絶対天使と死神の話

英雄編 10.アーシスの繁栄


ラクダで爆走して二日かかる距離を、のんびり四日かけて戻ってきた。
ピコが誘拐されてからアーステイラを見つけるまで、さほど日数が経過していないにも関わらず、一年ぐらいは長旅していたような気分だ。
ラクダの上で爆睡したのに、全然寝たりない。
体のあちこちがガチガチだ。慣れない野宿が続いたせいで。
ここまで送り届けてくれたナーナンクインの民は町長宅で泊まって、数日アーシスに滞在する予定だという。
アーステイラの身柄を預かるのは、ピコの役目だ。
砂漠の民に借りたフードローブをかぶってしまえば、ひとまずは誰だか判らない。
一同はジャンギの家の前で解散となり、原田は眠たい目をこすりながら、幼馴染と一緒に自宅へ帰った。


「無事に戻ってきてくれて何よりだぜ。いや、俺は全然心配しちゃいなかったけど!」
連絡を受けて数分後には駆けつけたジャックスが、そんなことを言い出したので、ジャンギは密かに苦笑する。
英雄の帰りを待ちわびていたのはジャックスだけじゃない。
ミストやファル、ガンツもジャンギ帰宅の連絡を受けて駆けつけたクチだ。
「それにしても驚いたわぁ。ここ数年は目新しい発見が全然なかったのに、十年も前から砂漠の民が草原に引っ越していたなんて」
ナンセンスとばかりにファルが肩をすくめる横では、ミストがフンフン鼻を鳴らす。
「それに、ラクダですか?新しい商売の匂いがしますね」
「皆、街の周辺だけで探索を済ませている証拠だ」とソウルズが眉間に皺を寄せて、腕を組んだ。
「俺が町長に進言しておく。現役に喝を入れるよう頼んでみるか」
「賄賂を払ってくれない警備隊長の言うことなんか、あの守銭奴が訊くかねぇ?」と、ジャックスは町長の身内が側にいるのに口さがない。
「なーに、だったらサフィアちゃん絡みで強請ってやりゃあいいのよ」とはガンツの弁で「サフィア?あの年甲斐ないブリッコ女と町長に何の関係があるのよぉ」とのファルの問いに片目を瞑ってみせた。
「あいつが賄賂の出費元なんだよ。だから己龍も教官になれたってワケ」
「へぇー。よく尻尾を掴みましたね」と感心するのは町長の身内たるミストで、ガンツは得意げに胸をそらす。
「合同会でサフィアが前頭部ハゲに酌しているのを見て、アレ?って思って調べてみたんだ。したら、ウィンフィルドが教えてくれたぜ。サフィアは己龍と一緒の時期に教官やりたかったんで町長に大枚積んだんだって」
その光景ならジャンギも見た。しかし、そこから賄賂まで嗅ぎつけたガンツの好奇心には脱帽だ。
町長を強請るのは良心が咎めるけれど、現役全体に喝を入れるのは悪くない。
「私には全然教えてくれなかったのに、ガンツくんにはベラベラと……あの愚弟……」
呪いの表情でブツブツ呟くミストを横目に、ジャンギは雑談をまとめた。
「俺から進言してみるよ。喝を入れるついでに自由騎士自体の在り方見直しも提案しておこう」
「在り方見直し?」と首を傾げる友人たちへ頷くと、持論を展開する。
「今の現役は理念を見失っている。だから、定期的に検査するんだ。自由騎士として、きちんと活動できているかを。毎年どれだけの距離を調べて、発見物が幾つあるかまで調べるんだ。その上で何も見つけていない人は自由騎士の資格を剥奪、何かしら見つけている人は商人との契約が優遇される……とすれば皆も少しはやる気が出るんじゃないかな」
「厳しいねぇ!」
ひゅぅっと茶化すかのように口笛を吹き、しかしジャックスの口元には笑みが浮かぶ。
「けど現役時代に新発見の連続だった英雄様に言われたんじゃ、あの業突張りも従うっきゃねーよな」
「この修正案なら利益面での不公平が出ないし、己龍みたいに不幸な引退者も出さずに済むだろう?」
ジャンギの一言に「己龍が?不幸?」とミストが眉をひそめる。
「あのヘタレはサフィアの奴隷として生きていくと決めたんじゃありませんか」
