6.記憶の彼方で

いにしえの時代よりファーストエンドに伝わる魔具。
その中でも特に有名なものは三つある。
一つは聖剣。
世界に大きな混乱が起きた時、いずこから飛来して持ち主を選ぶという。
もう一つはアルカナルガ島に眠るとされる、飛竜刀。
空を飛び、山を断つ威力があるとされてきた。
そして三つのうちの最後は、魔剣ブレイクブレイズ。
12の審判デス・ジャッジメントの持ち物であり、彼以外の者が持つことは出来ないという話だ。
「そのブレイクブレイズを、どうして、あンたが持っている?」
「ブレイクブレイズって、確か……」
思い出そうと悩むティルへ、ソロンが短く答える。
「12の審判が持ッてるハズの魔具だ」
一瞬はきょとんと戸惑ったものの、すぐさま彼女はポンと手を打った。
「え、じゃあ、レイザックが12の審判なの?」
レイザックは肯定するでも否定するでもなく、むっつりと黙ったままソロンを見据えている。
かと思えば、はぁっと大きく溜息をつき、緩く首を振った。
いきなりの態度にムッときたソロンが「なンだよ?」と愛想悪く問いかけると、彼は哀愁を浮かべて応えた。
「愛剣を持たせてみれば記憶が戻るかと思ったのだがな。甘かったようだ」
「そ、そんなことより!さっきの質問に答えろよ!」
威勢良く、キーファが怒鳴った。
「ソロンやティルさんの言うとおり、あんたがデス・ジャッジメントなんじゃねーのか!?アァッ?」
本当にそうだとしたら、このような態度が許される相手ではない。
キーファもソロンも一瞬で消されてしまう。
何しろ、12の審判は神様よりも偉い存在なのだから。
だが無知とは恐ろしいものでソロンもティルも、そしてキーファも、そのことを知らない。
知らないが故の強気であった。
「……いや、違う」
なんと答えるか、しばし迷った後。レイザックは、ゆっくり首を振る。
あながち間違ってはいまい。
レイザックことチャリオットが司るのは『力』であり、チャリオット・ジャッジメントの資質は『ファイター』である。
同じ12の審判であるにしろ、彼はデス・ジャッジメントではないのだ。
「違うなら、どうしてブレイクブレイズなンざ持ってるンだ?」
なおも追求が飛んできたが、レイザックは答えることなくソロンへ一歩近づいて、彼の額へ手を伸ばす。
額当てを取る気か!
直感で逃げようと飛び退くソロン――を追いかけて、レイザックも同じタイミングで前に飛ぶ。
「えっ!?」と驚いたのはティルばかりではない。当のソロンもだ。
しかも驚いているうちに、かわしきれないスピードで額当てをもぎ取られてしまった。


ドクン、とソロンの中で何かが弾ける。


息が苦しい。心臓が早鐘を打つ。
「ソロン、しっかりして!意識を保つのよっ」
ティの声が、遥か遠くに聞こえる。
キーファも何か騒いでいるようだが、聞き取れない。いや、聞こえない。
真っ白な空間が目の前に迫ってきて、ソロンの両目に飛び込んできた。
瞬く間に脳内へ広がったのは、記憶にない場所の記憶。
知らない村の景色が次々と映し出されてゆく。
村の名前はアルスター。聞いたことがない。
ティルに聞けば、教えてもらえるだろうか?
