己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


ラルフ&エリック

町外れの草原に、ぽつりと建つ一軒家があった。
表札にはエリック、そしてラルフの名前が記されている。
ユーザーハウスの一つで、こうした一軒家はフィールドのあちこちに存在した。
エリックとラルフの家には、畑や工芸用のアトリエが備わっている。
キッチンもあり、一通りの生産スキルが鍛錬出来るようになっていた。
「全く、君は架空の世界でも現実とやっていることが変わらないんだね」
畑仕事に精を出す相棒をラルフがからかえば、手を休めたエリックもやり返してくる。
「そういう、あなたは現実よりも働き者ではありませんか」
この家は、ラルフが建てた。
表札にエリックの名前を一緒に入れようと言い出したのも、彼だ。
二人で住む家を建てる。
ただ、それだけの為に彼は膨大な時間を費やし、ついに家を完成させたのだった。
「まぁね。どうしても君と同居する家が欲しかったし……」
視線を逸らしてテレるラルフに、エリックが尋ねる。
「でも、どうして私と?他に女性を連れ込んでも宜しかったのに」
「おいおい、司祭の言葉とは思えないな」
エリックはゲームの中でもプリーストだった。
ラルフはシーフ。
ここまでの日数の半分以上をハウジングに費やしたので、レベルはまだ10かそこらをウロウロしている。
エリックだけでもレベルアップ修行に出れば良かったのに。
そう思う反面、自分と一緒にパーティを組みたかったのかと考えると、ラルフは嬉しさで頬が緩むのであった。
「言っただろ。俺は、君と住みたかったんだよ」
「ですから、どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……親友だからってんじゃ、ご不満かい?」
この広い世界――バーチャルMMORPGで知っている顔はエリックだけ。
友達を新たに作ってもいいのだが、やはりリアルで幼馴染みってほうが断然やりやすい。
それにエリックが考えているほど、自分はナンパマンではないとラルフは思っている。
というか、エリックの目前で女の子をナンパした覚えがない。
エリックと一緒の時はエリックしか見ていないはずなのだが何故、ナンパマンだと思われているのか。
心外だ。
「そうですか」
納得したのか笑顔で頷くエリックへ、逆にラルフが問いかけてみる。
「っていうか、何故君は俺に女の子との同居を薦めるんだ?そっちのほうが疑問だね」
「いえ、あなたはいつも教会でクリスティに声をかけていましたから、てっきり女性がお好きなのかと」
なるほど。
社交辞令で話しかけていたのを勘違いされたらしい。
「あぁ、そりゃ彼女も教会にいるってんじゃ、無視するわけにもいかないだろ?礼儀だよ、礼儀。俺はいつも君に会いに来ていたんだ。彼女が目的じゃない」
それにクリスティはラルフの見立てじゃ多分、エリックのことを愛している。
エリックの話によれば、彼女が部屋を掃除するたびにエリックの下着が数枚なくなる件。
ありゃ〜絶対クリスティが失敬しているに違いない。
……エリックの下着か。
ラルフは、じぃっと彼の着ている黒いローブを凝視する。
この下には、今、下着を着けているのか否か。
視線に気づいたエリックが「何か?」と問いかけてくるのへは、曖昧に頷いた。
「いや、まぁ、君のそれ、一張羅だよな。たまには洗濯しようぜ、洗濯スキルってのもあることだし」
この世界には、いろんな技術――スキルが用意されていた。
洗濯スキルは、その名の通り洗濯をするスキルだ。
スキルアップすればするほど洗濯物が綺麗に仕上がるらしいが、こんなスキルを真面目に修練している奴がいるのかどうかも疑わしい。
だがエリックがいつやりたいと言い出しても大丈夫なように、ラルフはちゃんと洗濯グッズを用意していた。
家もキッチンもアトリエも、全ては彼の為に用意したのだ。
ラルフ一人でいる分には、全部必要のないシロモノなのだから。
戦闘レベルは皆無なのに、生産スキルは異常に高い。
それが今のラルフのステータスだ。
プロフィールにも【ハウジングマスター】の称号が、燦然と輝いている。
「そういう、あなたも一張羅では?そうですね、装備の予備はあった方がいいかもしれません」
「よし、じゃあ俺が君の分も見繕って買ってくるよ」
「いえ、そういうわけには」
遠慮する友の手を取り、「じゃあ一緒に行くかい?」と誘って、ラルフとエリックは二人仲良く近くの街へ買い物に出かけた。


