絶対天使と死神の話

異形の者達編 01.果たされた約束

森林遠征は、ただの演習に終わらず、彼らに多くの知識をもたらした。
一番の収穫は森林地帯にあった街ローゲルリウナの存在だ。
それだけに留まらず、魔族の痕跡や新たな怪物、そして土産も山程もらって帰ってきた。
そして、スクールが休日の今日。
原田は砂風呂と書かれた看板の下で、ジャンギの到着を今か今かと待ち続けていた。
水木と小島には『死神の家へ行く』と言ってある。
嘘をつくのは心苦しかったのだが、ジャンギの家へ出かけるなどと言おうもんなら絶対ついてくるに決まっている。
英雄には、誰にも言うなと口止めされている。
言うわけにはいかなかった。
幸い、口裏併せには神坐達も協力してくれて、今頃は二人を上手くだまくらかしていると思いたい。
「原田くん、おまたせ」
ポンと肩を叩かれて、物思いに沈んでいた原田は我に返る。
目の前で微笑むジャンギを見上げて、微笑み返した。
「あ……いえ、それほどには待っていません」
「約束通り一人で来てくれたんだね」と声を潜める彼に手を引かれて、店の裏口へと回った。
「え、あの……?ジャンギさんの家へ行くんじゃ」
「いや、家はまずい」と答えて、ジャンギは眉をひそめる。
「大丈夫だよ。ずっと前から予約してあったんだ、個室をね」
本来、砂風呂は十八禁施設。
だが予約さえしておけば誰を連れ込もうと自由、店長も目をつぶってくれるそうな。
ましてや相手は街の英雄だ。店長もとやかく言えまい。
ジャンギが英雄特権を使う事実に原田は驚いたのだが、家は無理だとする理由も薄々判る。
なんせ彼は自分以上に取り巻きが多い。特に同世代の取り巻きが。
今日だって心なし息が乱れているし、ここへ辿り着くまでに多くの人間を撒いてきたのだろう。
原田は大人しくジャンギに手を引かれて、裏口から中へ入った。

