
瀕死のダークエルフを背負った男が、広場の噴水付近で足を止める。
「……ナップ、おいナップ。生きてっか?ギルドの奴ら、俺達を本気でとっ捕まえる気だぞ……検問なんぞ張りやがって」
背の上からはグロッキーな返事が聞こえた。
「あー……げろちょんきぼちわりー。どうでもいいから早く出よー。ここにいたら死ぬ、死んじまうー」
聖都には街を包み込む範囲で聖なる結界が張られており、闇の属性を持つ者は漏れなく気分が悪くなる。
ナップも然り、純血のダークエルフな彼の気分は最悪レッドゾーン。
少しでも下を向いたら、ゲロを吐いてしまいそうだ。
「だから、検問があって俺達二人だけじゃ出られねぇっつってんだろが、人の話を聞けッ。ったく、お前は此処で寝てろ。ちっと街で探してくっからよ、検問をフリーパス出来そうな奴を」
ぐんなりしたダークエルフをベンチに寝かせると、ツレの男――シドは踵を返して公園を後にする。
ナップが動けなくなる危険を犯してでも聖都に来たのは、理由があった。
アルカナルガ島にあるとされるダークゾーンの遺産。
情報屋イティーから買い取った、貴重な地図が手がかりだ。
これを掘り出すには、聖地に入れる者を探す必要がある。
すなわちナビ族ラナだ。ラナのみ入ることを許された場所、それが聖地なのだから。
閑古鳥の酒場では見つからなくとも聖に属する土地まで足を伸ばしてみれば、見つかるのではないかとシドは踏んでいた。
ナップをバラク島へ置いて一人で来るってのは、もちろん考えた。
しかし、ギルドに手配をかけられたら合流できるかも怪しくなってくる。危険でも一緒に連れてくるしかなかった。
「ぜぇ……ぜぇ…………く、空気悪ィ…………」
ぽつんとベンチに捨て置かれたナップは、少しでも気分を良くしようと仰向けに寝っ転がる。
「つーかシドォ、お、俺を一人にすんじゃねー……」
こんな公園に一人でいたら、タチの悪いガキに石をぶつけられかねない。
闇属性の種族は聖都の住民に嫌われている。伊達に対闇の結界を張っているわけではない。
時間にして三十分は、ゆうに過ぎただろうか。シドが駆け足で戻ってきた。
「おい、軟弱エルフ。結界如きで死にかけている場合じゃねェぞ。見つけたんだよ、聖の末裔を!一緒に来てくれるそうだ、なァ?」
ナップを抱きかかえ起こすと、シドの後をついて走ってきた青年が「ヒィッ!」と悲鳴をあげて急停止。
「や、闇のエルフが何故ここに!?」と、ナップをガン見しつつ引きに引きまくっている。
聖都の住民なら当然の反応だ。
ナップも彼を見た。
スマートな体躯を吊りズボンと清楚な白シャツで包んだ優男だ。
彼を振り返ったシドが言い返す。
「だから言ったろ?ダークエルフも一緒にいるってよ。それでもついてくるっつったのは、お前だろうが。男なら二言はねェよな」
「そ、そりゃあ……あなたと一緒の旅なら、どこへでもと言いましたが……いいえ、あなたがいる限り、ダークエルフが一緒でも構いやしませんとも」
青年はモジモジと指をこねくり回しながら、内股気味の上目遣いでシドを見つめて頬を赤らめる。
なんだ、この態度。一体どんな言葉で勧誘してきたのやら。
内心ドン引きしつつも、ナップは再びシドに背負われた。
頭っから黒い帽子を、すっぽり被せられた格好で。
「まぁ、つもりつもる話は……ここを出てからっつーことで……」
やはり目深に帽子を被ったシドが青年を促した。
「あァ、自己紹介なんてのは向こうでだって出来る。急ごうぜ、検問での言い訳はあんたに任せた」
「は、はいっ。お任せください」
頬を火照らせ、青年が先頭に立って歩き出す。
向かうのは検問の先、アルカナルガ島行きのトラベータだ。
トラベータとは瞬間移動装置、乗れば一瞬で目的地に到着する。
道中、青年がモーリアと名乗るのを聞き流しながら、一刻も早く聖都を出て楽になりたいとナップは考えた。
先日、冒険者ギルド経由により、聖地を荒らす計画を立てている要注意人物への警戒が発令された。
