絶対天使と死神の話

過去と未来編 10.森の中で


東:ワーグチーム

東に進路を取ったワーグのチームも、何体かの怪物を退けながら歩みを進めていた。
護衛の四人は今回が初のパーティーだろうに、先ほどの戦闘では実に息のあったコンビネーションを見せられた。
特にワーグの目を釘付けにしたのは、やはりというか当然というか盾役であるソウルズの動きだ。
突如頭上から降ってきて、羽根の生えた裸の女が振りかざしてきた爪を、仲間が斬りやすいよう盾で受け流す。
続けて背後からの魔法を盾で受け止めたかと思いきや、今度は左右同時で飛び込んできた炎の塊を剣の風圧で一気に二つともかき消した。
一連の動きが流れるように決まり、まるで最初から敵の奇襲を読んでいたかのようであった。
実際には敵の姿が見えてから、それぞれの対抗策を練ったのだと本人に言われ、尊敬の高まりが止まらない。
状況に併せて、防御と牽制を出来るようになるのが片手剣の理想である。
ワーグの目に映るのはソウルズばかりで、裸の女を大剣で叩き潰した焔や、背後の少女を大鎌の一撃で葬り去った風などは視界の隅にも入っていない。
「いや……これ、なんなの……?」
完全に戦意を失った表情でレーチェが指差すのは、大剣で一撃のもとにペチャンコにされた裸の女だ。
女の身体は長い毛で覆われていて、しかも背中に羽根が生えている。
怪物なのは確かだが、こんな姿の怪物は初めて見たし、ウィンフィルド教官の座学でも習っていない。
「羽根女だ。ハーピィ、と呼ぶ奴もいるが」
そっけなく答えると焔は大剣を一振りして、こびりついた肉片や血を振い落す。
「どぉ?よく見たら、お猿さんみたいで可愛いでしょう?でも、人間を食べちゃう怪物だから油断しないでね☆もし齧りつかれたら、骨までしゃぶられちゃうわよぉ」
絨毯の如く真っ平らのペチャンコになった羽根女は、どう頑張って見ても可愛くない。
猿とは愛玩用動物屋で売られている、いわゆる富豪御用達のペットだが、共通点は長い毛が生えている点だけだ。
羽根女の半開きの口には鋭い歯が光っていたし、ぶっ叩かれた衝撃で飛び出た眼球の瞳孔は細くて怖い上、白目の部分が黄土色に濁っている。
ファルの感性に首を傾げつつも、レーチェは死体から目を逸らして頷いた。
「か、齧りつかれる前に盾役が防いでくれます、よね……?」
「そうよ。上達すれば、さっきのソウルズくんみたいに全方向対応できるようになるわ。ワーグくんは腕に磨きをかけて、みんなを守ってあげてねぇ」
ソウルズに尊敬の視線を注いでいても、名前を呼ばれた瞬間ワーグはパッと意識を皆のほうへ戻して頷く。
「任せてください!」
「頼もしい返事だ」とソウルズには頭を撫でられて、またすぐワーグの視線はソウルズへと持っていかれる。
遠征までの一週間、みっちり彼に稽古を詰んでもらった。
超絶厳しいスパルタ特訓なれど、ワーグは自分へ注がれる確かな愛情を感じていた。
うまく動けない時は激しい叱咤が飛んだが、指示通り出来た時のスキンシップも激しいものがあった。
抱きしめられた時は温かみに包まれたし、頭を撫でられた際には肉親に褒められた以上の幸せに満たされた。
エルヴィンの言っていた、ソウルズがワーグに期待しているといった話は社交辞令ではなかったのだ。
複数相手の対処を叩き込まれた上、現役時代に使っていたジャンギ考案のフォーメーションまで教えてもらったとあっては、是非とも期待に応えたい。
だがまぁ、それは後の未来に取っておくとして、今回は彼の動きを完全に頭で覚えるのが先だ。
一時たりとも見逃すまいと、ワーグは改めて気合を入れ直す。
怪物の特徴や攻撃方法などは遠征から帰った後にだって、教官に尋ねたり図書館で確認できる。
チームメイトは倒された死体の酷さにばかり意識が向かっているようだが、注目すべきは、そこじゃない。
各々それぞれの位置に対応する護衛の動きだ。
グラントは焔、ソマリはファル、レーチェとマーカスとエルヴィンは風といった具合に。
もっとも、先の戦闘でファルの出番はなかったが。
