己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


エイジ&ランスロット

見知らぬ世界にやってきてエイジとランスロットが最初にした事とは、空に浮かんだ奇妙な文字の確認とヘルプ内容の熟読であった。
「つまり……この世界は架空であり、実体はないものの感覚はある……そういうことか。どうにも解せんが、そういうシステムだと言われたら納得するしかあるまい」
呟くエイジに、傍らのランスロットが付け足した。
「感覚を切るには対人モードをオフにすればいいそうですよ」
魔界と人間界の発音が混ざった声ではない。
エイジと同じ音質の声だ。
じっとエイジに見つめられ「なんでしょう?」とランスロットは首を傾げるが、エイジは「なんでもない」と答えると、すぐに視線を外した。
今のランスロットは鎧甲冑ではない。
いや、そればかりか悪魔ですらなくなっていた。
次元分断の能力は封じられ、身を守る装備は手元の槍と皮鎧ぐらいなもの。
おまけに今のレベルは1。
このレベルというやつは数値が低ければ低いほど弱いらしく、強い奴に襲われたらイチコロである。
――と、ヘルプには記されていた。
自分もレベル1だ。
エイジは己の格好を見下ろした。
いつ着たのか記憶にないが、赤いローブを纏っている。
「素敵ですよ、エイジ様」
いらぬヨイショが横から飛んできて、エイジは眉をひそめた。
「素敵……?本当に、そう思うのか」
「え、だって、エイジ様はスリムでいらっしゃいますから、とてもよくお似合いです」
まぁ、ランスロットも悪気があって言っているのではない。
本当に似合うと思っているから、正直にそう言っているだけだ。
エイジが内心、自分の貧弱な体格を気にしている事など、この使い魔は全く知らないのだからして。
「対人モードか……だが、オフにする前に試しておきたい事がある」
エイジに言われ、ランスロットはドキッとする。
対人モードの項目には、PKとPEについての注意事項が書かれていた。
PKはプレイヤー、つまりエイジやランスロットのような自我のある者同士で戦うモード。
そしてPEは――
「お前の槍で俺を刺してみてくれないか?」
「え?」
「今、自分がどれだけの耐久力を持っているのか知っておきたい。モンスターとやらと戦って、一撃で倒されてはたまらんからな」
期待に胸膨らませていた内容とは微塵もかすらない頼み事をされてランスロットの目が点になったのも一瞬で、すぐさま彼女は全力で否定した。
「だだだだ、駄目ですよ!そんなことをしたら、エイジ様が死んでしまいます!」
「軽く突くだけでいいんだ」
「何言っているんですか!?痛いんですよ!槍で突くってのは!!軽くも深くもありませんッ」
エイジのクラスはウィザード。
貧弱なクラスだと、先のヘルプにも書かれていた。
わざわざ貧弱だと注意書きするぐらいである、恐らく一撃でも攻撃をくらったら即死してしまうに違いない。
ランスロットはファイターだった。
前衛で戦うクラスだと知ってホッとした。
悪魔としての能力を封じられていても、これならエイジを守れるはずだ。
「駄目です!とにかく駄目ですからね、やりませんよ絶対」
「そうか。なら、他のプレイヤーに頼んで――」とエイジが、さっさと歩き出したので、ランスロットは仰天する。
見れば地平線の彼方には街影がぼんやり見えていて、あそこに行けば他のプレイヤーとやらにも出会えるのかもしれなかったが、相手が誰であろうとエイジには戦って欲しくないし死んでも欲しくない。
ランスロットは必死で止めた。
「わわわ、判りました。では穂先ではなく根本で叩きます。打撃でも、かなり痛いですから覚悟してくださいよ?」
くるりと槍を持ち替え、穂先を自分のほうへ向ける。
「判った。こい」
ぐっと腹に力を込めて構えるエイジの体をバシッと軽く殴る。
「うっ!」と呻いたエイジの体は次の瞬間、透明になったかと思うと、瞬時にかき消えてしまったものだから、今度こそランスロットは半狂乱になって泣きわめいた。
「い、いやぁぁぁぁ!!エイジ様、エイジ様ぁ!死んじゃ嫌ですぅぅぅっ」
他に誰もいない草原で、ランスロットの嘆きが響き渡った。