その者の名は、シド=コーエン及びナップ=ダークゾーン。
どちらもギルド員だが、同じギルドに所属していても、彼らの顔を知る者は殆ど居ないのではなかろうか。
かたや一度としてギルド議会に出席せず、もう一人は今月なったばかりの新規とあっては。
ジェイドと月斗も然り、アルカナルガ島の警備団が協力者を募集していたから来てみたものの、捕まえる相手の人相も性格も判らない。
「おぉ、冒険者の方々ですか!よく来てくださった、ご協力感謝します」
警備団宿舎にて、初老の団長に出迎えられて、ひとまず二人は現地で情報を集めることにした。
「あ、はい。
ぺこりと頭を下げる黒髪青年の隣では、三叉眉毛の青年が元気よく「オッス!オレはジェイド=ライヤー!」と挨拶をかます。
「えぇと、さっそくですけど、捕まえなきゃいけない二人は何をやったんですか?」
月斗の問いに団長オーディは首をふりふり答えた。
「まだ何もやっとりゃしません。やらかす可能性があるというんで、山道で待ち構えて追い払うのが我々の役目ですな」
曰く、シドとナップは立入禁止区域とされている聖地へ乗り込む気満々だという。
ここ数日、各地でナビ族ラナを探していたことや、ギルド窓口で聖地に入る方法を尋ねていた点からの推測だ。
ほとんどの目撃情報はナップによる行動だった。
ダークエルフが聖属性の種族を探し回る。
それだけでも怪しいのに、目的地が聖地に絞られているとあっては、聖地へ入り込みたいのだと結論付けられても仕方ない。
シドはナップが怪しい行動を取る前、一緒にいたのをバラク島の酒場で目撃されている。
「どんだけ強いんだ?」とはジェイドの質問に、オーディは首を傾げた。
「未知数ですな。なので、我々は情に訴えかけて止めるつもりです」
「情に?」と、月斗も首を傾げた。
「さよう。聖地へ入られては、我々の生活が脅かされる……といった泣き言で引き止めるんです。足止めが上手く行った時こそ、貴方がたの出番です。力づくなり説得なりで彼らを捕まえてください」
警備団は聖地へ入り込もうとする不埒者を監視するために結成された団だ。
侵入者を許したら、団の信用が落ちる。という前提での泣き落としであろう。
問題は、かの二人に泣き落としが通用するか否かだが……
団長によると、それも不明で、結局は出たとこ任せの捕物帖になりそうだ。
他にリュミク、メル、グレイト、アレフといった地元民で構成されたメンバーを紹介された後、さっそく山道へ出発した。
ラストサンの警備宿舎を出発した彼らが目的地へ到着したのは、昼過ぎになろうかという時刻であった。
聖地とは、山頂にあるナビ族ラナの村を指している。
警備団が立ち止まったのは、村へ向かう途中の山道だ。
振り返ってみると、かなりの傾斜であった。
「この一本しかないんだ。ここを見張っていれば、連中は必ずやってくるってわけさ」
グレイトの説明を受けて、ジェイドと月斗も周辺を見渡した。
山道は岩肌に囲まれている。
道に入るまでは雑木林もあったが、山道へ入ってしまえばグレイトの言う通り道は一本に絞られる。
「ダークエルフは魔術師だと聞いている。ローブで岩を登るのは難儀だろう」とは、アレフ談。
「そうだ、この俺様のような筋肉でもない限り岩を登っての登山は無理だろうさ」
むりりん!と筋肉をアピールしてくるグレイトに月斗は後ずさり、ジェイドは逆に前へ出た。
「お、筋肉自慢か?オレも負けねぇぞー」
張り合わなくていいから。誰も見たくないから。
「聖地の裏側は断崖絶壁ざます。そちらからの侵入はないと思って間違いないざますね」
メルの予想に、月斗も山道の奥を見上げた。
が、不意に思い出して振り返る。
「あ、でも、侵入予定者はダークエルフだけじゃないですよね。シドってのも魔術師なんすか?」
「ギルド名簿によると、闇商人ってなっていますね」と答えたのはリュミクだ。
「つぅか、なんでお前が知らないんだよ。冒険者のくせして」