「その、武器。珍しいですよね……現役時代の探索で見つけたものですか?」
エルヴィンが指すのは、風の武器だ。
背丈を遥かに越す大きな漆黒の鎌で、スクールの初期装備にも第二武器にもない。
図書館の武器図鑑にだって載っていなかったはずだ。初めて見る形状の、未知の武器といってもいい。
「そうだ」と短く答え、風は皆より一歩引いた場所に立つ。
斡旋所の人員という紹介だが、雑談には一言も混ざらないし、話しかけづらくもある。
好奇心が勝ったにしろ、話しかけられるエルヴィンの度胸にマーカスは感服仕る。
いいなぁ。森へ入ってから、ずぅっとビクビク落ち着かない自分と比べたら段違いだ。
段違いといえば、護衛の動きも半端なかった。
盾役のソウルズがクルクル回って攻撃を全部受け流し、まるで怪物が彼に操られているかのように焔や風の元へ導かれた上、ベッタンのスパーンで一撃必殺、二体とも即死した。
ペチャンコに潰れた羽根女とやらは直視できない、したくない。目が拒否する。
だって頭も潰れて、なにか脳みそみたいなグチャグチャしたモノが飛び出ているし……
レーチェ、彼女は女の子なのに、よくあんなものを、まじまじと観察できるものだ。
それは上半身と下半身が泣き別れになった少女にしても同様で、視界の隅にすら入れたくない。
「これは……魔法生物、ですよね?」と焔に尋ねているのはグラントだ。
普段フランクな彼が敬語になってしまうほど、草の上には惨たらしい屍が転がっている。
人間の少女にしか見えない生き物が腰を境に真っ二つにされて、断面からは臓物がこぼれ出ているのだ。
おまけに血の色が赤い。
飛び散る鮮血を思い出した直後、マーカスは激しい目眩に襲われてしゃがみ込んだ。
「そうだ」と、やはり素っ気ないながらも気分を害した少年少女に配慮したのか、焔は一言添えておく。
「こいつは擬態だ。姿は勿論、血の色まで擬態する種も存在する。だが、どれも本性は羽根女と変わらぬ。情けは無用ぞ。どうしても倒しにくくば、胸を狙うとよい」
「胸……心臓ですね。一突きで倒せますか?」と尋ね返したのはソマリで、それにも焔が頷く。
「うむ。魔法は通りにくいから、物理で倒せ。弓矢か槍が好ましいが、なければ剣でも構わぬ」
「魔法が通りにくい……?結界を張っているのですか」
「否。奴自身の肉体が魔法に耐性を持つ。だが、武器への耐性は低い」
焔のアドバイスを、ソマリは熱心に紙へ書き留めている。
何もすることがないからといってサボッたりしないのは、彼女の美点だ。
「そういやソウルズさんが剣を振り回してたけど、ありゃ〜一体なにしてたんスか?」
グラントの問いに答えたのは本人ではなくワーグだ。
「左右に現れていただろ、炎の塊みたいなやつが。あれを吹き飛ばしたんだ、剣の風圧で」
「そのとおりだ、よく見ていたな」
ソウルズには、またまた頭を撫でられて褒められて、ワーグは内心有頂天。
デレッデレなリーダーの態度には若干引きつつ、レーチェが尋ねる。
「で、なんていう怪物なんですか?」
「鬼火、またはウィスプと呼ばれている。接触すると大火傷するが、風圧で消せる程度の相手だ」
ちらちら赤い火の粉を飛ばして燃えさかっていた塊は、やはり見た目通り熱い怪物だったんだ。
羽根女が猿に似ていると言われるよりは納得できる説明で、レーチェは何度も頷く。
「か弱い存在なれど、奴らは常に複数で出現する。囲まれたら風の魔法で一気に吹き飛ばすとよかろう」とは焔の弁で、寡黙そうに見えて意外や多弁な彼にマーカスは驚く。
同時に、これまでの会話に全く加わらない風は、やはりとっつきにくい相手だと判断を下した。
「何をなさっているのですか?」とエルヴィンが尋ねているのは、ファルへだ。
彼女は真っ二つになった怪物の側にしゃがみ込んで、小さく呪文を唱えているようであった。
「これでよし、っと」と呟き立ち上がった彼女が言うには、この死体に魔法の盾をかけたので、しばらく怪物は、ここを目印に集まってくるだろうとの事だ。
「魔法の盾って」「シールドに、そんな使い道があるんですか!」
