己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


龍輔&誉

龍輔と誉が、この世界へ来て、宿に寝泊まりして通算世界日数で一週間分の朝と夜を迎えた頃には、二人はレベル30まで実力をつけ、第一次転職に手が届く状態になっていた。
二人ともクラスはシーフ。
初期装備のボロいナイフとは、スタート早々にオサラバした。
開始直後の二人が、どうやって金を貯めたのか?
なんてこたぁない。
近くにいた同レベルの奴を襲って、有り金を巻き上げたのである。
所謂PKだ。
悪いことをしたなんて良心は、どちらも持ち合わせていない。
彼らは現実でも怪盗団、すなわち本職泥棒だ。
良心なんぞ、最初から持ち合わせていないのである。
それに、ここはヘルプを読む限り、現実ではないらしい。
なら、何をやってもOKってわけだ。
「なぁ、誉。レベルカンストしても元の世界に戻れなかったら、どうするよ」
ここから元の世界へ戻る方法が判らなかった二人は、とりあえずレベルアップの道を選んだのだが、どんなに強くなっても帰れそうな兆しが見えてこないことに龍輔は内心焦りを覚えていた。
「ここで……龍輔と、ずっと暮らす」
誉はというと全然焦っておらず、じっと子犬みたいに真っ黒な瞳で見つめられ、龍輔はボリボリと頭をかいた。
「あのな。ずっとってわけにもいかないだろ?俺達の体は現実のものじゃない。現実の体が、向こうの空間に転がっているはずだ。モノを食わなきゃ体は死ぬ。早いうちに現実へ戻らないと、やばいだろ」
「戻らなくてもいい」
ぽつんと呟き、誉が視線を逸らした。
「ここで龍輔と一緒に暮らしたい」
意外な台詞を聞かされて、龍輔は呆気に取られる。
現実じゃ誉はモテモテだ。
怪盗団のアイドルといってもいい。
そんな現実を、本人が嫌がっていたとは初耳だ。
嫌がっている素振りなど、一度も見せなかったくせに。
龍輔に見つめられていると気づいて、誉が振り返る。
「ここでは……出さなくて、すむから」
「出さなくて済む?何をだ」
「…………」
誉の視線を辿って、己の股間に行き着いた龍輔は、やっと思い当たる。
なるほど。
そういうことか。
つまり、あのユニフォームが嫌だったと!
なら、ボスに言えばいいのである。嫌なら嫌と。
しかし誉は普段、何を考えているのか判らないほど大人しい奴だから、もしかしたら悠平に遠慮したのかもしれない。
ま、正直言うと龍輔も、あのユニフォームに不満が全くないわけではない。
だが奇襲の意味もあるんだぜと悠平に押し切られ、あの格好が定着してしまった今となっては、反論するのも虚しいばかりだ。
龍輔にしてみたら、女の子達が嫌がっていないのは意外だった。
あいつらには羞恥心ってもんがないのだろうか。
いや、同じく露出している身では偉そうに言えた立場でもないのだが。
今の二人は、上から下まで服を着込んでいる。
初期装備のボロッちいチュニックは早々に売り払い、モンスターや他プレイヤーから奪った金で、丈夫な鎖帷子と取り替えた。
格好に関していえば、現実よりも立派だ。
「けど、二人っきりじゃ寂しくないか?」
「龍輔がいるから寂しくない」
ぎゅっと誉に抱きつかれ、もう一度龍輔は頭をかいた。
そう言ってくれるのも、頼ってくれるのも嬉しいが、龍輔としては、ここに永住する気がない。
なにしろ現実世界ではないし、現実に残された実の体も気になるし、なんといっても、ここには風花がいないじゃないか。
誉のことは嫌いじゃない。
だが風花と比べたら、彼女のほうが、ずっと好きだ。
龍輔に懐いている誉には悪いのだけど。
「……ま、とにかく、まずはレベルカンストだな」
「カンストするには、いくつまであげればいい?」
「それな。判らねーんだよ、まだ誰もカンストした奴がいないらしくて」
第一次転職はレベル35だ。
第二次転職がレベル60。
ということは、少なくとも60まであげてみない事には、カンストのカの字も見えてこまい。
気の遠くなる話だ。
だが、装備さえ良ければ戦闘が楽になると覚えた二人に怖いものなど何もない。
強さが足りなければ、また誰かを襲って有り金奪って装備を整えればいいのである。
「まずは第一次転職、か?誉、お前はどっちにするつもりだ」
シーフの第一次転職は、アサシンとトレジャーハンターの二つに分かれる。
アサシンは戦闘に特化したタイプで、トレジャーハンターは宝物が見つけやすくなるクラスだという。
「龍輔は?」
「俺は、まぁ、戦う方が得意だしアサシンってのにしようかと」
「なら、俺はトレジャーハンターにする」
こくんと頷く誉を見、懐から術符を取り出した龍輔が言う。
「じゃ、進路も決まったところで……ひとまず、街へ戻るか」
術符は一瞬で街まで戻れるアイテムだ。
レベル40になれば、馬車も使えるようになる――と、ヘルプには記されていた。
馬車が使えるようになれば、もっと効率の良い狩り場も見つけられるだろう。
買い物リストを脳裏で作成しながら、龍輔と誉は一旦街へ帰還した。