「ん、ん……」
気絶から覚めたエイジが起き上がると、そこは見知らぬ鉄柱の下であった。
そういやヘルプには死ぬとゲートに飛ばされる、と書いてあった。
これが、そのゲートというやつか。
それにしても――ここは、何処だ。
ランスロットと離ればなれになってしまったのは痛い。
いや、もっと言うなれば、あの一撃で死ぬとは予想外だった。
たった一発で即死か。
洒落にならない弱さである、ウィザードというクラスは。
とにかく、ここで落ち込んでいても仕方ない。
早いところ、ランスロットと合流せねば。
だが歩き出したエイジは、背後からきゅっと何者かに乳首を摘まれて「ひッ!?」と悲鳴をあげるハメになった。
細い指だ。
爪に赤いマニキュアを塗っている。
「だ、誰だっ!?」
誰何すれば、細い指の持ち主が答えた。
「んふふ、初心者さん?街ナカで対人モードをオフにしていないなんて、とんだ油断ね」
くりくりと乳首を弄られるたびに、エイジの背中を悪寒が走り抜ける。
「くっ」と呻いて肘鉄を繰り出そうにも背後の女は巧みに乳首を攻めてきて、反撃する気力を奪いにくる。
PEだ。
プレイヤー同士でエロス――いやらしい行為をするモード。
まさか一方的に仕掛けられるとは思っていなかったので、エイジは内心臍をかむ。
PKも、こうやって隙をついて仕掛けられるのだとしたら、対人モードはオフにしたほうが安全だろう。
と考えているうちに女の手は前にも伸びてきて、ローブの上からエイジの大事な処をサワサワしてくる。
「や、やめろっ!」
エイジは再び声を荒げ、背後の痴漢を余計喜ばせる結果に終わった。
「んふふ……やめろと言われて、このPEクィーン・ブランニュ様がやめると思って?」
「ぴ、PEクィーンだとっ!?」
「そうよ。初心者襲って通算三百人。どのコも可愛いイキ顔を、あたしの前に晒してくれたワ」
何の自慢にもならないことを自慢げに語ってくる。
ローブの上から大事な処をモミモミされ、首筋には舌を這わされ、乳首は相変わらずクリクリされて、エイジは「うぅっ」と小さく呻くぐらいしか抵抗する術がない。
ただでさえ腕力のないクラスなのだ。
ふりほどきたくても、ふりほどけない。
あぁ、スキルブックさえ購入できれば、ウィザードにだって勝ち目があるはずなのに!
周りの連中にも腹が立つ。
エイジが助けてとアイコンタクトを送っても、全員見て見ぬふりを決め込んでいる。
いや、もしかしたら背後の変態、ブランニュはレベルの高いプレイヤーなのかもしれなかった。
それで皆、尻込みしている可能性もある。
周りの人間をアテにしてはいけない。
頼れるのは自分だけだ。
だが、その自分が頼りにならないとなると……
悔しさと絶望でエイジが涙ぐんだ時、ひゅんっと、どこからともなく矢が飛んできて、ブランニュが「ぐはぁっ!」と女性らしからぬ悲鳴をあげる。
ビックリして振り向いたエイジの目の前で、彼女の体が何度か点滅し、瞬時にかき消えた。
――死んだ?
誰が、殺した?
慌てて周囲を見渡すと、弓を構えた男と目があった。
男は微笑み、「大丈夫だったかい?」とエイジに尋ねてくる。
「あ、あぁ……ありがとう」
ぺこりとお辞儀するエイジに会釈し、男がアドバイスを飛ばしてきた。
「街の中では対人モードは出来るだけオフにしておいたほうがいいよ、特に初心者の間はね」
「あぁ。次からは、そうする」
エイジは今度も素直に頷き、男も「それじゃ、気をつけて冒険しろよ」と言い残し、去っていった。
助けたことを恩に着せないとは、なかなかサワヤカな奴である。
立ち去ってしまってから、そういや名前を聞きそびれたとエイジは気づいたが、それよりも何よりも「エイジ様ぁぁぁ〜!」と聞き慣れた声が走ってきたかと思うと、がばっとエイジを抱きしめた。
「もう、エイジ様だめです!これに懲りたら、二度と無茶しないで下さい!!」
ランスロットはベソをかいている。
こちらもベソをかいてしまったので、あまり大きなクチは叩けないが、それにしても泣きすぎの騒ぎすぎだ。
「死ぬとゲートに飛ばされるのを前もって経験できたんだから、ヨシとしようじゃないか」
「よくありません!全く、もう……私がどれだけ心配したと思っているんですか?」
プンッと怒ってから、ようやくエイジの目に浮かんだ涙に気づいたランスロットが何か言うよりも早く、エイジは素早く袖で涙を拭き取ると「買い物に行くぞ」と素っ気なく促し、スキルブックの店へ入った。

