己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


鉄男&木ノ下

その日もギルドでの雑談を終えて町へ帰ってきた直後。
「最近ゲームの中が閑散としてきたと思わないか?」
木ノ下に唐突な話題を振られ、鉄男は周囲を見渡した。
人の数は、まばらだ。
だが、いつもこんな光景であったようにも思う。
賑わっているか否かなど、今まで気にしたことがない。
鉄男の思考は常に、木ノ下とギルメンだけが住む小さな世界に収まっていた。
「なんてーのかなぁ……前は狩り場が満員で埋まることも多かったのに、最近は、どのチャンネルにいっても人がいないだろ。寂れてきたなぁって」
いつも行き先は木ノ下任せにしていたから、それも鉄男には初耳だ。
「過疎ってきたって俺のフレも言っているし、やっぱ人がいなくなっているんだよ」
鉄男がボソッと「……俺のフレ、とは?」とだけ尋ねると木ノ下はハッと我に返り、「あ、あぁ。ギルメンとは別に外でフレ作ったんだよ、ほら、これ」とリストを見せてくる。
リストにあるのは鉄男の知らない名前だ。
自分の知らない場所で友達を作っていたのはショックだが、考えてみれば木ノ下にだって友達を作る自由ぐらいあろう。
「けど、安心しろよ?俺の親友は、お前一人だからさ」
黙っている鉄男をどう捉えたのか、木ノ下はニッカと笑って付け足した。
「と、とにかく。過疎っている原因が何なのか、ちょっと気になるんだよな。鉄男、お前はどう思う?」
「単に飽きただけではないのか?」
質問に質問で返すと、木ノ下は腕を組み、うーんと唸る。
「やっぱそうなのかなぁ。それにしちゃ〜一斉すぎるような気もするけど」
かと思えばリストをもう一度見せてきて、こんなことを言う。
「そういや知っているか?鉄男。リストで名前が灰色になっているフレは、ゲームを引退したって意味らしいぞ」
木ノ下のフレ一覧には、灰色の名前が幾つか並んでいる。
曰く、いきなり灰色になってトークも繋がらなくなったのでパニックになっていたら、他のフレが教えてくれたとのことだ。
「一言連絡ぐらい欲しいなぁと思うけど、まっ、向こうも急な引退だったのかもしれないしな」
不意に思い出し、鉄男も自分のフレリストを開く。
ナナだ。
彼女は今、どうしているのだろう?
名前が灰色になっていないところを見るに、まだ、この世界にいるようだ。
汗臭い前ギルドを解散して以降、彼女とは全く会っていない。
トークがかかってきた事もなければ、メッセージを届けてくれた事もない。
無論こちらからコンタクトを取ってもいないので、すっかり音信不通だ。
「あー。ナナちゃんか、懐かしいなぁ」
ちらっと鉄男のフレリストを覗き込んで、木ノ下が呟く。
「全然連絡取り合ってないし狩りにも行かないから、俺なんかフレから外しちゃってたよ。鉄男は偉いな、まだ彼女と繋がっていたのか」
人付き合いのいい木ノ下とも思えない発言に、鉄男は驚いた。
音沙汰がなくなってしまうと、案外あっさり縁を切ってしまうタイプだったのか。
自分も音信不通になれば、木ノ下には見捨てられてしまうのか……?
またまた一人で暗くなる鉄男を励ますように、木ノ下がフォローを入れてくる。
「てっ、鉄男は別だぜ?まず音信不通にはならないし、何かの事情で離ればなれになることがあったとしても、連絡は絶対するし!」
「……木ノ下」
「う、うん。なんだ?」
「信じているからな」
ボソッと呟きマイハウスへ歩いていく鉄男の後を追いかけ、「おう!」と叫んだ木ノ下は、しっかり鼻の下を伸ばしてデレデレした。