グレイトに突っ込まれ、月斗は頭をかいた。
「いやー、ひとくちに冒険者って言われても、たくさんいますし……」
「それよっか、闇商人だったら岩を登れるんじゃねーか?」
ジェイドの疑問に答えたのはオーディだ。
「傾斜は山道以上だぞ。登ってこられるかな。それにツレを放って一人で行くとは思えんぞ」
傍らではリュミクが、いそいそとピクニックシートを地面に敷いている。
お弁当や水筒、人数分のコップまで並べていて、すっかり遠足気分ではないか。
「え、と。何してるんです?」
月斗に尋ねられて、リュミクが言うには。
「彼らが来るまで、のんびりしましょう。険しい顔で待ちかまえていたら、向こうも警戒します」
これも作戦のうちらしい。呑気に待ち構えていりゃいいとは、楽な仕事だ。
「よっしゃー、さっそく飯にしようぜ!いっただっきまーす!」
ジェイドが座り、さっさとサンドイッチをクチへ放り込むのには「待つざます!食事を摂るなら全員座ってからにするざます」とメルが叱咤し、その横へ腰を下ろしたオーディが「まぁ、よいではないか。人数分あるんじゃ、そう尖らんでも」と和むのを見ながら、月斗は岩肌に手をかけた。
「皆さんは食べててください。俺は、ちょっとこの岩を登ってみます」
「無理すんなよ〜」といったグレイトの応援を背に、岩へ足をかける。
しかし二歩目の取っ掛かりが見つからず、すぐに諦めた。
自分がコレなら、シドとやらも登れないに違いあるまい。
月斗はメルの対面へ腰を下ろし、「いただきまぁす」とサンドイッチを頬張った。
その頃――
聖都のトラベータ経由で、アルカナルガ島へ足を踏み入れた四人組がいた。
シドとナップ、モーリアの他に、もう一人。旅の仲間が増えていた。
モーリアは聖都でシドが見つけてきたナギ族ラナの青年だ。
聖都で喫茶店を経営していたのだが、シドに誘われて故郷へと戻ってきた。
もう一人は黒の忍び装束を身に纏う少年で、名を
トラベータの入口で見張りのギルド員とすったもんだ揉めている時、助けてくれたのが彼であった。
ギルド員を瞬きの合間に気絶させ、二人の手助けがしたいと申し出る楼をナップは信用し、仲間に加えた。
彼らは今、聖地へ向かう途中の雑木林に身を隠している。
適当な場所でテントを張った。
「警備団は、どこを守ると予想できる?」
シドがモーリアに話を振り、聖の青年は考える素振りを見せながら答える。
「そうですねぇ……私がオーディさんの立場でしたら、山道でとうせんぼすると思います」
「だよな。山道以外のルートもねェようだし」
シドが地面に広げたのは聖地周辺の地図だ。
山頂へ向かう舗装道は一つしかない。
周りは険しい岩に囲まれていて、シドや楼はともかく、ナップとモーリアには登れそうもない。
「やっぱ、こーゆー時はドラゴン便があると便利だよなァ」
ぼそっと呟いたナップに「ドラゴン便?なんだ、そりゃ」と首を傾げるシドへモーリアが笑いかける。
「大昔、ドラゴンというモンスターに乗って空を行き来した人々がいたそうですよ。現在は廃止されて久しいですけどね」
「廃止されてんじゃ意味ねぇだろ。使える手段を考えろよ」
舌打ちと共に文句まで飛んできて、ナップは髪の毛をグシャグシャとかき回す。
「ん〜〜。他にって言われたら、空を飛んでいく魔法があるけども」
「使えるのか?」と、シド。
「んーにゃ、まだ」と首を振るナップに、またも舌打ちをかます。
「だから、使える手段を出せってんだ。ないなら強行突破でいくぜ、山道をよ」
「まぁ、待てよ。使える奴を呼び出せばいいんだろ?」
「今から、ここにか?」と楼にも尋ねられ、ナップは自信満々頷いた。
「あぁ。俺の叔父さんが使えるんだよ、空を飛ぶ魔法」
「きみの叔父さん……というと、ダート=ダークゾーンか?だが、ダートはザイナ騎士団の手により投獄されていたはずだが……」
道理で連絡がつかなかったわけだ。
