北海バイキング

3話 海上の戦い

翌日、コハクはゼクシィ達と共に港へ来ていた。
ここポアラ村はメイツラグの首都アメイズィリアの入口となっている村で、連絡船の他、漁船などの出入りも多い。
しかし一番多いのは海賊船だ。
個人所有の海賊船が何艘か停まっており、コハク達もその中の一艘に乗り込んだ。
海賊船、すなわちバイキング所有の船である。
ゼクシィが所有する船の名は、ザッツフォルグ号といった。
甲板の前方に巨大な大砲。
そして両縁には八つの大砲を持つ、この大型船は彼の誇りであり宝物でもある。
彼の船ほどではないが、仲間の船にも複数の大砲が積んである。
砲撃においては、ゼクシィバイキング団は他のバイキングよりも秀でていた。
たとえ同じバイキングが相手だとしても、戦艦戦なら負けないだろう。
「…………逆賊………」
甲板に立ち潮風を受けながら、コハクは呟く。
夕べ、ゼクシィから聞かされた話を思い出していた。
メイツラグでは今、バイキング達が反乱を起こしている。
バイキングがメイツラグの船を襲っているという噂は、真実だったのだ。
何度も言うが、メイツラグは裕福な国ではない。
それでも国家である以上、民は税金を課せられている。
国が国として運営できる為には資金が必要だ。
資金を稼ぐのが国民の義務である。
だが一部のバイキングが、反発しているという。
バイキングは儲けの内、三分の二を国に献上するという義務がある。
これは、バイキングが必要以上に他国を襲わないようにする為の枷でもあった。
それが気に入らないというのだ。
反乱を起こしている一部のバイキング達は。
命がけで勝ち取ってきたものを、何故、他人にくれてやらねばならないのか?
それも宮廷で、のうのうと暮らしているような王家に。
自分で稼いだ金なのだから、自分で全部使いたい。
長き歴史を積み重ねるうちに、彼らの内に そんな想いが生まれてきたのであろう。
遂に想いが爆発したのは、新たなる法令が出された翌日からであった。

――バイキングは他国から奪った物の、80%を国家に献上せよ――

初めは誰もが聞き違いかと思った。
だが法令は翌日から意味をなし、バイキングは儲けを根こそぎ奪われる。
まともな生活はおろか、船を維持し続けるのも困難になってきた。
戦いしか知らぬ彼らが、今から別の職へつくのも難しい。
そういったわけで彼らは自慢の船を駆り、自国の船を襲うようになったのだ。
他国から奪った物が全て没収されるのなら、自国を襲えばいい。
バイキングだけが儲けを全て使えないというのは不公平だ。
自分で儲けた金は自分で使うのが、本来の生活としての在り方なのだから。


コハクは孤児である。
親は既に亡く、自分が今、幾つなのかも判らない。
そんなコハクがゼクシィに協力すると決めたのは、ある想い出を胸に秘めていたからだ。
物心ついた頃、コハクの側には、いつもゼクシィやファナがいたように思う。
今にして考えてみれば、ゼクシィがコハクの親代わりを務めていたのかもしれない。
少年時代、とある女性に告白して速攻でフラレた日――コハクは強くなる為、村を出た。
その時、誰もいないはずの港でコハクを見送ってくれたのもゼクシィであった。
朝靄の中、ゆっくりと出ていく連絡船。
甲板で立つコハクに、いつまでも手を振ってくれたゼクシィの姿。
あの時、胸にじんときた感動は今でも覚えている。
あの時の借りを、そして今までの恩に報いるには戦わねばなるまい、彼の為に。
ただしバイキングになるつもりはないので、装備一切は丁重に断った。
コハクの武器は、いつだって長剣一本。
剣士は剣一本だけで充分なのだ。

