やまだくんはおれがまもる

四話 逆上の山田

最初は、ただの使命感だった。
父に教えられた山田 智則議員は、それはそれは偉大な人物で歩くカリスマといってもいい存在であった。
その男が育てる息子ならば、さぞかし英知に溢れた少年になるであろう。
実際に一国が山田議員の下で働いたのは一期限りだし、全くの無交流だったから智則の人格を一国が完全把握しているはずもないのだが、純粋で素直なアキラは父の言うことを微塵も疑わずに信じ込んでしまった。
最後の試練は暴走族のアジトを壊滅させるという難しいものであったが、アキラは見事やり遂げる。
アキラが家へ戻る頃には父の姿もなく、居間には武者修行に出ると書き置きが残されていた。
それからは一人で鍛錬を積んだ。
ようやく自信がついてきた頃、母が病に倒れる。
『山田くんを守ってあげて』
その言葉を胸に、アキラは一人で上京した。
実際に会ってみた山田Jrの第一印象は、なんだか弱々しくて頼りない感じだったけれど、奥ゆかしい人なんだな、とアキラは判断する。
能ある鷹は爪を隠すというやつで、山田 瞬は実力を隠しているだけなのだ。
もっと仲良くなったら自分の前で実力を明らかにしてくれるはずだ。
そして、転校してから二週間。
山田の実力が明かされる機会は未だに巡ってこないが、思っていたよりも彼が明るくて元気な人間だとアキラは知る。
クラスの中では地味な存在に位置するが、けして無個性無気力な少年ではない。
どんな話題にも大体ついてこられるし、特にサブカル知識はアキラのかなう処ではない。
たまに冗談を振ってくる事もあり、山田に話をふってもらえるたびにアキラの胸はキュンキュン高鳴った。
趣味の知識は深いが学校の勉強は得意ではないようで、でも山田に教えを請われるのは、すごく嬉しい。
彼に必要とされている自分を、とても強く感じられるから。
山田の笑顔を見ると、安心する。
山田と一生友達でいられたら――
おじいちゃんになっても二人一緒にいる姿を想像すると、幸せな気分になった。
アキラは、そっとスマホを取り出すと写真を開く。
山田と二人で撮った写真だ。
緊張する自分の横で、山田は笑顔を浮かべている。
「山田くん……」
山田も同じように思っていてくれると良いのだが。
アキラとずっと一緒にいたい、と。
アキラは、ぎゅっとスマホを握りしめた。

皇 アキラが軍司高に転入してから、二週間が過ぎた。
あれから不良との接触は一切ない。
というより、上級生の一部は露骨に山田を避けているようでもあった。
きっと不良やイジメっ子達の間では、おさわり禁止物件扱いを受けているに違いない。
だが殴られないなら殴られないに越したことはないし、誰かがアキラにボコられるのも見たくない。
不良がやられるのを見て、ざまぁみろと笑い飛ばすほどには山田も性格の悪い男ではなかった。
アキラとは、だいぶ打ち解けてきたように思う。
もっとも警戒していたのは山田だけであり、アキラは最初から山田にフレンドリーだった。
山田がやめてとお願いして以降、家を見張る行為もしなくなったようだ。
大抵は一緒に下校する。登校は別々だ。
たまに用事があるとかで山田と別行動を取る日がある。
それが唯一、不満と言えば不満だった。
アキラは大体、誰に対しても愛想がいい。
何でも素直に答えるし受け答えもハキハキしていて、好感度を上げている。
本人は無意識でやっているのかもしれないが、一部の女子は完全に彼の笑顔の意味を勘違いしている。
あれだけ友達は山田だけ、みたいに言っておきながら、クラスの皆とも仲良しなのは何故だ。
級友のほうから彼に接触してきたんだから仕方ないっちゃ仕方ないのだが、山田は、それが許せずにいた。
山田の信頼すべき友人はアキラしかいないのに、アキラは随分と沢山の友達に囲まれて人気者ではないか。
別に、友達は僕じゃなくても良かったんじゃないの?
そうした山田の内なる嫉妬が爆発したのは、体育祭も近づいてきた九月半ばの頃であった。