どれだけ調べても判らなかったダートの居所情報を淡々と告げる楼に驚くシドをほったらかしに、ナップもニヤリと口角を上げる。
「ヘッ、叔父さんの爆弾技術をナメちゃいけねーや。今頃とっくに脱獄して、エルク叔母さんトコに逃げ込んでいるはずさ」
エルクの名はシドも聞き覚えがある。
ダークエルフ盗賊団のリーダーで、賞金もかかった大悪党だ。
「……新人ギルド員の親戚は盗賊夫婦ってか?笑えねェ冗談だぜ」
「んでも魔術に関しちゃ、うちの家系はエキスパートだかんね。盗賊だからって馬鹿にしちゃーいけない」
得意げな甥っ子に重ねて尋ねた。
「で?その叔父さんがいる盗賊団の根城は何処にあるんだ。ココじゃねェんだろ?」
「んっふっふっふっ」
不気味な笑いと共にナップが懐から取り出したのは、ぶっさいくな面構えの使い魔、インプだ。
お腹には丸で囲んだダの文字が入っている。
「そんな時、役に立つのが、この親父印の使い魔だ!こいつはな、どこにいても俺達ダークゾーン家を探し出せるすぐれモノなんだ。しかも帰りはテレポート呪文を使うから一瞬なんだぜ!」
「お前……なんで使い魔なんか服の中にしまい込んでんだ。そういうのってなァ、普通は召喚で出すんじゃないのかよ」
シドの真っ当な突っ込みを、さらっとスルーし、ナップはインプへ命じる。
「さぁ、行って来い!叔父さんを見つけたら一緒に戻ってくるんだぞ」
インプを待っている間が長いと感じたのだろう。
不意に楼が腰をあげた。
「何処へいくつもりだ?」と尋ねてくるシドへ下向き加減に答える。
「様子を見に行ってみようと思う」
そんな彼に、シドはボウガンを突きつける。
「勝手な真似は、やめてもらおうか。お前から足がついたんじゃ、仲間に入れた甲斐がなくなっちまうんでね」
「足がつくようなヘマはしない……つもりだ」
やはり下向き視線で答える楼へ、シドは疑いの目を向けた。
「……どうだかな。俺達を欺いて、連中と連絡を取り合う気なんじゃねぇのか」
ナップに頼まれたから仕方なく仲間に入れたけれど、シドは楼を信用していない。
大体、ニンジャなんてのは信用できる輩ではない。
ジパンじゃ間者とも呼ばれており要はスパイ、いつ裏切られるやら知れたもんじゃない。
険悪なムードになってきた途端、ナップが間に割って入る。
「あー、やめやめっ!ロウ、お前イイトコあるよな〜っ。俺の為に薪を取りに行ってくれるんだろ?ついでに警備団の様子も探ってきてくれるって?いや〜悪いなぁ」
苦笑した後、楼は雑木林を駆けていった。
言われた通り、警備団の様子を探りに行ったのであろう。
黙って三人のやり取りを見ていたモーリアが、この時ぼそっと呟いた。
「聖地から、煙が立ちのぼってます……」
「え?」
言われて見てみれば、確かに山頂からは黙々と煙があがっていた。
「何か……猛烈に嫌な予感がするぜ。おいモーリア、聖地では大がかりな篝火を焚く風習でもあんのか?」
シドに問われて、モーリアが「いえ、私が住んでいた頃にはなかったかと思いますが」と多少焦った調子で答えるのを最後まで聞かずに、シドはテントを飛び出した。
「何だ?何なんだ??」
事態を飲み込めていないナップを一瞥し、怒鳴り返す。
「聖地の奴らが燃やしてんじゃねェとすりゃあ、奇襲されたに決まってんだろが!ナップ、本当に山道以外で山頂へ行くルートってのはないんだろうな!?」
「って話だったけどねぇ。大体、奇襲って、誰に奇襲されるってぇの?」
山頂からあがる煙の中には、微かではあるが、ちろちろと赤いものも混ざっていた。
……火だ!火事が起きている!?
「くそッ、お宝が燃えちまう!おいナップ、仕方ねぇ、山頂まで駆けあがるぞ!」
「へ?でも山道には警備団がいるんだけど」
「んな悠長に構ってられっか!村が全滅したら、宝も持ち逃げされちまうんだぞ!?」
「でもロウも戻ってきてないし……あ、ちょっと!」
ナップが止めても言うことを聞かず、シドは雑木林を駆け登ってゆく。
慌てて残り二人も後を追いかけた。