、どうするか?

1.助ける
2.見て見ぬふりをする
3.先生を呼ぶ

山田は最初、二番を選んだ。
だが、運の悪いことに不良が山田の存在に気づいた。
まずい。相手は三年生だ。
同級生なら『親が都議員』で牽制できるが、学年が違うと全くの無名。
運動能力抜群でも何でもない山田は、瞬く間に不良に囲まれてしまった。
「何見てんだ、アッ?」と、さして見つめていたわけでもないのに凄まれて、すっかり萎縮してしまう。
そうでなくても上級生とは普段関わりのない山田である。
こんなことなら部活に入って上級生慣れしておくべきだったか。
と、今更後悔しても遅い。
見てくれだけでも立派に将来極道としてやっていけそうな先輩諸氏に囲まれ、財布を奪われようかという時、物陰から飛び出してくるや否や、山田の制服を掴んだ腕を下から引っ張り、勢いよく投げ飛ばす影があり。
それこそ、あっという間の出来事で、ポカンとする不良達、そして山田の前で、そいつは猛然と言い放つ。
「山田くんに手を出すな!」
聞き覚えの全くない、凜とした声。
いや、そもそも山田に人間を投げ飛ばせるような武闘派の友達は一人もいない。
声の主は歳の頃合い、山田と同じぐらいの少年であった。
制服も軍司高のものだが、顔にも見覚えが全くない。
「なっ……なんだァ、てめぇ!いきなり出てきやがって」
我に返るのは山田より上級生達のほうが一足早く、物陰からの救世主へ襲いかかる。
顔面を狙った鋭い蹴りを寸前でかわし、山田を助けた少年が反撃に出る。
蹴った足を片手で払いのけ、前に踏み出て掌底で胴を押す。
「ぐわっ!?」と相手のバランスが崩れたところへ、追い打ち攻撃。
ぐるんっと視界が一回転して、少年に襲いかかった三年生が一人、地面に叩きつけられる。
「なんだ、こいつ!」
色めき立つ上級生に、少年は容赦ない。
しゃがんだ状態から更に前へ飛び出すと、足を引っかけて転ばせた相手の腕を拉いで悲鳴をあげさせた。
ビキッと骨を折られる痛い音が聞こえてきて、思わず山田も「ひぃっ!」と、つられ悲鳴をあげてしまう。
自分がやられたわけでもないのに、腕が疑似痛い。
「くそが!」「覚えてろッ」
やられた仲間を肩で担ぎ、お決まりの台詞を吐いて逃げ出す上級生を、山田は呆然と見送った。
五、六人いたはずの三年生は、すっかりいなくなり、ついでにいうと虐められっ子も逃げ去っていて、今、ここに残るのは山田と少年の二人だけ。
少年が立ち上がって此方を見たので、すくみ足のまま次を待つ。
今動いたら、自分も腕をビキッとやられそうな予感がしたのだ。
だが、それは杞憂であった。
砂汚れをはたいて立ち上がった少年は、安堵の表情を見せる。
「無事で良かった」
近くで見ると肌は褐色に焼けていて上背もあり、体格の良い少年である。
どちらかといえば前から数えたほうが早い背丈で、いかにも貧弱な都会っ子の山田とは大違いだ。
「あ、あぁ……あ、あぁ、うん……」
頷いているんだか呻いているんだか判らない返事の山田に、少年が気を悪くした様子もない。
ぺこりと一礼し、少年は去っていく。
お礼を言うなり名前を聞いておくべきだったかと山田が気づいたのは、彼の背中が見えなくなってしばらく後の事だった。


翌日。
「へー、そんなことがあったんだぁ」
教室で数少ない友人の一人に昨日起きた出来事を話すと、当たり障りのない相づちが返ってくる。
「でも怪我しなくて良かったじゃん」とクラスの女子にも言われ、山田は素直に頷いた。
「まぁね、財布も取られなかったし」
もう二度と、中庭には近づかないようにしよう。
そう心に決める山田であった。
昨日何故中庭に行ったかってぇと、話し声が聞こえたので好奇心で近づいた為であり、そのせいで虐めの現場と遭遇した。
好奇心、危険。
いつもと同じように、無関心でいれば不幸に出会わず済んだのだ。
今回は助けてくれた人がいたからいいけど、いつも助けてもらえるとは限らない。
油断禁物、と考えているうちにホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。
「おーし、始めるぞー」
前置きも抜きに担任の石森先生が入ってきて、戸口を振り返る。
「まずは転校生だ。入ってきてくれ」
途端に、ざわめく教室。
空いた戸口から姿を見せた少年を見て、山田はあっとなる。
昨日の少年だ。
山田を不良の手から救い出してくれた。
黒板に先生が名前を書く。

