恋心を勝手にバラされた挙句、アーステイラがバケモノ化した。
今日は厄日か。
そういや、いつも厄日だった、あいつと出会ってからは。
目覚めた原田は、それまで自分が気を失っていたことに気づき、起き上がって二度驚いた。
ここは何処だ。
やたら背の高い草が、辺り一面を囲んでいる。
茎と呼ぶには、ぶっとい幅のある草だ。
そいつが何十本と生え並び、自分を囲んでいる状況に恐怖を覚えた。
原田は急いで、側に倒れていた水木を揺り起こす。
「ん、んー……あれ、原田くんオハヨウ」と寝ぼける彼女へ小声で耳打ちする。
「寝ぼけている場合じゃない。俺達は、どこか判らない場所まで運ばれたみたいだ」
やったのはアーステイラ、バケモノになったあいつで間違いない。
どうやってかは判らないが、一瞬にして原田たちを町の外へ放り出したのだ。
近くに小島、ジョゼ、ピコの姿はない。
放り出されたのは自分と水木だけなのか、それともバラバラに別の場所へ放り出されたのか。
後者だとしたら三人が危ない。
いや――危ないのは、自分たちもだ。
手持ちは腰のベルトに差してあった鞭一本と心もとない。
ここが何処だか判らないのも痛い。
もう一度、ぐるりと周りを見渡す。
太い草、背丈の大きな草に混ざって、背の低い草が生い茂っている……
この風景は何かで、そうだ、教本で見た覚えがある。
太い茎は草じゃない。木の幹ではないか?
不意に、ここが何処だか思い当たった原田は小声で呟いた。
「そうか、森林地帯……?」
「え、森林地帯!?」と大声での水木の反応は、バッと飛びかかって口元を封じ込める。
「大声を出すな。どこに怪物が潜んでいるか判らないんだぞ」
「ご、ごめん……」と謝ってから、水木はチラリと原田を見上げた。
「原田くん、冷静だね。私は、さっきから怖くて心臓がバクバクしっぱなしだよ」
怖いのは原田も同じだが、何故だか自分でも驚くほど落ち着いている。
たった二人っきりで、しかも水木を守らなければいけない状況が冷静にさせているのかもしれない。
だが冷静に考えて、たった二人で町まで戻るのは不可能だ。
森林を抜けた上で草原地帯も横断せねばならず、その間、何匹の怪物と出くわすか判ったものではない。
好戦的なやつに見つかったら、原田なんぞひと噛みで、あの世行きだ。
助けも期待できない。
ここに子供が迷い込むなど、本来はありえないのだから。
どちらともなく黙り込み、やがて静寂が訪れる。
森の中は静かだ。
二人の他には、一匹も生き物がいないかのように。
大きな木を背に座り込んで、原田はポツポツと話しだす。
これで人生最後になるんだったら、伝えておきたいことがあった。
「その……さっきの、話だが」
「え?」と見上げる水木へ振り返り、真顔で見つめる。
「……俺が好きな人、ってやつだ。俺が好きなのは……お前だ、水木」
言われたことを二度三度、脳内で反芻して、水木はしばし言葉を失っていたが、だいぶ経って「え、えぇぇ……?」とボリュームは小さいながらも目をまん丸くして驚いた。
そこまで驚くほど意外だったんだろうか。
驚愕の眼差しから目をそらし、原田はボソボソ続ける。
駄目だ、照れくさくて彼女の顔をちゃんと見られない。
これが最後になるかもしれないってのに。
「ホントは、もっと強くなって……自分に自信がついた時に、言うつもりだったんだ」
誰にも負けないほど強くなって戦う自信をつけて、戦闘依頼を引き受けた暁には水木の前で大活躍して、すごいと褒め称えられたかった。
それだけで良かったのだ。原田の望みは。
それも、もう、かなわない。
自由騎士になる前に、全ての夢が断たれてしまうとは思わなかった。
暗く落ち込むうちに、目の前の草が涙で滲む。
「……すまない」と悔しさが表に漏れてしまい、水木には慌てられた。
「えっ!ど、どうして謝るの」
「俺なんかとチームを組んだせいで……お前まで巻き込んでしまって、本当に、すまない」
「違うでしょ!」
ついつい水木の声も跳ねあがり、項垂れた原田の肩を掴んで顔を上げさせる。
「原田くんは全然悪くない!前にも言ったと思うけど、原田くんが気に病む必要は全然ないんだから」
今回だって、と森を見渡して気勢を吐く。
「ここに私たちを運んだのがアーステイラなら、原田くんも立派な被害者だよね」
そうは言うが、自分と一緒にいたせいで水木まで巻き込まれたのは事実ではないか。
