己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


鉄男&木ノ下

気がつけば見知らぬ草原に立っていて、地平線に街を見つけた二人は、そちらへ向かう。
初心者の街。
街の入り口に立つ女性は、そう呼んだ。
「街の名前は、ないのか?」
鉄男の問いに女性――ティルリと名乗った彼女が答える。
「この街の名前ですか?ワンスです」
「ワンス……聞いたことねーな」と呟いたのは鉄男のツレ、木ノ下だ。
「それに、この街並み……」
鉄男も、ぐるっと一周を見渡す。
どの家も同じ煉瓦造りで、屋根の色だけが異なる。
大通りを歩いていくと広場になっているようだ。
青空店舗もあって、のんびりした空気だ。
なによりシェルターらしきものが、何処にも見あたらない。
「俺達の住んでいる場所とは全然違うみてーだな」
ぽつりと呟いた木ノ下に反応したのは、鉄男ではなく近くにいた男性。
「そりゃ、あったりめーだろ?疑似世界なんだから」
木ノ下と鉄男の声が重なる。
「疑似世界?」
「そうさ。バーチャルMMORPG、まさか知らないでログインしたのか?」
「あ、いや、うん、そのバーチャルなんとかっての、俺達初めてだからさ、アハハハハ!」
木ノ下は適当に笑ってごまかすと鉄男の腕を引っ張って、その場を素早く離れる。
建物の影に入った場所で立ち止まり、周辺に人影がないのを確認してから鉄男へ囁いた。
「おい、どうなってんだ?疑似世界って、要するにモニターの向こうで展開されるシミュレートみたいなもんだよな」
と、聞かれても。
シミュレートにも詳しくない鉄男は、曖昧に頷くしかない。
「俺達、その中に入り込んじゃったってわけか?どうやったら出られるんだろうなぁ」
考え込み、空を見上げた木ノ下の動きがピタリと止まる。
「どうした?木ノ下」と尋ねてくる鉄男には「あ、あれ……なんだ?文字が浮かんでんだけど」と木ノ下は呟き、指を指すと同時に現れたウィンドウに再び驚かされた。

数十分後。
ヘルプを読み終えた二人は、揃って重たい溜息をつく。
「なるほどねぇ。生身の感覚で楽しめる疑似ゲームってわけか。でもログイン、ログアウトの方法は書かれていない、と」
元の世界に戻る方法が判らないも同然だ。
重たい溜息をつきたくなるのも、当然というもの。
「ずっと、このまんまなのかな……いや!諦めたら、そこでオシマイだッ」
鉄男が慰める暇もなく、一人勝手に立ち直った木ノ下が鉄男を誘ってくる。
「なんとかして、元の世界へ戻る方法を見つけようぜ。俺とお前の二人で」
鉄男は力強く頷いた。
「あぁ」
はっきり言って元の世界へ帰る方法なんて全く思いつかないが、木ノ下と二人なら頑張れる気がする。
「さっき出てきた文章を読んだ感じだと、戦闘と生産ってのを重点的にやれば強くなれるらしいんだよ」
「いや、生産は生活用の技術ではないのか?」
鉄男のツッコミに「まぁ、そうともいえるな」と一応は同意して、さらに木ノ下は続ける。
「んで、二人で同じ事やっても意味ないしってんで、鉄男は生産と戦闘、どっちをやってみたい?」
いきなりの問いに、鉄男は目を丸くする。
ポカンとする相棒に、木ノ下は己の推理を披露した。
「いや、ただ漠然とうろつきまわるのは危険だと俺の勘が告げているんだよ。なんか、この世界にゃモンスターってのも、いるらしいし。名前からしてヤバイよな、いかにも襲ってきそうで。戦うにしろ逃げるにしろ、戦闘スキルは必要、だろ?あと生産は、お前が言ったように生活に関わってくるんだとしたら、そいつも必要だ。すぐに解決策が見つかるとは、思えないからな」
彼の言い分にも一理ある。
どのみち、この世界について調べない事には動きようもない。
長期滞在になるだろうというのは鉄男にも予想できた。
先ほどまでいた、だたっ広い草原。
ああいう場所が他にもあるとしたら、探索は根気との戦いになる。
いつ所持したのか身に覚えのない財布を鉄男が開いてみると、銀貨が五枚入っている。
「これで、足りるだろうか……」
木ノ下に見せると、木ノ下はポンと鉄男の肩を叩いて脳天気に答えた。
「お店の人に聞いてみりゃ判るだろ。さっそく行ってみようぜ!」
適当に入った雑貨屋の店長に銀貨はCという単位だと教えて貰い、無事にスキルブックを二冊買った二人であった。
ただし、その二冊を買った時点で二人とも、手持ち金が底をついたのだが。

