西大陸ザイナ地方にあるロイス王国。
誇り高き騎士の国と呼ばれる、歴史ある大国だ。
物語は、ロイス王国にある由緒正しき貴族エンジェル家の朝から始まる。
「起きなさい、ホーリー!」
何度目かの揺さぶりで、ホーリーは目を覚ます。
自分を覗き込む母親と目があい、ねぼけ眼をこすりながら身を起こした。
「ほにゃ〜……あ、おはようございます、お母様」
「もう九時ですよ、ホーリー。早く着替えて顔を洗いなさい。今日はあなたに大事なお話があります」
眉間に皺を寄せての説教にも、ホーリーが動じた様子はなく。
「いやだなぁ、お母様。朝っぱらからご機嫌ななめですねぇ。そんな怒ってばかりですと、小じわが増えちゃいますよ?」
眉間の皺を増やさせるような寝言を放ち、余計に母親を苛つかせたのであった。
「いいから早くなさい!」
「は〜い」
もたもたと着替えて、寝癖も手で撫でつけて、それなりに身だしなみを整える。
おざなりに水で顔をちゃぱちゃぱした後は、父の待つ食堂へ歩いていった。
後ろ手に扉を締めた母が本題を切り出す。
「今日で、お前は十六歳になりましたね」
「そうなんですよ〜。で、お母様。誕生日のプレゼントはどこですか?」
ほがらかに笑う息子の戯言を、まるっと無視して母の顔が険しくなる。
「……だのに、お前ときたら騎士の誇りも学ばず、近所の女の子を追いかけてばかりで」
ほぇ?と、とぼけるホーリーに、ぴしゃりとお説教。
「まさか騎士の三原則を忘れてしまったのではありませんか?」
ぽりぽりと頭をかいて、ホーリーはごまかす。
「騎士の三原則……難しい話は苦手ですぅ〜♪」
騎士の三原則は、貴族の家系に生まれた者であれば誰もが知っている。
主君への忠誠、そして名誉と礼節の三つを重んじる。
幼い頃より繰り返し繰り返し教わった覚えではあるのだが、十六の誕生日を迎える頃までには、すぽーんと脳裏から抜けておちてしまったホーリーであった。
あまりにもあまりな息子の返事に、母親は目頭を押さえた。
「あぁ、嘆かわしいッ……!このままでは、ご先祖様に申し訳がたちません」
「そうですか?でも、たまには長い家系、こんな奴が一人ぐらいいても」
説教しても反省の色がないのでは、母親の怒りもヒートアップだ。
「いけません!ホーリー、ほにゃらかとしていますが、私が怒っているのは、お前自身のことなのですよ?」
「わかりました。次回からは、お母様のお尻も追いかけるように致します」
「そういうことを言っているのではありません!」
埒のあかない会話に割り込んできたのは、ずっと沈黙を貫いていた父だ。
「ホーリーよ。私はそなたに聖騎士として民衆を導く男となるよう、ホーリーという名を授けた……けして街のナンパ師と噂される男にする為ではないぞ」
「んー……」と、顎に指を当てて、しばし天井を見上げた後。
やはり、しまりのない笑顔でホーリーが言う。
「でも名前の通り育っちゃったら、子育ての面白みがないと思いません?」
「育てられる当の子供が、そのような心配をせずともよい。むしろ私は、そなたの将来が心配だ。ときにホーリー、そなたは主を見つけたのか?」
現在の国王はディーク=アリテア=ロイスだが、彼を主君と仰ぐのは城仕えの者だけだ。
城直属ではない巷の一般騎士は、城とは無関係に、ただ一人のあるじ――主君を見つけ、その者だけに忠義を捧げる。
「ご主人様ですか?うーん……これといって、いい美女がいないんで」
ぽつりと呟く息子に、再度、父が尋ねる。
「主は女子がいいと申すのか」
「えぇ、やっぱり仕えるなら、おいしい場面がないとつまんないですしね」
などと下心満載で答えられては、父の眉間にも青筋が走るというものだ。
「たわけ!あるじに欲情する騎士があるかッ」
しかし暖簾に腕押し、ホーリーに恫喝が効いた様子はない。
「お父様、あるじと結婚したお父様がおっしゃられても説得力ってものがありませんよ」
「おだまりなさい!ロイス王国きっての騎士であるからこそ、私はグリーデン様と結婚したのですよッ」
母親にも怒鳴られ「あらら、お母様が怒ることないのに」と、ちょっとばかり腰が引けた息子を一瞥し、グリーデンは締めに入る。