レーチェの疑問とソマリの驚愕が重なり、ファルは二人へ微笑んだ。
「そうなのぉ〜。高位呪文は皆への守りとしてだけじゃなくて、こうやって死体や無機物にもかけられるから覚えておくといいわよ☆」
「や、シールドって?ソマリ知ってんの」と、もう一度レーチェが尋ね、ソマリは神妙な顔で頷く。
「ウィンフィルド教官に教わったわ。仲間に魔法への耐性をつける高位呪文が存在するんですって。それがシールドなんだけど……」
二人の視線が真っ二つの死体へ注がれる。
死体は心做しか、薄くぼんやり光り輝いているようにも見える。
「そうなの〜。魔法耐性がつく代わり、魔法の気配もついちゃうから、実戦で使うのは割と諸刃の剣なのよね。でも、こうやって物にかければ囮に出来るってわけ!」
パン!と手を叩き、ファルが皆を促す。
「さ、そろそろ移動しないと、怪物が此処に集まってきちゃうわよ」
「いくか」とソウルズも頷き、ワーグを手招きで呼び寄せた。
「囮に怪物が食いつけば当分は襲われまい。その間に我々が成すべき事は、夜露をしのげる場所の確保だ。お前もテントを広げられそうな空間を見つけたら、声をかけてくれ」
全員に言うのではなく自分一人に指示されたのだと受け止めて、ワーグは俄然張り切って「はい!」と元気な返事で左右を見渡す。
無論、気配察知の練習も怠りなくやっているが、今のところ危険な気配を周囲に感じない。
護衛も無反応だから、気配の察知は上手く出来ている。そういうことだろう。
その護衛の一人、焔が「おかしい……」と呟くもんだから、「おおお、おかしいってなにがれすか」と裏返った声でマーカスが聞き返す。
ずっと思っていたのだが、こいつは臆病すぎやしないか。
あの戦闘を見た後でも恐怖に取り憑かれているとは、本気で自由騎士を目指す気があるのかどうかさえ怪しくなってくる。
何故こんな腰抜けのポンコツ野郎が、ジャンギ教官のクラスに選ばれたんだ。
こいつより、もっとマシな奴がいたんじゃないのか?他にクラス移動を希望した生徒の中には。
意気地なしのマーカスに苛つきを覚えるワーグの真横で、焔が己の感じた懸念を皆へ伝える。
「怪物の気配が異様に少ない。森で何かが起きているのやもしれん」
異を唱えるかと思いきや、ソウルズやファルも「そうね……昔より、少なくなったみたい?」と首を傾げており、熟練の疑問には「どういうことっすか?」とグラントたち見習いも首を突っ込む。
「昔は至る場所に怪物の気配を感じたものだが、それと比べると極端に数が減っている。しかし、森林地帯での新発見報告は近年全く聞いていない。誰も探索していないのに数が減るというのは、妙だと思わないか?」
と、ソウルズに聞き返されたって、レーチェだって「えー、単純に生まれる数が減ってるだけじゃないんですかぁ?」と答えるしかない。
引退騎士と違って、こちらは初めて森に入ったのだ。昔と今の比較はできない。
「それなら、いいんだけどね……な〜んか嫌な予感がするわぁ」
さっきまでニコニコ笑みを絶やさなかったファルまでが、眉間に縦皺を寄せているではないか。
だが「まっ、いいわ。何が起きているにしても、ここで考え込んでたって答えは出そうにないし。それより早く、テントを張れそうなポイントを探しましょ」と、あっさり考えるのをやめたファルに急かされるようにして、ソマリやエルヴィンらも周囲を見渡して、樹木や藪の生い茂っていない場所を探しにかかる。
やがて「ここなら休めるだろう」と風に呼ばれて集まった場所へテントを組み立てた。
テントを立てても、今すぐ寝るわけじゃない。
ここを拠点として短い距離の探索に戻ると伝えられて、へっぴり腰のマーカスは嫌々立ち上がると、涙目で皆の後に続いたのであった……

西:原田チーム

藪へ足を踏み入れてすぐ、神坐は気がついた。
原田たちを救出しに入った時と比べて、怪物の数が極端に減っている。
加えて、森全体を包み込むかのようにマナの残滓が濃く漂っている。
ここ数ヶ月の間に何者かが森へ侵入して、場を荒らしていった痕跡だ。
「おいジャンギ、気づいたか?」