「ヒモと化したのは本人の意志じゃないよ」と彼を庇い、ジャンギは悩ましげに首を振った。
「長期探索へ出ている間に全財産を差し押さえられたんだ。油断していたといえば、それまでだけど……まさか家族に根こそぎ権利を奪われるとは、普通は思わないだろ?」
しかしミストは「甘いですよ」と一刀両断。
「姉と言っても義理のですから、実質は遺産相続のライバルですよ。サフィアは、うまくやりました。私にもあの悪知恵があったら兄様を文無しで叩き出してやりますのに」
「いや、まぁダムダム家の事情は、さておき」と悪巧みを遮って、ジャンギが仕切り直す。
「アーシスは歴史が長い割に基本的なルールが曖昧だ。ナーナンクインとの交流を前に、決めておく必要事項が多々ある。俺が幾つか提案を出すから、皆も方々へそれとなく働きかけてくれないか」
「帰って早々やる気満々じゃん」とガンツは笑い、ドンと胸を叩いた。
「いいぜ、俺に出来ることがありゃあ何でも協力してやる」
「食堂に何が協力できるんだか」と肩をすくめるジャックスには「金物屋だって似たようなもんだろ」とガンツもやり返す。
そこに「あらぁ、金物屋なら役割があるじゃない。これまで流通しなかった武器屋と防具屋の再現よぉ」とファルが横入りし、ミストもガンツをチラリと見やり付け足した。
「なら、食堂は料理教室をやります?ナーナンクインの民に怪物レシピを売りつけましょう」
「なんだそれ、ガンツの懐を暖かくするのが街の発展に繋がるか?」と呆れるジャックスをも一瞥して、ミストは溜息をつく。
「この街は金回りが一箇所に固まりすぎています。ジャンギくんは、それをナーナンクインとの交易で解消したいのでしょう?だったら、まずは売り物を増やさないと」
「一番流通させたいのは薬、そして武具の類だ。現役自由騎士が比較的安全に探索を続ける前準備とも言える」
ジャンギは頷き、友人の顔を見渡した。
「今後は東西の格差をなくすよう努めよう。具体的には商人と自由騎士の契約システムの見直しと、自由騎士ではない人々の収入源安定だ」
ジャンギの脳裏に浮かぶのは、発つ前に知ったナーナンクインの情景だ。
彼らは生活の全てを話し合いで決めているという。
かつてはアーシスにも、住民同士で身を寄せ合って協力した時代があったはずなのだ。
常々稼いだ財を後世へ役立たせたいと考えていた。街改革は我ながら名案だ。
「現時点では富豪の奴隷ですもんね。店の種類が増えれば、勤め先も増えますか」
ミストの瞳がキランと光るのを見過ごすソウルズではなく、仏頂面で説教をかましておく。
「機に乗じて低賃金で働かせるような悪辣商売を始めるのは許さんぞ」
「嫌ですねぇ、私だってジャンギくんに協力する気満々だってのに出鼻を挫くようなこと言わなくてもいいじゃありませんか」とミストは眉をひそめてぼやくと、ジャンギを見上げた。
「ファルが商いをやりたがっていたんですよね。上手く回せるかどうか判りませんが、二人で共同経営をやってみるつもりです」
「ファルが?」と驚くジャンギに、本人が微笑む。
「えぇ。ほら、旅立つ前に見せてくれたでしょう。あの綺麗な石」
「あぁ、魔導石?」
「そう!それ!それをアーシスで量産するのよ」
とはいうが、魔導石は加工された装飾品でしか発掘されていない。
量産するにしても、原材料がない。
それをジャンギが指摘すると、ファルは首を真横に「正しくはイミテーションの量産ね」と言い換える。
「まずは現物の構造を解析して、今ある宝石に魔導石並の効果を持つよう改良するの。ジャックスくんの武器屋で作れるのは前衛用だけでしょう?私は後衛を強化してあげたい。特に不遇とされる呪術使いと回復使いをね!」
現役時代に何か不利益を被ったのだろうか。ファルの口調には、やたら力がこもっていた。
原動が例え私怨であろうと杖の強化は直接の戦力強化であり、街の繁栄にも繋がろう。
なら、二人に任せてみるのは悪くない。彼女たちだって街の発展を気にかけている一端なのだから。