「とにかく。ホーリー、あるじを見つけることはこの国の成人騎士の習わし。いつまでも自由騎士などと申してはおられぬぞ。この街におらぬのであれば、旅をして似合いのあるじを探す他あるまい。十六を迎えた今、そなたを成人男子として扱う」
誕生日と同時に旅立ちを促されていると知って、初めてホーリーの顔に焦りが浮かんだ。
嫌だ。
自分はまだ、主君を探すよりも、やりたいことがいっぱいある。例えば近所に住む全ての女性のナンパとか。
なにより職務も決まっていない状態で三食昼寝つきの生活を失うのは、最も痛手だ。
「え?しかし十六歳は、まだ未成年」
「だが、契りを結ぶことはできる。さぁ行け、我が息子ホーリーよ!そなたのあるじがどこかで待っておるぞ!」
文句は途中で遮ぎられ、誕生日を祝って貰うことなく、ホーリーは旅立ちを余儀なくされた。
早い話、穀潰しは出ていけと追い出されたのであった。
ホーリーが、あてのない放浪へ出た数日後……
ロイス王国の南に位置するゴルゴル王国では、建国十周年を祝う祭りが行われていた。
その王城では、民衆を階下に眺めて溜息をつく少女の姿があった。
「姫様、いかがなさいました?」と、お伺いを立てる爺やへ向き直ると、クレア姫は物憂げな表情で答える。
「爺や……いいえ、なんでもありません。ごめんなさい、せっかくのお祭りだというのにこんな顔を見せてしまって」
いいえと首を振った爺やに浮かない理由を尋ねられて、改めて姫は本音を漏らした。
「建国祭……本当なら、国民と共に喜びあわねばならない祝いの日だというのに、憂鬱なのです。街を闊歩している黒い闇の一族が気になってしまうのです。このような私は心が狭いのでしょうか」
もう一度、いいえと首を振り、爺やは優しく慰める。
「確かに、あの黒い魔物は何を考えておるのやら得体が知れませんな。しかし今日はめでたい祭りの日、いかな奴らとて、このような日に騒ぎを起こすほど愚かでもありますまい」
黒い闇の一族とは、ダークエルフを指す。
かつて、この地で起きた大戦の生き残りであり、魔族に味方した点を置いても他種族、特に人間からは忌み嫌われている。
彼らは森や魔導大国のみならず冒険者や盗賊団、強盗にも身を紛れさせており、至る場所で姿を見かけた。
そうした不穏な種族を街中で見かけたのでは、姫が不安になるのも致し方なしと言えよう。
「私のこの不安が杞憂であればよいのですが……ときに、爺や。お父様は?」
「民と共に外で祭りを祝いに行かれあそばされました。さぁ、姫様。ご一緒致しましょう」
「そうですね……では参りましょうか、民の元へ」
クレア=ニーハット=ゴルゴル。王位第一継承者である彼女は、今年で十四歳になったばかりだ。
まだ幼さの残る愛らしい容姿と、歳に似合わぬ利発さで国民からも愛されている王女。
しかし如何に利発な彼女といえど、これから母国に起こる出来事までは予想できなかったであろう。
ゴルゴルの民が建国祭を祝う様を、遠く離れた岩砦から望遠鏡で覗いている者がいる。
彼らこそ近辺の民が怖れる、ダークエルフの盗賊団であった。
「お頭、人間どもは何も知らんと陽気に浮かれまくってますぜ。ヒヒ、お頭が仕掛けまくった爆弾にも気付かずにさ」
望遠鏡から目を離し、下っ端の一人が下卑た笑いを浮かべる。
「あの爆弾は俺の作った高性能迷彩仕様爆弾だ。人間どもに見つけられるものか」
ぼそっと呟く傍らの男に盗賊団のお頭、エルクが念を押す。
「迷彩仕様はいいけどさ、ダート。ありゃホントに爆発するんだろうねぇ?この遠隔操作りもこんって奴でさ」
ダートと呼ばれた男は、じろりとエルクを睨んだ。
「遥か東の機械都市より持ち帰った技術が信用できないと?」
「……いや、信用してるよ。あんたの腕前は。けどさ、一度も試したことがないってのが不安でね」
肩を竦めるお頭に、男も溜息でお返しする。
「不発弾であったなら、また方法を変えてやればいいだろう。仕掛ける日時が先送りになるだけだ」
そうだねとエルクも頷き、手元のリモコンなる装置に目をやった。
「じゃあ、王のやつが演説に入った時にドカンといっちょ試してやろうじゃないか」
