3.隣のクラスのイケメン様

受けた高校は公立と私立で一つずつ。
受かったのは私立の一つだけ。
全部、公立入学試験の一日前にイベント開催を決定した主催者が悪い。あたしは悪くない。
私立表坂高校は自由な校風をモットーとした学校で、一番の特徴は制服がない。
中学校は男子も女子もブレザーで格好悪かったからってんで、ここを選んだんだけど……はっきり言って、失敗しちゃったなぁ。
だってさ、ヤンキーの子ってオシャレなんだもん!どの子もお化粧バリバリで、マニキュア髪染めは当たり前。
や、あたしの他にもダサ普段着の子はいるよ?でも多分学校一のブス新入生は、あたしだと思う。
まぁ、どんなに着飾ったってブスはブスだし、今は開き直って飾らない普段着で登校している。
男子はブサイクからイケメンまで一通り揃っているって感じかな。
ヤンキーはヤンキー同士でつるんでいて、男女仲良くグループを作っているみたい。
あたしにも一応それなりに趣味のあう友達が出来た。
読書が好きで大人しい小川 祐実さんと、ゲームオタクで始終明るい大弓 葵さん。
大抵は休み時間、好きなゲームや漫画の話題で盛り上がっている。
さすがに同人誌やBLは判らないみたいだけどね。
二人ともオシャレじゃないから安心する。顔も普通だし。なにより、あたしと友達になってくれたのが一番嬉しい。
あたしの描いた絵は二人に「うまーい!」と概ね好評だった。この子たちと三年間友達でいられたら最高だよね。
部活は漫研に入りたかったんだけど、あいにく表坂に漫研は存在しなかったので、美術部に入った。
毎日テキトーに絵を描いていればいいんだから、楽っちゃ楽だけど、いまいち面白くない。話のあうオタクもいないし。
小川さんは文芸部、大弓さんは帰宅部、要するに部活には入らなかった。あたしも、そうすりゃよかったかなー。

