1.俺は俺だ

自由な校風ってのは、いい。
公立じゃ絶対にないルールだからだ。
私立は入るのが難しいって言うけど、このガッコは問題なかった。
だって偏差値40だぜ?前のガッコが50だったのを考えても、超楽勝じゃん!
ま、面接では口数の少ない大人しい〜子を演じてやったから、バッチリだ。
とにかく入っちまえば、あとは自由だ。自由な高校生活が俺を待っているぜ、ウォォー!

あ、俺は坂下 恋華さかした れんか
恋華なんて、めっちゃ女っぺぇ名前だけど、子で終わるパターンじゃないだけマシだよな。
子で終わる名前の女子なんて、前のガッコの同級生にも、ほとんどいなかったけど。
前のガッコじゃ浮きまくりだった俺も、今度こそクラスで浮かない存在を目指すのだ。フフフのフ。

晴れて転校完了した俺は、真新しい名札を胸元に止める。
今日から行くのは表坂高等学校。このガッコ最大の長所は制服がない点だ。
高校で私服は、そうそうないから探すのに苦労したぜ……ヘヘッ。
前のガッコはダサイ制服だった。いやマジで、男子も女子もダサすぎて死ぬかと思った。
皆よく、あんなダセェの着てられるよな。まぁ、いいけど。
制服がダサいせいかどうかはわかんねーけど、性格の悪いクソガキだらけで、正直毎日が地獄だった。
今度のガッコは可愛くて優しい女子が、いっぱいだといいな〜。

「HRの前に転校生を紹介します」
先生が俺を横に立たせると、教室は小さくざわめいた。
なにしろ初日だからな。
気合い入れて上下ジャージでビシッとキメてみたんだが、インパクトはバッチリだったみたいだぜ。
「坂下 恋華さんです。席は一番後ろの、そうですね……」
「先生、一番後ろじゃ見づらくありませんかー?」
誰だ?初日から人をチビ呼ばわりすんのは。
一番うしろの列に座った男子か。チッ、背が高いからって優越感に浸ってんじゃねーぞ。
「では最前列で誰か席を替わってもいいよという人は、いませんか?」
先生も、あっさり言う事聞くなよ。
俺は最後列だっていいんだからよ。
はい、と手を挙げた子と俺の視線が重なり合う。
眼鏡をかけた女子だ。前髪をピンで片方へ寄せているせいか、やけにデコが広く見える。
先生はチラリと彼女を見て、確認を取る。
「佐藤さん、後列で大丈夫ですか?あの位置でもプロジェクターは見えますか?」
「はい」と小声で頷き、佐藤さんが再度俺を見た。
――が、特に何を言うでもなく無言で頭を下げて、席を立つ。
ずいぶんとシャイな子だな。前のガッコにもいたなァ、こういうタイプ。
大体オタクでインドア系なんだよな。おとなしすぎて毒にも害にもならないっていうか。
教室の後ろへ歩き去る佐藤さんを見送ってから、俺は彼女が座っていた席に陣取った。
最前列、ど真ん中。居眠りも早弁も出来ない位置だ。
こんな席を自分で選んだんだとしたら、佐藤さんは真面目だねぇ。
さて、転校初日といえど授業は普通に始まる。
新品の教科書に併せて、ノートも新しく買ってきたんだ。
プロジェクターでの授業なんてのも初めてだしな。黒板使わねーんだ、さっすが私立。
俺はワクワクしながら、授業開始のチャイムを待った。


……あー、退屈だった。
やっとこ一時間目の授業が終わって、俺はデカい欠伸をした。
なんだ、これ。俺のワクワクを返せ。せっかくプロジェクターあんのに使わねーのかよ。
先生が教科書読むだけって、いつの時代の授業だコラ。伝説に聞く昭和か?
あまりに退屈すぎて眠っちまうかと思ったぜ。
「ねぇ、坂下さん!」
お?
甲高い声が呼びかけてきたんで、俺はそっちに目をやる。
「坂下さん、今日どうしてジャージで来たの?」
そこに目をつけるとは、なかなか良い着眼点だね、お嬢サン。
「ビシッと気合入れてみたんだがよ、どうでぃ」
俺は、とっておきのイケメンスマイルで彼女を見上げた。
やや茶っぽい髪の毛は、ゆるやかなウェーブを描いており、艷やかに背中へとかかる長さだ。
爪もツヤツヤだが、マニキュア塗ってんのか?心なしか唇もツヤツヤだ。
全身ツヤツヤの彼女は「坂下さんって、おもしろーい!」と笑い転げ、かと思えば「ね、家どこ?なんでウチ来たの?オヤの転勤?それとも、ただの引っ越し?天馬高って、うちよりレベ高だよね。坂下さん頭いいんだー、今度ベンキョ教えて?ねね、ジュギョー退屈じゃなかった?さっき欠伸してたけど」と矢継ぎ早に質問をかましてきて、俺に名前を尋ねる隙を与えない。
「やっちん、やっちん、坂下さん驚いてるよー」と友達に制止されて、ようやくツヤツヤの彼女が「あっごめーん、そいや名前教えてなかったよね。あたし望月 弥恵っていうの。気軽に、やっちんって呼んでいいからね!」と名乗りをあげたのをきっかけに、私もアタシもと女子が集まってきて、あれ?これってハーレム?モテ期到来?
あー、転校してきてホントに良かったー!
だが幸せ絶頂の俺に、低い声が話しかけてきやがった。
なんだよ。男はお呼びじゃねーぞ、あっち行け。
「坂下さん、ちょっといい?」
誰かと思ったら、さっきのデカブツじゃねーか。また喧嘩売りにきたってのか?
デカブツはニヤニヤ笑いながら俺を見下ろして言った。
「坂下さんって、今流行りのトランスジェンダーなの?」
前のガッコでも散々聞かされた単語が飛び出して、俺は眉間にシワを寄せる。
「トランスジェンダーって何だっけ?」と、やっちん。
隣の友達が「心が男で体が女なんだったっけ?」と、うろ覚えな知識を披露する中、俺はハッキリ言ってやった。
「ちげぇよ」
「えっ、でも坂下さん、ジャージでキメてるし、髪の毛もさァ、女子にしちゃ短すぎるよね?」
デカブツは、なおもヘラヘラ笑ってやがる。
俺の姿が奴の頭ん中にある女子像と違いすぎるから、どうしてもTだと決めつけたいらしいな。
「俺の髪が短すぎたら何か問題あんのか」
「えっ、でも、そうやって短くしてんのは、男になりたいからだよね。ていうか、性自認は男なんだよね?」
俺は乱暴に席を立つと、とっておきのメンチ顔でデカブツを睨みつけてやった。
「男じゃねーよ、俺は女だ。女の子大好きな女ってだけで、TでもLでもねぇ。それにな、仮に俺がTやLだったとしても、テメェに決めつけられる筋合いはねぇってんだよ」
静まり返った教室を大股に歩いて、勢いよく教室の扉を閉める寸前、やっちんの超ドン引きした顔が視界に入って、しまった、またやっちまった。
前のガッコでも初日の自己紹介後に男子からTだと決めつけられて、ブチキレちまったんだよなぁ……
おかげで女子には遠巻きにされるわ男子には虐められるわで、毎日が地獄だったんだ。
ま〜た同じことやってんじゃ、我ながら学習能力ねーよなぁー。
……まぁいいや。こうなりゃ、どうとでもなれってんだ。
グッバイ、俺のハーレム学校生活。

TOP
Site Index