雑貨屋を出て早々、木ノ下は頭を抱える。
「まいったな、武器を買う金が残んねーたぁ思わなかったぜ」
この疑似世界の物価の高さは、木ノ下達がいた世界とは比べものにならないぐらい酷い。
先に武器を買えば良かったのではないか。
そんな言葉が鉄男の喉から出かかるも、消沈した木ノ下を見ては言うに言えず。
「木ノ下、戦闘は俺に任せろ。お前が戦う必要はない」
慰めるつもりで言ってみたら、木ノ下には逆に心配された。
「いや、お前一人ってのは危ないだろ。それに素手でモンスターと戦うのは」
「あのっ、すみません!」
唐突に二人の会話へ甲高い声が割り込んでくる。
なんだと振り返ってみれば、桃色の髪の毛をした可愛い女の子がキラキラした瞳で二人を見つめていた。
「なに?」と答える木ノ下を無視し、女の子が鉄男に話しかけてくる。
「あなたも、この街へ来たばかりですか?良かったらフレンドになって下さいっ!」
「うっ……」と小さく呻いて、鉄男が言葉に詰まる。
困った表情で木ノ下を見てきたので、すかさず木ノ下は鉄男のSOSに応えてやる。
「鉄男、フレンドってのは多ければ多いほどいいらしいぜ。いいじゃん、なってやれよ。あ、俺もついでに申請いい?」
後半は少女に言ったもので、少女は予想外の反応に「えっ?」と一瞬戸惑ったものの、鉄男と木ノ下を交互に見つめ、ややあってからOKを出した。
「いいですよ」
彼女の中で、木ノ下と鉄男の関係が把握できたものらしい。
すかさずカード交換を執り行い、少女の名前がようやく判明した。
ナナというらしい。
クラスはファイター。
「レベル1か、君も此処へ来たばっかなんだね」
「はい!一人ぼっちで右も左も分かんなくて、困ってたんです」
「そっか〜。実は俺達もなんだ」
木ノ下と話していながら、ナナの目線は鉄男へ向いている。
そのことに木ノ下は気づいたのだが、まぁ、しょうがないと半分諦めながらも会話を続けた。
ナナは最初から鉄男と知りあいになりたくて、話しかけてきたのだ。
木ノ下は彼女にとって、イレギュラーな存在なのだろう。
「それで買い物は、もう済ませ――」
言いかける木ノ下の言葉を遮るかのように、遠方から男の声が届いてくる。
「お〜いナナたん、待ってくれ!一人じゃないぜ、俺も一緒だっただろうが!」
走ってくるのは眼鏡の青年だ。
そいつを見た途端、ナナが「げっ!」と、らしからぬ悲鳴をあげた。
「あいつ、君の知りあい?」
木ノ下の問いに、ナナが即座に首を真横に振る。
「変態眼鏡が?うぅん、知らない人!」
「いや、でも今、変態眼鏡って呼んだじゃんか」
「誰が変態眼鏡だぁーッ!」と眼鏡男性に怒鳴られて、木ノ下も「ひっ!」と引きつった悲鳴をあげる。
咄嗟に鉄男は木ノ下の前に出て、彼を庇った。
もし眼鏡野郎が木ノ下に危害を加えるとなれば、ただじゃおかない覚悟で。
だが眼鏡野郎は、鉄男が危惧するほどには有害人物ではなかった。
眼鏡野郎はナナを探して走ってきたのだった。
「そんなことよりナナたん!俺とパーティを組めば安全だって、これはさっきも言ったが」
