Chapter3-6 消火活動終了
地上で次々赤や白や黄色のビームや巨大な爆弾やらが撃ち上げられるのを見ながら、フェイは、そっと窓を開ける。
「危ないですよ、顔をあまり出しませんよう」とフェンには注意されたが、こうしないと風と話せない気がしたのだ。
なし崩しに現地人の戦いに巻き込まれる形となったが、結局ケモノ同士の戦いは回避できなかった。
しかし、だ。
風は戦いが始まったら逃げろとは教えてくれたが、戦いを起こすなとは言っていない。
戦いを起こさないようにしようと働きかけたのは、あくまでもフェイ個人の提案にすぎない。
全く言うことを聞かない連中には腹を立てていたし、今の状況に飽きてもいた。
なので、風と話をしようと思った。要は戦いが終わるまでの暇つぶしである。
――ねぇ、君たちは黒い風を見なかった?
びゅうびゅうと音に混ざって、クリアな声がフェイの脳裏へ直接語りかけてきた。
ナイトウィンドたるフェイにしか聴こえない声だ。
黒い風?それなら、さっき空を飛んでいったよ
「え!?」と突如大声で叫んだフェイに「ど、どうかしましたか」とフェンも慌てるが、フェイは顔を風になぶられるがままで、こちらの話を聞いてもいない。
なおも「マジで?」だの「そんじゃ早く追わなきゃ、ありがと!」と独り言を呟いていたかと思うと、ひょいっとフェンのほうへ振り向いた。
「ねぇ、このケモノで草原まで飛んでいってもらえる?俺達、早く黒い風を追いかけなきゃいけないんだ」
前後が判らない話を振られても、フェンだって困惑してしまう。
「えっ……と、その。まずは、この戦いが終わるまで待っていただけませんか?」
「えー、でも早く追わないと見失っちゃうかもしんないし」と駄々をこねる子どもに急かされる形で、ゼインヘ通信を繋ぐ。
フェンが旋回ばかりして全く攻撃していないのには理由があり、戦闘が始まるよりも少し前、ゼインに言われたのだ。
万が一の墜落があってはいけないから、お前は何が来ても攻撃するな。
自分の運転に、彼らほどの自信があるわけでもないフェンは素直に従った。
「お忙しい時にすみません、ゼインさん。ボクだけ先に戦線離脱していいでしょうか」
これ以上ここにいてもフェンに出来ることはない。
だったらフェイの指示通り、草原へ向かったほうが安全だし一石二鳥だと考えた。
返事は短く『構わん』とのことで、「えっ、本当に?」とフェイが弾んだ声をあげる横でフェンも目的地を話しておく。
「ありがとうございます。ボクは草原へ向かいます」
『草原?どこのだ』
「えぇと、どこの草原ですか」とフェイに尋ねたら、少年は間髪入れず笑顔で答えた。
「わかんない!」
「……は?」
「俺達が一番最初に、この星へ到着した場所なんだ!そこに宇宙船も置いてあって」
適当に着陸したから、地図で見て、どこらへんなのかも判らないらしい。
この星に草原と呼ばれるスポットが何十箇所あると思っているのか。
一瞬、目の前が暗くなったフェンだが、通信の『何処とは具体的に言えねぇが、歩いてオーソリアンに入れる距離だったぜ』といったゼインではない声に励まされる。
「オーソリアン近辺の草原ですか、情報ありがとうございます」
「あ〜、でも結構歩いたよ?一番近い町がオーソリアンだったってだけで」と横でフェイも騒ぐ中、フェンは地図でオーソリアンの周辺を調べた。
草原は北と南の二箇所ある。
大して離れてもいない。上空を飛べば、どちらも回れるだろう。
「あなたの船は空から見て、すぐに判る大きさですか?」との追加質問にも、やはりフェイは笑顔で頷く。
「うん、すんごいでっかいから、すぐ見つけられると思う!」
「なら、他の誰かも見つけていそうですね……急ぎましょう」
フェイを乗せた黒い機体はフェザーリングからも距離を置いて大きく旋回した後、一直線に首都を目指して飛び去った。