英雄を呼び捨てる神坐に月狼の目つきが鋭くなるも、ジャンギ本人は慣れたもので、平然と答え返す。
「あぁ」と頷き、原田たち見習いの足を止めさせた。
「皆、異常事態発生だ。現役が探索していない間に何者かが侵入して、怪物を襲ったと推測される。いいかい、ここから先は何が出ても騒がず落ち着いて見守ってほしい。勝手に動かれたんじゃ、俺達も護衛しきれないからね」
「何かって何ですか!?」と、早くもパニックになりかけるピコはミストが宥めに入る。
「正体は判りませんが、新手の怪物でしょう。人間でしたら警戒の必要ありませんので。大丈夫ですよ〜、私とジャンギくんが一緒なんです。なにが出てきても倒しますので、お菓子でも食べてリラックスしていてください」
口の中に飴玉を押し込まれ、ぺろぺろ舐めているうちに、ピコにも物事を考えられる思考が戻ってくる。
甘酸っぱくて味が口いっぱいに広がる。これと同じものを、最近アーステイラが買ってきたような。
確か雑貨屋に売られていた、三角桃って名前だったよね。あー美味しい。
「あー、いいなぁ!」「私も欲しい!」と騒ぐ小島と水木も飴玉をもらって、ご満悦だ。
飴玉で傀儡された三人ほど単純ではない原田は、神坐に尋ね返す。
「侵入者は森の奥と、何か関係しているんでしょうか」
「さぁな、そこまでは判んねぇよ。何者にしろ、警戒は充分に」と言いかける途中で神坐は大鎌を一閃する。
ほぼ同時にジャンギも動き、左手から襲いかかってきた影を棒でぶん殴り、間髪入れずに月狼の手を離れた金属の輝きが追い打ちでブスブスと突き刺り、影に『ギャギャァ!』と断末魔をあげさせた。
「な、なんなングッ!ンゲゴッ!」「なんふぁっ!?」
突然の戦闘で勢い余って飴玉を飲み込む小島らを横目に、慌ててジョゼが左右を見渡してみれば、真っ二つになった毛深い塊が一体と、それから鋭い刃物が心臓の位置に突き刺さった少女の姿をした一体の計ニ体、どちらも怪物の死体が藪の上に転がっている。
「え、えっ?入ったばっかりなのに、もう怪物が出てくるの?」
何が起きたのか、ようやく把握できたのか、チェルシーが泡を食う横では、「ふ、ふっ……は、反応が鈍くってよ」と、やはり終わった後で事態を把握したのであろう要が震え声で相槌を打つ。
原田にしても然りだ。まさか自分と話している最中に戦闘が起きるとは思ってもみなかった。
怪物は完全に神坐から見て真後ろ、死角からの出現だったはずだ。
真っ二つになった死体の位置を見る限りだと。
振り返りもせず正確に一刀両断するたぁ、さすが神様という他ない。
「あらー、気絶してしまいましたか。森林初心者には刺激が強すぎましたかしらねぇ」
草の上に突っ伏したピコを揺さぶっているのは、ミストだ。
「え?ピコくんは森林初心者じゃ」と言いかけるジョゼの口を塞いだのは「ンゲゴゴゴッ!」といった水木の叫びで、「やだ、飴玉が喉に詰まったの!?これ飲んで、水木さん」とジョゼの気をそらすのには成功した。
今は、アーステイラに飛ばされての救出劇を知らないメンツもいる。
迂闊な一言で、また月狼から不審人物扱いされるのは勘弁だ。
その月狼は「飴が喉に詰まったようだ」とピコの背中をトントン叩き、起き上がったピコの口元からポロリと飴玉がこぼれ落ちた。
「いや〜、うっかり飴玉で死んでしまうところだったよ」と照れ笑いした後、ピコは月狼の両手を握りしめる。
「ありがとうございます、月狼さん。あなたは命の恩人です!」
「い、いや、そこまで恩に着るほどの真似はしていない。ただ、探索中での飴は危険だ、それだけは覚えておけ」
つられて照れる月狼を見て「そうだね、月狼さんの言う通りだ。なら飴はよして、フルーツケーキを食べるかい?」とジャンギの口元にも笑みがこぼれて、場は和やかな雰囲気に包まれる。
「フルーツケーキだとぉ!サイコーのおやつじゃねぇかッ」
神坐までもが瞳を輝かせ、おやつに夢中で、さきほど倒した二体の怪物は超ほったらかしだ。
誰も解説してくれそうにないので、原田とチェルシーは自分なりに怪物を調べてみる。
神坐が真っ二つにした怪物は、全身が茶色の長い毛で覆われており、背中に羽根が生えている。