砂風呂とは、砂を一面に敷き詰めた空間であった。
一歩足を踏み入れてみたら、ずぶずぶっと腰まで沈み込んで、原田は泡を食う。
「うわ、沈むっ!」と掴んだ手がジャンギにしがみつき、彼には少しばかり笑われた。
「うん。底は深いからね、転ばないよう気をつけて」
底に足がつき、ほっとした原田は視線に気づく。
見ればジャンギも無言で此方を見つめていて、ふと会話が途切れた。
室内は、じわじわと暖かさを増してきて、些か蒸し暑くもある。
掴んだ腕を解かれて、胸元に差し込まれた腕の動きを見た。
顎を持ち上げられる。
顔が近い。
「……っ」
唇を塞がれて、びくっと体が震えた。
腕を優しく撫でていた手が次第に下へと降りていき、もう片方の手でシャツを脱がされる感覚に原田は身を任せる。
「約束したよね、君が修行を終えたら……って」
ジャンギの声が耳をくすぐり、じっとりと汗を滲ませた首筋を舌が這う。
胸元まで砂に沈み込みながら、夢うつつに原田は考えた。
約束とは何であったのかを。
そうだ、輝ける魂の能力を使いこなせる修業をする前――
二人っきりでベッドの上で他愛ない戯れを過ごした後、腕が治ったら続きをしようと言われたのだ。
最早はるか昔のように感じるのだが、月日で数えるなら、それほど過去でもない。
あぁ、それにしても原田の全身をまさぐる手の動きが優しくて、それでいて肝心な場所には触れてくれずで物足りない。
「んぅん……」
小さく身じろぎした原田を覗き込み、ジャンギが甘く囁く。
「原田くんは、どこが気持ちいいのかな。気持ちよかったら、いってね」
それまで太腿を撫でていた手が、細く開いたズボンの隙間へ入り込む。
布越しに触れた瞬間、原田は「はぁぅっ!」と叫んで身を仰け反らせた。
ジャンギとの行為を妄想するたびに、自分で触っていた場所だ。
指で突かれるだけでも感じてしまうのは、首筋にジャンギの熱い息がかかっているせいだ。
「感じやすいんだね、原田くんは」
くすっと笑われたような気がして、でも正面切って顔を見る勇気がない。
「……ずっと、夢見ていたんだ」
ジャンギは小声で囁きながら、身を固くする原田の下着を片手でゆっくり下げていく。
すべすべした尻に手が触れて、またも原田が小さく身じろぎする。
「あ、ごめん。冷たかったかな」
「いえ……温かいです、ジャンギさんの手」と呟いた原田の両目は潤んでおり、いつも以上に愛らしさを増していた。
気づかれないよう小さく唾を飲み込み、ジャンギは自分のズボンを下に降ろす。
今や全身に汗をかくほど蒸し暑い。しっかり抱き寄せると、腕の中の動揺が伝わってくる。
「……原田くん」
抱きしめる力は強く、されど手は原田の乳首を転がしてきて、「ふぅっ」と感じながらも、原田は上目遣いにジャンギを見上げる。
顎を伝うのは汗、唇は僅かに開かれていたけれど、瞳に浮かぶのは微かな緊張か。
自分より遥かに大人であるはずの彼が、まさか緊張しているとは思わず、驚く原田の耳に自嘲を含んだ囁きが忍び込む。
「しばらく触れ合っていなかったせいかな、こんなに自分が臆病になっていると思わなかった」
何を言われたのか理解できず、原田はきょとんとなる。
「ジャンギ、さん……?」
その唇をもう一度吸われ、身を預けるうちにジャンギの上へ座らせられた。
太腿の内側を砂がなぞり、さらさらした感触と手の動きが相成って、原田は無我夢中で尻をなすりつける。
「もう一度言おう。俺は、君が好きだ。君さえよければ、恋人になってほしい。いや……君の恋人の一人に俺を加えてくれないか」
今度こそ何を言われているのかが、はっきり伝わり「えっ!?」となって真上を見た原田の眼にジャンギの笑顔が映る。
先程までの緊張は消え失せ、自信に満ち溢れた、いつもの笑顔だ。
いつもと違うのは、その笑顔が自分一人に注がれている点。
思いがけず、じわっと迫り上がってきた喜びに、返事より先に嗚咽が出た。
「……っ、はい、俺も……あなたが好きです、ジャンギさん……お、俺の恋人に……なって、ください」
「ありがとう」の返事を最後に、これまで優しく触るだけだったジャンギの手の動きが変わる。
尻の穴へ指が深く潜り込み、中をかき回されて、動きの激しさに原田の喉を引きつった喘ぎが飛び出す。
「あ、やっ、ふ、ぅっ」
言葉にならない声をあげながら、ジャンギの腕にしがみついた。
少しでも身を動かせば、尖りきった乳首を砂のざらつきが刺激してきて、それも気持ちいい。
尻を高く持ち上げられて、ひくついた穴に熱いものが押し当てられる。
つん、つん、と穴の周りを先端でなぞられて、知らず、原田は淡い吐息を漏らす。
早く、早く挿れてほしい。我慢できず、ひくひく震えている穴を自分でも感じる。
「原田くん、どうか忘れないでほしい」
ぽつりと呟くジャンギの声が、どこか遠くで聴こえた。
「俺と……こうして肌を重ねた日を」
肌に触れる先端の感触が離れた――と思ったのも、一瞬で。
流れる砂のように、すっと穴の奥へ熱いものが入ってきた。
ひゅぅっと声にならない息を吐き出す原田の首筋にジャンギは口づける。
原田の中は予想以上に狭く、だが肉は柔らかくジャンギを受け入れて、包み込む。
きついのではない。
動こうとするだけで、魂まで持っていかれそうな快感に襲われた。
肉と肉がこすれあう感触は、久しく忘れていたものだ。
恋愛を諦めたのは、いつだったか。
幼い頃より片想いを寄せていたミストが、自分に脈ナシだと見切りをつけて諦めた時?
それとも、相思相愛だと信じて疑わなかった恋人のレナが突然消息を絶った時?
以来、誰に誘われても頑として断ってきたのは、二度と誰も好きにならないと心に決めたからだ。
なのに成長した原田とスクールで出会い、決意は一瞬にして崩壊してしまった。
この子が欲しい。
俺一人のものにしたい。
そんな欲望が心の奥から突き上げてきて、どうにもならない焦燥に駆られた。
惨めに敗北して腕を片方失って命からがら逃げ帰ってきたような男に、愛を囁く権利はあるのか。
だがジャンギの内面を占めていた惨めな感情も、輝ける魂の前では塵の如し存在でしかなかった。
失われた片腕どころか長年貯め込んでいた負の感情までも、原田は取り除いてくれた。
そこまで考えて、ジャンギは緩く頭を振る。
そうじゃない。
己の感情を払拭したのは、原田が輝ける魂だったからじゃない。
原田への愛が、己の心にたまった鬱積を吹き飛ばしたのだ。
腕の中で何度も、原田が全身を震わせる。
息は乱れ、顎を幾筋もの涎が流れ落ちて、砂の海と混ざりあう。
肌に貼りついた砂が肌をこすって、新たな快楽を互いの身体へ刻み込む。
このまま、ずっと繋がっていたい。
けれど夢の時間は、いつか終わりを告げるものだ。
ゆっくりだった動きが次第に早くなっていき、原田の息も荒くなる。
「あ、あっ、ジャンギさんっ」
呟いた拍子に原田の両目からは熱い涙がふきこぼれ、ぎゅっと両の瞼を塞いだ直後――それは来た。

