5.ブレイクブレイズ

祝福のゴングが鳴り響く中、ソロンは気絶したキーファに容赦なくベチベチとビンタを入れる。
「オイ、起きろ。このバカ」
「ちょ、ちょっと、もうちょっと優しく扱ってあげてもいいんじゃないの?」
横合いから心配で口を挟むティルへ、ソロンは渋い顔を向ける。
「こいつは俺の後ろの貞操を奪おうとした変態だぞ」と吐き捨てた直後、キーファが目を覚ました。
「う、うーん……」
視線がソロンに定まるや否や、ぶわっとキーファの両目から涙がこぼれ落ちる。
「ソ、ソロン」
「気がついたか?この変態バカ。ちょッと尋ねたいンだがよ、シーフの資質ッてなァ」
ソロンの質問は、キーファのあげた大号泣でかき消された。
「う、うわぁぁ〜ん、ソロン、ソロン、ソローン!会いたかったよぉぉぉっ」
ベソベソ泣きながら、しっかり抱きついてくる。
まだ変態が抜けきってなかったのか?とばかりにソロンの眉間には皺が寄ったが、次の言葉にはハッとなる。
「ソロン、俺、俺……お前とは、もう二度と会えないものだとばかり思ってたけど、会えて良かったぁぁ!」
聞き間違いなんかじゃない。確かに今、『俺』って言った。
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら泣きじゃくるキーファは、ソロンの知っている彼に戻っていた。
「バカ、泣くなよ」
ついつい甘くなり、キーファの背中を優しく撫でてやると。
ますます首にしがみつき、キーファは大声でワンワン泣いた。
「ソロン、俺、俺、お前のこと、大好きだぁ〜!もう絶対、離れないぞ!」
「って、まだ言うのかよ!!」
思わずソロンがガツンと殴れば、ティルが慌てて止めに入る。今のは、いい音がした。
「ちょっとソロン!もう試合は終わったんだし、虐めないであげて!」
それには構わず、ソロンはキーファの胸ぐらを掴みあげて問いただす。
「オイ、変態サマ」
「ハイ。なんでしょー、親友サマ」
殴られるわビンタされるわで散々なキーファは、すっかり涙目だ。
いや、元々涙目だったけど。
「テメェがさっき言ってたシーフの資質だがよ。そいつァ、どンな力を秘めてやがるンだ?」
自分で名乗るぐらいだから、当然自慢げに語り出すかと思いきや。
キーファは、ふるふると首を振り、こう答えたのである。
「シーフの資質の力?そんなの、知らねぇよォ〜」
「お前が、ついさっき自分で言ったンだろうが!」
ついついソロンの声も跳ね上がり、またしてもティルに虐めないでと止められた。
グジグジ鼻水をすすり「あんた、いい奴だなぁ」とティルに礼を述べた後、キーファが言うことにゃ。
あの組織――クランツハートを焼け出されてから、転がり込んだグロリー帝国にて。
審判の資質を持つ者を探している男と出会った。
話を詳しく聞いてみれば、彼が探しているのは『ファイター』の資質を持つ者だと言う。
そして男に言われたのである。
君は『シーフ』の資質を持っているようだね、と。
「で、そいつの与太話を信じ込ンで、こンなトコで張り切ッてやがッたのか?」
ソロンが問うと、キーファは首を横に振りジッとソロンを見つめた。
「いや、その話を聞いた時……俺、ファイターの資質を持つ奴は、お前しかいないって思ったんだ。だから俺がシーフかどうかはさておきファイターの資質を持つ奴を探すって、そいつと約束して」
情報を探すために『シーフ』へ潜り込み、資質を持つ者を名乗ることで組織の台頭にのし上がった。
「俺の剣筋を見極められるようになッたのは、シーフで培った、お前の実力ッてワケか?」
と尋ねてみたものの、ソロンは自分でも半信半疑である。
たった数日、数ヶ月で追いつけるほど、二人の実力は僅差ではなかったはずだ。
キーファが首を振る。
「違う。っていうか俺が、お前と戦ったって?」
ボケるには、まだ早いお年頃だろう。
「オイオイ……大丈夫か?このシャツは、テメェのせいでボロボロになッたンだぞ」
