おうとほうかい

二話 王都崩壊!

ゴルゴル王国が炎に包まれた衝撃のテロ事件から、一週間が過ぎた。
遙か上空に位置する天空都市では、時空魔法『ゲート』による召喚の儀式が行われていた。
時空魔法とは異なる次元の扉を開く魔法であり、ファーストエンド外の世界から生き物を呼び出す。
この地の人間では解決できないような難問を、異世界人にやらせようという魂胆だ。
第三次聖戦でも使われた手段であり、あの時は高い魔力と精神力を持つ者の呼び出しに成功した。
それこそが後世にまで名を残す、賢者笹川である。
しかし……と、召喚の儀を見つめながら天空都市の王アローニは懸念を示す。
呼び出す側の次元は、一回目と同じ世界だ。
「一回目が成功したからと行って、二回目も成功するとは限らないのではないか?賢者笹川、か……奴が生きておればゴルゴルの悲劇も免れたかもやしれぬのう」
「それは無理というもの。我ら竜人族と違い、賢者殿は人間だったというではありませんか」
傍らの従者は首を振り、詠唱を続ける術師を見守る。
ひときわ詠唱が高まり、中央の魔法陣に雷が降り注ぐ。
もうもうと煙の立ちこめる中、煙にむせかえる人影が見えた。
「成功だ、成功したぞ!」と喜ぶ術者を見渡しながら、アローニは重々しく呟いた。
「皆の者、召還できたからと言って浮かれるでないぞ。まだ、この者に素質があるかどうか判らぬのだからな」
皆が黙って見守る中、魔法陣の中央に立った黒髪の若者は、はっきり女子だと判るキンキン声で騒ぎ出す。
「一体何なのさ!ここドコ?ボク帰る!出口どこ!?さっさと教えてよ!」
「お、落ちつきなさい、きみ。魔力を測定したら、すぐに元の世界へ送り返してあげますから」
魔術師の一人がなだめても、少女の怒りは収まりそうにない。
「訳わかんないよ、何その格好!怪しいったらありゃしないっ。そんなコスプレ、子供にだってウケないよ!」
取り押さえようにも腕を振り払われて、何度か同じやり取りを繰り返した挙げ句、術師もキレ気味に部下へ命じた。
「えぇいっ、いいから測定器、用意!」
途端に落雷が少女を遅い、絶叫と共に硬直する。
その間に機材は彼女の魔力数値を叩き出した。
「どうだ、測定は!魔力はあるのか、ないのか!?」
「マナ値、3%と出ました!」
「3%じゃとぅ!?な、なんという少なさ、我が国の戦士にも及ばぬ魔力の持ち主だぞ!」
アローニ王は勿論、その場にいた全魔術師を愕然とさせるに充分な低数値であった。
これでは原住民が一丸となってダークエルフ盗賊団と立ち向かったほうが、まだマシと言えよう。
「……けほっ。何なの、一体……」
コゲコゲになった少女が文句を言えば、絶望の眼差しで術師が答える。
「魔力測定器だ。君の魔力を調べる為、多少手荒だが装置を無理矢理起動した。結果、3%。君に魔力は感じられないな」
「そういうことを聞いてるんじゃないったら!ボクを誘拐して、こんな体罰までやっちゃって、何が目的なんだい!?」
「我らは長いことゲート召還術を研究していた……その結果、君の住むTOKYOが最も強い人間を召還できる世界だと知った。かつての賢者笹川も、その地から召還されたのだ」
「ハァ?ボクはねぇ、あなた達の狂った三文芝居なんかどうだっていいんだ!キチガイは警察に捕まっちゃえよ!ここは東京じゃないんだね?ボクをどうやってこんな、こんな訳わかんないトコまで連れてきたのさ!」
……どうにも会話が平行線だ。
頑として異世界に召喚された事実を認めない少女には、従者も頭を抱えて王と相談する。
「今まで召還された人物の中で、最も融通の利かないパターンを示していますな。いかがいたしましょう?」
「送り返すのだ、それしかあるまい」と王が指示した直後、魔法陣から炎が吹き上がる。
呆然と見ているうちに、魔法陣は炎に包まれ燃え尽きてしまった……
こんな事態も、これまでの時空召喚では起こり得ない珍現象だ。初めて見たと言ってもいい。
「誘拐劇の次は大道芸?どうでもいいけどね、早く家に帰らせてよ!」
「それがそうもいかなくなった。或いは、これが君の運命なのかもしれん」
「大道芸の次は占いごっこ!?いい加減にしてよね!」
半永久反抗的な態度には魔術師の一人も業を煮やし、キャンキャン騒ぐ彼女へ魔法をかけて強引に眠らせる。
やがて少女が目を覚ます頃には、部屋に残っていたのも王の従者ただ一人だけであった。
「……身代金なんか請求しても無駄だよ。ボクんち、お金持ちじゃないもの」
ぶすくれてヤケッパチになる少女に従者も苦笑する。
「誘拐ではない。我々は魔力を持つ者を探し、君の住むTOKYOからそのものを召還しようと試みた。召喚とは、別の場所へ瞬時に飛ばす魔法を指す。信じられないかもしれんが、君は召還によって、ここファーストエンドの地に飛ばされてきたのだ」
「じゃあ……ボクの知っている東京じゃないんだね?ここ」
「そうだ。随分物わかりが良くなってきたじゃないか」
実際の処、少女には未だ現状が把握できずにいたのだが、これ以上なにを言っても無駄だと悟った。
キチガイが相手だと判った今、無駄に怒らせるのは危険でもある。
「申し遅れたな。私の名はエロム。魔術師エロムだ。君の名は?」
「……ヘッポコピーのポンポコリン」
「変わった名前だな。ふむ…TOKYOの者と言っても様々な名前を持っているのか」
適当に名乗ったら真面目に受け止められて、再び唖然となる少女であった。


