己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


シン&リュウ

「い……いいんですかね」
恐る恐る尋ねてくるシンに、リュウが尋ね返す。
「何がだ?」
「いえ、その……チートって普通は禁止されてるもんでしょう?」
「普通ならば、な」
短く答え、リュウは辺りを見渡した。
この世界はMMORPG、『コンストラクション』の中だ。
笹川が作った試作品とのふれこみであったが、正規に登録してログインしているプレイヤーの多さにリュウは驚いた。
オープンβではない。
正式稼働と見ていいだろう。
シンとリュウは正規登録プレイヤーではない。
笹川の思いつきで、無理矢理この世界へ放り込まれた存在だ。
肉体は仮初めのモノ――アバターと呼ばれているらしいが――で、死の概念はない。
とはいえ、真面目にこつこつレベルアップする必要もない。
なので、ちょっとデータを弄らせてもらった。
シンもリュウもレベル999、カンスト状態だ。
卑怯と言うなかれ。
リュウにはゲームを遊ぶ趣味がないのだから、仕方ない。
一刻も早く、このくだらないゲームを終わらせるには一つしか方法がなかった。
笹川だ。
笹川を捜して取り押さえる。
そして殴ってでも言うことを聞かせ、元の世界への次元を繋がせる。
リュウも笹川と同様、次元移動の能力を持ち得ていた。
だが、この世界から抜け出す穴が見つからない。
プログラムの穴が判るのは、プログラムを作った人間だけだ。
やはり笹川を捜して取り押さえるしかない。
笹川の居場所は、リュウの能力を持ってしても探知できなかった。
こればかりは、地道に情報を集めて探すしかなさそうだ。
「デバッグモードは塞がれているか」
ぽつりと呟くリュウに「え?」とシンは聞き返すが、なんでもないと、かぶりを振られ、詳しく聞く機会を与えてもらえなかった。
リュウは、さっさと終わらせて元の世界へ戻ろうと言う。
しかし正直な話、シンはこの世界で少々遊んでみたいと思っている。
リュウと二人で亜空間に住むようになって、時の管理人として運命を定められて以降、シンの人生は日常から切り離されてしまった。
もちろんシンが望めばリュウは疑似の海を出してサーフィンさせてくれたし、おいしい食事を楽しむことも出来る。
だが、そうではない。
もっと平凡な日常を、シンは体験したいと望んでいた。
他の次元に住んでいる皆がやっているような趣味も試してみたい。
その一つがネットゲームだ。
元の世界、亜空間に来るよりも前に住んでいた世界にもゲーム自体は存在していたけれど、シンは当時サーフィンにオネツだったので、ゲームをやろうと考えたこともなかった。
ネットゲームは笹川のいる世界に存在する娯楽らしい。
世界中の人と対戦したり協力プレイが楽しめるのだとか。
面白そうじゃないか。
しかし面と向かって興味がないと言い切っているリュウに「遊んでいきましょうよ」と持ちかけるのは、ハードルが高すぎる。
なんとかしてリュウの隙を見て、ちょこっと別行動で遊べないものか。
そんな事を考えていると、リュウが突然振り向いてシンへ尋ねた。
「遊びたいのか?」
「えっ?」
「このゲームで遊びたいと、君は考えているように見えるが」
シンの考えている事など、リュウには筒抜けだったようだ。
さすが元祖・時の管理人。
「君が遊びたいというのなら、データを修正してレベル1に戻そう」
「あ、え、えと……いいんですか?その、リュウさん、ゲームには興味ないんですよね?」
「君がやるというのなら、俺はそれに従うまでだ」
言葉少なげではあるが、リュウの口元は微笑んでいる。
ゲームには興味ないが、シンにつきあうならアリということか。
「じゃ、じゃあ、是非」
興奮で顔を赤くしたシンにせがまれ、リュウは頷いた。
「判った」
データ改竄を元に戻し、共にレベル1になる。
クラスはシンがストレンジャーで、リュウはウィザードだ。
ここへ来た当初はシンもウィザードになっていたが、リュウのイメージではシンはストレンジャーだ。
なのでレベルを戻す際、ついでにクラスも変更しておいた。
大方笹川の脳内ではシンの能力、氷の力がイメージされているのだろう。
だが、時の管理人となった今でもシンは能力を滅多に発動させていない。
あの能力には、良い思い出がない。
シンが日常と切り離されるきっかけにもなった、忌まわしい能力なのだから。
「あ、俺、今度は肉体派なんですね。やったぁ!」と本人も喜んでいるから、リュウのイメージはまんざらハズレという訳でもなさそうだ。
「シン、君はこのゲームで何をやるつもりだ?」とリュウはシンに尋ねた。
ゲームには興味ないが、シンのやりたいことには興味がある。
シンは時々、リュウには考えもつかないような方向に思考を飛ばしたり、なんでもない事で恥ずかしがったりする。
世代の違いというやつなのだろうが、それがリュウには微笑ましくもあり、シンを大切にしたいと想わせる理由でもあった。
「そうですね、戦闘……も、いいですけど生産!面白そうですよね〜。あ、でも対戦ってのもいいかもしれない。あとあと、結婚!?なんてのもあるみたいですよ?どうですか、リュウさん」
何がどうですか、なのか。