そうすりゃ、小野山くんを見つめる時間が増えたかもしんない。

あ、小野山くんってのは隣のクラスにいる空手部所属の高身長ナイスルッキングガイのこと。
入学式で見つけて以来、あたしのハートは彼にズッキューン一目惚れよ!
カノジョはいないっぽくてぇ〜、でもでも友達は男も女もいて、孤高のボッチってわけでもないみたい。
口数は少ないけど、そこがいいのよ、コミュ障で恥ずかしがり屋のイケメンなんて最高じゃなくって?
んもう、シャツの下に隠された逞しい胸板へ飛び込みたいっ、でも出来ないっ!恥ずかしいっ、恐れ多い!
あたしに出来るのは、下校の通学路で遠目に見つめるだけ……でも、いいの。それだけで幸せだから!
休み時間と昼休みは小川さん達と遊ぶ時間だから無理。下校だけが彼とあたしの超遠距離恋愛タイムなの……!
今日も退屈な部活が終わり、あたしの目は小野山くんを探す。
……あ、いたいた!黒のシックなカバンを片手に歩いてくる。はぁん、今日もめいっぱいイケメン。
「よー!小野山、一緒に帰ろうぜぇっ」
突如甲高い声が追いかけてきたかと思うと、気安く彼の背中をバシーン!とひっぱたく。
誰なの?あたしの小野山くんに気安く触れる女はっ。
ってぇ、あの猫目チビ女は、うちのクラスの転校生じゃないの!
坂下 恋華。名前は可愛いけど、転校初日にヤンキーの高柳くんへドスい罵倒で喧嘩を売った超ヤンキーよ。
さすがヤンキー高と名高いうちに転校してくるだけあって迫力あったわー、正直めちゃ怖かった。
高柳くんは勿論のこと、望月さん、彼女もヤンキーなんだけど完全に飲まれていたし。
あれから一週間経って、坂下さんはクラスで完全に孤立した。
まぁ、当然よね。うちのクラスのリーダー格である高柳くんと真っ向対立してんだから。
高柳くんのグループに目をつけられるってのは、クラスでハブられるフラグなのよ。
あたし達真面目な生徒も、彼とは不干渉を貫いている。
坂下さんとも不干渉だ。だって怖いもん、ヤンキーなんて。
その極道超ヤンキー、坂下さんは小野山くんの隣に回り込んで歩き出す。
小野山くんが、ちらと彼女を見下ろした。
「坂下も、こっちなのか?家」
「おうよ!やー、いいもんだなぁ、ダチと下校ってのは!」
何がいいもんだなぁ、よ!彼の隣に立っていいと誰が許可した!?
そこへ、すたたーっと走り寄ってきたのは誰かしら。
可愛いフリルのブラウス、ヤンキーではなさそうな女子が、おずおずと小野山くんへ話しかけた。
「あ、あのっ……!お、小野山くん、ちょっといいですか……?」
頬は緊張か、それとも恋心でか、ほんのり赤く染まっている。
立ち止まった二人に見つめられて、女子はチラチラ坂下さんへアイコンタクトを送る。
その意味は『立ち去れ』よね、うんうん、判るわ。
あなた、今から小野山くんへ愛の告白をして玉砕するつもりでしょう?
そうなのよ、小野山くんってモテるのよね。
入学式から現在に至るまで彼に告白アタックをかました男女は、あたしが数えただけでも十人ぐらいはいたかしら。
もちろん全員玉砕、お断りされて今は友達の座に収まっている。
「ん?どうしたんだ?俺なら、お構いなく!」なんて笑っているけど、空気読みなさいよ猫目女。
あんたが全然立ち去ってくんないから困っているじゃない、彼女。
しばらく沈黙が続いたあと、明らかにがっかりした様子で「やっぱいいです」と呟いて去っていく女子の背を見送りながら、小野山くんがボソッと呟いた。
「助かった」
「ん?何がだ」と、坂下さん。
「いや、なんでもない」
かぶりを振って会話を終わりにしちゃったけど、あたしには判るわ、小野山くん。
あの子を傷つけなくて済んで、助かったって言いたいのよね?
「なんだったんだろーなー、今のやつ。あっ!もしかして、お前とダチになりたかったんじゃねーか!?」
お前って何。さっきから、ずっと気になっていたんだけど、随分と馴れ馴れしいじゃない、坂下さん。
大体、いつの間に小野山くんと友達になったわけ?隣のクラスで、転校生で、しかもボッチの分際で。
「追いかけてみっか?」と尋ねる坂下さんに再度首を振り、小野山くんが歩き出したので、あたしも距離をおいて追いかける。
「お前、ほんっと無口だよなー!」と坂下さんは馬鹿笑いしているけど、そこがいいのよ、バカね。
「……すまん」と小さく謝る小野山くんの返事を聞いていなかったのか、坂下さんは鞄からペットボトルを取り出して飲み始める。
ちょっと、ありえないんですけど、女子が公道でペットボトルジュースのラッパ飲みとか。
女友達と下校しているってんならアリだけど、隣りにいるのは男子なのよ?しかも、ナイスルッキングイケボガイな小野山くんなのよ!?
「っぶはー!」って下品ねぇ、顎に垂れたジュースを腕で拭っているし。
「あー、うめぇ!やっぱ午後ティーサイコー!」
ジュースじゃないのかよっ!紅茶だったのね。意外と健康的だわ、超ヤンキーのくせに。
「あ、お前も飲むか?」って!
ちょっと!つきあってもいない男子に飲みかけを渡す!?フツー。
あんたがクチつけた紅茶なんて、小野山くんだって飲みたくないに決まってんでしょ!
差し出されたペットボトルと坂下さんを交互に見つめ、小野山くんが困ったように尋ね返す。
「……いいのか?」
「いいのかっていいに決まってんだろ?よくなかったら、言わねーよ」
そりゃそうなんだけど、言い方ってもんがあるでしょー?口が悪いにも程があるわね、このクソヤンキー。
そっと受け取った小野山くんがペットボトルを口につけるって、あぁーダメー!飲んじゃ駄目ぇぇ、間接キッスゥゥーー!!!
「な、うめーだろ、午後ティー!」
「……あぁ」
ぐいっとペットボトルを煽ってグビグビ飲んだあと、顎に滴った紅茶を袖で拭う仕草ですらイケメンだわ、小野山くん。
あぁん、そのペットボトル、次はあたしに飲ませてください!
小野山くんが口をつけたペットボトル、飲みたい、舐め回したい!ベロベロ注ぎ口を集中的に!!
「なんなら全部飲んじまってもいーぜ?」
「いいのか?」
「ハハッ、いちいち聞き返すなよ、律儀だなぁ!」
律儀っていうか小野山くんは礼儀正しいのよ、あんたと違ってね。
きっちり蓋を締めてペットボトルを鞄にしまう小野山くんを見上げながら、坂下さんが気楽に言い放つ。
「なー、このあと素直に帰るだけってんだったら、俺ンチで遊ばねーか?」
んなんですってぇ!!?つきあってもいない男子を女子が家に誘うって、どういうこと!?
家に引っ張り込んで小野山くんに何するつもりなのよ、このクソヤンキー!
「いいのか……?」
「おうよ。母ちゃんが暇こいててさぁ、いっつも誰か友達連れてこいってうるせーんだよ」
「……しかし」
「なんだよ、遠慮すんなって!お前が来てくれたら母ちゃんも喜ぶし、俺も嬉しいし!」
「い、いや……だが」
「なんだよー。嫌なのか?」
「……今日、友達になったばかりで家にあがるというのは、いくらなんでも早すぎないか……?」
「は?何が早いってんだ?ダチになったんだ、家で遊ぶのに早いも遅いもねーだろ」
ハアァァァァッ!!?
今日、ですって?今日ですってぇ!?今日ですってぇぇぇ!!!!
今日友達になったばっかだったの?そんで家に誘う!?バッッカじゃないの!!?バカじゃないのぉぉ!!!???