切り裂かれたシャツを見せびらかし軽くデコピンしてやると、キーファはむくれた顔でクチを尖らせる。
「いや、だってさぁ。大体お前、いつココに来たんだ?来たなら一言言ってくれりゃ〜俺だって」

「――暗示が働いたか?」

いきなり見知らぬ金髪の男が話に混ざってきたもんだから、ソロンもキーファもハッとそちらへ目をやった。
「だ、誰だ!?」
怯えるキーファを全く無視し、男が真っ向からソロンを見据える。
「ソロン、衰えとは恐ろしいものだな。お前ほどの男が生身に苦戦を強いられるとは」
「い、いや、生身ッて……」
俺だって生身だよ、とソロンが言い返す前に、男の視線はキーファへ移る。
「シーフの資質は自由。空を舞い風の如く変幻自在に敵を討つ。貴様の素早さも人並み以上ではあるが、フール・ジャッジメントを名乗るには遠く及ばぬ」
「ふ……フール……ジャッジメント?」
言われた方は、きょとんとしている。
元よりソロンもキーファも、地上の伝承にはうとい人間である。
12の審判について、全てを把握しているわけではない。
「キーファ、貴様が出会ったという男について詳しく話を聞かせてもらおう」
どんどん話を進めていく男にマッタをかけたのは、ティルだ。
「ちょっとまって!その前に……あなたは誰?何者なの?どうして、ソロンを知っているの」
男は、ちらと観客席を見て、興奮がまだ冷めやらぬのを見てとってから応えた。
「ここは騒がしすぎる。閉会式とやらを終わらせたら、酒場へ来い。全てを話してやろう」


――そして、今。
酒場にはソロンとティルの他に、ランスリーやタイゼン、リオンの姿もあった。
いや、そればかりではない。
キーファやラーなど、ファイターの組織に組み込まれていた連中も一緒だ。
ガイナとケルギは、宿の二階で寝ている。
ランスリーに治癒魔法をかけてもらったとはいえ、当分は安静にしていなければいけない。
ティルの手でボッコボコにされたフィリアだが、彼女は気がつくや否や逃げだそうとした。
もちろん総掛かりでとっ捕まえ、手足をぐるぐる巻きに縛った上でベッドに縛りつけてある。
ランスリーの姉メイスローは生存こそ確認できたものの、既に精神が壊れ妹の顔も判らなくなっていた。
だからといって置いて帰るわけにもいかず、ケルギ達と同じ部屋に寝かしつけておいた。
リオンは記憶をすっかり取り戻しており、今もタイゼンの膝の上に座っている。
放っておくとイチャイチャし始めるので、そのまま放っておこう……と、ソロンは考えた。
もう男同士のエロ行為など、金輪際お断りだ。
見たくもないし、関わり合いになりたくもない。
「……さて。これで全員集まったのか?」
対面に座るのは金髪の男。
闘技場でソロン達に話しかけてきた、謎の人物だ。
「あァ」と頷くソロンに満足したか、男が名乗りを上げた。
「話の前に名乗りをあげておこう。我が名はレイザック。伝承を知る者、とでも考えてくれ」
ランスリーが眉を潜める。
「伝承を知る者……?吟遊詩人の方ですか?」
「いや」
レイザックは短く答え、ソロンを見た。
「12の審判に、より近い存在だと思ってくれて構わない」
近いも何も、レイザックの正体こそはチャリオット・ジャッジメント。
思いっきり12の審判そのものなのだが、この名を地上の民に明かすには時期尚早であった。
本来ならば、まだ地上に降りてきてはいけない身。
チャリオットが今、地上へ降りているのは異例なのだ。
全てはソロン=ジラード……いや、デス・ジャッジメントを探すために、彼は来た。
だが、ようやく巡り会えたというのに、ソロンはジャッジメントの記憶を失ったままだった。
今だって彼には馴染みのある名を伝えたというのに、ポケッとした顔で座っている。
かつて人間として暮らしていた頃からの親友としては、泣けてくる反応だ。
「さて、キーファといったか」
気を取り直し、チャリオットが仕切り直すと。
それまで、だらしなく座っていたキーファも、イチャイチャしていた男二人組も真剣な態度に戻る。
皆の注目を浴びながら、チャリオットは一人で話を進めた。
