2話 海の英雄
メイツラグは、けして豊かな国ではない。厳しい寒さと降り積もる雪が作物の成長を妨げ、人々は日々を生きるのだけで精一杯であった。
国民の飢えと嘆きがピークを迎えた年。耐えきれぬ貧しさに人々は暴動を計画する。
だが時の王フォートレスは、あるおふれを出すことにより、これを回避した。
船を持つ者は海から他国に攻め入り、略奪しても構わない。
ただし略奪した物の三分の二は、国民へ平等に分配すること。
これに従えぬ者には処罰を下す。
――それが国家公認海賊バイキングの誕生である。
国王自らが略奪を認め推奨した事には、当時の各国からの反発も多かったであろう。
だが、その法案で助かった者達もいる。
メイツラグの国民だ。
それまで他国への略奪行為は、いかなる理由があろうとも厳重処罰の対象であった。
バイキング認証は、追いつめられたメイツラグ王家最後の切り札だったのだ。
敷地内では作物が育たない、近海に魚はいない。
彼らを取りまく環境は、彼らに死ねと言っているようなものであったから――
食べ物は全く取れぬ不毛の地であったものの、メイツラグには無数の鉱山があった。
彼らは鉱石から大砲を作り出すと、これでもかというくらいの数を船に取りつけたのである。
世界史によると、船に大砲を取りつけたのはメイツラグが世界初となっている。
バイキングが最初に襲ったのは、海峡を挟んだレイザース領フェルミーの船であった。
フェルミーの船は装備も大した物ではなく、略奪行為には うってつけの相手といえた。
略奪は大成功、調子に乗ったバイキングは幾度も略奪行為を繰り返し、更なる行動に移る。
貧しい土地から、豊かな土地への民族大移動。
つまり、侵略行為に出たのである。
メイツラグはフェルミーへ侵略戦争を仕掛けた。
結果、ろくな装備もないフェルミー海軍は大敗。
メイツラグはフェルミーの占領に成功する。
この時の国民の喜びようときたら、すさまじいものであった。
街をあげてのパレードは勿論、バイキングは一躍英雄となり、広場には彫像まで建てられた。
メイツラグの国民は、ようやく自分達も人並みの生活ができると胸をなで下ろしたものだ。
――だが、幸せは長く続かない。
フェルミーを奪回するべく、レイザースが本腰をあげて襲ってきたのだ。
レイザースは、この頃すでに軍事国家として名を馳せていた。
武器もメイツラグの持つ古風な大砲とは異なり、【魔砲】と呼ばれる最新兵器を積んでいた。
普通の大砲が鉄の弾を発射するのに対し、魔砲は魔術を弾に込めて発射する。
鉄の弾が持つ物理的な力に加え、雷や炎など魔術の威力まで備わっている恐るべき武器だ。
魔砲は当時、レイザースだけが持ちえる最大の切り札でもあった。
バイキング達は魔術の前に為す術もなく惨敗し、せっかく奪った領土から泣く泣く撤退した。
バイキングはレイザースに大敗した。
歴史には、そう記されている。
それでもメイツラグ国民にとって、バイキングは英雄のまま時代が流れた。
たとえ侵略戦争には負けたとしてもバイキング達の奪ってくる食料や生活用品は、メイツラグでは けして手に入らない物だったし、また、バイキングの持つ風貌が、あまりにも堂々としていた為、英雄伝を聞いて育った子供達にとっては憧れの的であった。
バイキングは、今でも英雄として語り継がれている。
語り継がれているばかりか、親から子へ確実に受け継がれていた。
バイキングはメイツラグにとって、無くてはならない職業へと変じたのである。
風が出てきた。
今日の海は波が荒れて危険かもしれない。
バイキングの親分ゼクシィは、そんなことを考えながら船の帆を上げる。
海が荒れてもバイキングには関係ない。
いつものように狩りへ出るだけだ。
狩り――つまりは略奪だ。
略奪をするならば、海は荒れているほうが都合が良い。
今日は波が高いから行かない、などと言おうものなら、村人達から何を言われるか。
腰抜け、弱虫、バイキングの名折れ。
一夜にして噂は広まり、二度とバイキングを名乗ることも許されなくなるだろう。
ただ、今日、ゼクシィが海を心配しているのには理由があった。
今日は愛娘のファナが帰ってくる嬉しい日なのだ。
15歳の誕生日を迎えた日、いきなり武器商人になると言い残して家を出て行った放蕩娘。
バイキングを継いでくれなかった事実に激怒したのは勿論で、別れの朝は大喧嘩。
それでもゼクシィが娘を心配しない日は一日たりとて、なかった。
