Dagoo

ダ・グー

28. 必然性

いじめっ子最後の一人、淀塚龍騎を謝らせた翌日。
用務員室へ集まった全員の顔を見渡し、御堂がパンと手を打った。
「さぁて、全ての問題が、さっぱり片付いた今。俺達はお役御免、か?」
「そうですね」と犬神が相づちを打つ。
「本来の目的は真っ先に片付きましたし……」
本来の目的とは、言うまでもない。魔族の捕物帖だ。
ダグーと彼らが仲良く――というには多少語弊を含むが――なってしまったので、なし崩しに問題は解決。
ダグー個人の用件も昨日、無事に完了した。
緑秋吉に依頼された、イジメっ子への報復大作戦だ。
「片付いたって言えるのかねぇ?ま、いいや」と茶々を入れてきたのは、笹川だ。
彼だけはダグーの依頼で、この学園に来たのではない。
別口での依頼を受けて魔族を退治にきた、とは彼自身の弁。
「そっちの依頼は、あとでやりゃあいいじゃねぇか。なっ」
探偵に相づちを求められ、ダグーは素直に頷いた。
「そうですね、それじゃ解散といきますか。皆さん、お疲れ様でした!」
がたがたと皆が席を立つ中、ダグーは上機嫌な大原に肩を叩かれる。
「不審者の件、学長にバレんで済んだのは全部お前のおかげだ。礼を言うぞ」
「いや、俺は何もしていません。むしろ、大原さん達こそ協力して戴きありがとうございます」
謙遜するダグーの横で、山岸が冷やかしてくる。
「なんだ、なんだ、二人して、これでお別れみたいな挨拶しちゃって。不審者の件は片付いても、俺達にはまだガードマンの仕事が残ってんですぜ?」
「あぁ、その事なんだが」と、大原が言うには。
蔵田は最初から半年契機での警備であった。
契約期間は犬神が手回ししたものだから当然ダグーも知るところだが、山岸には初耳だったらしく。
「半年警備って、そんなん聞いたことありませんよ!?一体、どうやればそんな契約が」
驚く後輩の肩を叩き「人には人それぞれの事情があるってこった」と大原は詮索を打ち切らせた。
「……半年は短かったかな?」と小声で囁いてくるダグーに、犬神が首を振る。
「でも、一年は長いですからね。一年も学園に拘束されるのは、困りますでしょう?」
「まぁね」と頷いたものの、ダグーは憂いの表情を浮かべている。
一つだけ、心残りがあった。秋吉のことだ。
自分がいなくなった後、彼が再び誰かに虐められやしないだろうか?
学内には、まだ誤解したままのクラスメートも多かろう。
根本的な面は何も解決していない。ただ、彼を虐めていた三人が謝っただけだ。
しかし――とも、ダグーは思い直す。
学校生活は長い。秋吉は一年だから、あと二年も残っている。
残った問題は、彼が自分で何とかしていくしかない。
冷たいようだが、ダグーは所詮部外者だ。友情の回復までは面倒見きれない。
森垣を謝らせる時、白鳥が公開処刑したという話だから、そこから脱出口が見つかるかもしれない。
裏サイトでばらまかれた誹謗中傷。あれの誤解を解くための糸口が。
「そんじゃ、ダグー。俺は帰るぜ?あぁ、報酬はいつもの口座に振り込んどいてくれや」