天空都市で一人の少女が召還された頃――
ゴルゴル王国の城下町を目指す二人組がいた。クレア姫とシドだ。
ふと、シドが足を止める。
「出てこいよ。気付かれた以上は隠れていても無駄ってもんだろ?」
ざざぁっと木々が揺れて、茂みから人相の悪い男達がバラバラと姿を現す。
「な、何者です!名を名乗りなさいっ」
姫の誰何に、男たちは下卑た笑みを浮かべた。
「グヒヒ〜名乗る名などないが、あえて言わせてもらいやしょう。ここいらを縄張りにしてる山賊団ヒューゴたぁ、おれ達のことよ!」
ぐるり一帯囲まれていて、逃げ場がない。
「おいテメェら、女は傷つけるなよ。男は見るも無惨な死に様にさらしてやろうじゃねぇか!かかれぇ〜〜いっ」
……と、山賊団が余裕を吹かせていたのも、ここまでで。
シド一人で全員を軽くぶちのめし、二人は王都の手前にある小さな村で宿を取った。
「お前は先に寝ててくれ」と断り見知らぬ女と連れ立って出ていくシドを見送った後、クレアは溜息を漏らす。
ダークエルフのテロ騒ぎで行方不明になった父は、本当に死んでしまったのだろうか?
否。
実は、まだ生きていた。
ゴルゴル城の地下牢にて、重体の身でありながら鎖に繋がれて幽閉されていた。
その側に蹲る影は爺やなのだろう。目に見えて疲労しており、身動ぎ一つしない。
二人の体には火傷の他に鞭や剣による切り傷が痛々しく残っている。
無惨なさまを、鉄格子を挟んだ向こう側からダークエルフの軍団が満足げに見つめていた。
「人間風情が西大陸で大きな顔をするから、このような目に遭うのだ……死ななかっただけでも有り難いと思え」
吐き捨てて、ダートは踵を返す。
殺さず生け捕りにしたのは、他国への牽制も兼ねている。
ゴルゴル王の命と引換えに、ロイス王国やファインド国への襲撃も考えの内にあった。
大広間では連日、お頭と子分が酒盛りしていた。
更なる暗躍を企てているのはダートぐらいなもので、他は城を制圧した時点で、人間への恨みなど、どっちらけ。
盗賊団のお頭エルクにしたって、聖魔の位置関係なんて、どうでもよいこと。
彼女が好きな物は、ほんのちょっとの贅沢、それだけなのだから。
「いや〜、しっかし王だけじゃなくて爺やまで見つけてくるたぁ、人間にしちゃー気が利くじゃないか。気に入ったよ、あんた!ダークエルフだからって、あたしらを意味もなく嫌ったりしない心意気が更にいいねぇ!」
エルクに背中をバシバシ叩かれながら一緒に酒盛りしているのは誰であろう、ホーリーではないか。
あれから実家へ帰るにも帰れず放浪しているうちに、王と爺やを見つけて、さぁ恩を売ろうと思った瞬間、ダークエルフの盗賊団に見つかったのだ。
うまい言い訳を考える暇もなく、咄嗟の判断で二人を差し出した。
「いやぁ〜お気に召していただけたようで嬉しいですぅ〜。これからもよろしくお願いします、エルクさん」
「こっちこそ!今後とも仲良くやってこうじゃないか、ホーリー」
意気投合する二人を、さも嫌そうな視線で睨みつけながらダートが吐き捨てる。
「……貴様、まだいたのか」
「あ、ダートさん。そんな辛気くさい顔してないで〜ささ、一杯どうぞ」
ダートは「いらんッ」と差し出された杯を手で払い除けると、エルクにも苦言を漏らした。
「エルク、いつまで酒盛りに興じているつもりだ?城内は占拠したのだ、次に向けて策を練らねば」
だが、エルクはヘラヘラ笑ってダートの案を退ける。
「策ぅ?いいんだよ、そんなもん練らなくても。それよりダート、あんたも飲め飲め!」
「城を占拠しただけで浮かれている場合か!ここを拠点に……んぐぅっっっ」
青筋立てて怒っても、なんのその。唇を塞がれて、強制的に酒を飲まされた。
「おぉっ、お頭十八番の必殺口移しが決まったぁ!」
やんやと手をうち大喝采する手下に混ざって、ホーリーも欲望満載な野次を飛ばす。
「おぉ〜、素晴らしい必殺技ですねぇ。僕も是非一度、授かりたいですぅ」
ごほごほ咽る相棒へ軽く笑い、エルクは持論を語った。
「かたいこと言いなさんなって。あんたが何企んでんのか知らないけど、あたしゃ大陸の覇者になる気なんざ全くねぇのよ。あたしはねぇ、ここのお宝がちょっぴり欲しかったから襲っただけなんだよ。わかる?」
ダートも口元を拭って、反論する。
「王都が落ちたと各国にも知れ渡れば、いずれ帝国の連中が攻めてくる。今回は奇襲で成功しただけだ、軍隊が来たら我々に勝ち目はないぞ」
だが、お頭ときたらケロッとしたもんで。
「そんな時ぁそうさ、逃げるのさぁ♪」
「エルク、ゴルゴルを手に入れた今がチャンスなんだ。虐げられる一生で終わるつもりか!?」
まるで状況を把握していない脳天気な彼女に、やや苛立ちながら、なおもダートは説得を試みたのだが、エルクは新入りの人間と馴れ合いを繰り広げるばかりで腰を上げようともしてくれない。
「いいよ、もう。どーせ頑張ったって、あたしらがダークエルフである限り、人間どもは迫害すんだろォ?」
「種族差別なんて酷い話ですよね、ウンウン」
「あんたは違うよね……クスン」
「えぇ、違いますともッ。僕ぁー全国全ての種族の、女の子の味方ですッ」
険悪な表情でダートは馴れ合いをぶった切った。
「迫害されるというのであれば、人間どもを服従させる力を手に入れればよい!」
途端にお頭も真面目に戻って、切り返す。
「大きく出たねぇ。あてはあるのかい?」
「ある。ゴルゴル王から奪ったこの秘石……使い道を誤りさえしなければ、我々の大きな切り札となるはずだ」
ダートの掌で光るのは、黒い水晶石だ。
あれこそはホーリーが父に聞かされたゴルゴル王家の秘宝『魔眼石』に違いあるまい。
城が落ちた時か、或いは王が捕虜と化した時に、分捕られたと考えるのは想像に容易い。
魔眼石は使用主の魔力を大幅に上昇させる。
魔力の高い種族に使われたら、先の爆弾騒ぎよりも酷い被害が出るだろう。


