Dagoo

ダ・グー

29. そして、それから

緑秋吉が再び秋葉原を訪れたのは、イジメ問題が解決して数ヶ月後だっただろうか。
本当は、もっと早くに来たかったのだが、周りの変化が目まぐるしくて、気がついたら何ヶ月も経っていた。
目的は勿論、ダグーのいるプレハブ小屋だ。
もう一度会って、ちゃんとしたお礼が言いたい。なのに――
「あ、あれっ?」
店と店の間にある細い路地を通り抜けて、秋吉はポカンとなる。
確か、この道であっていたはずだ。
この道を抜けた先に、あのプレハブ小屋は建っていた。
目の前には何もない。開けた空き地があるばかり。
記憶違いだろうか。そういえば、両隣にある店の名前も以前とは違うような。
秋吉は脳裏に秋葉原の地図を描いて、もう一度、一つずつ道を確認する。
いや、やはりこの通りだ。間違いない。なのにプレハブ小屋は消滅していた。
「ど、どうして?」
秋吉は軽く混乱する。再三、目の前の空き地を眺めた。
小屋は跡形もない。木材一つ、落ちていなかった。
引っ越したのか?なら何故、秋吉には教えてくれなかったのだ。
依頼が終わってしまえば、つきあいも消滅する。
そう言われてしまえば、それまでなのだが……
途方に暮れて、しばらく秋吉は、その場に立ちつくしていたが。
やがて諦めたのか、首をふりふり立ち去っていった。

――その様子を遥か頭上、上空で見守る人影が三つ。
近辺のビル屋上で、クローカーがダグーに問う。
「よいのですか?彼にお別れを言わなくて」
「いいんだ。言えば心配されてしまうからね」
ダグーは答え、少年の背中を見送った。
ここからだと豆粒にしか見えないが、正面に回れば、きっと浮かない顔で歩いているに違いない。
プレハブ小屋を解体し、ダグーは今、旅立とうとしている。魔族と共に。
行き先は彼らが決める。目的は魔力の回収――だそうだ。
ダグーには魔力の回収なんて出来ないから彼らの目的は彼らにお任せするとして、自分は自分の行動を果たすとしよう。
ダグーには一つの目的があった。
人を探している。
命の恩人だ。
元々日本を訪れたのも、その人に会うのが目的だった。
日本にいるという漠然とした情報を元に探そうってんだから、途方もない話だ。
しかし魔族と一緒に旅をしているうちに見つかるんじゃないかと、ダグーは希望を持っている。
クローカー達にも話してある。探し人の名を。
彼らは快く、ダグーに協力してくれると申し出てくれた。
かつて学校を舞台に戦った相手とは思えないぐらい、親切だ。
「そんじゃダグーちゃん、名残惜しいけど、そろそろ行くか?」
キエラに言われ、ダグーはこくりと頷く。
同行するのはキエラとクローカー、それからランカもだ。
聞けば、クォードはしばらく東京に残るらしい。
雑用を片づけるとの事だが、どんな雑用なのかまでは教えてもらえなかった。
「キエラ兄ちゃん、行き先は東北だったな。東北新幹線に乗るのか?」
嬉々として尋ねてくるランカへ軽く手を振ると、キエラは「んなわけねーじゃん」と肩をすくめる。
「かったりぃ乗り物に乗ってられっかよ。お空を飛んで行くに決まってんだろ」
「ぶーっ。たまには新幹線に乗ってみたいのだぁ」
わがままを言う少女をちらりと一瞥し、クローカーがダグーへ話を振ってくる。
「だそうですが、ダグーさん。電車での旅とは楽しいものですか?」
「そうだね、楽しいって言えば楽しいかな」
相づちをうち、ダグーはこれまでの旅路を脳裏に思い浮かべた。
先輩と別れて初めての一人旅は、最初の頃こそビクビクオドオドしていたが、やがて怖がるほどのものでもないと判り、旅先の親切にも出会い、周りの景色を見る余裕も出てきた。
飛行機に乗ったし、船にも乗ったし、もちろん電車にも乗った。
日本へ辿り着くまでの、いろんな国の電車に。
屋根にも乗ったし満員電車も経験したし痴漢にも遭遇したし、あぁしかし、新幹線には乗っていない。
乗る機会がなかったのだ。訳あって東京への道のりはタクシーで、高速道路を通ってきた。
「そうだな、キエラ。東北へ行くなら新幹線に乗っていかないか?」
ダグーがにこりと微笑んで言えば、キエラは一も二もなく賛成した。
「おっけ〜。ダグーちゃんが、そうしたいって言うなら、そうしましょ」
態度の違いにランカが怒るかと思えば、彼女は全く気にしておらず、ダグーの腕を取ってくる。
「ダグー、新幹線に乗ったら弁当を買うのだ。弁当を食べながら見る景色は最高だって、TVでも言っていたのだ!」
なるほど、目的はそれか。花より団子、ランカらしい。
クローカーを見やると、彼も微笑んでランカを見つめている。
ひとまず二人の気が変わらないうちにダグーはキエラを急かして、携帯電話を取り出した。
「それじゃ、駅までのタクシーを呼ぶから」
だが。
「それには及ばないぜ。ダグーちゃん、ちょっと失礼」
横合いからキエラには抱きかかえられ、ふわりと宙を舞う。
「あ〜!ずるいのだ、ダグーはランカがぎゅっして連れていくのだぁん」
「さぁ、参りましょう」
騒ぐランカはクローカーが抱きかかえ、彼に促され、駅まで四人はひとっ飛び。
「ちょ、ちょっと、これじゃ目立っちゃうぞ!?」
「大丈夫、駅の側で一旦降りるしさ。その辺は俺達に任せとけって」
慌てるダグーにはキエラが耳打ちし、あっという間に四人の姿は東京駅方面へと消え去った。