周りの子分らも「がってんでさァ、お頭!」と盛り上がる。
――そんな陰謀が張り巡らされていようとは、ここ数日でゴルゴル王国へ到着したホーリーが知る由もない。
ロイス王国を旅立った彼は、早くも近場のゴルゴル王国へ寄り道していた。
「いやぁ〜、なんだか楽しい時期についてしまったみたいですねぇ♪」
どこを見渡しても賑やかな音楽と踊り子、はしゃぐ子供たちで溢れかえり、道に並ぶ屋台は美味しそうな匂いを漂わせていた。
「お兄さん、旅の人?よかったらアタイの踊りを見ていきなよ!」
「うは〜っ ムチムチですぅー」
たくさんのナイスバティな踊り子に囲まれて、ご満悦。
白い鎧がピカリと陽に輝き、その光が城下町へ降りていたクレア姫の目にとまる。
「あれは……?爺や、あれは聖騎士様ではなくて?」
「……はて?」と遠目にホーリーを見つけて、爺やは首を傾げた。
「確かに白い鎧でありますが、しかし私の記憶によりますと、さて、あのように軽薄な聖騎士がおりましたかどうか」
「軽薄?どこが軽薄だというのです!ああ……金髪碧眼……白き鎧に身を固めた騎士様ですわ!」
言うが早いか、早足に騎士の元へ歩いてゆく。
古き良き英雄伝承で育ってきたクレアは、ロイス王国の騎士に憧れを持つ夢多き少女でもあった。
「し、しかし姫!踊り子に囲まれて、お尻や胸を触っておりますぞ。あのような者が神に誓いを立てているとは思えませぬが!?」
爺やは慌てて姫の後を追いかけながら、なおも自分の記憶にある騎士像と照らし合わせる。
「よいのです、神に誓いを立てずとも」
すっかり眩い鎧に目を奪われた姫は、うわ言のように呟いた。
「なんと、これは姫様のお言葉とも思えませぬ。じいの聞き違いでございましょうか」
「ああ……素敵なお方。爺や、そこで待っていてくださいな。私、あのお方に、お名前を聞いて参りますわ」
「い、いけませぬっ!姫様お待ちをっ!」と追いかける爺やは人混みに邪魔されて、姫との距離を離される。
その間に早足が駆け足になり、クレアは踊り子に囲まれた騎士の元へ辿り着いた。
「あら。ご機嫌麗しゅう、姫様」と会釈する踊り子へ微笑みかける。
「えぇ、とても楽しいですわ。今日は運命の出会いもありましたし」
「運命の出会い?そりゃーよかったですねぇ♪」と調子を併せてくるホーリーへ軽くスカートを摘んで挨拶する。
「あなたとの出会いですわ、騎士様」
クレアが、そう答えた直後だった。ゴルゴル王の演説が始まったのは。
「聞くがよい、我が最愛の国民よ!」
「あっ、お父様の演説が始まりますわ」
はしゃぐ姫の傍らで、ホーリーも王様へ目を向ける。
ゴルゴル王は商人あがりだと、もっぱらの噂だ。
それにしては威厳のある風格で、彼が統治しているのであればゴルゴルが国として栄えたのも納得いく。
王の演説が続く中、姫がホーリーへ囁いた。
「騎士様はどうして、本日こちらにおいで下さったのですか?」
「いやぁ、実は僕、あるじ探しの途中なんですよ〜。ふらりと立ち寄ったら今日ここは建国祭だというじゃありませんか」
「あるじ探し?」
小首を傾げるクレアに、ホーリーは軽く身を掲げて会釈する。
「あ、申し遅れました。僕の名はホーリー=C=エンジェル、ここより北上に位置するロイス王国より参りました」
ロイス出身だと聞いて、姫の瞳は一層の輝きを増す。
「それでですね、十六歳になった祝いとして修行を兼ねた旅に出た自由騎士なのですよー僕は。自由騎士とは主君のいない騎士を指しておりまして、早い話、僕は今の時点ではフリーの傭兵と変わりがありません。あるじを見つけることによって、僕自身もパワーアップする!というわけです〜」
えらく砕けた説明ではあったが、姫には通じたようだ。
クレアはパン!と手を打ち、にっこり微笑む。
「まぁっ、素敵!ホーリー様のあるじ様が早く見つかるといいですわね」
「はい、旅は長いですが頑張ります〜。ところでまだ、あなたのお名前を聞いておりませんでしたネ」
踊り子が姫と呼ぶぐらいだから、彼女が、この国の王女クレア=ニーハット=ゴルゴルであるのは間違いなきことだが、ホーリーは一応尋ねておく。
それに対して姫が名乗りを上げるよりも早く。
ちゅどーんっ!!