そのファナが帰ってくる。
海が大荒れになりそうな、今日という日に。
「おぅ、おめぇら!連絡船が入ってきたら、丁寧に誘導してやるんだぞ!」
ゼクシィは濁声を張り上げ、近辺に浮かぶ船へと呼びかける。
近くに浮かぶ船は皆、ゼクシィの子分の船であった。
バイキングがパイレーツと大きく異なる点は、一団体における船の数である。
一つの船に全メンバーが乗り込む、それがパイレーツである。
しかし船団として幾つもの船で徒党を組んでいるのが、バイキングだ。
ゼクシィの乗る船には、もちろん船員としての子分が乗っている。
同様に、それぞれの子分達の船にも船員が乗っている。
バイキングは大家族なのだ。
クレストバーンからの連絡船に乗って、コハクとファナは無事に故郷へ凱旋する。
船を下りて第一歩、彼らを待ち受けていたのは熱い抱擁と涙。
そして大量の鼻水だった。
「もう、お父さんってば!恥ずかしいから やめてよぅ」
ファナが苦笑しながら突き放せば、ゼクシィは涙と鼻水まみれの顔をくしゃくしゃにして「おぅおぅ、あのハナ垂れ娘が偉そうに説教するまでに育ちやがって……!」などと言っては、再び愛娘を両手でしっかりと抱きしめて放そうとしない。
抱きかかえられているファナも本気では嫌がっておらず、止めてと言いつつも、無邪気な笑顔を浮かべていた。
父子感動の再会をバイキング仲間が祝福してくれているのも、喜びの一つだろう。
それを遠目に見ながら、コハクは防波堤にポツンと立っていた。
故郷は久しぶりだ。
あまりにも久しぶり過ぎて、ファナの親父以外の顔は忘れてしまった。
向こうもコハクを忘れたのか、彼に声をかける者もいない。
だから何となく疎外感を覚え、コハクは少し離れた場所で待つことにした。
「おぅ、コハク!おめぇも大きくなったな。こーんな ちっこかったガキが、俺よりでっかくなりやがって!」
感動の再会を終えたゼクシィがコハクに目をやり、皆の目もコハクに集中する。
「いたのか」とか「コハク?もしかして、あのコハク?」といった囁きも聞こえてきた。
コハクが村を出ていったのは、10にも満たない年頃だった。
親は無く、大人しくて影の薄い子供だったと自分でも思う。
覚えている方が珍しい。
故郷の人間でも自分を覚えている者がいたとは、驚きと同時に感動も覚える。
だがゼクシィが自分を忘れていなかったというのが、コハクには何よりも嬉しかった。
「武者修行の旅は終わったのか?あぁ、何も言わなくていい。今日は御祝いだ、お前達が無事に戻ってきた祝いの日だ!さぁ、一緒に来いコハク」
ゼクシィは鼻水をすすり上げ、コハクとファナの両方にニッカと笑いかける。
そして勇ましい足取りで仲間の花道を通り抜け、暖かな我が家へと帰路を急いだ。
夕食を終えた頃だろうか――
コハクがぽつり、ぽつりと話し始め、次第にゼクシィの顔が曇っていったのは。
「あぁ、海軍が動き始めたのは本当だ。バイキング討伐が始まろうとしている」
「それじゃ、父さんにも処刑命令が来てるっていうの!?」
勢い込んで尋ねてくる娘には「いや」と首を振ると、ゼクシィはコハクを見つめた。
「まだ具体的な対策には出ていない。上層部で内輪もめの真っ最中だ。しかしお前、まさかとは思うが、海軍に味方するつもりじゃないだろうな?」
ゼクシィの目は不信感で彩られ、ほんの少し殺意も見え隠れしている。
たとえ愛娘の幼なじみであろうとも、敵に回るなら容赦しない。
そんな意思を秘めた目で。
コハクは、ふるふると首を振り、再び、ぽつりぽつりと話し出す。
「……誓って、バイキングは倒さない……」
「そうよ、父さん!コハクが あたし達の敵に回るわけないじゃないッ!」
耳元でキンキンと響くファナの声に顔をしかめながら、コハクは尚も呟いた。
「…………バイキングを守る為に…………戻って、きた………ゼクシィ……あんたを、守る為に」
その目には迷いも曇りもない。
初めから、そのつもりで帰ってきたのだから当然だ。
「ほぅ。言うようになったじゃねぇか」
コハクの真剣な思いが伝わったか、ゼクシィは感心の溜息をつく。
続けて、こうも言った。
「だが敵は海軍だけじゃねぇぞ?俺の味方になるってんなら、逆賊も倒さなきゃならねぇ」
「逆賊?」
ファナとコハクの声が被る。
ゼクシィは重々しく頷いた。
「そうだ。元バイキングの逆賊どもを、俺達は成敗しなきゃならないんだ……こいつだけは海軍に任せらんねぇぜ。なにしろ、バイキングの誇りがかかってるからな」