その日も一緒に帰ろうと誘う山田を無下に断り、アキラは中庭に行くと言い残して教室を出て行った。
机の中に手紙が入っていたそうだ。
もちろん見せて貰ったが、どこをどう見てもラブレターとしか思えない文面が書き連ねてあった。
差出人は、山田の知らない女子だった。別のクラスの奴だろう。
こんな手紙をアキラが貰ったことも、手紙を読んで、のこのこ素直に出向いていったのも許せない。
一生僕に仕えたいと抜かしておいて、ちゃっかり彼女を作ろうたぁ、どういう了見だ。
彼女とイチャコラしながら、僕を一生守れるつもりなのか?
もはやイチャモンレベルの不条理な嫉妬を胸の内に抱えながら、山田は中庭に直行する。
――果たして。
相手の女子が到着し、「あの、皇くん……」と何やら話しかけたところで山田は建物の影から飛び出した。
「山田くん?」
アキラは驚いている。まぁ、そうだろう。
てっきり先に下校したと思っていた相手が、物陰から飛び出してくれば。
構わず山田は叫んだ。
「アキラくん!見損なったよ、君のことッ」
えっ?となったのはアキラばかりではない。
相手の女子もポカンとしている。
「君は僕を守るとか言っておいて、そんな子とイチャラブしようってんだねぇ!」
「え、その、山田くん?一体何を言って」
動揺するアキラに、怒りをぶつけ続ける山田。
「判ってる、判ってるよ!僕のこれが、くだらない嫉妬だって事ぐらい!でもねぇ、男が一度誓ったことは絶対なんだろ!?それを覆すってのは、どういうことなんだい!」
大声で喚く山田は、さぞキチガイめいて映ったであろう。
相手の女子の眼に。
見れば、彼女は思いっきりドン引きしている。
「何この人……怖い」
少女の呟きが山田の耳に入り、怒りのボルテージが引き上がる。
「つきあう気がないなら、手紙なんか無視すりゃいいだろ!なのに君は中庭へ来た!!彼女とつきあう気満々じゃないか!ハッ、カップル誕生かよ、おめでてーなッ。クラスの連中とだってそうだ!仲良くする気がないなら無視すりゃいいのに、ハイハイ愛想ばらまいて返事しちゃってさぁッ」
それを言ったらアキラが転校してくる前の山田自身だって似たようなものなのだが、本人はブーメラン発言に気づいていない。
「女の子とラブラブしながら、僕を一生守るつもりだったのかい?お笑いだね!そんなナンパ野郎の護衛は僕のほうから、お断りだ!!」
暴言を立て続けに浴びせられ、アキラは山田が何で激高しているのか、だんだん判ってきた。
何故だか知らないが、彼は手紙の主とアキラが交際する前提で話を進めている。
しかも、当然のように二人がラブラブカップルになると思いこんでいるようだ。
とんだ勘違いだ。
ここへは、交際を断りに来たというのに。
「ホントは君は、僕が友達じゃなくても別に良かったんだろ!友達になってくれそうな奴なら、誰でも良かったんだろ!?一番最初に僕へ声をかけたのは、たまたま、僕のことを前もってお父さんから聞かされていただけで!」
「それは、違うッ!俺は、君を守りたいと心から思った!だから、この街へ来たんだッ」
アキラの血を吐く叫びも、山田には届かない。
「もういいよ!言い訳なんか聞きたくないッ。その子やクラスの仲間と、お幸せに!!さよなら、リア充のアキラくん!!」
ことさらでっかい声で言い切って、ハァッと山田は大きく溜息をついた。
どうだ。
ここまで言えば、二度と僕の許可無く彼女を作ろうなんて思うまい。
二週間に渡る交流で、アキラの性格は把握したつもりである。
彼は負けん気が強い反面、意外と涙もろい。
山田に対しては依存症な面が見え隠れしており、命令には忠実で、突き放すような事を言えば言うほど必死になった。