牧歌的、もっといえば田舎っぽい、のどかな風景だ。
地図でいうと、どのあたりに位置する村なのか……
考えているうちに、ソロンは誰かに呼び止められる。少女特有の甲高い声。
「ソロンちゃ〜ん!待ってぇ〜、きゃんっ☆」
叫びながら走ってきた少女は何もない平坦な地面で豪快に転ぶと、たちまち涙で顔を歪ませる。
「ふ、ふぇぇ〜んっ。ソロンちゃん、痛いよう〜、おんぶしてぇ〜」
泣きじゃくる姿は可愛いが、オツムの出来は、あまり良くなさそうだ。
ティルとどっこい、いや、ティルより頭が悪いかもしれない。
「あーあ、フィナちゃん泣いちゃった。ソロンが悪いんだぞ、ちゃんと待っててあげないから」
唐突に横から沸いた理不尽な言葉に振り向けば、そこに立っているのは金髪の男。
チャラチャラした青年だが間違いない、こいつはレイザックだ。
今の彼から二十歳ほど引いたら、こいつになる。
「なンでだよ」
思わず不服を申し立てると、フィナと呼ばれた少女の泣き声が大きくなった。
「うあ゛〜〜〜〜〜〜〜〜んッ!ソロンちゃんが、いぢめるぅぅー」
なんだ、こいつは。鬱陶しい。
大体、ちゃんってなんだ、ちゃんって。男にちゃん付けするな、気持ち悪い。
可愛ければ全てが許されると思ったら、大間違いだ。
彼女を知りあいに持った覚えのないソロンは少々苛つき、邪険に突き放す。
「あァ、もう、うるせェな!転ンだぐれェでメソメソ泣いてるンじゃねェッ」
怒鳴った途端、辺りの風景がクルクルと回り出す。
景色は変わり、別の場所に放り出された。
山の上だろうか。空気が肌に突き刺さるほど、寒い。
やたら背の高い大男と、睨み合うかたちで立っていることに気づく。
ソロンの真横にいるのも知らない顔である。
レイザックではない、もっと無骨で筋肉質の青年だ。
「お前達は一度でも、"この世界"そのものについて考えてみたことはないのか。何故"教会は絶大な権力を持っているのか"を。それは武力による意想排除を行ったからにすぎない。意見の違いから新しい思考へ発展していくという可能性を考えたこともないのか。全てが同じ思想で染められていては、人類の繁栄はこれ以上あり得ぬ。だから我々は教会を潰す」
背の高い男が朗々と言い放つ。それに応えて無骨な青年が叫んだ。
「何故、繁栄を求める?現状で何も不満はなかろう」
「人が思うこと、考えること、反論すること、そして意見すること……それらを武で叩き潰す教会など、人類には必要ない!! 一度底辺まで作り直す必要があるのだ!」
男達のやりとりに重なって、レイザックの声も聞こえる。
先ほどのチャラ男な彼ではなく、人生の深みを知っていそうな現在の彼の声で。
「ソロン、お前はシャーザラの意見に共感した。そして一度は真人に刃を向けた……真人は、お前の反発心に目をつけ、お前をロストガーディアンと認めたのだ。古き体制で凝り固まってしまった12の審判に、新しい風を送り込む役目を背負わせて」
と、言われても。
今見ている、この光景。ソロンにとっては自分と関係ない絵空事にしか見えない。
もしかしたらレイザックの言うように、これは過去の自分が体験した実話なのかもしれなくても。
やっぱり今のソロンには他人事としか思えなかった。
だって、記憶にないんだから仕方ない。
もっと言ってしまえば過去の自分が何をしようと、今の自分とは関係ない。
今のソロンは人間であり、ティルと一緒に冒険をしたいお年頃なのだ。
ソロンが心の中で断言した途端、またしても目の前の風景は切り替わり――元に戻る。

「ソロン!」
耳元でティルの怒鳴る声がした。
涙ぐみ半狂乱で肩を揺さぶる彼女に微笑むと、「大丈夫だ」とソロンは頷いてやる。
それだけでティルは安心したのか、ぐすっと鼻をすすり「でも、本当に大丈夫なの?」と尋ねてよこす。
額当ては戻っていない。依然、レイザックの手の中にある。
だが自分でも意外なほど思考がクリアなことに、ソロンは気がついた。
今までは額当てを取った瞬間、自分とは別の何かに体を奪われて即気絶していたはずなのに。
再び額に嵌め直すまで、目覚めないというのが今までのパターンだった。
何回も取られたり取ったりしたせいで、耐性でもついたんだろうか?
ふと、まだ自分がブレイクブレイズを握りしめている事にも気づいた。
魔剣は石の表面ではなく、刃の輝きを放っている。
いつの間に姿を変えていたのか、不気味な剣め。
まぁ、だからこそ『魔剣』と呼ばれるのかもしれないが……
「俺は」
魔剣からレイザックへと視線を移して、ソロンが呟く。
「ロストガーディアンじゃねェし、アルスターなンて村も知らねェ。お前の知りあいのソロン=ジラードと俺は別人なンじゃねェのか?」
レイザックは首を振り、ブレイクブレイズを指さした。
「ブレイクブレイズはデス・ジャッジメントの魔力にしか反応しない。魔剣が姿を変えた以上、やはり、お前がデス・ジャッジメントなのだ」
「そのブレイクブレイズって何なの?どうしてデス・ジャッジメントにしか使えないの?」
ティルの横やり質問にもレイザックは答える。
「12の審判は真人から承った武具を持っている。聖剣がジャスティス・ジャッジメントの所有物であるように、ブレイクブレイズはデス・ジャッジメントの物であると真人がお決めになった」
「へーぇ」などとティルは判ったような顔で相づちを打っている。
「けど、剣を見てもソロンは何も思い出さなかったんだろ?なら、ここは一つ諦めて帰るっつーことで」
さらに横からキーファが突っ込むが、それはあっさりスルーして、レイザックがソロンへ近づく。
何をされるのかと警戒して剣を構える彼の額に手を伸ばすと、額当てを元通りにつけてやった。
「この額当ては、お前の師匠リン=ネメシスが造ったものだ。人であることを止めた時に額当ても消滅したはずなのだが……」
レイザックに微笑まれ、額当てに手をやった途端、ソロンの脳裏に浮かんできた顔がある。
鋭い目つきの女性。漆黒の髪は長く、胸が大きい。
口元をへの字に結び愛想の欠片もないが、結ばれた口元や切れ長の瞳は誰かと印象が似ていた。
――そうだ、ワルキューレだ!
