ダグー&ヴォルフ
丘の上に、ダグーとヴォルフのユーザーハウスは建っていた。この辺りは他のプレイヤーも来ないから、二人の時間は誰にも破られることなく、毎日イチャイチャできた。
「えへへ、でも嬉しいなぁ。こうして先輩と再会できただけじゃなくて一緒に住める日が、また来るなんて」
そう言って胸に顔をすり寄せてくるダグーを、ヴォルフの大きな手が優しく撫でる。
「あぁ、まったくだ。ゲームってのも案外悪くないもんだな」
二人はベッドの中にいた。
昼間から、裸で。
ハウスを建てるまでが二人の大きな目標で、建てた後は特にすることもなく、毎日こうしてベッドで睦み合っている。
ダグーのクラスはバードだった。
このクラスは割合が少ないらしく、未だ一人も同じクラスのプレイヤーを見かけたことがない。
ヘルプによると竪琴を装備して演奏したり、歌声で仲間を元気づけたり出来るらしい。
だがダグーは戦闘の大部分を先輩に任せ、かわりに生産スキルを一手に引き受けた。
戦うより、物作りのほうが性にあったのだ。
頑張った甲斐があって、やっと二人の愛の巣は完成した。
以来、戦闘するのも忘れ、ハウスの中でいちゃついているという次第。
「そろそろ別の事でもしてみるか?」とヴォルフが問えば、ダグーはかぶりをふる。
「もう少し、こうしていたいな……」
ダグーのワガママをヴォルフは一も二もなく受け入れて、けして却下しようとしなかった。
だから突然の来客が二人の時間へ突撃してこなければ、二人は一生ゲームの中でいちゃついていたかもしれない。
突撃してきたのはクォードだった。
傍らには、やたら美人の女性もいる。
ベッドの中にいたダグーとヴォルフは、驚愕の眼差しで突然の来訪者を出迎えた。
「クォード!?君もこの世界に」と驚くダグーへ質問する暇も与えず、開口一番クォードが切り出してくる。
「戦争フィールドが、この辺まで拡大してくるらしい。お前も手を貸せ」
「なーんじゃい、このチンチクリンは?」
ヴォルフの疑問に「誰がチンチクリンだッ!」と反応してから、クォードは一つ咳払い。
「初顔がいるな。俺はクォードだ。そこのダグーとは、ちょっとした縁でね」
「そちらの美人さんは?」と、これはダグーの質問に、美人が会釈する。
「アミュと申します。宜しくお願いします」
「アミュさんですか。俺はダグーって言います」
「あ、敬語じゃなくて結構ですよ。気軽にお話し下さい」
ほんわか微笑むアミュに、ついダグーもつられてホンワカしてしまう。
クォードったら、しばらく見ない間に美人なんか引っかけて、隅に置けないじゃないか。
ほんわかムードをぶち破ったのは、クォードの更なる勧誘だった。
「お前のクラスはバードで、そっちのデカブツは肉弾戦か。なら、どっちも役に立つな。五秒で支度しろ。戦争フィールドに変更されたら、のんびり寝ている暇もなくなるぞ。ここは戦場になる」
有無を言わせぬ命令に、ダグーは動揺する。
「え、ちょ、ちょっと、どういうこと?」
「告知を見てねぇのか?」
クォードには訝しげに尋ねられ、素直に「う、うん」と頷くと、アミュが説明してくれた。
それによると、先日のアップデートで戦争イベントが発生し、民間区にも戦争フィールドが出現するようになったとか。
具体的にいうと、街の中やユーザーハウスの建っている場所が戦場になるらしい。
参加したくない奴は、どこかへ避難するしかない。
イベントは期間限定だから、そのうち解除されるだろう。
「あ、じゃあ逃げないと」と慌てて服を着始めたダグーの腕を、クォードが掴む。
「何言ってんだ?お前らは俺と一緒に戦争へ参加するんだよ」
「え、でも俺は、戦いは苦手で」
下がり眉のダグーへ、アミュが重ねて説得に入る。
「でも戦争に参加して勝利すれば、フィールド解除も早くなりますよ」
「なるほど、そのイベントってのはフィールドを解除して回るのが目的か」
合点のいったヴォルフに、クォードが頷く。
「報酬も含めて、な。フィールドを解除しないで勢力の色替えするってのもアリだが」
「……俺、悪い奴の味方をするのは、やだなぁ。できれば平和的に事を収めたいんだけど」
意気地のない言い訳を始めたダグーを睨み、クォードが言うには、勢力はギルドの数だけあるらしい。
今回の戦争イベントは、いわゆるギルド戦というやつだ。
俺の設立したギルドに入れと誘われて、ダグーとヴォルフは顔を見合わせた。
「ギルドか。入ろうとも作ろうとも思わなんだ」
「あ、だったらトレジャーハンターギルドを」と言いかけて、クォードの視線に気づいたダグーは口をつぐむ。
怒鳴りこそしなかったが、怒りを押し殺した声でクォードが文句を言う。
「お前らどっちもシーフじゃねぇのにトレジャーハンター気取りか?馬鹿言ってねぇで、さっさと勧誘を許可しやがれ。気にすんな、一時的な入会だ。戦争が終わったら抜けて構わねぇ」
「いや、気取りって」
ぶちぶち言うダグーと違い、先輩の行動は早かった。
さっさとギルド勧誘許可を下すと、クォードの作成したギルド『魔力連合』に入ってしまったのだ。
「先輩、やる気満々だね」
しょんぼりするダグーへ、ヴォルフが耳打ちする。
「なぁに、とっとと戦争を終わらせて、またお前とイチャイチャしたいからな」
続けてチュッと頬にキスされ多少は元気を取り戻したか、「ん、じゃあ……俺も入るよ」とドン引きするクォードを前に、ダグーもギルド勧誘許可を出した。
「よろしくね、クォード」
「あ、あぁ……ところで、お前らは」
「ん?」
ダグーとヴォルフの二人が首を傾げる。
何かを聞きかけて、すぐにクォードは気が変わったかして、くるりと踵を返した。
「……いや、なんでもねぇ。行くぞ、ギルド本部キャンプへ移動だ」
「ここじゃ駄目なのかい?」と尋ねてくるダグーへは振り向きもせずに答える。
「別フィールドにあるんだよ、ギルド用キャンプってのが。そこなら会議中に攻め込まれる事もねぇ」
「ん、わかった。じゃあ五分で着替えるから待っててくれ」
もぞもぞとベッドからはい出した二人を見て、アミュがキャッと甲高い悲鳴をあげる。
ダグーとヴォルフは二人揃って、上から下までスッポンポン。
見事に何も着ていなかった。
「あっ、ごめん!」
改めて女性の視線に気づいたダグーが、さっと股間を隠す。
続けて「ばっはっは、そこのカレシのは毎日見ちゃいないのか?」という下品なヴォルフの質問にはビキビキと、こめかみに青筋を立ててクォードが答えた。
「俺達は恋人じゃねぇッ。いいから、さっさと着替えろ!そしてキャンプへ来いっ」
言うが早いか先に移動してしまい、アミュも慌てて追いかける。
「あっ、ま、待って下さいクォードさぁん!」
珍客が去った後、ヴォルフはダグーへ振り向くと、優しく肩に手をかける。
「戦争イベに巻き込まれちまったが、心配するな。お前は必ず俺が守ってやる」
「うん……頼りにしていますよ、先輩」
どちらともなく唇を重ね合わせ、しばらくそうしていたのだが。
「さっさと来いッッ!」
去っていったはずのクォードが戻ってきて、せっかちに急かしてくるもんだから、二人は渋々着替え始めた。