バイキングの英雄憚はゼクシィの家に行けば、いつでも聞くことができた。
にも関わらずコハクの記憶に薄いのは、単に彼が興味なかったからだと言えよう。
彼はバイキングよりも傭兵に憧れを持つ、メイツラグでは比較的珍しい少年であった。
コハクが傭兵の存在を初めて知ったのは、ゼクシィ親子と共に首都へ遊びに行った日のこと。
ぼ〜っとしているうちに二人とはぐれて、ウロウロしていたところをチンピラに捕まった。
幼いコハクが戦い方を知るわけもなく、哀れ都会で無惨な屍を晒すかという時――
横合いから颯爽と救世主が現れて、彼を生死のピンチから救い出してくれたのだ。
救世主は右手に長剣を持っていた。
日の光を受けると、銀色の輝きを見せる美しい剣だ。
素早い動きで ごろつき三人を翻弄し、かと思えば剣を一閃しただけで一瞬のうちに敵が倒れる。
剣士の軽やかな戦いっぷりは、幼い少年を魅了するには充分すぎるものであった。
瞬く間に戦闘は終わり、息一つ乱さずに救世主はコハクを見た。
大して年も違わなそうな救世主は「大丈夫だった?坊や」と尋ねると、彼の頭を優しく撫でてくれた。
コハクはその日、初めて泣いた。
安堵と恐怖が、ごっちゃになった涙を流し、わんわんと泣いた。
わぁわぁ泣き続けるコハクを救世主は、ぎゅっと抱きしめ、何度も何度も背を撫でてくれた。
救世主からは日だまりの匂いがした。
暖かで柔らかい胸の中、コハクの恐怖も和らいでいく。
それからゼクシィと合流するまでの間、二人は楽しく雑談で過ごした。
彼女はリズと名乗り、コハクに剣を教える約束を残して去っていった。
約束を真に受けて、幼い少年コハクは翌日から首都をうろつくようになる。
リズとの再会、剣の修行……あの頃は充実した毎日を送っていたように思う。
勢い余って素っ頓狂な愛の告白をぶちかまし、リズを困らせてしまった、あの日までは。

「でたぞ!パーミアの船だッ」
コハクの甘酸っぱくもほろ苦いモノローグは、突然の大声で打ち切られた。
前方に複数の海賊船。
ゼクシィ団と同じく、バイキング仕様の海賊船が波間に浮かんでいる。
レイザースの魔船やファーレン近郊海賊の帆船とは違い、バイキングの船は旧式であった。
船底から何本もの突き出た櫂のおかげで、風のない日も船を前へ進めることができる。
もちろん櫂が自動で動くわけもなく、船底には櫂を握って漕ぐ大勢の船員がいる。
進路を決めるのは舵輪。
舵輪を回すのはキャプテンだけの権限だ。
古いといってしまえば身も蓋もないが、機械音痴の誰かが見たら涙を流して喜ぶことだろう。
広い甲板には大抵、大砲が設置されている。
どんなに小さい船でも二つは必ず。
砲弾は魔砲ではない。旧式の火薬タイプだ。
旧式の船を駆る場合、艦隊戦で重要なのは砲撃手とキャプテンの操舵。
この二人の腕前で、団の強さもだいぶ変わる。
ゼクシィ率いるバイキング団は、海の上では無敵を誇っていた。
だが今から戦う相手は、無防備な商船や漁船とは違う。
同じく艦隊戦に自信を持つ海賊船だ。
「気をつけろ!攻撃範囲内に入らないよう大きく進路を取れ!!」
ゼクシィが通信管に向かって怒鳴っている。
通信管は味方の船と連絡を取る為の装置だが、彼のように大声で叫んでは敵側にも作戦が筒抜けなのではなかろうかとコハクは心配した。
そのコハクに、船員の一人が駆け寄ってくる。
「白兵戦になったら任せるぜ!向こうにも厄介な用心棒が乗ってるんだ」
軽く肩を叩き、そのまま持ち場へと走り去っていった。
コハクは無言で頷くと、剣をするりと抜く。
眠たげな目が、みるみるうちに残忍な光を宿す。
「……任せろ、か。オレはオレで、好きなように殺らせてもらうだけさ」
冷たく笑うと、彼は剣の刃をペロリと舐めた。

