絶対天使と死神の話

合同会編 10.復帰おめでとうパーティー


合同会が開催されるまでは連携を鍛えておこう――
というジョゼ案の元、翌日も怪物舎の裏庭でフットチキンを相手に連携練習に励む。
完全捕縛まではいかなかったものの、初日と比べて大きく成長の兆しが見えたのは小島で、大剣の用途切り替えが素早くなった。
「チーム戦だと向こうも仲間を庇ってくる。けど、小島くんが攻防の切り替えを出来るようになったのなら問題ない。敵が密集するようであれば、大剣を振り回して薙ぎ払ってやればいい」
ジャンギのアドバイスに、小島は「ぶっ飛ばすのは得意だぜ!」と自信満々頷く。
「間合いを外そうとするなら、僕が飛び道具で追い打ちすればいいんですね!」と叫んだピコも生き生きしているのは、これまで持て余し気味だった飛び道具の正しい使用方法をジャンギに教わったおかげだ。
「その意気だ」とジャンギは笑顔で褒め称え、付け足した。
「防御でも大剣は万能だぞ。弾道さえ見切ってしまえば魔法だって防げるんだ。魔法を唱えさせたくなかったら、ピコくんが飛び道具で邪魔してやるのもアリかな」
鞭の役目は牽制と束縛だ。
前衛への対応は前衛に任せておき、後衛の物理武器使いを束縛するのがいいとの助言を受けた。
具体的には弓使いや棒使いといった手勢だ。少なくとも前衛の脳筋マッチョよりは非力である。
対人戦では遠慮するなとも釘を刺されたが、出血を避けようとする弱気を見抜かれたのだろうか。
「向こうは遠慮なしで攻撃してくるだろうし、遠慮なんてするだけ損だぞ!」
小島にも念を押されて、原田は頷いた。
「やるからには真剣勝負だ、本気で戦う」
何で戦おうと血は出る。ピコのナイフや小島の大剣だって、まともに当たれば血まみれ確実だ。
遠慮ではなく恐怖から避けていた戦法であったが、これも一つの試練だ。
この日は空が夕焼けに染まるまで、みっちり連携の練習に明け暮れた。
ジョゼの魔法がフットチキンを、こんがり焼き鳥にした時点で終了の合図がかかる。
何度も繰り返し練習したおかげで、信頼できる連携になってきたと原田は実感する。
ありとあらゆる角度からの牽制にも自信がついた。
「お疲れさま、今日はゆっくり風呂に浸かって身体を休めるといいよ」
ジャンギの挨拶を背に、一同は、それぞれ帰路につく。
原田は小島や水木と並んで帰りながら、この後の予定を脳裏に浮かべた。
足は棒だし全身クタクタの泥まみれだが、まだ休むわけにはいかない。
今日は、これから神坐の復帰お祝いパーティーを開く予定なのだ。
まぁ、一応風呂に入って汚れだけは落としておいたほうがよい。
リビングも少しばかり掃除しておこう。埃まみれの泥まみれじゃ、神坐だって気を悪くしよう。


帰宅して数十分後にはリビングが見違えるほど綺麗になり、きらびやかに飾り立てられる。
この日ばかりはソファーを片付け、ダイニングにある机と椅子をリビングへ運び込んだ。
紙を切り抜いた星やハート、折り紙を組み合わせた虹などが壁一面に貼りつけられ、中央に下がるのは塵紙製造花に囲まれた『神坐さん復帰おめでとう!』の看板だ。
白いテーブルクロスが敷かれた机にはチーズを乗せた焼き色こんがりなトーストや肉汁したたるステーキや湯気香る玉葱スープや色とりどりのサラダに加え、奮発して買ってきた葡萄酒が添えられている。
磨き上げたグラスは顔が映るほどの気合の入れようだ。
「これなら町長をお呼びしたって恥ずかしくないよ!」と水木は鼻息荒く豪語していたが、お呼びするのは町長ではなく死神だ。
既に陸経由で連絡が届いているはずだから、あとは待つだけだ。
滅多にタンスから出さない、とっておきのお洒落着に着替えて待つこと数分。
上品にノックされた扉へ三人して飛びついた。
「いらっしゃいませぇぇー!」
歓迎の勢いが良すぎたのか、扉を叩いた人物は「おっと」と小さく呟いて後退する。
代わりに背後に立っていた大五郎や神坐が顔を覗かせて、「おー!こりゃあ頑張ったじゃねぇか」と感嘆の声をあげた。
