
聖地であがった煙には、山道で弁当を広げていた警備団も気づいた。
「おー、なんだ、あれ。真っ赤で綺麗だな!」と喜ぶジェイドへ「冗談じゃないざます!火事ざますよ!」と叫んだのはメルだ。
「なんじゃと、火事だと!?」と他の面々も騒ぎ出すのへは月斗が呼びかけた。
「のんびりしてる場合じゃないんすか!?早く火を消しに行かないと」
「そのとおりだ、ゲットくん!ジェイドくんも一緒に来たまえ」
オーディが走り出し、その後を月斗、少し遅れてメルやグレイトも走り出す中、ジェイドが叫んだ。
「オッサン待ってくれ!ここを見張ってないと駄目なんじゃなかったのか、オレ達!」
「何言ってやがんだ、聖地が緊急事態だぞ!」と怒鳴り返すグレイトを手で制し、団長はテキパキ命じる。
「判った!消火活動はメルとグレイト、ゲットくんも来てくれ!此処に残るのはアレフとリュミク、ジェイドくんだ!行くぞ、皆!」
「おう!」「判ったざます!」
メルとグレイトが頷き、月斗も「了解っす!」と叫んでオーディの後を追いかけた。
待機を命じられたのはローブ姿のリュミクと軽装のアレクで心許ないメンバーだが、ジェイドは全く気にしていない。
「が、がんばりましょうね、泣き落とし大作戦」
震える声でリュミクが言ってくるのへも「おう。泣き落としが聞かなかったら、オレの説法の出番だな!」と力強く頷いた。
彼らは迂闊にも気がつかなかった。
オーディ団長らが走り去っていった後すぐに、岩山を飛び越えていく影があったことを。
緊迫した表情で待つこと、数十分。弾かれたようにリュミクが叫んだ。
「き……来ましたっ!」
山道を駆け上ってくる人影が一つ。
そいつは三人が横一列に並ぶ前まで走ってくると、一旦足を止めた。
「少ねェな。そんな人数で俺を止めるつもりかい」
紫の髪の毛を短く刈り込み、ボウガンを背負っている。
目付きの悪い青年だ。歳の頃は二十代前半といったところか。
人相を教わっていないジェイドだが、傍らでアレフが「き、来た、シド……!」と呟くからには、こいつがシドで間違いあるまい。
ローブ姿のダークエルフは姿が見えない。一人で来たんだろうか。
ガチャリとボウガンを構えてくる彼に、弱々しい声色でリュミクが話しかける。
「こ、ここには気が弱く心の優しい者しかおりませんよ……な、なにとぞ、なにとぞ弓を収めてお帰り下さいませ……」
身体はブルブルと小刻みに震え、うっすらと涙ぐんでいる。演技なのか本気なのかが判りかねた。
ジェイドも一歩前に出ると、握り拳で説得を試みる。
「そうだぞ、オレも心優しくて気が弱いんだ!さっさと帰れ、大人しく言っているうちに!」
ジェイドの逞しい身体を上から下まで眺め回すと、シドは鼻で笑い飛ばした。
「とても、そうは見えねェが……その筋肉は飾りか?だったら大人しく道を開けるんだな」
「なんだと、この野郎!誰の筋肉が飾りだってんだ!」
威勢よく吼えたけるジェイドを止めたのはアレフで「や、やめるんだ、刺激しちゃいけないっ」と真っ青になって止めるも止めきれず、逆にドンと突き倒されて「あうっ」と情けなく地面に転がった。
「上等だ!どうしても通ろうってんなら、オレを倒していけ!」
道のど真ん中で構えると、ジェイドは声高らかに名乗りを上げる。
「オレは僧兵、ジェイド=ライヤーってんだ!オマエが聖地を荒らす予定だってんなら、許さねぇ!勝負しろッ」
その脇をかすめて、バスバスッ!と鈍い音が二発鳴り響く。
「あっ……ぐぅ……」
慌てて振り返れば、リュミクの腕に一本。
「ぎぃっ……」
アレフの太ももにも一本、矢が突き刺さっていた。
「あ!オマエ、なんて真似すんだ!弱くて情けないヤツらを射るなんて、それでも人の子か!?」
情に訴えかけたって、もとより情に流される奴でもない。
「あばよ!」の一言を残し、シドはジェイドの真横を駆け抜けていった。
後を追いかけるかどうか迷うことなど一切なく、ジェイドは二人の側にかがみ込む。
「しっかりしろ!今、治してやっからな」
呪文を唱えると掌に温かい光がポゥッと宿る。
ジェイドは僧兵、善神ゼファーを崇める善教徒だ。聖地の警備に志願したのも、依頼内容が正義であるが為。
こんな状況で神聖魔法を使う機会が回ってくるとは、本人も予想していなかったのだが。
オーディ達は山頂へ急ぐ途中、岩肌から回り込んできた一つの影に足止めを食らう。
