エイジ&ランスロット
ボスの元へ辿り着くまでに、ランスロットは何度リタイアしようと考えたか判らない。たった十回、階段を下りるまでの間に、何十匹のモンスターと戦った事だろうか。
それでもソロンに足りない分の回復ポーションを貰ってまでして、ようやく最下層に到着できた。
「もう前衛に出たくありませぇぇんっ」
盾とも剣とも思えぬ弱音を吐くランスロットに、エイジもティルも顔を見合わせるばかり。
「お前が敵の攻撃を集めなかったら全滅するンだぞ?それでもいいッてのかよ」
食ってかかるソロンは、ティルが宥めた。
「ダメよ、ソロン。嫌がっているのに無理に戦わせちゃ。そうねエイジ、最終戦はランスロット抜きで戦わない?」
「ランスロット抜きで……勝てるのか?」
ちらりとラスボスを見上げて、エイジが聞き返す。
ボスとは、一定範囲内まで近寄らなければ戦闘は始まらない。
四人はボスの射程範囲外に留まり、最後の作戦会議中であった。
「厳しいな」
即座にソロンが答え、腕を組む。
ここまでだって、ずっと一番防御力の高いランスロットに敵の攻撃を集める戦い方で来たのだ。
だから彼女が、へこたれて弱音を吐くのを判らないソロンでもない。
しかし、ここまで来た以上は、腹をくくってもらわないと困る。
「俺もティルも全部フットワークでかわしてきたかンな。正直、攻撃を受け止められる自信はねェ。けど誰かが前に出て盾にならなきゃ、攻撃は一番弱い奴……エイジ、お前に集中する」
「困ったわね……」
ぽつりと呟き、ティルもエイジを見やる。
「エイジがやられたら、魔法攻撃出来る人がいなくなっちゃうわ」
どだい、肉弾職三人+魔法職一人のバランスが悪いパーティでダンジョンを進むほうが間違っていたのだ。
エイジがランスロットを盗み見ると、彼女は地面にしゃがみこんでベソベソ泣いている。
悪魔との戦いでも心折れたことのない相棒の無様な姿に、エイジの心は痛んだ。
嫌がるのを無理に戦わせるのは、彼としても本意ではない。
リタイアしよう――そう言いかけた時、横から声がかかった。
「あの、ちょっといいかな。君達もレイドボスに挑むパーティー?」
ここまで来てボスに挑まないパーティーがいるとしたら、お目にかかりたい。
「あァ、そうだが、お前らもか?」
質問に質問で返すソロンへ、向こうの面々が頷く。
「レイドなんだ。どうだ、一緒に戦わねぇか?」
向こうのパーティーには回復職が一人いる。
一人もいない、こちらとしては協力プレイ、願ったり叶ったりだ。
「判った」とエイジは頷き、右手を差し出す。
その手を、巨漢ががっちり握り返した。
「そっちは、あんたがリーダーかい?俺はヴォルフ、こいつはダグーで」と、傍らに立つスマートな青年を指さした。
「やぁ」
ダグーは一見何のクラスか判らない。
ティルが尋ねる前に本人が名乗った。
「俺は後方で君達を応援していることにするよ。なんせ火力のないパフォーマーだからね」
「回復は俺に任せてよね!」と、後方に立っていた少年が勢いよく手をあげる。
「俺はティーガ、そんで、そっちに歩いていったのがGENさん」
えっ、となって皆で後ろを振り返ってみると、ベソベソ泣いているランスロットの傍らに、いつの間に近づいたのか逆毛の青年が膝をついている。
「大丈夫かい?俺達が来たからには、もう安心だ。さ、これで涙を拭いて」などと言って、ハンカチを渡している。
「GEN……結構、手が早いのね」と呟くティルに「え?GENさんと知りあいだったの?」ティーガが尋ねる。
それらを聞き流して、エイジの視線はGENなる男に釘付けだ。
ややタレ目気味ではあるが、奴は、なかなかのイケメンだ。
柔らかな笑みを浮かべて、ランスロットと向かい合っている。
ハンカチを受け取ったランスロットが、てれた様子で俯いた。