ぶらぶらと手を振って探偵が出ていき、佐熊も出ていきがてら振り返る。
「結局、俺の出番はありませんでしたね。次にお呼びする時は、もっとマシな依頼でお願いしますよ」
「あぁ、うん。ごめんね、無駄足踏ませちゃったみたいで……」
謝るダグーへ「みたいじゃなくて、踏ませられました」と、きっちり訂正しておいてから。
「まぁ、それなりに面白かったので、ヨシとしておきます。それでは、失礼」
佐熊はニッと笑って付け足すと、去っていった。
「……珍しいですね」
犬神が、ポツリと言う。
「えっ?」と振り返ったダグーへ、安心させるかのように微笑みかけた。
「彼が、素直に褒め言葉を口にするのは珍しいと言ったのです。皮肉屋ですからね」
「あ……そういや、犬神くん。犬神くんは、佐熊くんと面識があったのかい?」
ついでだからと尋ねてみれば、犬神は浮かぬ顔つきで顎に手をやる。
「面識といっても書類の上でだけですよ。実際に会ったのは、今回が初めてです」
「でも、佐熊くんは君を随分信用していたみたいだけど?」
探りを入れるダグーに対し、犬神は無理矢理話を締めてきた。
「奇妙な生業を持つ者同士、共感するものがあった。それだけでしょう。それよりダグーさん。僕も、そろそろ、おいとましようと思います」
引き留めていたんだと気づき、ダグーは慌てて頭を下げる。
そうだ、犬神は忙しい身なのだ。
忙しい最中、わざわざダグーの為に時間を割いて来てくれていた。
「ご、ごめん。お疲れさま、犬神くん。また今度、何かあった時には仕事を頼むかもしれないけど」
「えぇ、ダグーさんもお疲れ様です。警備のお仕事、頑張って下さいね」
柔らかな笑みと共に退場する犬神を見送ってから、山岸がダグーへ尋ねてきた。
「んで?」
「んで、とは?」
質問に質問で尋ね返すダグーへ、再度山岸が問う。
「だからぁ。なんでオメーはダグーって呼ばれてんだ?蔵田 剛志、どこにもダもグもつかないじゃんかよ」
皆ナチュラルにダグーと呼んでくるから、本人も一瞬蔵田が誰だか忘れる処であった。
今しばらくは、蔵田 剛志でやっていかなければいけないんだった。
「あぁ、それはハンドルネームなんですよ、ネットの」
適当に答えたら、大原も山岸も納得したようだった。
「ふーん。まぁ、ハンドルネームって適当につけちまうこと、よくあるよな」
山岸が笑い、大原も頷く。
「下手に本名がバレたら困るってんで、思いつきで名乗った変なハンドルネームが思ったより皆に浸透しちまって後から変えられなくなったり、な」
二人とも、身に覚えでもあるのだろうか。
一緒にアハハと乾いた笑いを浮かべているうちに、ダグーは気づいた。
いつの間にか、部屋から笹川の姿が消えていた事に。
さよならも言わずにいなくなるとは。
しかし彼は本来仲間でも何でもなかったのだし、さよならを言う義理もない。
そういえば犬神に聞きそびれた事が、もう一つある。
蔵田剛志の名前の由来だ。
それも、警備の仕事が終わった後で聞けばいいだろう。教えてくれるかどうかは定かではないが。