一方、こちらはパーミアバイキング団の甲板。
「お頭、前方にゼクシィ団の船が」
見えやすぜと最後まで言わせてもらうことなく、報告した子分は冷たく追い払われる。
「判っているよ、うるさいねぇ」
鬱陶しく伸ばした前髪をかきあげ、この船の船長パーミアは前方の船へ視線を走らせた。
大砲を甲板狭しと並べ立てた巨大な船を中心に、ゼクシィ誇る海賊団の船が浮かんでいる。
サズラズリ号のパーミア。
ザッツフォルグ号のゼクシィ。
二人は最強を争う強豪であり、先祖代々引き継いでいる古株中の名家でもある。
常に競い合ってきた仲ではあるが、バイキングの基本は共同作戦。
まさかバイキング同士で敵対することになろうとは、誰が予想しえたであろうか。
「これを期に、最強を決めるってのもいいかもしれないね」
敵艦隊の中央に浮かぶゼクシィの船を見て、彼女は、ぽつりと呟いた。
同じバイキングに怨みはない。
だが戦ってみたくなかったかというと、そんなこともない。
最強を決める。
自分で言った言葉に、パーミアは背中をゾクゾクさせる。
元々好戦的な輩だから、略奪行為などをやっていられるのだ。
彼女は通信管に向かって指令を飛ばす。
「サウス、お前達は旋回して威嚇にあたれ!タオは、いつものように待機。ナヴァとユーゴは遠方からの砲撃を開始しろ!当たらなくてもいい、撃ちまくるんだ!!」
味方軍への指示を終えると、くるりと振り向いた。
背後に立つ一人の少女へ。
「白兵戦になったら頼んだよ。こっちは高い金を払ってんだ」
小刀を背負った少女は無言で海を眺めていたが、パーミアの言葉には頷いた。
「委細承知。切り捨てる役は拙者にお任せあれぃ」

前方の艦隊が動いていくのに併せ、ゼクシィ側も忙しくなってくる。
「さぁ、行くぞ!衝撃に備えつつ、前進だぁ!」
中央突破を試みつつ、左右から囲む作戦に出たようだ。
商船なら、これでいいのかもしれないが、相手は大砲を所持する海賊船。
コハクが何か言おうとする前に、向こうからの着弾で隣の船が大揺れに揺れる。
「当たったが何だ!気にせず前進しろ!」
「……ゼクシィ……」
「よし!ボレノは、そのまま背後に回り込め!回り込んだ後は待機だ!」
「…………ゼクシィ、少し………いいか……?」
「ジャンプルー!お前らは、その場で待機しろッ。撃ってきたら撃ち返すんだ、無駄弾は撃つなよ!?」
駄目だ。
ゼクシィは指示を出すのに忙しく、コハクの話など聞いてくれそうにもない。
しかし、それにしても――ゼクシィは百戦錬磨のバイキングのはず。
それにしては先ほどから敵に一発も撃っていないのが、気にかかる。
バイキングにしては、やけに弱気な戦法だ。
コハクは首を傾げた。
パーミア側も恐らくは、そう感じたのだろう。
不意に、向こうの船団の動きが変わる。
遠方の船が砲撃をやめ、散開していた船が中央に集まってきた。
キャプテンを守るかのように船が寄り添い、中央の船からは叫び声が届いてくる。
パーミアの声だ。
「ゼクシィ、どういうつもりだい!?ご自慢の大砲は錆びついちまったのかい!」
負けじとゼクシィも声を張り上げる。
「そっちこそ、どうした!?戦いは、まだ終わっちゃいないぜ!」
「戦うもなにも、あんたの戦い方は、まるで素人だ!とうとうボケが始まったようだねぇ?」
「とんでもない!俺達はバイキングとしての誇りを守り通しているだけさ!」
海を挟んで互いにやり合った後、おもむろにゼクシィがニヤリと微笑む。
「どうだい大将?ここは一つ、伝統ながらの決闘で決着をつけるってのは!」
「伝統ながらの決闘?」と訝しがるパーミアに、重ねて問う。
「そうさ、大砲で同志を沈めるのは忍びない。俺達の大砲は獲物を仕留める為にあるんだ。この決着は昔ながらのスタイル、つまり一対一の決闘で決着をつけようぜ!」
言ってから、ちらりとコハクに視線を送る。
コハクは口元を歪ませた嫌な微笑みで、真っ向からゼクシィの笑みを受け止めた。
「そっちに用心棒が乗っているのは知っている!だから、こっちも用心棒を連れてきた!腕の立つ剣士だ!そっちの用心棒と、こっちの用心棒との一騎討ちだ!!」
ゼクシィの大声を最後まで聞き終え、パーミアは眉をひそめる。
あいつの船に用心棒がいたなんて、今の今になるまで知らなかった。
一体、いつの間に?
腕の立つ剣士といったって、メイツラグで腕の立つ剣士といえば一人しか思い浮かばない。
だが、あいつは傭兵をやめたはずだ。
今は海軍を登りつめ、大尉になったと聞いている。
――とすると、地元の人間ではない?
考え込むパーミアの肩を、ぽんと叩く者がいた。
振り向くと、小刀を背負った少女と目があう。
少女は不敵な笑みを浮かべ、力強く頷いて見せた。
「バイキングの誇りを拙者に預けられよ。一天刀流の名にかけて、必ず勝利致す」
一拍の間をおいた後、パーミアも頷く。
「頼むよ、絶対に負けるんじゃないよッ!」