回復薬と新しいスキルブックを購入した龍輔の耳に、騒ぎが聞こえてくる。
見れば、目つきの悪い男がNPCを襲っている連中に文句を言っている処であった。
NPCを襲っている連中は所謂NPCE、NPCにエロモードを仕掛ける行為である。
龍輔も一番最初に見た時は、面食らったものだ。
NPCなんか襲って、何が楽しいのか?
NPCとは、ヘルプによると機械が動かしている人形みたいな存在らしい。
どうせ襲うなら生身の人間が動かしているPCのほうが、様々な反応を見られて面白いじゃないか。
……ま、それはともかく。
いかにも初心者丸出しな男へ、龍輔は声をかけた。
「あ、もしかして初心者か?大丈夫だ、あれはPEじゃなくてNPCEだから。NPCEってのは、NPCエロモード。ヘルプは、もう読んでみたか?」
「ヘルプって何でぇ」と男が尋ねてくるので、龍輔は、それにも答えてやった。
初心者には、できるだけ親切にしてやりたい。
何故ならば、この世界へ来たばかりの龍輔も、先輩諸氏に教えてもらったクチだからだ。
空に浮かんだ文字を見て「うわぁ、すごい!」と緑髪の青年が喜ぶのを見て、誉が目を細める。
初心者時代の自分を思い出したのかもしれない。
「NPCはPCと違って抵抗しないから、ああやって好き放題やっているんだよ。みんな」
「皆やってんのか!?」
呆れる男へ頷くと、龍輔はカードを取り出した。
プレイヤーカードと呼ばれるもので、これを交換しあう事でフレンド登録が可能となる。
「ここで会ったのも何かの縁。てことで一応、フレになっとくか?」
フレとは、フレンドの略称である。
フレンドになっておくと、パーティを組むのが楽になる。
パーティを組んでいると、戦闘に勝利した時、戦っていないメンバーにも恩恵があるそうだ。
「いいぜ」と男が素直に頷く。
「んじゃ、あんたもカードを出してくれ」
二人はカードを交換しあい、改めてフレンドになる。
「よろしくな、龍輔」
「おぅ。坂井、そっちの彼ともフレになっといたほうがいいぜ。友達なんだろ?」
坂井は頷き、いつまでもメニューを眺めて喜んでいる青年を突っつくと、さっそくカード交換を始める。
「そんじゃ、俺達は狩りに行ってくるから。お前らも強くなりたいなら、良い狩り場を教えとく。街を出て一番手前にある森だ。初心者は皆、そこで訓練するんだぜ」
「へぇ、そうなのか」
実を言うと、これも先輩諸氏に教えてもらった知識の受け売りだ。
「それじゃ、またな!」
「おぅ」
龍輔は大きく手を振って挨拶を交わし、坂井達と別れた。


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