脳髄まで真っ白に染まる感覚。

そうだ、これは気持ちよさが最大まで来た時の感触だ。
脳の何処かで自覚しながら、原田は、ふぅっと意識を手放した。

火照った身体に風が心地よい。
店を出て、改めて原田は実感する。
もしかしたら両想いなのではと感じていた関係が、今日やっと現実になったのだと。
「原田くん。今日は俺のわがままにつきあってくれて、ありがとう」
ジャンギの手が頬に触れる。
「ここで別れるのは名残惜しいけれど、ね……また明日」
頬をつたい首筋をなぞって肩に置かれた手をじっと見つめて、原田も頷いた。
「……はい。また明日、スクールで」
歩き去っていく背中が地平線に隠れるまで見送ってから、踵を返す。
家へ帰る道すがら、またしても喜びが胸の内まで浸透してきた。
やった。
やった、ついにジャンギさんと恋人になったんだ。
そればかりか未成年お断りな禁断の砂風呂で、あんなことやこんなことまでしちゃったんだと思うと、頬が自然と熱くなってくる。
これっきりではあるまい。
恋人になった以上、たまには二人っきりでのデートなんてのもアリだ。
ただ、ジャンギは街の英雄ゆえに、大っぴらでとはいくまい。
どんなふうに誘うべきか、それとも誘ってくれるのを待つのが醍醐味か?
いろんな状況を妄想しながら、浮かれ気分で知らず鼻歌がこぼれてしまう原田であった……


原田がジャンギとの初エッチで浮かれている頃、死神宅では真剣な話し合いが行われていた。
無論、水木と小島を解放してからの討論である。
彼らに打ち明けるには時期尚早な内容だと判断した。
「だからよ、魔力が集中している場所は判ってんだ。サークライト近辺を虱潰しに探すっきゃねぇだろ」
現地調査を推し進める神坐に対し、風は首を真横に振る。
「闇雲に探し回ったとして尻尾を掴ませるような相手ではあるまい。具体的な捜索案を出せ」
「向こうにゃ魔力を探知する機械があるんだろ?」と、神坐。
「そいつで一番集まっている場所を突き止めて、俺達だけで行きゃいいじゃねぇか」
魔族を見つけた後の対処は倒すしかないが、三人で何処まで倒せるかが問題だ。
それに三人だけでの探索を、サークライとの住民が認めてくれるかどうかも怪しい。
地元の住民を手懐けるには、話の判る人物をつれていくのが好ましい。
つまりはフォルテだ。こちらに懐疑心満々な彼女を、どうにかして口説き落とさねばなるまい。
彼女を説得するにも、彼女の最も信頼する人物、それも目上の人間が好ましい。
風がフォルテの深層を読み取った結果、一番距離の近い教官は意外な人物であった。
「月狼……って、森林遠征についてきた忍者モドキか?あいつを慕っているってのかよ、あの女」
驚く神坐へ頷き、風は今しがた見たばかりのフォルテの心理を伝える。
「そうだ。以前、彼女がヤフトクゥスと衝突した際に月狼が庇う事態があった」
それ以降フォルテの深層には月狼の姿が溢れかえり、どうなったのかと言うと。
彼女は月狼に恋をしている。それも、相当ロマンティックな幻惑に満ちた片想いだ。
「は~。あんな覆面でろくにツラも判んねぇような野郎に惚れるのかねぇ」
腕組みで驚く神坐の頭を指で突っつき、大五郎がからかいに回る。
「なぁにを判ったような顔して言っとるんじゃいっ。突き飛ばされたのを助けられたんだろ?惚れるに相応しいきっかけじゃねぇか」
そんなもんかねぇと神坐は内心首をひねる。
確かに恋心が理解できるかと問われたら、自分は何も判っていないほうだと思う。
誰かを愛したことなど生まれて一度もないし、誰かに告白されても心が動いた試しもない。
だが、それでも他人の恋愛を見て共感でほっこりした記憶はあるんだから、全く判っていないとも言い難い。
現に今だって――
ぎゅっと胸のあたりを掴んだ神坐へ目をやり、風は首を傾げる。
「どうした」
「……いや、なんでもねぇ」
神坐の些細な変動も気になるが、今は、それよりもフォルテの説得を急ぐ必要がある。
「月狼か。しかし、あれを説得するのも俺らじゃ難しいぞ」と考え込む大五郎を背に、次は月狼の心を探る。
あれはジャンギの後輩だ。
なら、憧れもジャンギに一点集中するのではないか。
といった風の予想を覆す人物像が月狼の深層に浮かび上がり、風の片眉が跳ね上がる。
まさか、あの男に信奉者がいたとは。意外だ。
だが、あの男なら動かすのは簡単だ。
あの男とアーステイラとのやり取りを振り返っても、確信がある。
風と大五郎が最終作戦を立てる間も、神坐は一人大人しかった。
彼は彼で己の胸に引っかかった不可思議な感情のせいで、頭がいっぱいになっていたのだ。
水木と小島の足止めを原田に頼まれたと風が言うもんだから、今朝は三人がかりで二人の足止めを買ったのだが、何故この二人を足止めしなければいけないのかの理由を風に問いても全く教えてもらえず、だから神坐はこっそり千里眼で原田の行動を探ってみた。
そして全てを知った時、納得すると同時に胸の奥にチリチリした感情が芽生えて、驚いて見るのをやめてしまった。
この感情は何なのだろう。何故、こんな痛みが発生しなければいけないのか。
風や大五郎は知っているかもしれない。
そう思ったものの、言い出せないまま、神坐は自分でも不可解な感情を心の底へ封じ込めた。
2026/03/01 UP