「でしょ、でしょ!パーティーやるなら全力でやらなきゃ」
ふふんと得意げな水木の前を横切り、どやどや入ってきた死神軍団は、あれやこれやと騒ぎ立てた。
「すげぇな、これ!見ろよ、虹がちゃんと七色ある」と喜ぶ海へ陸も頷き、看板を見上げる。
「ただの魔力回復だと思っていましたが……ここまで慕われていたのですね」
陸や海の関心は部屋の装飾へ向けられており、料理に食いついたのは大五郎と神坐だ。
「うはー!なんだよ、もぉっ。俺の好物ばっかじゃねぇか。どこで知ったんだ!?」
テーブルを見渡して大騒ぎする神坐の頭を撫でて、大五郎は顎に手をやる。
「知ったというか同じだったんだろうぜ、こいつを作った奴とお前の好物がよ」
風は一番最後に入ってきて、黙して着席する。
装飾にも食べ物にも無関心に見えるが、視線で全員に着席を促しているようにも見えたので、原田もはしゃぐ面々を促して着席した。
「えー、では」と改まって小島が仕切り出す。
「神坐の復帰を祝って、カンパーイ!」
「かんぱーい!」
あちこちでグラスをカチンと合わせて葡萄酒を飲んだのは死神たちだけで、水木と原田は葡萄ジュースを一口飲み、小島はジュースを一気飲みした。
「なんじゃ、お前ら飲めんかったのかい」と大五郎が首を傾げる横で、海も絡んでくる。
「自分らは飲めないってのに、神坐の為に酒を買ってくれたのかよ」
「神様は皆、大人だから、お酒のほうがいいかなと思って」とは水木の返答で。
飲み物を何にするかは大いに揉めたのだが、結局彼女が押し切る形で決まってしまい、買った当初は文句タラタラだった二人も、死神たちの反応を見てからは水木が正しかったのだと認めざるを得ない。
「大人だからってんじゃねーけど、酒は大好きだ。この酒、お前が選んだのか?ありがとうよ」
神坐に頭をナデナデされて、水木は「えへへー」と喜んでいる。
こんなに歓迎されるんだったら自分が酒を選べばよかった――と、原田が後悔しても後の祭りだ。
だが、まだチャンスは残っている。食後のデザートに。
「いやホントホント、酒は良い文化だ。こういう美味しい飲み物、冥界にゃ〜ねぇもんなぁ」と普段は辛口な海も饒舌なベタ褒めで、手酌で二杯目を飲んでいる。
「メイカイじゃ何飲んでたんだ?」と食いついてきた小島へは陸が「我々は普段飲み食いせずとも生きていけるのですが、任務の時は出向先のものを食しますね」と答えて、小島を驚かせる。
「何も食べないって、それじゃ腹減るだろ〜!?んじゃあ、今日はめいっぱい食っていけよ!」
「そんじゃー」と肉を切り分けて一切れフォークに突き刺した神坐が、原田に突き出してきた。
「あーん」
「え?」
きょとんとする原田へ神坐はにっこり笑って「ほら、食べろって。あ〜〜ん」と言うばかりで、てっきり自分で食べるのだと思っていたのに何故こちらに?と動揺しまくりな原田は、肉を口の中に突っ込まれて目を白黒させる。
困惑の原田を面白げに見やり、かと思えば「俺たちだけじゃなくて、お前らも食べろよ」と神坐が催促してくるもんだから、水木や小島も肉を一切れ切って噛みしめる。
「いや、お前が真っ先に食えよ。お前のためのパーティーだろ?」
海のツッコミに、首を振って神坐が言うことにゃ。
「俺のパーティーだってんなら、俺の自由にしたっていいわけだ。俺ァ食べるのは勿論好きだがよ、誰かが食べている姿を見るのも好きなんだ。美味しそうに食べてんのを見ると、こっちの食欲も高まってくるってもんだろ。なぁ原田、うまいか?」
「は、はい」
ごくりと肉を飲み込んで頷く原田は次なる「こいつは誰が焼いたんだ?」といった問いにも「お、俺が」と答えて頭を撫でくりまわされる。
「そっか、そっか。んじゃあ、じっくり味わわないとな!」
原田の口へ突っ込んだのよりも二倍は大きく切って、ぱくりと口の中に放り込んだ神坐は、くっちゃくっちゃと肉を味わう。
この肉……柔らけぇ!