そしてホーリーの予想通り、後日、ダートは炎の魔法を増幅させる。
ゴルゴル城奪回という名目で、ザイナロック帝国から派遣された軍隊が押し寄せてきた時に。
王国入りを望むクレアが宿の窓から見たのは、煌々と燃え上がる城の最後であった。
「外には出るなよ。ザイナロックとダークエルフがやり合っているんだ、巻き込まれたら一巻の終わりだ」
扉へ手をかけたクレアを制したのはシドだが、彼女は毅然とした態度で言い返す。
「あなたが約束を守ってくださらないとしても、私はお父様を助けに行きます!」
「待てよ、おい!」
止める手も一歩遅く姫は燃え上がる城下町を目指して走っていき、仕方なくシドも追いかける。
――紅蓮の炎に包まれる王都。
ダートの高笑いが響く中、次々と炎に飲まれる帝国軍兵士達。
建物が次々崩れてゆく。
その中を、ひたすら逃げまどう群衆の中に、エルクや盗賊団の子分、そしてホーリーの姿もあった。
「ったく、やりすぎなんだよ!あの魔眼石ってやつぁとんでもないねッ、ダートの魔力をあそこまで増加するだなんてさ」
「んな暢気に構えてる場合じゃないですよぅっ!こっちも火の手に包まれてますよ、やっぱり戻った方がいいんじゃあっ」
エルクの隣を疾走しながら、騒いでいるのはホーリーだ。
せっかく三食屋根付き昼寝付きな居場所を確保したってのに、焼け出されたんじゃたまったもんじゃない。
「馬鹿だね、イッちゃってるダートの側にいてごらんよ、あたしらまで消されかねないよ?ここは一時退散して、ダートのやつが落ちつくのをどっかの森で待つんだ!」
持つもの持たず、着の身着のままな脱走だ。
当然、捕まえたゴルゴル王や爺やも燃え盛る城へ置いてきた。
大惨事の頭上をドラゴンが一匹、くるりと旋回する。
その背に乗っているのは誰であろう、竜人兵の手を借りて天空都市を抜け出した黒髪の異世界人――新城 旭だ。
「……ひどい……ねぇ、助けてあげられないの?」
こうも火事が広範囲になってしまっては、人間より強大な力を持つ竜人族と言えど、どうにもならない。
「無理だよぅ。それより追っ手がこわい、早く逃げようよぅ、遠くへ」
ドラゴンはもう一度旋回すると、遠くへ飛び去っていった。


To Be Countinued!