口の中に並ぶのは鋭い牙だ。瞳は瞳孔が糸のように細く、黄土色に濁っている。
手足の指には鋭い爪が生えていて、これで引っかかれたら大出血間違いなしだ。
人間のように頭髪を伸ばしているが、顔を含めた全体の造形は人よりも動物に近い。
「なんだろ?どこかの店で見たような気がするんだけど……う〜ん、思い出せない」とチェルシーが頭を抱える。
謎の毛深い怪物と比べたら、月狼の倒した怪物は分かり易い。
こいつは魔法生物だ。少女の姿に擬態を取った。
擬態のままで死体になってしまうのも、ジャンギに教わったとおりだ。
「ご覧の通り、ハーピィと魔法生物だ。こいつらは森の入口付近で遭遇する怪物でね、大抵コンビを組んで現れるんだが、落ち着いて戦えば、どうということはないよ」
不意に背後からジャンギに声をかけられて、二人ともヒャッと飛び上がる。
「ハッ、ハーピィっていうんですか、どっちが?」
チェルシーに二匹の違いを教えてやりながら、ジャンギは、こうも付け足した。
「奇襲をかけてくる時はハーピィが囮の牽制で、本命は魔法生物だ。だから通常は魔法生物を先に見つけて倒すんだけど、囮を一刀両断するとは見事な手際だったね」
「そうですね、全然見えなかったけど!」
攻撃の瞬間はチェルシーも見えていなかったようだが、神坐の真正面にいた原田の目にも止まらぬ速さだった。
大鎌を振り回したんだと判る頃には、怪物が真っ二つになっていた。
「あの大鎌……過去の文献で見た記憶がありまする」と横入りしてきたのは、月狼だ。
「あぁ、鎖鎌だろう?」とジャンギも相槌をうち、フルーツケーキを一口齧ると続けた。
「だが鎖鎌は鎖で繋がった形状だし、あそこまで大きくないよ。どこかで発掘したレア武器なのかもしれないね」
神坐の正体を知っているくせに、しれっと嘯く。
自分だったら突然のネタ振りに動揺して、絶対余計なボロを出してしまうだろう。
あれが大人の余裕かと、原田は妙な場面で英雄に感心する。
「入口付近では、これら二体の他にウィスプって怪物とも遭遇するんだ。見れば、すぐ判るよ。空中を飛ぶ炎だから」との森林怪物知識を教わりながら、そういやと思い出して原田は尋ねた。
「先ほど緊急事態にて怪物が怪物を襲ったような言い方をなさっていましたが、普段は怪物同士での戦いは起きないものなんですか?」
「そうだね。俺が知る限りじゃ怪物同士の戦いはなかったと思うが……月狼さんの見解は、どうかな?」
ジャンギに話を振られて、月狼も頷く。
「左様。森林に住まう怪物は皆、共存の姿勢にありまする。こたびは他地帯の怪物が侵入したと考えるべきでありましょう」
しかし、とも呟き険しい視線を神坐へ向ける。
「彼奴は入ってすぐ異常事態に気づきましたな……余所者無名と侮ってはならぬ、深く反省致しまする」
「まぁ、反省したんなら、それでいいさ。その分なら、連携の心配も必要なさそうだね?」
肩を竦める英雄へ短く顎を引き、月狼は覆面の隙間にフルーツケーキを押し込んだ。
彼が、どうやって食べるのかと興味津々伺っていた小島だが、どうあっても素顔を晒す気はないようだ。
「な、ホントどんな顔なんだろうな。覆面の下」
ひそひそ囁いてくる小島につられて、小声になりながら原田も答える。
「さぁな。極端な恥ずかしがり屋なのかもしれないし、あまり詮索しないほうがいいんじゃないか」
「え〜?そんな恥ずかしがり屋で務まるのかよ、自由騎士って!」
なおも小島は月狼の素顔が気になるようであったが、ジャンギが場を仕切り直す。
「さぁ、引き続き警戒しながら必要以上に怯えず、ゆっくりでもいいから逸れないよう、ついてきてくれ。最初は難しいかもしれないけどね。だが、こんなのは慣れだよ、慣れ。慣れてくれば奇襲だろうと冷静に対応できるようになるさ、君たちも」
怪物の死体を跨ぎ越し、先導するジャンギに従って、一同は道なき道を突き進んだ。
25/03/04 UP

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