ジェナック&マリーナ
結局ハンドハンド以下略のギルドを見つける事は叶わず、一人で帰ると言い出したジェナックの催促にも負けて、マリーナは帰りたい一同とパーティを組む。葵野、坂井、エイジ、ランスロットの四人だ。
「これで本当に出られりゃあ儲けもんだがな」と半信半疑な坂井の横で、葵野が実例をあげる。
「でも俺のフレンドで食らった人が言っていたけど、本当にログアウトしちゃったんだって!」
知る人ぞ知る、一部で有名なレアボスだったようだ。
パーティメンバーを、ざっと見渡し、エイジが小さく呟いた。
「龍輔は、いないのか……」
龍輔は数日前から連絡が取れなくなっている。
名前が、ずっと灰色で表示されていた。
灰色で表示されるのは引退したプレイヤーだと、他のフレからは教えられた。
マリーナへ何の挨拶もなしに引退してしまうとは寂しいものだ。
自分達もログアウトしたら、この状態になるのかもしれない。
そう考えたマリーナは、事前に他のフレ達へ連絡しておいた。
引退準備は抜かりない。
「龍輔は引退してしまったみたいね」と告げると、エイジは心底ホッとした表情を見せる。
いなくてガッカリしていたのではなく、いないことに安心しただけか。
ハロウィンでの出来事を思い返すと、彼が龍輔を嫌う理由も、よく判る。
「私達も無事に此処を出られれば、事実上の引退になるわ。他にフレンドがいる人は、今のうちに挨拶しておくといいわね」
「あぁ、それなら大丈夫だ」とは、エイジの弁。
「俺は、あんた達以外にフレンドもいないしな……」
エイジの横では、ランスロットがトークレシーバーに何やら忙しなく文字を打ち込んでいる。
なまじフレを増やしすぎると、こういう時に不便なのだな、とジェナックも考えた。
見れば葵野や坂井も別れの挨拶に忙しいようなので、レアボス退治を三十分後に遅らせた。
「……これでログアウトできなかったら、笑い物だぞ?俺達」
やがて全員への別れが済み、改めて沸きを待つ。
ぶつくさ呟く坂井へは、葵野が慰めの言葉をかける。
「できなければできないで、また他の方法を探せばいいじゃないか。それこそ、他のフレにも協力を仰いでさ」
他のフレはログアウトもログインも出来るのだから、協力してもらえるかは甚だ怪しい。
しかし、それを坂井が突っ込む前に敵が出た。
「でたぞ!」と叫ぶや否や殴りかかるジェナックへ、坂井が注意を促す。
「おい、勢いつけすぎて倒すんじゃねーぞ!?例のスキルをかけてもらわなきゃいけないんだからよ」
いくらレアボスといえど、今のジェナックはレベル70を越えたベテランだ。
かくいうマリーナもレベル70を越えており、うっかりしたら倒しかねない。
「エイジ、あなたの魔法で、ちょこちょこ削って!ジェナック、スキルはライフいくつになれば使ってくるの?」
すぐさま指示を飛ばすマリーナへ「判った」とエイジが頷き呪文詠唱に入る。
ジェナックの返答は明快で、「そんなの俺が知るもんか!」との事である。
代わりに葵野が答えた。
「さっき聞いたらね、バー三つ目だって!」
実際に食らったフレンドに、別れの挨拶ついでに聞いていたとは葵野も気が利いている。
バー三つ目までなら本気で殴っていいということだ。
「皆さんへの攻撃は、私が盾になります!」と叫ぶランスロットもレベルが60越えだ。
エイジだって負けていない。
クラスは、いつの間にかサモナーだ。
以前パーティを組んだ時よりも、全員がレベルアップしている。
なんだかんだで皆楽しんでいたようである、この世界を。
「ジェナック、三バー目までは私達で削りましょう!あとは防御に徹して!エイジを守るのよッ」
「判った!」
マリーナを司令塔にして、パーティが動き出す。
三本目のバーまで削った後は、ひたすらエイジの魔法で牽制して様子を伺った。
本来なら出さないで倒すはずのスキルが出るまで踏ん張るというのだから、余計に神経を使う。
それでも忍耐の元に粘り続けていたら、敵がスキルの構えに入った。
「くるわよ!」
叫んだマリーナにターゲットが重なり、レイドボスの口から丸い光線が飛んでくる。
光線が彼女に当たったと思いきや、マリーナの姿は瞬時に掻き消えた。
「……えっ?」
成功なのか失敗なのかが判らず、パーティにも動揺が走る。
「えっと、これ、ゲートに飛ばされただけじゃないよね?」
葵野の問いに答えたのは、防御に徹していたジェナックだ。
「……大丈夫だ、成功だ!見ろッ、あいつの名前が灰色に」
見ろと言われても、今は戦闘中。
迂闊にフレンドリストも開けない。
だが、まぁ、ジェナックの指さす方向を見上げてみれば、PTメンバーにいたはずのマリーナの名前が灰色に染まっているではないか。
パーティを組んでいる最中でログアウトするなり回線が切れるなりしても、名前は灰色になるらしい。
「よし、スキル確率100%で出られるってのが判明したな。このまま耐えきるぞ!」
坂井、エイジ、葵野、ランスロットと消えていき、最後にジェナックも光線が当たった瞬間、目の前が真っ暗になり、続けて彼を襲ったのは大きな目眩。
うっと呻いて立っていられず、片膝をつく。
ぼやける視線で暗闇の向こうへ目を凝らせば、次第に近づいてくる明るい光があった。
光を突き抜けた先にあったのは――
「ん……ぅん」
目の前にマリーナのドアップがあり、ジェナックは慌てて飛び起きる。
ここは、どこだ。俺は今まで何をやっていた?
見渡すと船の上、甲板だ。
自分達二人は甲板の上に寝そべっていたらしい。
前後で何をやっていたのかが、どうやっても思い出せない。
ぼんやりしていると、背後から声がかかった。
「あっ、やっと起きたんだね。二人とも、おはようさん。揺すっても蹴っても全然起きないから、どうしようかと思ったぞ」
カミュだ。
何故かは判らないが、えらく久しぶりに見たような気がする顔である。
「うぅん……ふわぁ〜〜」と、暢気に欠伸をかましているのはマリーナだ。
自分はともかく彼女までもが甲板で昼寝していた事実は、とても信じられないけれど、目撃者のカミュ曰く、言い出したのはジェナックで、昼寝をすると言って寝たままになったらしい。
そんな発言をした記憶もないとは、不思議なものだ。
ジェナックは首を傾げつつ、甲板掃除用のモップを取りに物置へと走っていった。