「お前がソロンと対等に戦えた理由だが……私の予想では、お前をシーフだと断言した奴が、お前に暗示をかけたのではないかと思っている」
「暗示?暗示をかけられた程度で、ソロン様の動きについてこられるものなんでしょうか」とは、ランスリー。
彼女の問いに応えたのは、タイゼンだ。
「いや、暗示とて馬鹿にできるものでもないぞ」
暗示とは、すなわち思いこみの力である。
思いこむ力が強ければ強いほど、暗示もまた、本物に近い力を発揮する。
「鉄の棒は熱いと暗示をかけられた場合、棒に触っただけで火傷してしまうという例もあるぐらいだからな」
「じゃあキーファがソロンの実力に追いついたのは、キーファの思いこみが強かったから?」
ラーの質問に、チャリオットが首を振る。
「どちらかといえば、この場合は術者の暗示力だな」
「暗示力とは、魔力と同じものですか?」
首を捻るランスリーへは、頷いた。
「その通りだ。強い暗示をかけられたせいで、キーファは自分が12の審判であると思いこんだ。故に、ソロンの強さに追いつくことができたというわけだ」
「じゃあ……」と言って、ティルの視線がソロンに止まる。
「12の審判と互角に戦える、ソロンって何なの?」
何なの?と聞かれても。人間以外に答えようがあるだろうか。
「俺は俺だぜ、ティ。ソロン=ジラード。ザイナの地下組織で育った、ただの人間さ」
肩を竦めて答えるソロンを見て、チャリオットが小さく溜息をついたのをリオンは見逃さなかった。
「あなたはソロンさんをご存じのようですけど、何処で彼を知ったのですか?彼の生まれはザイナロックの地下組織です。知りあうとすれば、その組織しかないはずなんですが」
だがレイザックと名乗る、この男の顔などソロンもキーファも、そしてラー達にも見覚えがない。
そもそも、今日初めて出会ったのだ。知りあいであるはずがない。
チャリオットは、もう一度溜息をつき、じっとソロンを見つめた。
「ソロン、お前は覚えていないようだが……お前は人間であって、人間ではない」
「え?何?ソロン、人間じゃなかったの!?」
ビックリしてラーが騒ぎ、その横ではクーも目をまん丸に見開く。
「ソロン、人間やめちゃったのぉ?」
間髪入れず「やめてねェよ!」と怒鳴って、ソロンはチャリオットを睨みつけた。
「テメェ、何ワケわかンねェことほざいてンだ?俺が人間であって人間じゃねェッて、どういうこッた」
ポンと手をうち、タイゼンが何事か納得した様子で頷く。
「あぁ、一度死んだからか!」
その話にも溜息をつき、チャリオットは即座に否定した。
「違う。人間であった者が人間ではなくなり、さらにまた、人間へと再転生した。それが今のソロンだ」
「ね……ねぇ。カレが何を言ってるのか、あなた、判る?」
話題についていけなくなったティルは傍らのランスリーにヒソヒソ尋ねるも、ランスリーも首を傾げている。
「人間であったものが、人間でなくなり……」
リオンは口の中で呟いていたが、不意に真顔で小さく叫ぶ。
「……もしかして!」
「なんだ、何か判ったのか?リオン」
尋ねるタイゼンを見上げると、リオンは嬉しそうに微笑んだ。
「えぇ。タイゼンさん、あなたの予想は大当たりだったのかもしれませんよ」
タイゼンの膝から飛び降りると、まっすぐチャリオットを見つめて言った。
「レイザックさん、ソロンさんはロストガーディアンだったんですね!」
「ロストガーディアン!?」
とハモッたのはタイゼンとランスリーだけで、後はポカンとしている。当のソロンですら。

ロストガーディアン――
それは、神に選ばれし12の審判の別称でもある。
彼らはロストエデンと呼ばれる幻の国に住んでおり、地上の民を見守っているとされている。
ロストエデンが何処にあるのか。それは未だ解明されていない謎である。
天界よりも上にあるのでは?というのが学者の見解だ。

「えっと……何、それ?」
伝承に無知な連中を代表してティルが問えば、タイゼンは苦笑混じりに答える。