「い・や!あんたが一緒だと余計あたしの身が危なくなるじゃないっ」
「あ、あんたって、いや、ナナたん、俺は一応君の先輩だぞ」
「今は先輩も後輩も関係ないでしょ!だから、あたしがあんたとフレになる意味もないわけ」
突如始まった先輩後輩の口喧嘩に、鉄男も木ノ下も唖然とするばかりだ。
「な、なぁ、お取り込み中みたいだし、俺達は退散しないか?」と木ノ下が鉄男に持ちかけると、ナナが待ったをかけてきた。
「待って!行くなら、あたしも連れてってくださいっ」
「え、でも」
「変態眼鏡の事なら、放っといていいからッ。あたし、あなたと一緒に冒険したいんです!」
またしてもナナの視線は鉄男に一点集中。
じーっと少女に熱い視線を送られた鉄男はたじろぎ、木ノ下に助けを求めた。
「ど、どうして彼女は俺にばかり話をふってくるんだ……?」
小声で尋ねる鉄男に、木ノ下も小声で返す。
この友達ときたら、少女が向ける眼差しの意味に全く鈍感だから困る。
「そりゃ、決まってんだろ?ナナちゃんは、お前に気があるんだよ」
「気が?しかし、今さっき知りあったばかりだぞ」
「一目惚れってやつだろ、たぶんな」
「そいつは聞き捨てならないな!」と、二人の小声会話に眼鏡青年が混ざってくる。
小声で話していたのに聞こえたとは、とんだ地獄耳だ。
「ナナたんは俺の嫁!貴様なんぞに渡しはしないぞ」
「誰が誰の嫁よ!」
即座にナナが、眼鏡青年の股間を蹴り上げる。
ずむっと鈍い音がして、「あ、あがぁ……」と青年がクチから泡みたいなものを吹き出して蹲るのを横目に、ナナが急かしてきた。
「さ、いきましょ!これ以上変態眼鏡に関わっていたら、日が暮れちゃう」
「だが、行くと言っても、どこへ?」
困惑の鉄男が尋ねると、ナナは自分が可愛く見える顔の角度を維持して答えた。
「あなたが行きたいと思う場所ですぅ。あたし、どこまでもお供しちゃいますから♪」
行きたい場所と言われても、自分達の買い物は先ほど済んだばかりだ。
「そんじゃ、とりあえずナナちゃんの買い物を済ませてこようぜ?」
木ノ下が話題を振ってくれたので、鉄男はコレ幸いと、それに乗った。
「では、君の買い物を済ませよう」
「わーい!ありがとうございます〜。さ、行きましょ♪」
鉄男の腕を取り、ナナが走り出す。
「おい待ってくれよ、俺も行く!」
慌てて木ノ下は後を追いかけ、ぶくぶくと蟹の如く泡を吹き出していた変態眼鏡も「お、俺も行ぐぅ」と呟いたのだが、誰も聞いていなかった。
道に眼鏡青年を置き去りにして、三人は来た道を引き返し、武具屋へ入っていった。
――そういや、結局あの眼鏡男。
なんて名前だったんだろう?
ナナに腕を取られた状態のまま、鉄男はそんな思いを巡らせたのだが。
「えへへ〜、あたしに似合う装備ってどれかなぁ。鉄男さんは、どれが似合うと思います?」
ぎゅぅっと腕に柔らかい胸を押しつけられた瞬間、眼鏡野郎の事もバーチャル世界の事も、何もかもが鉄男の脳裏から吹き飛んだ。


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