ゲーム内が急激に過疎り始めたという噂は実際のところ、かなり前から囁かれていた。
鉄男の運営するギルド「ラストワン」にも、ついに噂が届いた。
とあるギルメンが小耳に挟み、ギルチャで話題に出してきたのだ。
それによると人の減った原因は飽きたからではなく、ログアウト関連の不具合だと言う話だ。
とある場所でログアウトすると、アカウントが消滅してしまうらしい。
かなり深刻な不具合のようで、被害者も続出している。
にも関わらず運営の動きが後手に回っている為、ゲームの外、ネットでは軽く炎上中。
不具合があるのにメンテナンスの告知が出ないのも、炎上を煽る理由となっているそうだ。
「そんなゴタゴタが起きていたとは、知らなかったぜ……」
ぽつりと呟く木ノ下の横では、鉄男がギルメンへ尋ねた。
「とある場所とは、どこだ?」
「えーとね、港町プルッツェルンにある地獄のゲートなんだけど」
地獄のゲート自体は、初期段階で多くの人々に発見されていた。
サービスが始まったばかりの頃、港町まで行き着いたプレイヤーが見つけたのだ。
地獄のゲートは普通のゲートとは異なり、地面に広がっている。
巨大な生き物が大きく口を開いているように見える事から、当時の廃プレイヤーが勝手に命名した。
正式名称は未だに誰も知らない。
カーソルを当てても『???』と表示されるせいだ。
運営に問い合わせても、お答えできませんのテンプレ文章しか返ってこない。
何の為にあるゲートなのかも判らない。
サービス序盤で飛び込んだ時は、初心者の町まで戻るだけであった。
ただの帰り道と判断され、そのうち誰も地獄のゲートについて語らなくなった。
そのゲートの話が最近また話題になるようになった原因が、強制垢BANだ。
アカウントが強制削除されてしまうのを垢BANと呼ぶ。
利用規約に反した行動をしてしまったり、運営の怒りを買ったユーザーがそうなるのだが、今回は何も悪いことをしていないプレイヤーでも利用不可能になってしまうのだと言う。
「マスターは絶対ゲートには近寄らないでね?消えちゃったら悲しいから」
ギルメン数名に釘を刺され、鉄男は黙って頷いた。
いつの間に彼らから、そこまで慕われていたのかと考えると、嬉しくもあった。
だが――地獄のゲートか。
かなり気になる。
ログアウトが強制的に行なわれる、という点が。
木ノ下も鉄男も、ログアウトが自力で出来ない状態にある。
そんな奴でも強制ログアウトは可能なのだろうか?
調べてみたい好奇心が芽生えたのは、鉄男だけではない。
木ノ下の心にも、芽生えつつあった。

数日の間を置いて、木ノ下と鉄男の二人は該当の場所まで来てみた。
ギルドメンバーには当然内緒だ。
ここへ到着するまでに、かなりボロボロになってしまったが、そこは回復薬でカバーした。
回復系の道具が手持ちから一掃され、軽くなったカバンを見つめて木ノ下が苦笑する。
「これでガセだったら泣けるな」
薬は、また買えばいい。
それよりもゲートだ。
噂は本当なのか。
通常のゲートが縦に細長いものであるのに対し、このゲートは地面に大きく広がっている。
見るからに異質であるし、禍々しくもある。
飛び込むには勇気を要する。
一度入ったら二度と生きて出られない雰囲気が、そのゲートにはあった。
よく、こんな穴に入ってみようと考えたものだ。
一番最初に飛び込んでみた者は。
「け……結構、怖いな。鉄男、念のため対人モードはオフにしとけよ?」
これで痛かったら、たまったものではない。
鉄男は無言で、こくりと頷く。
設定を変更した後は、どちらからともなく一緒に飛び込んだ。
二人一緒に入れるほど、大きな穴だった。
下へ下へと落下していく感覚が身を包む。
何処までも落ちていく。
底がないかのように。
だが、それも数分とは続かず、すぅっと鉄男の意識が遠のいていく。
傍らの木ノ下を確認しようと横を向いた瞬間、鉄男の意識はブツリと途切れた。
まるで、闇に全てを飲み込まれてしまったかのように。


――ハッ!
と勢いよく目覚めて、木ノ下は飛び起きる。
何か、すごく長い夢を見ていたようにも思うが、何も思い出せない。
「木ノ下、やっと起きたか」
鉄男に声をかけられ、ぼんやりする頭なれど、木ノ下も応える。
「お、おう。おはよ。な〜んか、まだ眠いんだけど、俺、昨日何時に寝たっけ?」
「さぁな……寝たのは俺のほうが先かもしれん。それより、もうすぐ授業が始まる。急ごう」
他愛のない会話を交わし、ラストワンのジャンパーへ着替える。
今日も一日の始まりだ。
木ノ下と鉄男は仲良く、二人揃って部屋を出た。


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