「12の審判ってのは、最初から超人めいた種族として生まれてくるわけじゃない。神々に選ばれた人間がロストガーディアンという種族に生まれ変わり、そこで初めて審判と認められる」
人間を越えた力を与えられ、永遠に歳を取らず、何十年、何百年という気の長くなる月日を、ロストエリアで過ごす。
そして役目が終わる日まで地上を見守るのが、彼らが神々に与えられた使命なのだ。
見守るといえば聞こえはよいが、要は監視だ。
人間が馬鹿な真似をしでかさないよう、見張っているのである。
「ソロンが仮にロストガーディアンだったとしても、だ。どうして人間に戻っちゃったんだ?」と尋ねたのはキーファ。
だが聞かれたって、ソロンが知るわけもなく。
彼はソッポを向いて、ふてくされてしまった。
「俺ァ、そのロストナントカッてヤツじゃねェ。正真正銘、タダの人間だ」
子供みたいにふてくされたソロンを見て、苦笑を浮かべたチャリオットが口を挟む。
「その原因は私にも判らん。だが……ソロンが、ただの人間ではない事は、お前らも知っているはずだが?」
「え、それって……アレ?」
ラーが指さしたのは、ソロンの額当てだ。
アレを取るとソロンが人間離れしてしまうことまで、この金髪男はご存じだというのか。
ソロンもだが、この男こそ何者なんだろう。
伝承に詳しい男というだけでは説明がつかないほど、詳しく知りすぎているような気がする。
「最初の人生では制御不能の光線を放った。己の持つ資質を彼は制御できなかったのだ。だがロストガーディアンとなった時、ソロンはその力を制御できるようになった」
チラッとソロンを見やると、目があった。
なんだかんだで、本人も結構気にしてはいるようだ。
しかし、すぐに彼は明後日の方向を向いてしまい、少し寂しい気分になりながらチャリオットは続けた。
「……再び人間になり記憶が失われたせいか、デスの資質にも変化が現れてしまったようだな」
「デスの、資質?何それ?資質って、」
ラーが言いかけ、タイゼンが後を継ぐ。
「資質というのは、メイジ、ファイター、シーフの三つではないのか?」
ゆっくりと首を振り「違う。三つの他にも資質は存在する」とチャリオットは断言する。
「ソロンの資質は『デス』……すなわち、彼は『死』を司るジャッジメント。デス・ジャッジメントだ」


あまりにも多くのことを語られすぎたのか。
ティルは呆然とした表情のまま、二階へ上がる。
レイザックと名乗った男は、酒場を出ていった。
ソロンがどうしても自分を審判だと認めなかった為、ならば渡したい物を持ってくると言い残して出ていったのである。
「なんだか話が突飛すぎて、ついていけなかったわね。あの人の話」
振り向くと、後から登ってきたソロンも疲れた顔で苦笑した。
「ファイターの資質を持つ奴を捕まえるだけの依頼が、とンだ大事になッちまッたな」
あまりにも唐突すぎて、まるっきり実感がわかない。
お前は12の審判だと言われても、その12の審判自体ソロンには馴染みがない。
しかしキーファにかけられた暗示の話だけは、信じてやってもいいだろう。
そうとでも考えなければ、あの時のキーファの動きは誰にも説明がつけられまい。
ソロンと戦った時、キーファは明らかに『人』の動きを越えていた。
風の流れすら感じさせずにナイフを投げるなど、ソロンにだって出来ない神業だ。
ティルの投げた椅子を顔面で受けた時、衝撃で暗示も切れたと思われる。
なにしろ、あの後のキーファは人が変わったかのように弱くなったのだから……
「……そういえば彼、思い出せなかったわね。シーフの資質のこと、教えてくれた人の名前を」
二、三個ほど質問してみたのだが、キーファは見事に記憶の一部が欠如していた。
ソロンと再会する日の前からビンタで起こされるまでの記憶が、すっぽり抜け落ちている。
「あれも暗示で忘れさせられちゃったのかしら?」
どこまでが暗示の範囲内だったのか。
シーフだと思いこませるだけが目的ではなかったのか?