及び腰になった小野山くんの腕を取って、坂下さんはグイグイ引っ張る。
ちょっと、やめなさいよ小野山くん困ってんじゃないのよ!
「なー、いいだろー?色々聞きたいんだよ」
「な、何を……」
「ガッコについてに決まってんだろー?俺、クラスじゃ孤立しててさ、他に聞ける奴いねーんだよ」
「孤立……?」
ぴく、と小野山くんの眉毛が跳ね上がる。
あ、ヤバ。あたし達が総シカトで坂下さんをハブっているのがバレちゃう。
「まー、ちょっとやらかしちまってさ。クラスの奴らをビビらせちまった」
「……行こう」
「ん?」
「お前の家へ。知りたいことがあるなら、全部教える」
小野山くんをポカンと見つめたのも数秒で、坂下さんは顔をほころばせた。
「おーっ、それでこそダチってもんだぜ!来いよ、俺の家はこっちにあるんだ」
再び歩き出した二人と一定の距離を保ったまま、あたしも後をつける。
クソヤンキーの家なんて知りたくもないんだけど、小野山くんの貞操が心配だし。
小野山くんって格好いいけどカノジョの姿なしってことは、これまで多分誰ともつきあった経験がないんじゃないかな。
告白を全拒否していた点からも考えて、恋愛には興味ないお年頃なのかもしんない。
「……誰か、つけてきている」
「へ?んー後ろにいるけど、あの子か?や、でも帰り道が一緒ってだけじゃね?」
「いや。さっきから俺達と速度を併せて歩いている」
それに、それに空手に打ち込む姿が、なんていうの?ストイックで、今は女より空手が大事って感じ!
あんなふうに鍛えているってのは、やっぱり大会で優勝するのが目的なのかしら。
そっと遠目に見守って、応援したい。頑張って、小野山くん。差し入れしてあげるからねっ。
「あ、やっぱ佐藤さんだったか。遠目に見て、そうじゃねーかなーとは思ったけど」
「知っている奴か?」
「おう、同クラの女子な。いつも他のダチと一緒だから、全然話したことないんだけどよ」
「……そうか」
「よー、佐藤さん!なんか用か?俺達に」
稽古中に飛び散る汗、逞しい腕や胸がチラ見えする空手着って最高だわ!もっと間近で見てみたい!
休憩中は水飲み場で汗を拭っているんだけど、はいタオルって手渡してあげるのはマネ子のお約束よね。
そういや空手部ってマネージャー募集していないのかしら。してるんだったら美術部やめて、そっちに移動もアリよね。
「おいってば、おーい!さ・と・う、さん!」
稽古しすぎで体育館で寝そべる姿も見たことあるけど、無防備全開なのが、たまらんです、ごっつぁんです!
あぁぁん、誰も触れたことのない小野山くんの唇へ一番乗りでチュゥゥゥーしたい!ハァハァ!
「おいってば!」
ガクガク勢いよく肩を揺さぶられて、あたしは妄想から一転して現実に引き戻された。
なんなのよ、誰なのよ、って目の前にあるのは逆さ八の字に眉毛を釣り上げた坂下さん!?ヒッ!
一体いつの間に、あたしの尾行に気付いたの?
小野山くんも不審人物を見る目で、あたしを見ていて、いやぁぁぁ、恥ずかしい!穴があったら入りたいぃぃぃっ。
「佐藤さん、なんか用かって聞いてんだけど?」
坂下さんに凄まれて、あたしは「え、あ、あぅぅ……」と呻くのが精一杯。
「あっ、そうか!用があんのは俺にじゃなくて小野山に、だよな。あーけど、悪いなー。こいつ、今から俺ンチで遊ぶんだ」
不意に何かを思いついたかのように呟くと、坂下さんはビビるあたしに笑いかけて、こう言った。
「なんなら佐藤さんも一緒に遊ぼうぜ、俺ンチで!」
え、いやちょっと待って、何勝手に決めてんの?
小野山くんと一緒なのは嬉しいけど、集合場所が坂下さんちって。
あたしの返事を待たずして、さっさと坂下さんは歩き出し、小野山くんも一緒に去っていく。
いや、去り際に、こう言い残して歩いていった。
「……坂下を孤立させている件、しっかり聞かせてもらう。逃げるなよ」

だ……誰か……
誰か、この窮地から、あたしを救い出してぇぇーーー!

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