数分後、両者の合意により甲板には渡し板が、かけられる。
戦いの舞台となるのは、サズラズリ号の甲板が選ばれた。
これはパーミアからの提案で、もしかして罠ではないかとコハクは疑ってみたのだが……
だがしかし、ゼクシィが快く承諾してしまったが故に、仕方なく向こうの船へと渡った。
向こうでは既にセッティングも完了し、甲板の中央には少女が不敵に仁王立ちしている。
「また女かよ」
コハク、いやヒスイは内心の愚痴をこぼしつつ、少女を頭のてっぺんから爪先まで眺めた。
背負った刀は短く、ナイフといっても差し支えない長さだ。
斬るというよりは刺す為の武器だろうか。
真っ黒に染めあげた服は羽織る形になっており、腰の部分を布で縛っている。
髪の色こそはヒスイと同じ黒だが、メイツラグの人間ではあるまい。
瞳の色が違う。
メイツラグ住民の特色でもある、琥珀色ではない。
深い茶色の瞳をしていた。
少女が朗々と名乗りをあげる。
幼い外見に反して随分と低い、ハスキーな声で。
「我が名は香澄!一天刀流派が師範、一天刀 香澄でござるッ。そちらも名乗られよ!!」
イッテントウ?
聞いたことのない流派だ。
薄ら笑いを浮かべ、ヒスイも名乗りをあげる。
いきなり斬りかかってもよかったのだが、コハクの声が脳内で邪魔したので仕方なく。
「オレの名はヒスイ。コハクって呼ぶ奴もいるけどな……ま、どっちだっていい。名前なんざ記号と一緒だ、好きな方で呼びやがれ!」
もう待ちきれない。
言い捨てると同時に、ヒスイは斬りかかる。
目にも留まらぬ一閃が、カスミの首筋を捉えた!
――かのように、誰もが思ったのだが。
「無礼者!」
甲板に倒れたのは首を斬られたカスミではなく、ヒスイであった。
「な……何ッ!?」
何が起きたのかヒスイ本人も判っておらず、慌てて立ち上がろうとするところに二波が来る。
「戦いの前には、礼をするのが礼儀であろうがッ!」
寸前で顔面へ放たれた裏拳を避け、後方に転がって致命傷を免れる。
――見えなかった。
顔の前に拳が迫ってくる直前まで、彼女の動きが全く見えなかった。
圧倒的な強敵を前に、ヒスイは衝撃と寒気を覚える。
世界は広い。強敵も多い。
それは充分判っているのだが、まさか自分より年下に見える少女にスピード負けするとは――
「……へッ。追撃かけた時点で、そっちもオアイコだろ」
身震い一つ、ヒスイは立ち上がる。
顔からは、余裕が完全に消えていた。

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