エイジは不機嫌な表情を隠そうともせずに、二人の元へ早足に近寄った。
「ランスロット、合同パーティで戦う事になった。もう、お前一人にヘイトを集める必要はない」
たちまちランスロットは、ぱぁっと表情を明るくして、飛び跳ねんばかりの勢いで聞き返してくる。
「えっ!本当ですか、エイジ様っ」
「嘘を言って何になるんだ。さぁ、休憩の時間は終わりだ。戦うぞ」
エイジがぶすっとしているのにも気づかないのか、ランスロットは男のハンカチで目元を拭うと、改めて仲間を見渡した。
「あなた方が一緒に戦って下さるのですか?」
「そうです。宜しくお願いします」とダグーが会釈し、ヴォルフも腕組みしたまま豪快に笑う。
「これだけ前衛がいりゃ〜、すぐに終わるだろ!とっとと始めて、とっとと終わらすぞ」
「それが、そうもいかないみたいなのよね」と、ティル。
「噂によると、ラスボスはバリアを張るらしいわよ。バリアが切れるまでは、魔法しか効かないんですって」
「あー、それで魔法使いがいるのか。あんたらのパーティには」
ヴォルフの言い分に「ダンジョンの前で偶然会ったンだがな」とソロンが補足し、ボスの正面に陣取った。
ボスはヴォルフが言うよりは手強かったが、八人の連係プレイにより、どうにか倒すことができた。
「チッ、今回は落ちなかッたか」
ソロンの独り言を耳聡く聞き取ったティーガが振り返る。
「えっ?チョコならドロップしたじゃん」
「バ〜カ。俺の狙いは、そンなモンじゃねーよ」
手をヒラヒラと振りソロンが心底ばかにした目でティーガを見るのを横目にしながら、「あっ、え、えーと、ランスロット……さん」とGENは緊張の面持ちで、ランスロットへ話しかけた。
「はい?なんでしょう」
レイド前までベソベソ泣いていたとは思えないほど、今の彼女はご機嫌だ。
ヘイトを稼がなくて済んだし、体を張ってエイジ様を守るチャンスもあったし、チョコレートもゲットした。
ラストバトルはランスロットにとって、いいことずくめであった。
さっと今し方ドロップで入手したばかりのチョコレートを差し出して、GENが叫ぶ。
「こ、これっ!受け取って下さい、俺の気持ちですっ」
まさか、こんなストレートに渡すとは誰も予想していなかったのであろう。
エイジ達は勿論のこと、ティーガ達でさえ、ぽかーんとしてしまった。
GENは顔を真っ赤に紅潮させて、告白を切り出した。
「俺、街でキミを見かけてから、ずっといいなって思っていて……でも、なかなか声をかけるきっかけが掴めなくて。それで今日、やっと、偶然だけど一緒に戦えて」
「あ、あの?ちょっと待って下さい、ゲンさん」
「俺、俺ッ、前からキミが好きでした!けど、いきなりつきあうのは難しいと思うから、お友達から始めて下さい!!」
ダンジョン内は今やシーンと静まりかえり、居心地の悪い沈黙が続いている。
ややあって、ランスロットが「お友達で、いいんですか?」と確認を取るのと、「駄目だ!」とエイジの荒げた声が重なった。
「駄目ッて、何が駄目なンだよ、エイジ」
「ら、ランスロットは俺の相棒だ。GENに渡すことはできん」
耳の辺りが熱くなるのを覚えながらエイジが語気を強くすると、GENも負けじと言い返す。
「君は、いつもランスロットさんと一緒にいた友達だよな?安心してくれ、君の相棒という立場を脅かすつもりはない。俺は、彼女と、こっ、恋人になりたいんだ!」
「だから、それは駄目だと言っている!」
二人の男は真っ向から睨み合い、GENがエイジに尋ねた。
「どうしてだ!」
「ぐっ……ど、どうしてもだ!」
「君は相棒であって恋人じゃあ、ないんだろ!?だったら、俺達の事に口を挟まないでくれ!」
「お、俺は……」