焼く前に漬け込んでおいたのか?
それに食いちぎりやすく、細かな切れ目が入っているじゃねーか!
原田……お前の気遣い、心にしみるぜ。
まぁ、俺はカチカチ肉でも噛み切れる牙があるけどよ。
……などと心の中で感動をつらつら並べつつ、噛みすぎて味の出切った肉を飲み込んだ。
「はぁ……うめぇ。ソースは肉汁だけじゃねぇな、密かな隠し味を感じるぜ」
美味しすぎたのか涙まで浮かべる神坐へ原田は思いっきり頷く。
「そ、その通りです!レモンチャックの汁を絞って肉汁と混ぜ合わせました」
「……レモンチャック?」と眉をひそめた陸には、水木が答える。
「えぇとね、お肉屋さんで売っている改良怪物だよ。楕円形の黄色い生き物で、ぎゅーっと絞ると酸っぱい汁が出るの。でも、そのままじゃ酸っぱすぎるから粉々に砕いた減塩石と混ぜて」
親切な解説を「あ、はい。もう結構です」と真顔で遮り、陸は食べるのに集中した。
各料理の材料は聞かないほうが幸せになれる。
末期ファーストエンドでは、水分は全て怪物の体液で補っているという。
それだけでも驚きだが、この分では、こちらの理解を越えた食材が他にも山とありそうだ。
神坐は「果物は葡萄以外に何が採れるんだ?」と興味津々原田に尋ねているが、これ以上原材料を知ってしまったら、食欲が失せてしまいかねない。
「他にも色々採れますが、種類は少ないです……店売りも、高くて」
原田はポツリ呟き、ちらっと上目遣いに神坐を見上げた。
「冥界では、どうですか?食べなくても生きていけると陸さんがおっしゃっていましたが」
「んー。言われてみれば、果物なんて見たことねーな」
では、どこでフルーツケーキを知ったのか。
きっと任務であちこち行き来するうちに知ったのだと原田はアタリをつける。
今日は、いっぱい聞き出したい。神坐のアレコレを。
しかし神坐はファーストエンドの食生活に興味があるのか、あれやこれやと原田に尋ねてきて、こちらに質問する隙を与えてくれない。
サラダに入れた野菜を全部教えてやりながら、原田は質問できるチャンスを待った。
たくさんあった料理は次々と死神たちに平らげられて、瓶の底に酒がちょびっとになってきた辺りで「満腹だぁ〜」と海が椅子ごと後ろに倒れこむ。
「海、行儀悪いですよ」と窘める陸には小島が「いいっていいって、それよか、この後デザートもあるんだけど他の奴らは食べられるか?」と確認を取るのにつられたか、「あ!駄目だよ、デザートはサプライズにする予定だったでしょ!」と叫ぶ水木に、原田も頭を抱えた。
サプライズがあるのを話してしまっては、驚きもクソもない。
「おう、まだ腹八分目だ。デザートかぁ〜、何かな〜?フルーツケーキだと嬉しいなぁ〜?」
そわそわと神坐に見つめられて、半分以上ネタバレしているような状況に落胆しながら、原田は戸棚の奥に冷やしてあったフルーツケーキを取り出してきた。
「……はい、お察しのとおりフルーツケーキです」
「うひょぉ〜!原田、お前が作ってくれたのか!!気が利きすぎるにも程があるだろ、こいつぅ〜」
誰が作ったと言わないうちから原田が作ったのだと決めつけただけには留まらず、神坐はガバッと原田に抱き着いて、ほっぺにブッチュブチュとキスの乱舞をかましてくる。
喜んでくれるだろうとは考えていたが、ここまで喜ばれるとも思っていなかった。
原田は真っ赤に染まってカチンコチン、周りでは小島や水木が「あ〜!原田にチューしていいのは俺と水木の特権だぞ!!」だの「駄目〜!ちょっと接近しすぎだよぉ、神坐先生っ」と喚きたてて、場は騒然とした。
「おうおう、興奮するのは判るが落ち着け、神坐。これ以上剣呑としちまったら、せっかくのケーキが食べられなくなるぞ?」
テンションのあがりすぎた神坐は大五郎が引きはがし、床に寝ころんだ海以外の全員が椅子に腰かけ直す。