彼女に似ているのだと判った途端、ソロンは頬が熱くなるのを覚えた。
赤くなるソロンにティルの機嫌は急降下、反面レイザックは苦笑する。
「お前はリンに恋心を抱いていた。彼女と面影が似ている女性を見て赤面するのは、そうした理由であろうな」
不機嫌全開な声で「もうっ!」と淡い初恋話に釘を刺したのは、ティルだった。
「ソロンの初恋の君が誰かなんて、どうだっていいわよ!それで?結局ソロンはどうなの?デス・ジャッジメントなの?そうじゃないの?はっきりして!」
何事にも白黒つけたいという気性が、ここでも爆発したようだ。
しかし鼻息荒く詰め寄られても、ソロンだって困ってしまう。
「お、俺に聞くなよ……」
やはり、こういう場合、最初に話を振ってきた奴に聞くのが筋というものではないのか。
ティルに代わって、ソロンはレイザックへ尋ねた。
「今の女もアンタが見せた幻影なのか?だとしても、俺にゃーさっぱり記憶にねェ人間だ。さっきも言ッたがアルスターなンて村は知らねェし、アンタの言うシンジンッてのにも会ったことがねェ。それでもアンタは俺をデス・ジャッジメントだと言い張るつもりなのか?」
一拍の間をおいて「そうだ」と、金髪の男は重々しく頷く。
その理由として最も重要なのが、ブレイクブレイズの反応だろう。
剣が反応した――それだけで充分なのだ。
レイザック的にソロンをデス・ジャッジメントだと判断するのは。
だが、待って欲しい。
この剣は本当に本物のブレイクブレイズなんだろうか?
伝承をよく知る男が持ってきたから、なんとなく信用しそうになっていたが……
伝承自体、大昔の出来事である。レイザックが嘘を言っていないとも限らない。
ソロンは踵を返し、部屋を飛び出した。
「ちょ、ちょっとソロン!?」
慌ててティル、それからキーファとレイザックも追いかける。
構わずソロンは突き当たりの部屋、その扉をドンガドンガと激しく叩いて、中で眠る人間を呼び起こした。
「ランスリー!ランスリー、ちょっといいか!?聞きたい事があるンだッ」
「ソロン、やめなさいよっ。ランスリーは疲れてるのに」
止める間もなく扉は開き、寝ぼけ眼のランスリーが顔を出す。
「……ソロン様?何でしょうか……ふぁぁ」
可愛らしく欠伸などをかます彼女の肩を掴み、ソロンは激しく揺さぶった。
「ランスリー!ブレイクブレイズッてのは、どういう力を持った魔具なンだ?」
「は、はわわわ、ぶ、ぶ、ブレイクブレイズの能力ですか?」
半分寝ぼけたランスリーは揺さぶられるままに考え込む。
寝ぼけた頭では、まともな答えも期待できないかと思われたが、そこは聡明な彼女のこと。
すぐに閃いたか、ソロンの腕を掴み返して揺さぶるのを止めたついでにニッコリと微笑んだ。
「空間です、空間を切り開く力があったんだと思います」
「空間を!?」と叫んだのはソロンじゃなくて、キーファとティル。
どちらも首を傾げている。
「え、えぇ」
ちょっと自信がなくなったランスリーを援護するかのように、レイザックも頷く。
「そうだ。ブレイクブレイズはデス・ジャッジメントの呼びかけに応じて、魔力を発揮する。デス・ジャッジメントが空間を切り裂きたいと願えば、剣は空間をも切り開く」
即座にティルのくちからは「うっそォ〜」という言葉が飛び出し、キーファも眉唾話に肩を竦めた。
「魔具って普通はアレだろ?魔法の力を封じ込めてるってヤツなんだろ?聞いたことねーよ、空間を切り裂く魔法なんて。ソロン、お前だって聞いたことないよな」
親友に促され、しかしソロンは頷かない。いや、頷けなかった。
