第九小隊☆交換日誌

カネジョーのバレンタイン

基本のチョコレートから始まり、チョコケーキ、チョコプリン、チョコクッキー、チョコアイス……
テーブルから、こぼれおちそうなほど大量のチョコレート菓子が並べられている。
いかなチョコレート好きでも、これを見たら胸焼けを起こすのではないかというぐらいの量だ。
それらを満足げに眺め、セーラは満足の息を吐き出した。
「……よし!これでカネジョーくんのハートは、がっちりいただきね」
全てを大きな箱に詰め込むと、台車に乗せてみる。
重みでギシッと台車が軋んだが、彼女は聞こえなかったふりをした。
「待っててちょうだい、カネジョーくぅん!」

バレンタインデーという異世界のイベントが、サイサンダラでも大々的に流行り始めた。
好きな相手に甘ったるい菓子をプレゼントするという、如何にも女子の好みそうな内容だ。
現にナナやレンは菓子を作ると、はしゃいでいる。
誰にあげるつもりか知らないがナナのお手製菓子を贈られる奴は悲惨だな、とカネジョーは思った。
菓子を作らせても飯を作らせても、ナナの腕前は最悪だ。
義兄のユンも認める、料理下手である。
今この時こそ、ナナの本命が自分ではなくて良かったと言わざるをえない。
キースは逆に欲しがっていたようだが、ナナは絶対あの眼鏡には、くれてやらないだろう。
まぁ、いい。
自分の処の小隊の連中が誰に何を渡そうと、カネジョーの知ったことではない。
それよりも、と弾みをつけて立ち上がると、前方へ目をこらす。
現在、第九小隊は第三小隊と合同で同じ戦闘区域を攻略の真っ最中である。
といっても実際に攻撃参加しているのは第三小隊の船で、第九小隊はサポート役。
第三小隊が使う道具の補給や整備が主たる仕事だ。
そろそろ弾切れで第三小隊の船が戻ってくる頃だろう。攻略は難航していた。
本来ならば二つの小隊全員でかからねばならぬ場所なのに、一小隊だけでやっているせいだ。
第九小隊は総合戦力からみて、お荷物と判断された。
いや、ユンとキースだけは向こうに引き抜かれそうになったが、二人とも辞退した。
キース曰く『最前線に放り込まれるなんてゴメンだな。俺は最後尾がいい』との事である。
軍人の風上にも置けない発言だ。
ま、とにかく、そうしたわけで。
第九小隊に所属するカネジョーは、毎日第三小隊の帰りを待つ役に徹していた。
ボォーッと長い汽笛が聞こえてくる。第三小隊のお帰りだ。
ぐんぐん軍艦が近づいてきたかと思うと港へ停船し、ぞろぞろと第三小隊の連中が降りてくる。
そのうちの一人に、カネジョーの視線が引きつけられる。
海軍では希少価値な女性士官で、名をセイレーン。
名前に相応しい美人顔で、少々きつめな部分もあるけど、第九小隊への風当たりは弱い。
すなわち、他の海兵よりは第九小隊メンバーへ親身且つ同情的ということだ。
少なくとも、面食いでひねくれ者のカネジョーを虜にする程度には。
彼女もバレンタインには参加するのであろうか?
するとしても、くれてやる相手は自分ではない。そんなのはカネジョーにも判っている。
それでも――夢を見るぐらいなら、自由だろう。