「やりたいことがあるんだったら俺は止めないし、多少なら援助だってするよ」
ジャンギは微笑み、最後にソウルズを促した。
「これまでどおり、ならず者や商店街への課税のみならず、規約を守れない現役の取り締まりも警備隊に任せようと思っている。警備隊が街全体を守るんだ」
「町長への賄賂は免除してやれよ」と飛んできたジャックスの冷やかしへも頷き、ジャンギが笑う。
「賄賂は全面廃止だね。町長の懐が潤ったって、街の繁栄には一切繋がらないんだから」
「ふふ、兄様の泣きっ面が今から目に浮かびます」とミストが黒い笑顔を浮かべる、その傍らでは早くも「宝石を大量に買い占めるか、うーん、それとも現役を雇って掘り返させる?どっちがいいかしら」との皮算用を始めたファルを見て、ジャックスが感心したように手を打った。
「そっか、武具を売り出すんだったら、俺んトコも原料補充を大幅に見積もらなきゃならんよな。商人経由で買うんじゃなくて、現役を直接雇って採掘範囲を広げてみるか」
「雇えるのは現役だけじゃない」と、ジャンギ。
「現場雇用と内部雇用、この二つを考えてみてくれ。財に余裕があれば、だけど」
「内部雇用?帳簿付けぐらいなら自分で出来るぜ」と否定する相手に説得を重ねる。
「そうじゃない、現場の動きを管理する担当だよ。細かな計画を予め立てておけば、採掘に慣れていない人も楽に進められるだろう?あとでマニュアルを作るから、採用の参考にしてくれ」
「いや〜、相変わらず次から次へと思いつくなぁ、お前は!お前が町長なら良かったのに」とジャックスには冷やかされて、ジャンギは肩をすくめた。
「どうかなぁ。町長は外に出られないから、逆に思いつけないんじゃないか」
「加えて無能ですしね、今の町長は」と横から辛辣なツッコミも飛んできたが、聴こえなかったことにして。
「さて、そろそろ飯にしよう。俺が作るから皆は計画を練っていてくれ」とキッチンへ向かうジャンギを「俺も手伝うぜ!」と珍しくガンツが名乗りを上げて追いかけていき、ファルも彼女にしては甲斐甲斐しくテーブルを拭いたり食器を出してくる。
「あら、珍しい」と声に出して珍しがるミストに、ファルは「なんだか久しぶりに感じるのよね。ジャンギくんとの食事が」と微笑む。
実際には久しぶりというほど期間は空いておらず、ピコを探しに行く前にも食事をした覚えだ。
「若くして健忘症ですか。あ、若くもありませんでしたね」と毒を吐くミストに突っ込んだのはジャックスで、「そんだけジャンギがいなくて寂しかったってこったろ」と苦笑した。
「お前は、ずっとべったりだったんだろ?どうだった、ジャンギとの久々の長旅」とジャックスの興味はソウルズにも向けられて、ソウルズは仏頂面で返す。
「どうもこうもない。あれだけの大人数では、べったりとも言えん」
「あー、そうだな。旅はジャンギのお気に入り、ピカハゲくんも一緒だったもんなぁ〜」
ガンツまでが冷やかしに加わり、ますますソウルズの眉間には無数の縦皺が刻まれた。
背中に賑やかな気配を感じながら、ジャンギは考える。
こうやって仲間内でワイワイしていると、日常に戻れた気がする。
けれどアーステイラとの一戦や、輝ける魂の扱い。
ナーナンクインとの交易やアーシスの行政見直しと、何とかしなきゃいけない問題は山積みだ。
自分に残された時間で、どれだけ解決できるだろう。
天命を伸ばしてほしいと原田に頼んだものの、実際は雲をつかむような話で手がかりは一つもない。
現実性のない夢ばかり見ていられない。
残された時間で、やるしかないんだ。
仲間には内面の苦悩を漏らさず飯を振る舞うジャンギは、誰の目にも、いつもどおりの彼に見えたはずだ。
――ただ一人、ミストを除いては。
22/03/30 UP

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