伝承を知るランスリーが言ったのだ、ブレイクブレイズは空間を切り裂く能力があるのだと。
ランスリーは聖王教会という、権威ある軍団に所属しているらしい。
その彼女が嘘をつくとは思えない。
「普通の魔具とは違いますよ」
今も彼女は首を横に振り、キーファの意見を却下した。
「ブレイクブレイズ、聖剣、そして飛竜刀の三本は神具とも呼ばれているんです。なぜだか判りますか?」
眠気もすっかり吹き飛んだのかシャッキリ目の覚めたランスリーに尋ねられ、ティルは口ごもる。
「な、なんで私にふるのよ?しらないわよ、そんなの」
よく考えもせず即答する彼女を呆れた目で見つめながら、講師ランスリーは小さく溜息をついた。
「たまには、ご自分で考えてから答えて下さいね?正解は、神が造った魔具だからです」
「神が……」「……造った?」
ますます眉唾な内容に、キーファとティルの眉毛も跳ね上がる。
その様子を眺め、レイザックは心の中で首を振った。
ランスリーの答えは真理ではない。
正確には神をも造り出した創造主、真人が造ったものだ。
しかし『真人』というコードを知る権利、それを与えられた地上の者など居ない。
いてはならない。
ソロンの記憶が戻るのを期待してレイザックは迂闊にも何度か口にしてしまったが、本来ならばタブーとされる項目である。
真人の存在を知ってはいけないのだ。地上に住む全ての民は。
「じゃあ神様が造れば、何でもありな武器になるってわけ?とても信じられないわ」
全く信じていないティルと違い、ソロンは顎に手をやりつつ慎重に受け応える。
「まァ……神様だからこそ、何でもアリなンじゃねェか?」
ソロンにしたって全てを信じた訳じゃない。
しかし、だからといって全てを否定することも出来ない。
地上の歴史にうといソロンよりは、ランスリーのほうがまだ真実と近い場所にいる。
それよりも、と付け足して彼はランスリーを見た。
「ランスリー、お前はそれを何処で知ったンだ?ザイナの図書館か?」
「えぇ。それもありますが」
どこか遠い目をして、彼女が窓の外へ目をやる。
空は真っ黒、星が綺麗に輝いている。月が煌々と辺りを照らしていた。
「聖王教会にも伝承に関する書物は沢山ございました」
「なるほど、司祭様の仕事は説教と小言だもんな」
キーファが、ぱちんと指を鳴らす。
ランスリーは苦笑し、ソロン、キーファ、ティルの順に視線を移していき、最後のレイザックで長いこと留めた。
「……そういう理由ばかりではないですけれど、やはり知識として抑えておかなくてはいけないものですから」
「来たるべき破滅の日に備えて……か?」
レイザックが尋ねるのへ頷き、ランスリーは逆に尋ね返す。
「それよりも、ソロン様。あなたの手にある剣、それはもしかして……」
視線はレイザックに併せたままの彼女へ、ソロンも頷いた。
「あ、アァ。お察しの通り、こいつがブレイクブレイズだ」
ソロンの答えを待たずして、ランスリーの口元からは溜息が溢れ出る。
額に手をあて、彼女は天を仰いだ。
「あぁ……やはり。ではソロン様、あなたは、やはり12の審判だったのですね。私と同じ、審判の生まれ変わりだったのですね!」
ランスリーの嘆きにはソロンもティルも驚いたが、何より一番衝撃を受けたのはレイザックであった。
馬鹿な。この少女がジャッジメントの生まれ変わりだと?
彼女の資質は何だというつもりだ。
じっとランスリーを見つめ、彼女の中で輝く核を頼りに意識を集中する。

暖かい力。
それでいて、知性の煌めきを感じる。

この資質はメイジか?
では、ランスリーの正体は『知恵』を司るハーミット・ジャッジメント?