険しい岩山を飛びつたって先回りしてきたらしい。
「待ってくれ。聖地へ行くんだろう、俺も同行させてくれ」
「誰じゃっ!?」
団長の誰何に軽く頭を下げて、小柄な少年が答える。
「楼……ギルド員をやっている」
誰かが何かを言うより早く、月斗が指差しで叫んだ。
「あー、こいつ知ってんぜ!柳流忍術の楼だろ」
「柳流?」と首を傾げる団員に「ジパンで有名な忍者だよ!」と答える月斗を横目に、楼が団長を急かす。
「立ち話や世間話は後にしよう。今は人命救助が先だ、そうだろう団長?」
「その通り!行くぞ皆ッ、山頂まで、あと少しだ!!」
遠目にでも判るぐらい、聖地は大混乱にあるようだ。
悲鳴と怒号の入り交じった村人の声が聞こえてくる……
走りながら「団長、人間が一緒だと聖地に入れないんじゃないか?」とのグレイトの懸念に、「え?どういうこと」と月斗も走りながら聞き返す。
それに答えたのは先頭を走る団長で。
「聖地は普段、ラナ以外の種族は立入禁止なんじゃ!だが今は緊急事態、無理矢理でも入り込むぞ!」
一行は走るスピードをあげる。炎が全てを燃やし尽くす前に、一人でも多く助けるために。
聖地の入口には一人も見張りがおらず、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
あちこちの家から、ぼうぼうと真っ赤な炎が燃え上がる。
道には服や皮膚の焼けただれた住民が、苦しげな呻きをあげて転がっていた。
辺り一面が真っ赤に染まり、どこから消火したものやら見当もつかない。
それでもオーディは水を求めて走りまわる。
「メルは怪我人の手当を頼む!残りの者は火を消すため、水場を探せ!!てきぱきと行くぞ、てきぱきと!」
「しかし、この状況じゃ消火したとしても」
口ごもるグレイトには、すかさず叱咤が飛んだ。
「口より先に手を動かせ、バカモンが!!」
ぐるりと見渡し、奥に井戸を見つけたオーディは手で団員を促す。
「水場確保!バケツを見つけたら消火活動に入るッ」
「はいっ!」「お、おう!」
バケツを探す月斗とグレイトの二人を尻目に、楼は、そっとその場を離れる。
まっすぐ村の奥を目指しているようだが……一体、何をしに行くつもりだろうか。
そんな彼を物陰から見つめる瞳が一つ。
その正体はシドであった。
聖地へ入り込んだ後は物陰で警備団の様子を伺っていたのだが、別行動を取る楼に疑問が生じた。
人命救助を手伝うのはおろかナップの手伝いさえも建前で、彼は彼で聖地に用があったのか。
冒険者ギルドの任務で動いているとすれば、目的はきっと此方と同じものかもしれない。
やはり忍者は信用ならない。
知らずボウガンを握る手に力がこもる。
苛つきに舌打ちを漏らし、足音を忍ばせて後をつけた。
だいぶ遅れて山道を走っていたナップとモーリアは、リュミクやジェイドと共に聖地入りを果たしていた。
途中の道で彼らと遭遇するも、モーリアの「聖地を助けてください」といった懇願にジェイドが二つ返事で頷いての同行である。
火事は、もはやボヤどころの騒ぎではなかった。
建物という建物全てから炎が吹き出しており、熱風に煽られるだけで倒れそうになる。
村全体が赤い絵の具で塗りつぶされたかのような光景に、アレフが後ずさった。
「ひ、ひどい……こんなの、どうやって消したらいいんだ」
「ガッツで!」と答えたのはジェイドだが、突っ込む者は一人もいない。
やがて遠くからオーディが「おぉい、リュミクにアレフ、ジェイドくんも来たのか!火を消すのを手伝ってくれい」と叫びながら駆け寄ってくる。
「団長!ご無事でしたか」と喜ぶリュミクにバケツを手渡すと、水場を指差す。
「あっちに井戸がある!お前さんらも消火を手伝って――」
言いかけてナップの存在に気づき「ぬぉっ!ダ、ダークエルフじゃと、こんな時に!?」と慌てる団長には、モーリアが言い添える。
「すみません、途中の道で一緒になりました!しかし、それよりも今は火事を何とかしませんと」
「むっ!あなたは、確か村長の」
なおも何かを言いかける団長の腕を、リュミクが引っ掴んで急かした。
「団長、急ぎましょう!少しでも多くの人を助けるんですッ」
シドと遭遇した時には涙目で震えていた彼も、大火事を前にして、なけなしの勇気を総動員したらしい。
