絶対天使と死神の話

怪物の王編 01.大ニュース


水木家の朝は早い。
父親が働きに出ているため、同じ一間で寝ている娘も容赦なく叩き起こされるのだ。
いつもと変わり映えしない朝食を黙々食べている間、父が娘に話題を振る。
「そういや、お前知ってたか?怪物の王の降臨」
とても朝食で振られるような話題ではなく、凛は勢いよくブゥッ!と米粒を吹いた。
「な、なにそれぇ」
げほごほ咽る娘を前に、何故か勝ち誇ったドヤ顔で父が語るには。

昨日の夕方、英雄ジャンギがスクール方面から邪悪な気配を感じ取った。
駆けつけてみるも誰もおらず、しかし気のせいと呼ぶには、はっきりとした気配が遠ざかってゆく。
その後スクールの生徒が一人行方不明なのが判明し、邪悪な気配に誘拐されたのだと結論づけられる。
邪悪な気配は魔力の高さから怪物の王ではないかと推測され、現役自由騎士で怪物の王討伐隊を結成。
突如現れた強大な敵に、町全体が大騒ぎになる大ニュースであった。

「こんな大事があったってのに、お前ったら昨日は遅くに帰ってくるから俺、ずっと話したくてたまらなかったんだよ!」と米粒を飛ばして大興奮する父を前に、凛は唖然とするしかない。
アーステイラの行方不明が、そんな方向で片付けられていたなんて。
気配を感じ取ったのが英雄であれば、町の人は信じざるを得ない。
あの場に自分がいたのは伏せておこう。
知れば、きっと父は興奮のあまり、ひきつけを起こす。
討伐隊は放っておいても大丈夫だ。
神坐たち神様でも足取りを追えない以上、ただの人間に探し出せるものではない。
「原田くんや小島くんにも教えてやりなさい!どうせ昨夜も一緒だったんだろ?だったら二人とも知らないはずだからね、ものすごく驚くぞぅ!」
「う、うん」
まるで自分が見つけた大事件のようにドヤ顔を崩さない父を見ながら、急いで飯を掻っ込んだ。

原田家の朝は、水木家と比べると、やや遅い。
「おい原田、起きろ、朝だぞ」
ゆさゆさと揺り起こされて原田が目を開けると、真上に小島の顔がある。
「お前、ずっと水木の名前呼んでたけど、どんな夢見てたんだ?」と聞かれ、頬が熱くなるのを覚えながら「いや、全然覚えていない」と答え、原田は身を起こした。
昨日は酷い目と嬉しい目の半々だった。
森林地帯直行という究極の罰ゲームをくらった後、水木と両想いだと判り、キスまでしたのだ。
結果的には嬉しい日だったと考える原田の耳に、小島の一言がズバッと突き刺さる。
「もしかして、お前の好きな人ってさぁ、水木なのか?」
「なっ……!」と頬を真っ赤に絶句する様子を見て、小島は察しの溜息を漏らした。
「あー、やっぱなぁ」
「い、いつから気づいて……?」
すっかり茹蛸な原田へ小島は「いや、水木がお前を好きだってのは知ってたからさ。もしかしたらって思ったんだ」と答え、ちらりんと悩ましげな視線を向けてくる。
間髪入れず、原田は叫んでいた。
「みっ、水木を好きだからと言って、お前が嫌いなわけじゃないから誤解するなよ……!」
「うん、わかってる。三人一緒に永遠に仲良く……だろ?」と言ったものの小島の顔は晴れず、じっと見つめてくるもんだから、原田も落ち着かなくなってくる。
しばし見つめあった後、小島がポツリと呟く。
「俺もお前が好きって言ったら、どうする?」
ベッドの上で押し倒されて、しかも真剣な顔で見つめられて、原田は言葉を失った。
また、もしもの話だろうか。
それにしては目が情熱で潤んでいる。
「俺も、お前が……好きだ」
もしもではない。真面目な告白だ。
すぐには頭が働かず、答えるべき言葉を原田が探すうちに小島の顔が迫ってきて、むちゅっと唇を塞がれる。
昨日の帰り道で何度も脳内に浮かんだ光景が今、現実となった。
どうしよう。
嫌じゃない、むしろ嬉しい。
嬉しいが故に、小島の抱擁とキスを振りほどけない。
一番好きなのは水木だが、小島のことだって大好きだ。
ただ、小島へ向けた矢印が友情なのか愛なのかは、原田自身にも、よく判っていなかった。
キスされて嬉しいと感じるってことは、これも愛だったのだ。
唇が離れたら、彼の気持ちにも答えよう。
二人が大好きだ、と――
そこへ「原田くん、小島くん、大変だよー!」と戸口をガンガン叩く大声が聞こえてきて、二人ともビクゥッ!と体を震わせた。
ぷはっと唇が離れて、原田が告白返しをするよりも先に「おぉっとヤベェ、もう登校時間かよ!?」と泡食って小島がカーテンをめくりあげる。
「まだのはずだ!」と突っ込みながら、原田はパジャマのまま廊下を走って玄関を開けた。
そして水木に昨日起きた一大ニュースを聞かされて、追いかけてきた小島共々、目を丸くしたのであった。