船に近づいてみると。
「なんだ?この手抜き整備は。武器の整備すら、まともに出来ないのか貴様らは」
さっそく、仲間が第三小隊の連中に叩かれている。
「整備に手抜きも何もなかろう。大体、布で拭いたからって命中率があがるのか?あがらないだろ」
生意気にもキースが口答えして相手の兵士に殴られていたが、まぁ、いつもの光景だ。
あんな性格だから、実際には断ったんじゃなくて断られたのであろう事は誰でも予想がつく。
ナナなどは口をとがらせ不満そうではあるものの、キースほど真っ向から反抗はしていない。
レンも然りで、むしろキースは軍人歴が長いのに、どうしてああも世渡りが下手なのかとカネジョーは呆れた。
小言なんざぁ、適当にハイハイ言ってやり過ごせばいいのだ。
小隊の中では不真面目を通すカネジョーも、上には多少従順だ――
と、思っているのは本人だけかもしれないが。
「やめなさいよ。整備班にケチをつけたって仕方がないでしょ」
なおもキースを罵倒しようとする兵士はセイレーンに止められて、チッと舌打ちを残して歩いていった。
「ごめんなさいね。痛かったでしょう?」
彼女はキースを労ったが、当のキースは眼鏡を光らせ強がりで返す。
「フッ。この程度、殴られたうちには入らん」
思いっきり頬には青あざが浮いているが、突っ込まないのが大人の優しさだろうか。
カネジョーも近づいていって、セイレーンに話しかけた。
「俺らの味方して、あんたこそ大丈夫なのかよ?仲間内でハブられるんじゃあ」
すると彼女は「心配してくれるのね」とクスッと微笑み、カネジョーの肩をポンと叩く。
「心配無用よ。一定の戦果を出し続けていれば、誰も何も言わないわ」
軍隊は全てにおいて実力重視。セイレーンも戦場では、華々しく戦っているのか。
凛々しく指揮する彼女を妄想し、カネジョーは、うっとりしかけたのだが……
「カッネジョ〜〜ォくぅぅう〜〜ん!」
場違いにも大きな声が自分の名を呼び、あっという間に現実へと引き戻された。
嫌々振り返ってみれば、遠目に走ってくるセーラの姿がある。
整備中どこにもいなかったようだが、どこでサボッていたんだろう。
「あぁんカネジョーくん、今日も可愛さ大爆発ね!さすが私のマイスウィ〜トハニーッ」
やってくるなりギュッと抱きついてくるもんだから、カネジョーは必死で「放せ、バカ!」と叫んだ。
よりによって憧れのセイレーンの前で、誤解されるような真似は謹んでもらいたい。
だが悲しいほどの身長差がカネジョーを自由にはしてくれず、抱きしめられて巨乳に顔を挟まれ窒息死しかける彼の耳にセーラの色狂いした声が響く。
「マイスウィートハニー、箱一杯の愛を受け取ってちょうだい!」
「箱一杯?」と、その場にいた全員がハモり、続けて全視線が台車に集中する。
台車に乗せられた巨大な箱をセーラが開くや否や、甘ったるいチョコレートの香りが、ぶわぁっと辺り一面へと広がって、全員が「うわぁ!」と悲鳴をあげた。
「なんだ、このくっさい匂いは!」
第三小隊残りのメンバーも集まってくる中、セーラが得意げに答える。
「何って、今日はバレンタインデーよ。だから愛しのカネジョーくんに、私の愛を詰め込んでみたの」
「バレンタインだと?貴様、今がどういう状況か判っているのか!?」
先ほどキースを殴った奴がツバを飛ばして怒鳴り散らしても、セーラに反省した様子は伺えない。
「どういう状況って、だからバレンタインデーでしょ?ふふっ、この日のために五時起きしちゃったわ」
「アホか!このボールド境界を占領できるか否かで、イルミ国との戦局が大きく変わってくるというのに」
「おい、やめろよ。こいつらに戦局を説明したところで、虚しいだけだ」
別の仲間に止められて、カッカきていた第三小隊所属の奴も冷静さを取り戻す。
「……とにかく。その臭い物体は、今日中に始末しておけ」
憎々しげに捨て台詞を吐くと彼らは去っていき、箱一杯の愛とやらに目を向けてカネジョーはゲェッとなった。
多すぎる。
一人に与える分とは到底思えない。
菓子屋が今日一日売りさばく量と言っても過言ではない。
「えぇ……これ、全部一人で食べられるの?カネジョー」
レンやナナも、めいっぱいドン引きしている。
「知るかよ……おいセーラ、いっとくが俺は」
何か言いかけたカネジョーは再びセーラにぎゅむっと抱きつかれ、「お、おい、話を」と文句を申し立てる側から、チョコクッキーを口に押し込まれて目を白黒させた。
「あぁん、何も言わずに味わってちょうだい!カネジョーくんが甘い物好きじゃなくても、小食でもッ」
拒否権など存在しないセーラの言い分に、キースも唖然として見守った。
隊長のユンはというとセーラを止めるでもなく、計器の整備に忙しい。
「みっ、見守ってねーで、助けろ!もがっ!!」
飲み込めたと思った直後に次のチョコが放り込まれ、カネジョーは息をつく暇もない。
「……そういえば、どこぞの異世界には、わんこそばという食べ物があるらしいですよ」
突然、レンが豆知識を語り出す。
「今のカネジョーさんは、わんこそばならぬ、わんこチョコですかねぇ……」
「胸焼けしそうな光景だな。よし、真面目に武器を磨くとするか」
さっきまで全くやる気を見せなかったキースが俄然やる気を見せ始め、武器を布で拭き始める。
「か、カネジョーくん、ファイトッ」
やはり、こちらもドン引きした様子でセイレーンが声をかけてきたが、セーラが真っ先に反応し、彼女を睨みつけた。
「カネジョーくんなんて気安く呼ばないで!私のマイスウィ〜トハニーをッ」
「うるせぇ、誰がマイスウィートハニー、むがっ!」
しっかり抱きかかえられ、次から次へとチョコレートを放り込まれる姿には、セイレーンも呆気にとられるしかない。
「ご、ごめんなさい……?それじゃ邪魔しちゃ悪いから、私はもう行くね」
セイレーンは小さく謝ると、そそくさ早足に立ち去った。
きっともう、彼女が第九小隊へ優しくしてくれる事もなくなるであろう。
セーラの狂った行動のせいで。
息苦しさと悲しさと、それから口内の圧迫感で涙目なカネジョーは、次第に己の意識が遠のくのを感じたのだった……



おしまい

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