ぼろぼろ涙がこぼれて言葉にならない原田へ水木が畳みかける。
「私はね、原田くんと同じチームになれて良かったと思っているよ。これからも一緒に冒険したいし。だから、ね。絶対、これこそ絶対天使の誓いじゃないけど、絶対一緒にアーシスへ戻ろう」
握り拳を固めて威勢良く宣言する水木を、原田は羨望の眼差しで見つめた。
ベソベソ泣いてばかりの自分よりも、ずっと勇ましくて頼もしい。
「すごいな、水木は……どうして絶望しないんだ、こんな状況で」
ぽつりと吐き出された原田の疑問に、水木は微笑んだ。
「だって、せっかく両想いだと判ったんだもん。こんなところで死にたくないよ」
「そうか……」と呟いて原田は空を見上げる。
木々で隠された空を。
死にたくない。
こんな、太陽も見えないような薄暗い場所では。
せめて町に戻って、寿命を終えるまでは生きていたい。
自分たちはまだ十七歳、死ぬには早すぎる年齢だ。
充分に注意を払って移動すれば、生存率は上げられるかもしれない。
どれだけ絶望的な状況だったとしても、諦めたら、そこで本当に終わってしまう。
生きて、これからも三人で自由騎士を目指す為に帰るんだ。アーシスへ。
先ほどの発言を脳内で繰り返して、ん?となった原田が水木を振り返ると、満面の笑顔と目が合った。
「えっと。今、思い切って告白したんだけど、もしかしてスルーされちゃった?」
あぁ。
聞き違いではなかった。
改めて、水木が言い直す。
「あのね。私も、原田くんが好きだよ。友達としてだけじゃない、恋人になりたいって意味で」
ぴっとり寄り添われて、温かいのもさることながら、二つの膨らみが腕越しに柔らかい感触を伝えてきて、良い匂いまでもが鼻腔を擽り、こんな状況だというのに原田は胸を高鳴らせた。
場違いに浮かれている場合ではない。
帰ると決めたからには、冷静にならなきゃ駄目だ。
しかし焦れば焦るほど水木の匂いとおっぱいに脳内が占拠されて、原田は冷静でいられない。
おっぱい、いや、女性の胸には惑わされない自信があったのに、ちょっと肘が触れただけで触りたいと考えてしまった自分が、とんでもなく汚らわしい生き物に感じられて、嫌になってくる。
これでは巨乳趣味を軽蔑できない。
自分も、あちら側の下品な人間になってしまった。
おまけに水木までもが何を血迷ったのか、「原田くん……キス、しよ?」等と耳元で囁いて、可愛らしく誘惑してくるではないか。
「なっ、なにを、突然っ」
当然のように頬を赤らめ泡食う原田を見つめて、彼女が言うことにゃ。
「絶対生きて戻る誓いとして、ね?キスして気持ちを切り替えよう」
心臓がバックバクに脈打っている今、キスなど致してしまったら、気持ちを切り替えるどころか混乱で気を失いかねない。
しかし、ここで断ったら二度とキスさせてもらえないかも。
どんどんネガティブな方向に思考が落ち込んでしまいそうになり、気持ちを切り替えようと提案してきた水木の気持ちが原田には判った気がした。
要は、落ち込みやすい原田を励ましたいのだ。
今だって、おっぱいに欲情して落ち込んでいたのを看破されたに違いない。
勝手な推測で水木の心情を慮り、原田はゴクリと生唾を飲み込む。
いつか強くなって自信をつけた後でなら、キスや、それ以上の行為も計画にあった。
こんな中途半端な時期に、することになるとは。
さっきからドキドキバクバクやかましい心臓を片手で押さえ、もう片方の手で水木を抱き寄せる。
散々情けない処ばかり見せた後だ、せめてキスぐらいは格好良く決めたい。
目を瞑った水木に顔を寄せ、自らも目を瞑ると、そっと唇を重ねた。
――直後。
シュッと風を切って黒い人影が、寸前まで何もなかった場所に現れる。
目を開けて、すぐそばに神坐が立っていると気づいた時の二人の驚きようったらない。
「は……はぁぁぁぁっ!?」「じ、神坐、さまっ!?」
二つの奇声を神坐は「よぉ、とっておきのシーンだってのに悪かったな、邪魔しちまって」と笑って軽く受け流し、辺りを見回した。
「うっし、怪物の気配なしっと。幸運だったな、お前ら。まぁ、幸運と言っていいのか悪いのかって感じだがよ。俺が来たからには、無事に町まで送り届けてやる。道中の敵は全部俺に任せておけ。さぁ、ついてきな」
言うが早いか歩き出し、ポカンと呆けていた二人も慌てて後を追いかけた。