ユン&セツナ
二人が世界に降り立って、その一日後には戦争イベントが始まった。まだ何をするか決めてもいないうちから、「あ、君コンダクターなんだ!戦争で大活躍できるじゃん」という謎の知識を入手する。
教えてくれたのは、街の広場で戦争イベントの話題に盛り上がっていた人々だ。
なし崩しに、ここにいる皆で一緒にギルドを作ろうという流れになり、気がついたらユンはギルド『第九小隊』のリーダーになっていた。
右も左も判らぬまま、しかし判らないなりに一生懸命、皆へ指示を飛ばすうちにイベント初日だけで、どかどか経験値が入ってきて、レベルもあっという間に26まであがった。
一緒に降り立ったセツナもレベル26だ。
彼女のクラスはプリーストで、皆の回復役として大活躍している。
皆の話を総合するに、コンダクターは戦局を有利に出来る唯一のクラスらしい。
無論、他のクラスの奴がギルドマスターになってもいいのだが、コンダクターがいるといないとでは格段に全体の攻防数値で差が出るという。
なるほど。
道理で戦争イベントに参加しようって奴が、血眼になってコンダクターを探すわけだ。
実はイベント中、引き抜きの話も何件か来たのだが、ユンは全て断った。
最初に作ったギルドのメンバーには恩を感じていたし、イベントが終わった後も友達でいたいと考えている。
初期メンバーは前方職のファイター、ストレンジャーが二人。
後方支援職のウィザード、レンジャーが三人に回復職のプリーストが一人という小部隊だったのだが、イベントで勝ち進むうちにメンバーの数も増えてきて、今じゃ三十余名の大所帯だ。
イベントランキングは現在三位。
コンダクターをクラスに選んだ者は、相当少ないと見える。
もっとも、ユンは自分でコンダクターを選んだのではない。
ゲームに降り立った時には、既にコンダクターだったのだ。
このたびのイベントでは活躍できたようで幸いだった。
ギルドのメンバーには、ユンを慕う者も大勢いる。
こそばゆくもあったが、信頼されるのは悪い気分ではない。
元いた世界の軍隊よりも、この世界のギルドには一体感がある。
ずっと戦争イベントが続けばいいのに。
そう思わずにはいられないユンであった。
イベントの中で一番取り合いの激しいフィールドがある。
それが、ここ。初心者の街・ワンスだ。
新規が一番最初に訪れる街とあっては仲間を増やしたい連中同士での取り合いになるのも当然で、逆に捉えると、ここを見張っていれば労せずして獲物が罠にかかるとも言える。
ランキング三位ともなると、弱小はすぐに逃げてしまって戦闘にならない。
領土を増やすのも大事だが、やはり戦闘で勝利した時が一番経験値や報酬の入りがいい。
そうしたわけで『第九小隊』のメンバーは常にワンスを見張っていた。
そして、ついに新規プレイヤーへ襲いかかるギルドと遭遇した。
「初心者ちゃんが襲われていますねー。襲っているのはギルド『レッドビルダー』ランキング30位です」
見張りの連絡を受けて、全軍現場へ直行する。
見つけるや否や「やぁっ!」と勇ましいかけ声と共に弓矢を放ったのは、仲間のスナイパーだ。
矢は、ひゅんっと一直線に飛んでいって、少女へ汚いモノをなすりつけていた巨漢の竿にぶすりと刺さる。
「ぎょはぼえあぁぁぁっ!」
絞め殺されたブタみたいな悲鳴を巨漢があげて地べたに転がり込んだのをきっかけに、次々と魔術師達は呪文を唱え、戦闘の火ぶたが切って落される。
完全に完璧な奇襲だ。
相手は為す術もなく逃げまどっている。
逃げるかどうかも迷っている有様だ。
せっかく見つけた初心者に未練でもあるのか、馬鹿な連中だ。
戦場では中立の立場に構っている暇などない。
まずは敵を一掃、それに集中せねば、己を待つのは敗北のみだ。
一気に畳むべく、ユンは号令をかけた。
「目標、レッドビルダーに集中!まずは少女を救出しろ!!」
仲間は「覚悟!」だの「OK!」だのと威勢良く応えて、再び始まる怒濤の魔法と弓矢攻撃。
『レッドビルダー』の面々は反撃もままならぬ状態でバタバタと倒れていき、わずかな生き残りも這々の体で逃げ出した。
無事に戦闘は終わり、「地形変更キター!我々の領土に色塗り完了しました」と仲間が叫ぶ。
へたり込んでいた少女の元へ、セツナが近づいた。
褐色の肌といい、尖った耳といい、人間以外の種族をプレイヤーで見かけるのは珍しい。
「大丈夫?」と声をかけると少女の目からは瞬く間に涙が溢れ出し、ぎゅうっとしがみつかれた。
「あ、う、わぁぁぁぁっ、あぁぁぁっ」
裸の体へローブをかけてやりながら、セツナは何度も少女の背中を撫でてやる。
相当怖かったのだろう。
少女は一心不乱に泣いている。
そりゃそうだ。
自分だって初心者時で同じ目に遇ったら、恐怖で泣いてしまうかもしれない。
PEやPKは若い子達の心にトラウマを作りかねない、酷いシステムだ。
ユンも、地べたに座り込んだ少年の元へ近づいてみる。
こちらは泣いていなかったが、呆然とした表情でユンを見上げていた。
「初心者か?戦争フィールドを個人でうろつくのは危険だ、街の外へ出たほうがいい」
仏頂面で忠告してやると、少年は一瞬泣きそうになったが、ぐぐっと堪えて頷いた。
「た……助けてくれて、ありがとう」
ちゃんとお礼が言えるとは、礼儀正しい子だ。
不意にユンの脳裏に名案が閃いた。
街の外をうろつかせるよりも、もっといい退避方法があるじゃないか。
知らず笑顔になりながら、ユンは彼を勧誘してみた。
「ヒューイ。俺達と居るならば、ここはお前達にとっても安全地帯だ。戦争が終わるまで、俺達のギルドに入るといい」
少年が聞き返してくる。
「え、と……ギルドって?」
なんと、そこから説明しないと駄目なぐらいド素人だった。
ヘルプも知らない初心者か、説明するのは面倒くさそうだ。
急激に面倒になってきたユンは、説明を放り出して仲間の元へ戻る。
セツナが近くにいたから、後は彼女が説明してくれるだろう。
「あの子達、加入させるんですか?」と仲間の一人、テリーに聞かれたので、ユンは無言で頷く。
「ま、イベント参加すりゃレベルもあがるし、そのうち戦力になるかな……」
あまり皆は期待していないようであったが、さりとてユンの決定に反対するメンバーもおらず、初心者の街で襲われていた少年少女のヒューイとマナルナは、ユンのギルドへ加入した。