その頃。
犬神の事務所には、笹川が訪れていた。
何の用事と言うわけでもない。ダグーが秋葉原を去ったと伝えに来ただけだ。
だが、犬神も既にダグーの旅立ちを知っていたようであった。
「いいの?引き留めなくて」と、笹川が心配そうに尋ねてくるのへは「いいんです」と答え、犬神は書類に目を落とす。
一緒に東京へ出てきた身だが、ダグーには目的があると聞かされていた。
人を探しているのだと言う。探し人の名はアイリーン。
どう聞いても異国の民だが、ダグーは自信満々に彼女は日本にいるのだと言っていた。
インターネットで仕入れた情報を、簡単に信じてしまっていいものか。
犬神はそう思ったが、本人には黙っておいた。
人を信用するのはダグーの美徳でもあったので。
ダグーの旅立ち。それはアイリーン探しの再開を意味する。
ならば、引き留めても無駄であろう。
魔族も一緒というのは気に入らないが、彼らならダグーへ危害を加えまい。
そればかりかダグーがピンチに陥った時は助けてくれるであろう。
なにしろ、あのキエラとかいったか、白髪の魔族はダグーをお気に入りだからして。
ギチッと犬神の手の中で軋んだコップを心配そうに見ながら、笹川が腰を上げる。
「んじゃ、俺はおいとまするけど。もしダグーちんから連絡が入ったら、その時は知らせてねん」
「何故です?」と問い返す犬神へウィンクすると、笹川はいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「決まってんだろ?狼男のおちからを、お借りする為さぁ〜」
去っていく気配を感じながら、視線は書類に落としたまま、犬神が答える。
「そうですね……連絡が来たら、その時には、お知らせします」
次に連絡が来るとしたら、その時は探し人が見つかった時だろうか。
見つかりそうもない相手だが、しかし犬神は近いうち、またダグーと会える――そんな予感がしていた。





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