キーファはシーフの資質を教えてくれた相手についても、よく覚えていなかった。
教えてくれた人物がいるのは覚えているのだが、そいつの名前や容姿が、どうしても思い出せないのだ。
「若くして健忘症?」とラーにからかわれ、終いには彼がむくれてしまったので質問大会は終わりとなった。
ティルはベッドに腰かけ、うーんっと伸びをする。
「ホント、色々ありすぎて疲れちゃった、かな」
「そういや俺の賞金首は、どうなッたンだ?まだ懸けられッぱなしなのか?」
不意にソロンから尋ねられ、ティルも大事なことを思い出す。
「あ、そうそう!その話なんだけどね。ソロン、冒険者は引退して騎士になってみない?」
「ハァ?」
金髪男ばかりではなく、ティルまでがおかしなことを言い始めた。
「冒険者になんかなるから、あらぬ嫌疑をかけられたりするのよ!それに、」
「それに?」
ティルはソロンをジッと上目遣いに見つめ、そっと呟く。
「冒険者になったせいで、ソロンと離ればなれになることが多かったし……」
まぁ、確かに。
結果的には冒険者になってからのほうが、ティルと一緒にいられなかった日が多い。
それでも未練ったらしく「俺の冒険者カード、どこいっちまッたンだかなァ」と呟けば、すかさずティルに突っ込まれる。
「そもそも!冒険者カードを他人に預けるなんて、それだけでも冒険者としては失格よ。あれはね、ソロン。冒険者としての身分を証明するカードでもあるの。それを手放すなんて」
小言が長引く前に、ソロンはバサッと布団を被ると「眠いから、話の続きは明日にしようぜ?」と勝手に灯りを吹き消した。
「ちょ!ちょっとぉ、真っ暗にしないでよォ。私、まだ着替えてもいないのにっ」
ガツン、ゴトン、とアチコチでぶつかる音がして、ソロンの上にティルがおっ被さってくる。
つまづいてコケた拍子に、ソロンの眠るベッドへダイブしたらしい。
「疲れてるッて割にゃ〜甘える気満々みてェだな?」
からかうソロンにティルも真っ赤になり「そ、そうじゃないのよ。もう、馬鹿ぁ」等と口では反抗しつつも体は正直で。
しっかり手を回して抱きついてきた彼女の体からは、汗ともう一つ、別の匂いを感じ取った。
「ソロン。本当に、こうして二人だけでいるのって、久しぶり」
「ン……そうだな」
そろりと尻に手を伸ばし、少し撫でただけでもティルは小さく喘ぐ。
「ソロン……私、私……」
ぎゅっと更に体を密着させ、彼女は潤んだ瞳で尋ねてきた。
「私の胸、ツルッツルじゃないよね……?」
「ン?あァ、ちゃんと膨らンでるから安心しろ」
フィリアがツルペタだのマナイタだのと叫んでいたのをソロンも思いだし、力強く頷いた。
汗臭い野郎キーファと抱擁をかました後だからこそ、言える。
ティルの胸は、それと比べたら充分大きいし柔らかい。
やっぱり、抱き合うなら女の子とのほうがいい。
「良かった……」
安堵の溜息と共にティルのくちからは、そんな呟きが漏れる。
お尻を撫でてくるソロンの手を自分のズボンの中に導いて、彼女が囁いた。
「ソロン、私ね、ロイスで待っていた時……寂しかったの。あなたが側にいなくて」
「……そッか。悪ィ」
謝りながらも、ソロンの指はパンツの中で汗ばんだティルのお尻――その奥へ侵入してゆく。
「そンで二人きりになった今だからこそ、安心してヌレヌレッてワケだな?」
少し指を動かしてやっただけでも、ティルはビクリと体を震わせ頬を赤らめた。
「ソ、ソロン!もう……馬鹿。わざわざ言わなくても、判ってるくせに」
「何を」と尋ねるソロンのくちを塞ぎ、ティルが囁いた。
「……指じゃ嫌。入れて、欲しいの」
ティルが何を欲しがっているのかなんてことは、先刻承知である。
だが、あえて彼女のくちから言わせたいソロンは、言葉に言葉で返して焦らした。
「入れて欲しいッて、何をだ?ちゃんと言わなきゃ判ンねェぜ」
「うそ、判ってるんでしょ?ホントはっ」