一方、地上にて戦闘強制参加な面々はフェンが戦線離脱したのを確認するどころじゃない。
「ぐぇぇぇっ」と苦悶の呻きをあげて機体に押しつけられながら、エリーは現状を把握しようとする。
ダークライオンにシートベルトなんて気の利いた設備があるはずもなく、そもそも一人乗りの機体に無理やり二人で乗っている状態だから、操縦者のリックスもエリーがどのような体勢になっているかなど全く気にしていない。
「いくぞ、若葉!もう一丁どっかんVだッ」
打てば響く返事が『オッケー!』と通信で返ってきて、走り出した振動で上下に揺さぶられる。
どっかんVとは若葉機とリックス機の合体技名であり、真上から見るとVの字に交差した地点で二機が同時攻撃をかける――と言葉で説明すると、単純な連携のように思えるだろう。
だが実際に乗っている身としては始終ガックガク揺さぶられて吐き気が込み上げてくるし、交差の瞬間、必ずダークライオンはジャンプするので着地時にも衝撃がくる。
実際、三回目の攻撃でエリーは一度吐いたのだが、リックスからの気遣いはゼロだった。
下手したら、吐いたことも気づかれていないかもしれない。
リックスは「友情ーッ!」と叫んでジグザグに走りながら、フェザーリングへの距離を詰めていく。
同じように若葉からも外部音声で『正義!』という叫びが放たれて、対角から同じように近づいていった。
「努力!」
『勝利!』
何度も聴いた台詞を二人で交互に叫びながら、タイミングを図るように敵機の足元を駆け抜ける。
それは何か、絶対に叫ばなきゃいけないものなのか。
もはや声に出して突っ込む余裕も失われたエリーの耳が最後の決め台詞を聴いた。
「無敵の力だ、どっかんヴィー!」
あぁ、くる。着地の衝撃に備えて、エリーは身を縮こませる。
さっきは衝撃で、うっかり己が吐いたゲロの海に手をついてしまって酷い目にあった。
ふわっとした感覚の直後、ズシーン!と重たい音を立てて落下した瞬間「うっっ!」と、こみ上げる吐き気を両手で精一杯抑える。
全く、冗談じゃない。こんな茶番に、いつまで付き合わなければいけないのだろう。
『あと少しだ。トドメを刺すぞ、リックス』
通信は若葉からゼインへ切り替わり、「おう!」の返事と共に、ダークライオンは急転換の猛ダッシュ。
こいつらは四体が四体とも連携技と呼べる武器を積んでおり、パートナーを目まぐるしく替えるたびに相手のいる場所まで忙しなく移動するから、同乗しているエリー達は加速度からくる吐き気との戦いになる。
それでもヒョウは乗り物文化に耐性があるからマシなほうで、エリーやエデンは徒歩移動文化の住民だ。
床をゴロゴロ転がるエデンは当然のように全身ゲロにまみれていたし、さっき無理やり押し留めたはずの吐き気が一気に喉元を突破したエリーも「うげぇっ!」と勢いよく吐いた。
吐瀉物の匂いが機内に充満しようとリックスは委細構わずで、眩いビームを上空へ向けて乱れ打ちしながら走っていく。
かと思えば急停止の急ターン、ジグザグ走行でエリーを顔面蒼白にさせながら、シルバーフォックスと向き合う位置で急停止すると、エリーをフロントガラスに嫌と言うほど叩きつけた上で空へ怒涛のビーム連射をお見舞いした。
その内の何発が当たったのかはエリーの知る処ではないけれど、上空で何度もボン、ボボン!と爆発音が鳴り響き、「やったぞ!」と叫ぶ隣の声と風を切って落下していく何かの音、そして近場に巨大な物が落ちた衝撃で機体が大揺れに揺れる。
「ぶぇぇ」
もう吐く物なんて胃の中に残っていやしない。ちょっぴりの胃液を吐き出して、エリーは床に転がった。
「うわ、なんだこれ!くっせぇ!何してやがったんだよ、オバチャンッ」
今頃になって、ようやく隣を埋め尽くすゲロの海に気づいたのかリックスが大騒ぎしている。
だがオバチャン呼びも、気遣いゼロな子供も、戦い自体の決着も、最早どうだっていい。