と、大爆発が巻き起こる。王の立っていた演説台の付近で。
たちまち広場は大騒ぎ、ふきあげられた粉塵や砂埃で辺り一帯の視界も遮られる。
「わぁ、何なんですか〜!?」と慌てるホーリーの横では、クレア姫も「お父様!」と顔色をなくす。
執事と思わしき老人が彼女の手を取り「危のうございます、姫様ッ!」と避難を促しても、その手を振り払い「でも、お父様が!」とクレアの視線は演説台のあった場所へ向けられっぱなしだ。
演説台の爆発をきっかけに、次々と街のあちこちから爆発音が聞こえてくる。
瞬きの間に祭りの場は悲鳴と怒号、そして炎に包まれた。
逃げ惑う群衆に巻き込まれて、ホーリーもクレア姫の姿を見失う。
あわよくば己のあるじになってもらおうと企んでいたのだが、こうなってはご破算だ。
あっさり姫捜索を諦めると、ホーリーはゴルゴル王国から逃げ去った。
一方、人の流れの中で爺やとも逸れたクレアは、見知らぬ男に手を引かれて遠くの河原まで逃げ延びていた。
息を切らせて、へたりこむ姫の頭上に容赦ない声がかかる。
「だらしねぇな、姫様ってのは。運動不足なんじゃねぇのか」
ここまで誘導してくれたのは目つきが悪い三白眼の男で、頭にはバンダナを巻いている。
クレアが姫と判っていての救助だったようだが、それにしては態度がなっちゃいない。
「そ、そうですわね。私、今度からは毎日運動することに致します」
ぜぇはぁ整わない息を切らせながらも律儀に返事する姫を見下ろして、男が呟く。
「軽口に、いちいちつきあわなくてもいいんだが」
「軽口?」と首を傾げる彼女を促した。
「まァいい。お姫様よ、あんたは俺と一緒にアジトに戻ってもらう」
「でも、爺やとお父様を捜さなくては」
燃え上がる城下町を見つめるクレアに、男はパタパタと手を振った。
「今からまた、あの街に戻るつもりか?やめとけ、せっかく助かった命を取られッちまうぞ……ダークエルフにな。あの爆破騒ぎ、やり口からして恐らくはダークエルフどもの仕業だろ。となれば今頃、王城は奴らの手の中だ」
やたら裏事情に詳しい。
だが父の安否を気にする姫は、そこまで突っ込みの頭が回らず。
「そ、そんな……お父様っ!」
走り出そうとした直後、スカートの裾を踏まれて思いっきりすっ転ぶ。
「ぶ、無礼者っ!すそを踏んではなりませんわッ」
怒る姫様に再度、男も眉間に皺を寄せての反論だ。
「だから戻るなッつってんだよ。てめぇは俺と一緒に俺のアジトに来てもらう。たっぷり調教してやるから楽しみにしてな」
「調教?」
再び意味のわからない言葉で唖然とするクレアに顔を寄せて、男はニヤリと笑った。
「肉奴隷として、ちょうどいい穴具合に仕込んでやるッつってんだ」
肉奴隷……
そこはかとなくゲテモノ料理の雰囲気を感じる言葉だ。
真っ白なお皿の上に乗せられてソースを掛けられる自分の姿焼きを想像して、クレアはブルっと身体を震わせる。
「食べられるのはごめんですわ、えいっ!」
服の裾を男の足から引っ張り出し、再び走り出そうとする。
だが「おい待て!」と呼び止められた瞬間、素直に立ち止まるもんだから、男と正面衝突した。
「あ……あのなぁ!逃げるなら逃げろよ!」
「いたた……でも、待てとおっしゃったではありませんか」
お互い訳のわからない会話を交わした後、改めて男は姫を見下ろした。
ゴルゴルの王女は滅多に下々の街へ降りてこないと聞いていたが、ここまで世間知らずの箱入り娘だとも思っていなかった。
この分じゃアジトへ連れ帰ったとして、性奴隷になるかどうかは怪しいものがある。
苦労して調教するぐらいなら、ダークエルフへ高値で売りつけたほうが儲かるのではないか。
迷ったのも数秒で、すぐに男は考えをまとめた。
「……よし。とりあえず奴隷は保留だ、適当な街に入って腹ごしらえといこうぜ」
ぽかんとする姫を笑顔で促す。
「お父様と爺やってのを探すんだろ。手伝うぜ」
「本当ですか!?ああ……神様、世の中に悪人など一人もいないのですねッ」
ついさっきまで街は大爆発の大混乱、さらには調教発言を聞いた上での、この結論。
姫様はマジで天然ボケ百パーセントな箱入り少女だった。
「おいおい……」と呆れ顔で突っ込みつつ、奴隷商人のシドは王女の手を引っ張りながら河原を歩き去った。
To Be Countinued!