ニヤニヤする彼にピンと来て、ティルはぷぅっと頬を膨らませるが。
「あん、あっ、あ、あっ、やぁ……だめっ、ソロンッ」
穴を指でほじくり返してやると、すぐさま体はビクビクと痙攣し、激しく喘いだ。
「ふぁ……も、もぉ、ソロンのいじわるぅ」
すでにパンツの中はグチョグチョ。
ティルは全身汗だくになり、目元には涙まで浮かべている。
ハァハァ息を切らせながらも、むっちりした太股をソロンの足に絡めてきた。
恐らくは無意識で。
軽く彼女の唇を吸ってから、ソロンは意地悪く笑った。
「言えよ。ハッキリ言わなきゃ挿れてやンねーぞ」
「い、いえって、何を……」
「何を入れて欲しかッたンだ?」
小さくティルの唇が動く。
多分、わかっているくせに、とか何とか呟いたのであろう。
それでも熱くなる欲望には勝てなかったのか。
彼女は俯くと小さな声で、つっかえつっかえ囁いた。
「そ、ソロンの……その、あの…………お、おちんちんを」
よしよし、全部言ってしまえ。
恥じらうティルに萌えつつも、ソロンは次の言葉をジリジリしながら待ったのだが――
入れて欲しいの、の「い」を言うよりも早く、扉が無遠慮にも激しい音を立てて開き、誰かが飛び込んでくる。
「ソロン、起きてっか!?レイザックとかいう野郎が戻ってきたぞ、変な剣持って……って、あらぁ?」
飛び込んできたのはキーファだ。
あら?などとトボケつつ、口元にいやらしい笑みを浮かべている辺りは間違いなく確信犯。
ライムといい、こいつといい、どうして空気を読まない仲間ばかりなのであろうか。
しかし一度目なら許せても二度目の確信犯の出現は、いかに寛大なソロンでも許すことができなかった。
「オイ」
ドスの効いた低い声で呼びかけると、ニヤニヤしていたキーファが飛び上がる。
「ひゃい!」
「お前、俺が寝る時は部屋に入ってくンなッて約束したハズだよな?」
子供が見たら失禁するんじゃないかってぐらい剣呑な表情で問いただすと、キーファはプルプルと首を振った。
「え、あ、うぅ、したような、しなかった……ような?」
トボケるつもりとは、ますますもって腹立たしい。
なので「したよな!?」と強く言ってやると、瞬く間に涙目になったキーファが弁解を始めた。
「い、あ、う、うん。で、でも、ソロンを呼んでこいっていわれて、だから、その」
この期に及んで言い訳とは、往生際の悪い奴だ。
素直に謝れば、こちらとて許してやったものを。
ティルをどかして起き上がったソロンは、ゴロツキ顔負けの形相でキーファに掴みかかる。
これから始まろうかというバイオレンス劇場を止めたのは、レイザックであった。
呼びに行かせたキーファを待っていられず、自分から会いに来たらしい。
「ソロン、寝ているところを起こした無礼は謝ろう。しかし、これ以上帰還を遅れさせる訳にはゆかぬ。真人は、お前の帰りを待ちわびているのだ……だから、お前に見てほしい物を持ってきた。お前の記憶を蘇らせる為に」

すっと差し出されたもの。
それは、一振りの剣であった。

鞘から抜き出してみると、刃の部分には輝きがない。
指をなぞらせても切れず、それでいて堅く灰色の面を見せていた。
「なンだ?こりゃ。……石剣か?」
片手に持ってブンブン振り回すソロンへ、レイザックが応える。
「その剣は、お前の意志に呼応して姿を変える。――剣の名は、魔剣ブレイクブレイズ」
ブレイクブレイズ。
その名には、聞き覚えがあった。
ダークエルフの魔導師シャウニィが、その名をくちにしていたではないか。
西大陸に伝わる伝説の魔剣は、デス・ジャッジメントの持ち物だと。
それを持っていたレイザック。彼こそは、一体何者なのだ?
自分がデス・ジャッジメントだと決めつけられる事よりも不安に思い、ソロンはブレイクブレイズを手にしたまま。
レイザックと名乗る男を、凝視したのであった……

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