ひとまず最初の魔法ファイアボールを覚えた後、エイジとランスロットは近くの森へ入って、何匹か狼を退治する。
魔法はエイジが考えていたよりも遥かに強力だったが、使うと酷く精神を消耗すると知った。
「やはり戦闘は お前に任せて、俺は援護に回ったほうが良さそうだ」
「そうですとも!」
しょぼい槍が意外と使える武器と知って、ランスロットも意気揚々と頷いた。
「エイジ様、戦いは私にお任せ下さい。パーティを組んでいれば、怖いモノなどありませんよ!」
「ひとまず戦闘の問題は片付いたな……」
ぽつりと呟き、エイジが視線を逸らす。
そちらに何かあるのかと、ランスロットもエイジの見ている方向を見てみたが、藪が広がっているだけだ。
「如何いたしました?エイジ様」
「いや……ハウジングもあるんだったな。なら一番最初になすべきは、建築スキルの鍛錬か」
何を言い出すのやら、突然のご主人様大工宣言にランスロットはポカーンとなる。
家を建築するスキルがあるのは知っている。
ヘルプに書いてあったから。
何故エイジは唐突にハウジングを持ち出したのか。
前後で、そんな話は一切していなかったのに。
ランスロットが尋ねると、エイジは視線を明後日に逃したまま答えた。
「……先ほど街で襲われた時に思ったんだ。遅かれ早かれ、誰かに襲われて先ほど以上の酷い目に遭うのではないかと」
「おっ……襲われたですって!?」
初耳だ。
しかも、こうして赤面しながら話すからにはPKではなくPE。
絶対そうに違いない。
何処の誰だ。
親愛なるご主人様に、いやらしい真似をした愚か者は。
憤慨するランスロットを手で制し、「それで考えたんだが」とエイジは話を続ける。
「お前と俺で先に経験してしまえば、誰に何をされても衝撃は少ないのではないか……それで、家を造ろうと」
「何をおっしゃっているんです!駄目ですよ、対人モードは随時オフに――」と言いかけて「えっ?」とランスロットは躓いた。
エイジは耳まで赤くして、無言で藪を見つめている。
「今、なんとおっしゃいました?」
もう一度促すと、ご主人様は視線を彷徨わせ、さっきよりも小声で囁いた。
「だから……お前と俺でやってしまえば、その、そういった行為に慣れるんじゃないかと思ったんだ。いや、慣れるというか、未練が残らないというか、少なくとも行為に対しての耐久はつく、はずだ……」
ポカンとアホ面さらして呆けるランスロットの前で、エイジはシメに入る。
「……もちろん、お前が嫌でなければ、の話だが」
やはり視線は逸らしたまま、頬を真っ赤に紅潮させて。


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