アーステイラが町全体で怪物認定されてしまったのは厄介だ。
ひっそり戦って治すつもりでいただけに、想定外の事態に原田は腕を組んで頭を悩ませる。
怪物舎とスクール校舎は、かなりの距離があるはずだが、よく感知できたものだ。
さすがは元英雄と言うべきか。
「討伐隊は、もう出発したのか?」との小島の問いに「まだみたい」と水木が答え、窓の外へ目をやった。
「風さんはやってくるのを待つしかないって言ってたけど、町に来られちゃったら大変なことになるよね」
おまけに第二の絶対天使まで彼女を狙っているっていうんだから、倒す前に守らなきゃいけないしで、原田たちの戦いには周りの理解が必要だ。
だが、どうやって理解させる?
素直に話しても与太扱いされるのがオチだ。
こちらに好意的な英雄とて、信じてくれるかどうかは定かではない。
ジャンギの立ち位置を考えると、危ないからと戦いを止められるかもしれない。
相談するにしても、アーステイラを倒せる実力をつけるのが先だ。
「まったく、昨日からずっと激動の毎日だな。俺達」
ふぅっと大きく溜息をつく小島に水木も頷いた。
「森で怖い目に遭うし、高い壁を生身で飛び越えたし、神様と知り合いになったし」
「お前と原田が両想いだったし、俺もさっき原田に告白したけど嫌がられなかったし」
「そうだね……って、うぅん?」
今、なんか変な言葉が含まれなかったか?
怪訝に見上げてくる水木へ微笑んで、もう一度小島が繰り返す。
「だから俺も原田が好きだって告白して、さっきチューしたんだよ」
「はぁぁぁあっ!?」
大音量の奇声があがるのは当然として、こんな場面でのカミングアウトには原田も驚きだ。
「へ、返事は!?」と水木に急かされたので、ぽそっと答えた。
「……俺は、どうやら水木と小島、お前ら両方が好きだったようだ……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
開いた口が塞がらない水木の前で、これ見よがしに原田へ抱き着いて、小島が挑戦的な目を向ける。
「お?なんだ、水木は他にも好きな人がいるのが気に入らないのか。だったらいいぞ、原田と別れても。こいつは俺が幸せにするから」
「勝手に決めないで!」と即座に割り込んで「後出しズルーイ!」と水木が騒ぐのへは「後出しじゃねーよ、俺だって友達として付き合う前から好きだったし。いうなれば、お前こそ抜け駆けズル〜イ、だろ?」と満面の笑みでやり返し、小島は尚も水木を煽った。
「俺は、たとえ原田がお前も好きだったとしても嫌いになったりしないぜ。俺を好きでいてくれる限り」
何かのきっかけで原田の想い人が水木だとバレた場合、勢いで小島が告白するまでは水木にも想像余裕だったが、原田が二人とも好きだと答えるのは想定外であった。
本当に両方好きだったとしても、水木に告白した以上は水木だけを選んで欲しかった。
だが――
「俺を奪い合って争うのは、やめてくれ。三人で仲良くできないなら、俺は二人への恋心を永久に封印する。町を出ることも検討に入れる……俺がいなくなれば、お前らも仲直りできるだろ」
全くの能面で呟く彼を見た瞬間、これ以上追い詰めてはいけないといった警鐘が水木の中で鳴り響く。
小島と隣の座を奪い合うのは、原田を苦しめるだけだ。
「悲しい事言うなよ!」と小島が悲鳴を上げ、原田を強く抱きしめた。
「俺は争う気全然ないんだぜ。水木が納得してないだけで」
「な、納得してなくないもん!納得したもん。私だって原田くんが好きでいてくれるなら……」
少しばかり勢いは弱まり、一旦言葉が途切れるも、もう一度原田の顔を見て、水木は力いっぱい叫んだ。
「ほっ、他の人が好きでも我慢できるもん!」
「ほー我慢、ねぇ。本音じゃ原田を自分のモノにしないと気が済まないって顔に出てるぜ?」と、またまた小島に煽られてカッとなりかけた水木は、原田の言葉でハッと我に返る。
「俺は、ずっと三人一緒に末永く仲良くしたいと考えていた。だから、言い出せなかったんだ。どちらが好きと答えれば、もう片方が悲しむのは判っていたからな。だが……どちらも好きと答えても、お前らは喧嘩してしまうのか。だったら、やっぱり言うべきじゃなかったんだ」