返事に窮するリュウをほったらかしに、シンはヘルプを開いて吟味に夢中だ。
「あ〜、たくさんやれることが多くて迷っちゃいますよ〜……どうしようかなぁ?あ、海辺だと泳いだりサーフィンも出来るんですね!いいなぁ、あぁ、でも他のこともやりたいし」
「迷うのであれば、少しずつ試せばいいのではないか?」
ポツリと助言するリュウへ振り向くと、ナイスアイディア!とばかりにシンは目を輝かせる。
「そうですよね!いっぱいいっぱい時間がありますもんね、俺達。それじゃ〜、まずは戦闘!それから生産も幾つかやって、泳いだ後はリュウさん、一勝負といきましょう!」
「一勝負?PKに興味があるのか」
穏やかなシンの気性から考えると意外な気もして、リュウは聞き返す。
「はい、あの、PKっていうと殺伐としちゃいますけど、PvPっていうと力試しな感じがしません?」
ちらっと上目遣いにリュウを見て、シンは何故か照れている。
「俺とリュウさんって一応コンビですよね。あ!もちろん本来の実力でいうと、俺なんかまだまだですけど……でも、ゲームでなら互角に戦えるんじゃないかなって思って」
「いや、ゲームなら戦うまでもない。君の勝ちだ」
あっさり決めつけるリュウに、思わずシンはクチを尖らせる。
「えー。やってもいないうちから、どうして判るんですか?」
「簡単なことだ。呪文を唱える時間と、君が間合いを詰めて殴りにくる時間を考えれば」
勝負は一発でつく。
ウィザードのスキルが発動する前に、ストレンジャーの拳を受けて吹っ飛ぶ自分の未来など簡単に予想できた。
「むーん。じゃあ、闘技場に出るっての、どうです?俺とリュウさんでコンビを組めば!」
「あぁ。そのほうが楽しめるだろうな」
やったー!とガッツポーズで喜んだかと思えば、またまたシンの話題は次へ飛ぶ。
「あとは……P、E……?え、と、えっと……え、えぇぇええ!?」
目でヘルプを追っていたシンは、たちまち真っ赤になって目を忙しなく泳がせた。
リュウもちらりとヘルプを一瞥し、冷静にツッコミを入れる。
「……それは省略しても構わない。無論、君が仕掛けたいと思う相手でもいれば話は別だが」
「え、えぇっと、その」
ちらっちらっと何度もリュウの顔を伺い、シンがポソッと尋ねてきた。
「リュ、リュウさんは?」
「俺がどうかしたのか」
「ですから、その。リュウさんは、興味ないんですか?エ、エロスに」
この流れで興味の有無を聞かれるとは思ってもおらず、リュウはしばし思案に耽る。
シンは一体、どういう答えを期待しているのか。
じっと無言で見つめ返すと、シンはあわあわと慌てて無遠慮な詮索を打ち切った。
「あ!あ、あ、ごめんなさい!今のはプライバシーの侵害でしたっ」
「……いや、構わない」
地球で起きた戦い以来、ずっと二人だけで暮らしているのだ。
今更プライバシーに侵害もへったくれもない。
だが真っ赤っかで大慌てなシンに、ちょっと意地悪してやりたくなった。
「そういう君こそ興味があると見える。誰かとやってみたいなら、俺は止めはしないぞ」
口元を歪ませて言ってやるとシンは更に茹で蛸状態になり、もじもじテレながら上目遣いにリュウを見つめた。
「いっ、いいんですか?本当に、しちゃっても」
「構わん。俺はここで待っていよう。相手を探してくるといい」
「いえ、その……」
じぃっと見つめてくるシンの視線の熱さに気づき、リュウは顔にこそ出さなかったものの、まさか――と思い当たった一つの仮説に自分でも驚愕する。
まさかと思うが、彼は俺としたいと願っているのではあるまいか?
いや、まさかだ。
そんなわけがない。
シンの好みのタイプは熟女、それも齢六十以上の老婆だったはず。
ジェイミー=サーランサーが、そうであったように。
困惑するリュウの前で、シンが勢いよく頭を下げる。
「リュウさん、お願いしますッ!」
「――っ」
頭を下げたばかりではない。
ガシッと勢いよくリュウの手を握り、潤んだ眼差しで見つめてくるオマケつきだ。
「俺と、PEしてください!!」
絶対にノーと言わせない熱意を感じた。
それ以前にリュウは自ら『誰かとやりたいなら止めない』と宣言してしまっている。
断れるはずがない。
しかし疑問は残る。
何故、リュウなのだ。
探せば、この世界にもシン好みの老婆は居よう。
「何故、だ……?何故、俺を相手に」
絞り出されたリュウの疑問に、シンはテレて頭をかいた。
「え、だって。リュウさんは俺にとって特別な人ですし。それに俺、ずっと、ずっと前から、あの、マダムが死ぬよりも前からリュウさんのこと、もう好きになっていたっていうか」
テレテレ顔から一変して真顔になると、再びリュウの両手を握ってくる。
「とにかく!好きなんです!!大好きです!!!リュウさんは、俺のこと、どう思っているんですか!」
「そ、それは……」
素早く周囲を一瞥し、リュウは小声でシンに伝えた。
「別の場所で話そう。ここは人目がありすぎる」
何しろ、ここは街の中央だ。
広場で、皆の視線が集中している。
一度退散しよう。
誰もいない場所まで。
「わ、判りましたっ」と鼻息荒くシンも頷き、二人は街の外へ出て行った。


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