やっと終わった。訳が分からないうちに巻き込まれていた、この星の内乱とやらが。
がやがやワイワイと、随分表が騒がしいようにも思う。
きっと、戦場に残っていた辺境住民と王様とで話し合いが行われているのかもしれない。
グゥゥゥ……と情けない音を立てる腹を押さえて、エリーはリックスの文句を一身に受けながら、このクソッタレな機体からの解放を一刻も早く待ち望んだ。
フェザーリングの墜落現場へ急行した面々が見たのは、完膚なきまで木っ端微塵になった機体と、奇跡的にも生きていたばかりか逃げ出そうと地べたを這いずるアルフレッドの姿であった。
「え、いや、生きているって、どうなの」
呆気に取られてポツンと呟くエリーに、全員が納得の頷きを返す。
勿論、アルフレッドは無傷ではない。全身血まみれだ。
だが、あの機体は遥か上空を飛んでいたはず。
地上まで真っ逆さまに落っこちたってのに、中に乗っていた人間が生きていたこと自体、信じられない。
「こいつバイノアじゃないんだよなぁ。どうやって生き延びたんだ?」とリックスも首を傾げているしで、原住民が見ても脅威なのであろう。
「大方、素体にフルパワー同調させて衝撃耐性のバリアでも張ったんでしょう」
サイラックスは事も無げに全員の疑問をぶった切ると、逃げようと無駄な足掻きを続けるアルの腕を掴まえる。
「アンカードも捕らえました。城で尋問のちに三国裁判へかけるとします。皆様、ご協力ありがとうございました」
頭を下げるサイラックスへ「礼なんか必要ないだろ」と言ったのはギアで、エリーが突っかかる。
「なんだよ!あんたらだけじゃ苦戦するって思ったから、こいつらは協力したんだろ!?」
散々酷い目にあった上に感謝もナシじゃ、やっていられない。
だが、ギアは「協力してくれとも頼んでねぇってんだよ」と素っ気ない。
ヒョウからエデンまでグルリと見渡してから、最後にジロリと若葉を睨む。
「こちとら牢破壊の弁償を請求したいぐらいなんだ、なぁ若葉?」
しっかりばっちりバレていたようだ、誰が脱獄させた犯人なのかが。
額に冷や汗を一筋垂らしながら、若葉は、しどろもどろに「い、今は手持ちがないので強制労働で勘弁してもらえると嬉しいです……駄目でしょうか」と便宜を図るも、ギアは聴いちゃいなかった。
「一人足りねぇな、どこへ逃がしたんだ?脱獄の手引及び協力は重罪だぞ」
王様に睨まれたってリックスは屁の河童、昔のよしみでの気安さでやり返す。
「そいつぁオーソリアンの法律で、だろ。俺もゼインもオーソリアン住民じゃねーから無効な、無効」
「ふざけんなよ、オーソリアンの管轄でやらかした犯罪はオーソリアンの法で裁くのが摂理ってもんだろうが!」と、さっそくブチキレ気味なギアを止めたのはゼインだ。
「フェンの行き先を教えてもいいが……先に伝えておきたいことがある」
なんだとギアに促されて、彼は一部始終を話した。
フェイ達の目的と正体を、フェイのした説明よりも判りやすく噛み砕いた内容で。
外惑星より飛来した異星人だと知ってもギアとサイラックスに驚きは少なく、却ってエリー達が驚かされた。
「話が噛み合わなかったのは、それでか。それならそれで、素直に素性を明かせばよかったんだ」とも言われたが、あの時は、何を言おうと話自体を聞いてもらえなかったような気がする。
「黒い風の話は捕らえた時にも聞きましたね。あの時は何を言っているのか解りかねましたが、そうですか、悪い予兆として吹く風があり、その風を追えるのがフェイという少年だったんですか……」
サイラックスは何度も頷き納得している。
結局、知らない赤の他人よりは人となりを知る友人の言い分のほうが、信頼も段違いということなのだろう。
「それよりもアルフレッドを三国裁判にかけると言っていたな。無罪判定が出たら、釈放するのか?」
「まさか」と即座にサイラックスがゼインの疑問を切り捨てて、ギアも呆れ顔で付け足した。