「よ、よし!向こうにグレイトとゲットくんもおる、バケツを回して火にかけるんじゃ」
バケツリレーでかけていた様子から考えても、消火活動は芳しくないようだ。
その証拠に団長が、いくら水をぶっかけても火の勢いは収まらない。
「そうだ!ナップさん、あなた魔術師でしたよね!?魔法で火を消せませんか」
モーリアにがっくんがっくん揺さぶられて、顔面真っ青に染まったナップは声を絞り出す。
「えぇぇー……気分最悪なのに魔法使えっての?鬼かよぉ」
具合が悪そうなのにも気づかないのか、モーリアは尚もナップを揺さぶった。
「そんなことを仰らずに!あなたはダークゾーンの末裔なんですよね、リヴァイアサンを召喚しちゃってください!!」
「無理、無理だってぇ、気持ち悪いしーゲボロー」
うわぁ。こいつ吐きやがった。
「何やってんだ、こいつ!?」
アレフは思いっきりドン引きして、一歩飛び退く。
ようやくモーリアもナップの顔色の悪さに気づき、ハッとなる。
「……もしや、まだ結界が張られているんじゃ」
そうだ。
ここは聖地、聖なる種族の住む村である。
となれば聖都同様、対闇種族の結界が張られている。
オーディたちはナビ族ゆえに気づかず入ってこられたが、純血ダークエルフのナップが無事でいられるはずもない。
「ここの結界は誰がかけているんだ?」
アレフの問いに「村長です!」と答えてモーリアは走り出す。
彼を先頭に走り出した一行だが、突然モーリアが足を止めるもんだから、全員鼻っつらを前の者の背中にぶっつけた。
「いきなり止まるな!バカヤロー」とのジェイドの罵倒にも、モーリアが振り向く気配はない。
「静かに……!村長の家を暴こうとしている者がいます」
目の前には、小さな墓地が広がっている。
「何処に家があるんだ?」とジェイドは首を傾げる。
彼の言う通り、家など、どこにも建っていない。あるのは墓だけだ。
火の手は不思議と、ここまでは届いていなかった。
民家から、かなり離れた場所にあるので、火が回ってこないのかもしれない。
目の前にはボウガンを構えたシドが一人、こちらと同じように前方を伺っていた。
さらに前方、つまり墓地の近くでは黒装束に身を包んだ青年が地面をゴソゴソと弄っている。
よく見てみれば、墓を掘り返しているのであった。
「あ、あいつ!ボウガンで撃ってきた卑怯者じゃねェか」
シドに目をやったジェイドが大股で近づいていき、ぐいっと肩に手をかける。
「あ?」と振り向いた彼に、拳骨を思いっきり振りかざした。
「オマエェッ!オレの説法を喰らえーッ!」
――だが、景気の良い音を立てて吹っ飛んだのはシドではなく。
「駄目ぇぇっっ!げふぅっ」
シドとジェイドの間にスリムな身体を押し込んだ末に、手痛い一発を食らって地面に転がったモーリアであった。
「お、お前……細っこいくせに無茶すんなよ……」
庇われたシドもドン引きするほどの犠牲だ。
「説法って、そういうもんだったかなぁ」と背後の団員が首を傾げる中、ジェイドはモーリアを抱え起こした。
「悪ィ!勢いを止めらんなかった!ってか、それよりオマエ!」
ジェイドの視線が謝罪途中でモーリアから楼へ移る。
「周りが大火事だってのに、なんで呑気に墓荒らししてたんだ!?」
所在なくポツンと立って大騒ぎを眺めていた楼は、ぼそっと答えた。
「違う。墓荒らしをしていたわけではないんだ」
どう見ても目の前に広がるのは大小連なる墓石であり、墓地である。
それをほじくり返していたんだから、墓荒らしと見られても当然ではないか。
だが彼の発言を肯定するかのように、鼻血を拭き拭き立ち上がったモーリアが頷いた。
「そうです。楼さん、あなたは村長の元へ行こうとしていたんですよね?」
えっ?と驚く一行の前で、地面を掘り返す。
「何ですか、それは」と覗き込んでくるリュミクへ微笑むと、モーリアは手にしたスイッチを押した。
と、同時に墓石の一つが真っ二つに割れて、中から階段が現れた!
「村長は、この下にいます。早いとこ結界を消してもらいましょう」
再び鼻血が垂れてきたモーリアはジェイドが肩を貸し、グロッキーなナップを背負ってシドも階段を降りる。
降りた先で右に続く廊下を歩いていくと、小さな空洞へ出る。
そこには椅子や机や本棚が置かれており、ちょっとした生活空間になっていた。