たぶんレベル10プレイヤーの中で、自分が一番金持ちじゃないかとラルフは思っている。
ハウジング修練の余波で、作ったものを片っ端から売りさばいた結果、総額は軽く50万を越えた。
ちまちまモンスターを倒すのがバカらしくなるほど、生産は儲かるのだ。
もちろん序盤は出費のほうが多かったが、今じゃ黒字も黒字、多少値の張る材料を買ったって、完成品をフリマに出せば充分お釣りが来る。
ユーザーハウスの中にある家具も全てラルフの手作りだ。
ダブルベッドは苦労しただけあって、寝心地最高。
宿屋いらずである。
エリックは文句一つ言わずにダブルベッドで寝ているけど、本音はどう思っているのだろう。
しかし彼が文句を言うなら、血の涙を飲んででもシングルベッドを用意する気でいた。
「エリック、これなんかどうだ?君に似合うと思うんだが」
少し値の張る紺色のベストを彼に渡してやる。
エリックは素直にそれを受け取ったものの、にこりと笑って辞退する。
「私の装備は、どれでも構いません。一番安いもので充分ですよ。ラルフ、それよりあなたの装備を充実させましょう」
この親友は自分事を節約して、ラルフに気を回したがった。
「俺の装備こそ、なんだっていいよ。君こそ、できるだけ装備は万全にしといたほうがいいぜ。プリは狙われやすいからな」
気を回したがるのは、お互い様なのだが。
ふと棚の上を何気なく見たラルフは、思わず上に置かれていた小瓶を二度見する。
――惚れ薬。
ラベルには、そう書かれていた。
何故武具屋に、こんな怪しげな薬品が?
いや、それよりも。
グビビっとラルフの喉が鳴る。
幸い、エリックは杖売り場に気を取られている。
そぉっと背伸びして、惚れ薬を手に取った。
瓶に値段が貼ってある。
6万C、買えない値段ではない。
レベルの割に大金持ちなラルフからすると。
こっそり買い物欄に追加すると、ラルフはエリックへ声をかけた。
「あ、そうそう。悪いんだけど君に頼み事をしてもいいかな?」
「なんでしょう」と首を傾げる彼に数点の雑貨購入を頼み、ラルフは人なつっこい笑顔を浮かべる。
「買い忘れていたのを今思い出したんだ」
「回復薬ですか。そういえば、買った覚えもありませんでしたね。判りました、行ってきます」
エリックは何の疑いも持たずに、ラルフの頼みをOKすると雑貨屋へ向かう。
その隙に、ラルフは素早く会計をすませた。
何のって、勿論さっき見つけた怪しげな惚れ薬に決まっている。
さすがにエリックの前で、これを買うのは躊躇われた。
無駄遣いと怒られて、買えなくなるのがオチだろう。

買い物を済ませた後、ちょっとだけ付近のモンスターと戦って、二人はすぐマイホームに帰宅する。
「ふっ……ふふふふ……ふふふっ……」
帰宅したら、まずは風呂。
エリックを先に入らせたラルフは、その間料理の支度を始めるわけだが、手には例の薬を握りしめていた。
「こ、これを……エリックに盛れば、ふっふふふふ……おっと、涎が」
エリックとは、一度やってみたいことがあった。
ヘルプの一番重要項目と呼ばれている、通称”アレ”である。
Pで始まりEで終わる、アレだ。
もう、ここまで言えばラルフが何をしたいのか、お分りだろう。
そうだ。エロだ。PEだ。
親友だなんだと言ってみたけど、ホントはそうは思っちゃいない。
いや、親友であることは確かなのだが、ラルフのエリックへ向けた想いは親友を遥かに突き抜けていた。
エリックが自分のことを大切に思っているのは知っている。
その想いが、親友に対するものであることも。
だが、もう一歩踏み出した関係に、ラルフはなりたいと願っていた。
それで、今日の惚れ薬に繋がる次第である。
一服盛るという行為が、背徳なのは判っている。
バレたらエリックには軽蔑され、下手したら絶縁をくらうかもしれない。
それでもやりたいという野心を押さえきれず、ラルフは盛り分けた料理の一皿にトプトプと惚れ薬を注いだ。
後戻りは出来ない。
惚れ薬は惚れるばかりではなく感度が二倍に跳ね上がると、武具屋のNPCが言っていた。
普段性欲があるんだかないんだか、それすらも判らないエリックが、いやらしく乱れると妄想しただけで、お茶碗十杯は軽くイケる。
「ホントに効いたら六万は安すぎる買い物だよな……ふっふふふふ」
こみ上げる期待が大きすぎて、早くも下半身に血がたぎる。
エリックは対人モード、通常はオフにしていたはずだ。
だから今日の夕飯を食べる前に言っておかなければいけない。
食べる前に対人モードをオンにしてくれと。
問題は疑問をもたれた時、どうやって切り抜けるかだが……
「お風呂あきましたよ。どうぞ」
「おっっ、おぉぅっ!?」
ドッキーン!と跳ね上がるラルフを見てエリックは小首を傾げるが、それに対する質問を許さないスピードで「それじゃ、すぐあがるから待っててくれ!」と言い残し、ラルフは風呂場へ飛び込んだ。


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