しかし……馬鹿な、と何度もレイザックは首を振った。
ハーミット・ジャッジメントが誕生する周期には、まだ早い。
最低でも五百年は待たねばならないと、真人がおっしゃっていた。
だから、今ではないはずなのだ。
彼女がまた、こちらを見つめている。何もかもを見透かすような目で。
「なんなのよ?レイザックもランスリーも、黙って見つめ合っちゃって……」
何も判っていないティルが茶々を入れてくるが、レイザックは答えられず額に脂汗を滲ませるばかり。
一方ランスリーにまで審判だと言われたソロンは、ぶぅっとふくれっつらになって口を尖らせた。
「悪ィが、俺ァ12の審判じゃねェぜ。俺が覚えてンのは物心ついてからの十六年チョイだけだかンな」
伝承を教えてもらうだけだったはずが、余計決めつけられる結果に終わって機嫌を損ねた模様。
ソロンの剣幕にはランスリーもタジタジとなり、彼女は悲しげに俯くと小さな声で呟いた。
「す、すみません。でも……もし、そうだったら嬉しいな、と思ったものですから……」
「嬉しい?どうして?」
「だって」
ティルの問いには顔をあげ、ちらっとレイザックを見てからソロンへ視線を移す。
「ロストガーディアンに生まれ変わった者は、下界を離れなくてはいけないと伝えられています。でも……好きな人が一緒なら、下界へ戻れなくても寂しくないんじゃないかと思って」
一人では不安でも、友達が一緒なら。
ソロンと一緒なら、怖くも寂しくもない。人間をやめたって構わない。
ジャッジメントに選ばれた時、真っ先にレイザックはランスリーと同じ事を考えた。
そのことを思い出し、一人、顔を綻ばせていると。
「ダメよ!」
すぐ側で飛んだ荒い声に驚かされた。
あげたのはティルだ。
ソロンにひしっと抱きついて、彼女はランスリーを非難めいた目つきで睨みつける。
非難というよりは、黒い嫉妬の炎が瞳の奥でちらついているようにソロンには見えたのだが。
「他の人ならともかく、ソロンは駄目!だってソロンはロイスの騎士になって私と一緒に王家を守るんだから!!」
「い、いや、俺は騎士にはならねェよ?」
モゴモゴ言うソロンを力づくの抱擁で黙らせると、ティルはレイザックへも暗い怒りの目を向ける。
「ソロンはロストガーディアンなんかじゃないし、デス・ジャッジメントにもならないわ!どうしてもソロンをつれていくというなら、ロイス王国騎士団が全力をかけて勝負を申し込むわよッ」
騎士団長でもないというのに、えらい剣幕だ。
しかし愛しのティルに頼まれては、あのワルキューレも「いやだ」とは言えまい。
近い将来、もしかしたら今日明日にでもロイス騎士団は全力でレイザックと戦わなければいけないハメになるだろう。
ティルの鼻息荒い申し出を華麗にスルーし、レイザックはソロンへ直接尋ねた。
「……と彼女は言っているが、お前自身もそうなのか?私と戦ってでも、デス・ジャッジメントに戻るのを拒否するつもりか」
間髪入れずソロンが頷いた。
「あァ」
ティルの腕から逃れ出ると、魔剣を構え直す。
「アンタが俺より強いッてのは、何となく判るぜ。肌で感じる程度には、な。だが……それでも俺は、アンタと一緒にシンジンとやらの処へは行かない。俺が住むと決めてンのは、昔ながらのダチやティのいる場所だけだ」
「ティというのは、その女か」
まだ怒り心頭にプンスカしているティルを一瞥し、レイザックが緩く首を振る。
「あァ、この女だ。それとも何か?ティを連れてッてもいいだなンて抜かすつもりじゃ」
「それは出来ない」
最後まで言い終わらせずレイザックは否定し、ソロンの顔には「やッぱなァ」といった納得の表情が浮かぶ。
「だろ?だからアンタにゃついていかねェ。俺はティやキーファと同じ世界で暮らしてェンだ」
背後ではティルが「ソロン……!」とウルウル瞳を潤ませ、キーファも一緒に「ソロン……」と乙女チックに瞳を潤ませている。
いや、お前までウルウルしなくていいから。キモイから。
とにもかくにも熱血宣言のソロンにレイザックは、もう一度首を振ると己の懐へ手を入れる。
「……ならば、こちらも強硬手段をとらせてもらう」
「なにをするつもり!?」
警戒する三人の前で、レイザックが懐から取り出したもの。
それは一枚の紙切れであった。
「なンだ、そりゃ?それがアンタの武器かよ」
拍子抜けして、もっとよく見てみようとソロンが一歩近づいた時。
ただの紙切れだと思っていたものが、いきなりビカビカと怪しい輝きを放ち、辺り一面を焼き焦がした――!

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