「こいつは没収された研究所を取り戻していたばかりか、戦争道具使用を禁じられている素体を大勢引き連れてきやがったんだ。メキシクの法と照らし合わせても重罪、どう弁護したって死刑判定は覆りゃしねぇさ」
一方、アンカード=レキは利用されていただけで罪が軽い。
裁判には出すけれど、数年の投獄程度で釈放されるのではないかというのがギア達の見解だ。
「他国に戦争ふっかけといて、罪が軽いって言えるのかよ」
首を傾げるリックスに「死者反魂で無理やり従わされていた……そういう見方も出来るということですよ」とサイラックスが言う。
なにしろ彼は過去の戦争で死んでいる、正真正銘ただのヒトだ。
素体でもバイノアでもない普通のヒトが強制的に蘇生させられたとあっちゃ、見方次第では被害者とも呼べるのではないか。
サイラックスに片腕を掴まれた格好で引きずられていたアルが、なにやら小声でボソボソ呟いている。
「死にとぉない……ウチは、まだ研究したりないんや……もっともっと超能力の研究を……したいんやぁぁ……」
満身創痍の血まみれだというのに病院への要求ではなく研究希望を唱える姿には、傍観者であるエデンたちもドン引きだ。
アルを心底侮蔑の眼差しで見下ろして、ギアは吐き捨てた。
「今まで散々研究の名目でバイノアを殺してきた野郎が、しつっけぇんだよ」
「生き返らされたのは強制だとしても、この戦いに参加したのは彼の意思じゃないんですか?」
シェンオーの問いにも、サイラックスが首をふりふり答えた。
「いいえ。SAYCSの残骸から引きずり出した時に判明したのですが、アンカードは自分が何故SAYCSに乗り込んでいたのかも判らないようでした」
「記憶の欠如か?」とゼインが尋ねるのにも首を真横に「というよりは蘇生から今に至るまでの意識を封印されていたと見るべきですね」との結論を下す。
「空模様のケモノもバラバラになったのに中身は平気だったんだ……意外と頑丈なんだね、この星の住民って」
ポツリと呟くエリーには、即座にジャックが「そんなわけないよ、普通はSAYCSが爆発したら死んじゃうよ!ぼく達だってビックリしたんだから」と反論を述べ、リックスも腕を組んでズダボロなアルを見やる。
「もしかして、こいつら、もうヒトを辞めちまってんのかもな」
「ヒトを辞めるって?」と若葉に聞き咎められて、再度言い直した。
「や、ヒトをバイノア改造する技術を見つけたんじゃないかと思ってよ」
「そんな技術は聞いたことがない」と一旦は否定したものの、ちらとサイラックスを見てゼインが確認を取る。
「アルフレッドの研究所は、もう調べたのか?」
「えぇ。一通りはジェイドメンが調査したそうです。それによりますと、SAYCS研究とは無関係と思わしき培養基が数多く発見されたとか。リックスの予想は、案外あたりかもしれません」
すらすらと答えて、サイラックスは悩ましげに眉を潜めた。
「先の大戦はバイノアの未来を考えての決断だったというのに、こうも簡単に平穏を乱すとは……」
「真に未来を考えるなら、全世界がノンボリのようになるしかなかろう」と話を締めて、ゼインがヒョウを促す。
「いい加減、フェンとフェイが待ちくたびれているかもしれん。早く草原へ急ごう」
ずっと、それを言い出したくてたまらなかったヒョウは一も二もなく「あぁ」と賛成の意を示し、再びシルバーフォックスへ乗り込もうとするのへは「またケモノで移動するってのかい!?」とエリーの反発を受け、しかし他に移動手段もない星だからして。
「その様子だと、ダークライオンの乗り心地は最悪だったようだな。だったらブレイン・ノアに乗っていけよ。草原までだったら帰り道の途中だ」
寛大にもギアが言い出して、エデンとエリーは遠慮なく乗せてもらうことにした。
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