下校のチャイムが鳴っている。
屋上から地上を見下ろして、キエラが言った。
「この学校も見納めかぁ」
「次の狩り場は、どうします?」と、クローカーはクォードに尋ねる。
クォードは黙って空を眺めていたが、ややあってから答えた。
「東京を離れたほうが良さそうだ」
「どうして、そう思う?」と、キエラ。
「決まってんだろ。笹川みたいなのがウロウロしているってんじゃ、やりにくくて仕方ねぇ。一旦田舎に引っ込んで、できるだけ目立たない方法で狩るんだ」
「田舎に、ねぇ……」
クローカーとキエラは顔を見合わせ、キエラが肩をすくめる。
「ま、案外掘り出し物がいるかもしれないし?行ってみるか、クローカー」
「そうですね」と頷き、クローカーはクォードも促す。
「では善は急げと申しますし、今からでも行きましょうか」
ところがクォードは首を真横に振り、こう答えた。
「お前らだけで先に行っていてくれるか。俺は当分、ここに残る」
「ここに?」と驚いたのはキエラだけではない。クローカーもだ。
「どうしてです。ここではもう、狩りをしないと約束したでしょう」
新しい仲間、ダグーとの約束だ。
彼を連れて行くかわり、常勝学園には手を出さないと。
「狩るんじゃねぇ」
クォードは手すりに寄りかかり、地上を見下ろした。
「あと一年、ここに留まって奴を見守らなきゃなんねぇんだ」
「奴?奴って、もしかして」
ピンとキエラの脳裏に閃いたのは、一人の少年の姿であった。
始終ビクビクオドオドしていて苛つくったらありゃしない、あの虐められっ子。
「あいつを何で、あんたが見守らなきゃいけないんだよ。あいつはダグーのクライアントだろ?」
「学生を借宿にするのは」とクォードが切り出す。
「この学園で終わりにするつもりだ。だから、ここで卒業しとく」
「一年もココで無駄に過ごすのかよ。冗談だろ?」
キエラに茶化されても、クォードは自分の意志を曲げずに言い返した。
「ダグーが引き上げたら、秋吉はまた虐めのターゲットになるだろうぜ。せめて龍騎と雪島、あの二人がいなくなるまで誰かが保護してやんなきゃな」
「甘やかしても、人間は成長しませんよ?」と、これはクローカーの意見に、クォードも答える。
「甘やかすつもりもねぇよ」
「じゃ、どうして見守るだなんて」
言いかけるキエラを遮り、クォードは考えていたことを全て吐き出した。
「虐められています、助けられました。それでメデタシメデタシには、なんねぇだろ?遮っていた壁がなくなれば、再発する。それじゃ意味がねぇんだ。秋吉は強くなる必要がある。だが強くなるには、誰かの協力が不可欠だ。だから、俺が協力する。こいつは必然性ってやつだ」
必然性とは、これまた小難しい事を言い始めた。
キエラは少し考え、思いついたことを口に出す。
「……あ、もしかしてダグーに頼まれた、とか?秋吉をガードしろって」
「いや」
クォードは否定し、真っ向からキエラとクローカーを見据える。
「言っただろ、必然性だと。義務と置き換えてもいい。俺は全校生徒に、あいつの味方だと公言した。だから、卒業までは奴の側にいる。これは俺が俺に課した義務だ。途中でぶん投げるわけには、いかねぇんだよ」
しばらく一緒にいたせいで、あのひ弱な人間に情でも移ったのだろうか。
どうにも異種族に情が移るというのが理解できず、キエラもクローカーも首をひねったが、もはや二人が何を言ってもクォードの意志は変えられないようで、とうとうキエラは匙を投げた。
「んー、判ったよ。じゃあ、あんたはあんたの好きにしたらいい。俺達は先に田舎、そうだな、東北に行ってみるか。秋田、青森、北海道、クローカー、どこにする?」
「どこでも構いませんよ」と答え、もう一度クローカーはクォードを見る。
「……後悔しないのですね?あなたの背後に、怒られたりはしないのですか」
「あいにくと俺の背後は、それぐらいで怒るほど短気じゃねぇんでな」
憎まれ口が返ってきて、クローカーは苦笑した。
ま、彼を心配するのは余計なお世話ってもんだろう。
元々彼は彼の意志で、こちらと接触してきたのだし、この学園で合流する前だって、お互い別々に行動していたのだ。
黙礼し、クローカー、そしてキエラも屋上を飛びたち夕暮れに消えてゆく。
一人残ったクォードは、おもむろに携帯電話を取り出した。
「……あぁ、親父か。今から俺の言うとおりに準備しろ。道場を一つ買い取ってこい。適当な師範代も一緒にくっつけてな」
有無を言わせぬ口調で一方的に命ずると、相手の返事も待たずに電話を切る。
魔力集めは、しばらくお預けだ。
緑秋吉を徹底的に鍛え上げる。虐めなんぞでは、びくともしないぐらいに。
せっかく助けてやったのだ。この、俺が。
自分がいなくなった後、元の木阿弥に戻られては意味がない。何より不愉快だ。
自分のいない残り一年も、穏便な学校生活を送れるようにしてやらねばなるまい。
これは義務だ。ここまで奴に関わった者としての。
明日から、みっちり修行のスケジュールを組まなくては。
秋吉が途中で弱音を吐いても、逃げられないよう逃げ道を塞いでおく必要もある。
人のなりに変身すると、クォードは階段を下りていった。口元に、嫌な笑みを張りつかせながら。


⍙(Top)
←BACK Top NEXT→