皇 アキラ。

すめらぎアキラくんだ。席は、そうだなぁ――」
悩む途中で当の皇くんが、さっさと歩き出す。
「あ、おい、ちょっと待て」
教師が止めるのにも、お構いなく。
彼はピタリと山田の席の前で止まり、じっと視線を注いできた。
「……え?」
向こうも気づいたのか。
いや、気づいたなら休み時間の時にでも話しかけてくれればいいのに、何故自己紹介の途中で?
口を半開きにマヌケ面で見上げる山田へ、彼は言った。
「山田くん。山田くんは、俺が守る」
「……ハィ?」
「君を守るために、俺は転校してきたんだ」
こいつは何を言っているのか。
恐らくは山田以外の全員も、そう思ったに違いない。
静まり返る教室で、皇が椅子を引く音だけが響いた。
「いや、そこは小出の席で――!」
音で我に返った石森先生が一旦止めかけるが、皇に動く気なしと判ったのか言い直した。
「いや、いいか。小出の席を動かせば」
真後ろの席に陣取った皇の視線と気配を感じながら、山田は内心、心臓バクバクだ。
僕を守ると言っていたけど、どうして?
誰かに守ってもらえるほど偉い立場にないし、第一、皇とは昨日が初対面。
守ってもらう義理もない。
中庭で出会ったのがきっかけだとしたら、そいつは余計なお世話ってもの。
中庭には二度と行かないと決めたし、不良と出会ったら即逃げる。
守ってもらわなくても大丈夫だ。
「小出は今日、休みか遅刻か。あいつが出てきたら、山田、説明頼むぞ」
緊張している処へ声をかけられ、山田は「ヒッ」と短い悲鳴をあげて、担任には失笑される。
「なぁにがヒッ、だよ。驚いてんじゃねーよ。そんじゃ次の話題に移るぞ、十月にひかえた体育祭だが」
何事もなかったかのように、ホームルームは続いていく。
終わりのチャイムが鳴るまで脳裏を「どうして?」と「何故」が占拠して、石森先生の言葉の殆どを山田は聞き逃した。

休み時間に入るや否や、ガタンと鳴る背後の椅子に山田はビクゥッ!と引きつった。
こ・れ・は……やばい、絶対話しかけられる。
思った通り皇が真正面にやってきて、改めて自己紹介をかましてきた。
「山田くん。皇アキラだ」
じっと真っ直ぐ見つめられ、居心地が悪い。
「え、と……その……」
山田は尋ねた。心なし、視線を斜め上に外して。
「なんで僕を守ろうって思ったわけ?昨日のことなら、もう僕は中庭には行かないと決めたし」
視線は外さず山田を見つめたまま、皇が言う。
「母の遺言だ」
思いがけない返答に、ついつい山田の声も裏返る。
「ハァッ?」
「母が言ったんだ。山田くんを守ってあげろと。俺の父は、君の父親に仕える部下だった。親の受けた恩は子も返す。山田くん、こんな俺で良かったら身を守らせてくれないか」
ハキハキ話しているがトンデモ斜め上な内容に、山田はますますドン引きだ。
「え、えーと……ま、守ってもらわなくても大丈夫かなぁ、なんて……」
「えー、でも昨日やばかったんでしょ?」
話を蒸し返してきたのは、朝の女子。
「いいじゃん、守ってもらったら」
友達も加勢してきて、えぇい、余計な事をと憤る山田の内心など、いざ知らず。
皇には手を握られて、熱く力説された。
「この学校には君に危害を加える輩がいると、昨日判った。だから俺は全力で君を守りたい。どうか許可を与えてくれ、山田くん」
不意に山田の脳裏を横切ったのは、昨日の哀れな不良達。
腕をボキッとやられた奴もいたっけ。
激痛のあまり、涎を垂らして地面を転げ回る先輩を思い出した瞬間、山田の背中を悪寒が走り抜ける。
もし護衛を断ったら――僕も、あんなふうになっちゃうのでは!?
目の前の皇少年に邪気はない。
だが、油断禁物だと先ほど自戒したばかりではないか。
「あーうん……いいよ、守ってくれるっていうなら守ってくれても」
渋々視線をそらした状態でOKを出すと、ぱぁぁっと皇が顔を輝かせるもんだから、思わず皆と一緒に山田も見入ってしまった。
なんて良い笑顔をするんだ、こいつ。
護衛じゃなくて友達になってくれってんだったら、こっちも喜んでOKするんだけどなぁ。
と、そこまで考えて。
山田は、ついでに付け足した。
「あ、それと。守るだけじゃなくて、僕の友達にもなってくれると嬉しいんだけど」
「もちろん!!」と予想以上の勢いで返事が返ってきて、ぎゅっと握る力が強くなる。
「全力で友達にも、ならせてもらう!ありがとう、山田くんッ」
いや、そこまで気合い入れなくてもいいよ。
山田は心底全力でドン引きしながら、なすがままに両手を握られるのであった……
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