横目でランスロットを伺うと、はらはらした様子でエイジの様子を伺っている。
様子なんか伺っていないで助成してくれれば、話が早く進んで助かるのに。
エイジが言葉に詰まったのをきっかけに、二人の会話へ割り込んできたのはランスロットではなく、傍観者の一人、ヴォルフだった。
「要するに、だ。相棒兼恋人なんだろ?エイジとランスロットは」
「な、なんだって?」
ランスロットを見、エイジを見、もう一度ランスロットを見てから、GENはエイジに掴みかかる。
「なら、なんでそう言ってやらないんだ!彼女だって困っているじゃないか、口を挟んでいいものかどうか」
「そっ、それは……」
口ごもって真っ赤になるエイジをフォローするかのように、ティルが二人の間へ割って入った。
「はいはい。GEN、あなたと違ってエイジはシャイなの。皆の前で恋人をひけらかすような真似をしたくないし、ひやかされるのも嫌いなタイプよ。判ってあげて」
「あァ、ちなみにティは俺の恋人だかンな」
彼女の肩を抱いて、ソロンが釘を刺しておく。
だが釘を刺すまでもなく、GENはティルには全く興味がないようであった。
否、失恋したばかりのショックで、覇気が無くなっている。
「よ、よーし、ティーガ、みんな。帰ろうか」
「GENさん、気落ちしないで?女の子なら、ほかにもいっぱいいるんだからさ」
「そうそう。今度はソロで遊んでいる子を探してみよう」
ダグーやティーガに慰められながら、トボトボと出口の魔法陣へ歩いていく。
ヴォルフも「それじゃあな、諸君。また、どこかで会おう」と一言言い残し、お先に去っていった。
「……なんか、ちょっと、可哀想な事になっちゃったわね」
ぽつりと呟くティルへ、ランスロットが小首を傾げる。
「どうしてですか?」
「どうしてって」
ふった本人に言われるとは。
呆然とするティルにかわり、ソロンが突っ込んだ。
「お前がフッちまッたせいだろうがよ」
「仕方あるまい」
火照りの冷めたエイジがランスロットの側に立ち、無下に言い放つ。
「ランスロットに声をかけるのが悪いんだ。次は別の奴に粉をかけるべきだな」
「そりゃそうなんだけど、ね……ま、私達が悩んでも、確かに仕方ないわね。GENには新しい恋人を見つけてもらうとして、私達も一旦出ましょ」
「何か目的のものがあるようだったが――手伝おうか?」とエイジは助力を申し出たのだが、ティルには丁寧に断られてしまった。
「うぅん。次は酒場で募集をかけて再挑戦してみるわ。あなた達も、ありがとうね」
「こちらこそ」と会釈するエイジの横では「良かったら、フレンド交換お願いします」と、にこやかにカードを差し出すランスロットの姿が。
「こらっ!お前は、すぐそうやって」
「え、でも、ここで出会ったのも何かの縁ですし……あっ!ゲンさん達とフレンド交換するのを忘れてしまいました」
エイジの怒りも何とやら、ランスロットに反省の色は見えない。
相棒は普段とてつもなく恥ずかしがり屋なくせに、この世界では、やたらと誰にでもフレンドリーだから厄介だ。
「まぁまぁ、いいじゃない。会う時はエイジも一緒に来れば。それじゃ、またね」
別れを告げて、ティル達も去っていく。
「ふぅー。さ、我々も帰りましょうか、エイジ様」
「ん、あぁ……」
マイホームへ帰宅して、ややあってから不意にエイジが切り出してくる。
「と、ところで、ランスロット。お前は、その、ちょ、チョコレートを……だ、だれに」
決まり切ったことを今更尋ねてくるご主人様に、ランスロットはクスリと笑う。
「もちろん、エイジ様に決まっています。はい、どうぞ」
――その後。
虚ろな目で思考停止してしまったエイジを前にランスロットが狂乱し、ティルやソロンのみならず、フレンド全員が呼び出されて大騒ぎになったことは言うまでもない……