能面だった顔に苦渋が浮かび、かすれた声で原田が続ける。
「もう、俺の告白はなかったことにしてくれ。そして、仲良し三人組に戻ろう。お前らが俺を取り合って喧嘩する姿なんて見たくなかった。一番見たくなかったんだ……!」
言葉を絞り出す原田に、水木は胸が締めつけられる。
今にも死んでしまいそうな表情で訴えるのは反則だ。
本音をいえば、原田が好きなのは自分だけでいてほしいと水木は考える。
しかし水木が対一の愛を求めるのは、原田が全ての恋心を封印してアーシスを出ていってしまうのに繋がる。
個人の主張を貫いて全てを失うのと、小島との共有で原田とラブラブ生活を始めるのとでは、どちらがいいかなんて比べるまでもない。
何より、本当に彼を好きだというのなら、彼の気持ちも尊重するべきではないのか。
自分の感情だけを優先していた自分を、水木は恥じた。
「原田が誰を好きになろうと、そいつは原田の自由だ。俺が止める権利はねぇよ。ただ、俺が誰を好きになるかも俺の自由だかんな。だから好きだって告白したんだ。それをどう受け止めるかも原田、お前の自由だぞ。それは水木にしても然りだ」
長らく子供っぽい暴れん坊だと水木は小島を解釈していたが、小島は彼女が思うよりも大らかな性格だった。
「水木、お前はどうなんだ。やっぱ俺が許せなくて、原田には自分だけを見ていて欲しいか?だったら、仲良し三人組は今日で解散だな」
絶望に瀕した原田と比べると、小島は随分あっさりしている。
小島は水木と縁切りしても平気なのか?そう水木が尋ねると、小島は首を真横に振る。
「平気なわけねーじゃん。俺だって悲しいし、お前がいなくなったら心にぽっかり穴が空くぜ。けど嫌いな奴と友達やってたって、お前がつらいだろ」
「嫌いじゃないよ!私、小島くんのこと嫌いじゃない!」と叫んだ瞬間、ぽろりと水木の両目から涙がこぼれた。
そうだ。
嫌いじゃない。
原田を独り占めしたいと願っても、小島を嫌いになれない。
普段どれだけシモネタをかまされて子供っぽい我儘に苛つかされて背丈や胸の大きさで弄られたとしても、絶交しようと思ったことが一度もない。
なんで原田が小島を好きになる展開を、自分は一度も考えなかったんだろう。
水木と同じぐらいの年月を、原田も小島と一緒に過ごしていたというのに。
小島にしたって、そうだ。
原田を好きなら好きで、事前に素振りぐらい見せてくれたら納得できたかもしれない。
巨乳が好きという嘘に、まんまと騙された。してやられた。
だけど、やっぱり嫌いにはなれない。長い時間を共に過ごした友達だけに。
「嫌いになんて、なれないよ……小島くんだって大事な友達だもの。ごめんね、一人で我儘言っちゃって、ごめんね二人とも」
原田の手が伸びてきて、水木を抱き寄せる。
訥々と語る声が水木の耳へ流れ込む。
「お前を好きだと言っておきながら小島も受け入れた俺に混乱するのは当然だ。混乱させてしまって、すまない。だが、自分の気持ちに嘘をつけなかった。本気で、お前と小島、二人が好きだ、大好きなんだ。どちらか一人を取るなんて、俺には出来ない」
彼の感情を二股や浮気だと決めつけて、切り捨てるのは簡単だ。
切り捨てた後、彼なしでも生きていけるのであれば。
できない。できるわけがない。
一緒に居た時間が長すぎて、小島も原田も切り捨てられる存在ではなくなっている。
原田は、どちらが欠けても嫌だという。水木も同じだ。
小島と縁を切って原田を手に入れたとしても、あとで絶対後悔する自分が脳裏に浮かんだ。
原田も小島との仲で悩み、いつか水木の元から蒸発してしまうのではないかと思うと、それも怖い。
「水木、なんだったら、お前も一緒に住むか?」
気軽な調子で小島に同居を誘われて、「待ってよ、お父さんが一人になっちゃう!」と断っておきながら、水木は、ちらっと原田を見上げる。
「でも……たまにだったら、泊りにいってもいい?」
「あぁ」と間髪入れずに頷いて、原田は、ようやく笑顔を見せてくれた。
一件落着したところで原田と小島は朝食を取り、三人揃ってスクールへ出発した。
21/06/23 UP

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