ケーキは風がナイフを入れて、きっちり寸分の狂いもなく七等分されたのだが、分けた後で陸が「俺もお腹いっぱいで」と言い出して、二切れが神坐の皿に盛りつけられた。
「そんじゃー、いっただっきまーす!」
神坐はニッコニコ満面の笑みで、幼子みたいな喜びようだ。
腕がダルくなるほど、かき混ぜた甲斐があった。
一口もふっと含んだ途端、「んん、これふぁっ!生地のふっくら焼き加減もさることながら、フルーツと木の実が奏でるハーモニー!」とグルメぶった感動を表す神坐を「いいから、まずはじっくり味わえ」と大五郎が押さえつけて、水木と小島はモグモグ食べながら、こちらも原田を絶賛する。
「初めて食べたけど、フルーツケーキ、おいしーい!」
「や、ケーキ自体生まれて初めてかもしんねぇ……初めてがコレってボーダーあげすぎちまったぜ、俺!」
「お酒に漬けた木の実が入っているって言ってたけど、全然きつく感じないよぉ。なんで?」
「焼いたから酒臭が飛んだんじゃねーか?けど、それでいて味は濃いっていうか!こんなウメェお菓子を作れるお前を俺は超・尊敬するぜ、原田ー!」
「全くだよ、原田くんってお菓子作りも上手だったんだね!」
二人には昨日ジャンギの家で学んだと教えたはずだが、すっかり忘れたのか、その上でもスゴイと見なされたのか手放しで大絶賛されて、先ほどとは違った意味で原田の頬が熱くなってくる。
「作り方さえわかれば、お前らにだって」とボソボソ呟くのを、「そうじゃないよ!」と水木が遮る。
「このケーキは、原田くんが神坐さんの為に焼いたんだよね?誰かの為にって想いを込めて作ったからこそ、ここまで美味しいケーキになったんだよ!」
何も本人のいる前で言わなくても。
しかしテレる暇なく、またしてもガバッと神坐に抱きつかれて、原田は興奮でぶっ倒れる五秒前だ。
「俺の為に、こんな豪勢なパーティーしてくれて本当に感謝感激だぜ!お前、俺とずっと一緒にいたいんだってな?大五郎から聞いたぞ。いいぞ、いくらでも一緒にいてやろうじゃねーか!」
その場の勢いで居座りを決めた神坐には大五郎と風、双方のツッコミが入る。
「待て待て、俺らの意思では決められんだろ、それ!」
「俺達は次の任務が来れば此処を去らねばならぬ身だぞ、忘れたか」
「おうよ。だから次の任務が入るまで、この任務を終わりにしなきゃいい」
ニヤリと口の端を歪める神坐を見て、大五郎と風は、しばしポカーンと彼を見つめた後。
「あぁ、なるほど。そういう手もアリか」と、それぞれに納得したのか頷く。
「どういう手なんだ?」と小島に尋ねられた陸は悩ましげに眉をひそめて、小さく答えた。
「あなた方の寿命が尽きるまでなら任務期間を引き延ばせる、と。そういう手です。先の任務が終わらない事には次の任務も、ままなりませんから。随分と小賢しい知恵が回るようになりましたね、神坐も」
輝ける魂の寿命がつきるまでの任務引き延ばしが可能か否かは甚だ疑問だが、ひとまず、神坐がそう言っておけば原田は安心するだろう。
神坐のささやかな気遣いは原田にも伝わったのか、彼は柔らかな笑顔を浮かべてポソッと囁いた。
「……約束ですよ」
「おう!」
ずっと抱き合っていたいけど、一日の終わりは刻々と近づいている。
時間を気にする陸に急かされるようにしてケーキを食べ終えた後は、表に出て水木と死神たちを見送った。
また明日と他愛ない挨拶で締めくくり、さぁ寝ようと踵を返した時、帰っていくかと思った神坐が「そういやぁよ」と原田の背中に声をかけてくる。
「お前の懐からチラチラ見えているチッコイやつ、もしかして人型――」
「おぉっとぉ!明日は明日でスクールがある、急いで帰ったら速攻寝ようぞ、神坐センセッ!」
そうですよと答える間もなく焦りまくった大五郎に邪魔されて、原田と小島はポカーンと見送るしかなかった――
21/09/22 UP

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