アキラは全くの無言と化し、ぷるぷると握り拳を震わせている。
何だよ。
何か言ってみろってんだ。
これまでみたいに捨てないでくれ山田くん、とか何とかさぁ。
意地悪く睨みつける山田の前で、不意にアキラの両目から涙がこぼれて落ちた。
涙はポロポロと止めどなく落ちてきて、心配する女子の「皇くん、大丈夫?」という労りの言葉も聞き流し、アキラは、ただ、ひたすら泣き続けた。
山田への哀願も忘れて。
「え、えっと、あの、その……」
すっかりアテが外れた山田へ、女子の非難が突き刺さる。
「ちょっと、皇くんに謝りなさいよ!あんな酷いこと言う権利、あんたにないでしょ!?」
「え……あ……す、すいません……」
女子の剣幕にタジタジとなる山田の謝罪を遮って、アキラが叫んだ。
「山田くんは悪くない!!」
「え」
「で、でも、こいつが滅茶苦茶言ったから、皇くん、傷ついて」
山田と女子は双方ポカンとアキラを見つめ、アキラもまた、山田を見つめ返しながら言った。
「俺が、悪いんだ。誤解させるような態度を取った、俺が。山田くん。俺は一生君の側にいたい、いたかった……でも、俺がいると君に迷惑がかかるというなら、もう、二度と関わらないようにする」
「ちょ、ちょっと待って。僕は何も、そこまでは言ってないだろ?カノジョとラブラブリア充満喫な状態で、僕の護衛が務まるのかって話を」
今度は山田の制止が、アキラに届かない。
何度も嗚咽を漏らしながら、アキラは涙ボロボロの状態で別れを告げた。
「こ、故郷に帰る……さよ、なら……山田くん……っ」
「ちょっと待ったぁ!!」
走り出そうかという彼の腕を、はっしと山田が捕まえる。
「あのさ、言っとくけど!僕は一度も君を嫌いになったとは言ってないよね!?」
山田の怒りは、一体どこまでアキラに届いたのか。
この分だと、何一つ届いていないんじゃないかと心配になってくる。
山田の伝えたいメッセージは、最初から二つしかない。
僕に無断でカノジョを作るな。
僕以外に仲良しな友達を作るな。
この二点だ。
「え……でも、見損なったって一番最初に……」
アキラには潤んだ瞳で見つめられ、ごくりと山田の喉が唾を飲み込む。
ヤバイ。なんだかアキラが可愛く見える。
同い年で、しかも僕より何かと優秀なはずの彼が。
テレ隠しも兼ねて、山田は喚いた。
「き、君が悪いんだよ!?僕を放ってフラフラしてるから!」
再び女子の冷たい視線が背中に刺さってきたが、勢いは止まらない。
「僕が君と一緒に下校できなくて、寂しくなかったとでも思ってんのか?寂しかったに決まってんだろ!それに君はいつまで経っても、僕をアパートに招待してくれないよねぇッ。僕達って何なんだ!友達じゃないのか!?友達だったら、自分ちに呼んだりするもんじゃないのか!」
この二週間、友達として交流してきたが、一度たりとて甘える仕草を見せなかった山田くんが。
どこか冷めていて、友情にはクールなはずの山田くんが。
今、『寂しい』と胸の内を吐露している。
夢を、見ているのか――
アキラは空いた手で自分の頬をつねってみた。
痛い。
夢じゃないんだ。
ホントのホントに、山田くんが俺に甘えてきている。
「山田くんっ!」
ぎゅっと勢いよく抱きついてくるアキラに、彼より背の低い山田はオットットとよろける。
アキラの性格、もう一つあった。彼は、ひどく感激屋でもあったのだ。
「山田くん、すまない、すまない……っ。今から君をアパートへ招待したい。来て、くれるか……?」
山田は勿論、大きく頷いた。
「いいとも!」



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